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11/115

☆/170cm vs. 171cm

〈 ☆ 〉



「宗一ぃ、ちょっといいか?」

「姉貴か。ノックをしろ」


 ある金曜の夜。

 静かなはずの夜だった。


 俺の部屋に入ってきたのはアネキだ。水色のシャツ一枚にショートパンツという初夏らしい軽装。胸には少しだけ自己主張しているものがあって、家でも下着くらいは着けろよと言いたくなるが、「あ~? どこ見てんだこの変態?」とか言われて頭をぐりぐりされたくないのでやめる。


「ノック? ノックくらいしなくてもいいじゃんか、家族だろ?」

「家族にもプライベートがある。いつもノックしてくれる秘姉とニゴ姉を見習えよ」


「おれは姉で、おまえは弟だ。だからいいんだよ」

 訳のわからないことを言いながら、椅子に座っていた俺の頭に何かのビンを乗せてくる。

「そんなことよりさ、このビン開けてくれねえ?」


「いいけど」

 俺はビンを受け取ると、フタを掴む。


「まあ、おれにも開けられないくらいだろうから、そう簡単には開かないだろうけどな。ま、おまえに無理でも、ニゴに頼めば……」

「開いた」

「え」


 ビンはきゅっと音を立ててあっさりと開いた。姉貴に手渡す。

 姉貴はどこか満足していないような面持ちでビンをしげしげと見つめ、ビンを俺の机に置いた。


「なあ、宗一」

「うん」

「立て」

「え? うん。え?」


 腕ひしぎ三角固めは柔道の関節技としては高い技術が求められるもので、組んだ両足で相手の片腕と首を挟みこみ、肘関節をきめる技だ。技をかけられた相手は四つんばいになって、かけた側の下腹部に覆いかぶさり、腕は引っ張られてかけた側の胸のあたりまで伸ばされる格好となる。


 今まさに、俺は腕ひしぎ三角固めをかけられていた。


「ちょっ! おい! ギブギブギブギブ!」

 あまりの技の素早さに対応できなかった俺は、姉貴のむき出しの両足に頭を挟まれて肘関節をめられながらわめく。

「なんかしたか!? 俺なんかしたか!?」


「ビン開けただろ?」

「開けた! 開けたな! じゃあ閉める! 閉めるから!」

「はははっ、閉めたってなんにもならねーよ」

「どうすれば罪を償える! 償いたい! 俺は誠意を持って償うことを約束する!」

「じゃあ、おれの言うことなんでも聞けよ?」

「わかった! わかったから! いやわからないけど! 離せ!」


 そのとき、部屋の扉が開き、

「あの、そうちゃん、えんぴつ削りって」

 秘姉が顔を出した。

「どこにあったっ……け……」


 秘姉が目にしたのは、姉貴の下腹部に覆いかぶさって片腕を伸ばしている俺の姿だった。


「そうちゃんが……響おねえちゃんの股間に顔を近づけて……片手で胸を……?」


「そうなんだよ秘代、困った弟だろ?」 「違うんだよ秘姉、ひどい姉だよね」 「ご、ごめんなさい!」


 秘姉が勢いよくそれでいて音も立てずに扉を閉める。一思いに肘を折ってくれ、と俺が絶望したところで姉貴は拘束を解いた。


「はあ……姉貴、俺らもう子供じゃないんだからさ……」

「その通り、そして女の子のふとももに挟まれることを幸せに思えるのは大人の特権だぜ」

「別に幸せじゃねーよ……」

「あー? じゃあシャロだったらよかったのか? シャロはむちむちぷりんぷりんだもんな」

「そういう問題じゃない……もう出てってくれ……」

「そんなことより、おまえ言ったよな? おれの言うことなんでも聞くって」

「言ってない」

「どんなことをしてもらおうかねえ、くくっ」

「あの、せめて一回だけにしてよ」

「いいぜ。じゃあ……」

「…………」


「……今じゃなくてもいいよな?」

 姉貴は俺が開けたビンを手に取り、歯を見せて笑った。

「あとで、おれの言うことをなんでも一つ聞くこと! いいな!」


「はいはいわかったわかった」

「ははっ、宗一、忘れんなよ」


 ばたん、と部屋の扉が閉まる。大嵐が去ったように部屋はしんとした。


 ため息をつくと、まだ顔に残っているふとももの感触を頬を触って確かめる。そして、その自分の行動の気持ち悪さに悶絶していると、椅子が軋んで倒れかけるので、平静さを取り戻そうと背筋を伸ばしてパソコンのマウスを動かす。


 果たして姉貴はどんな無理難題を押し付けてくるのか。気分が悪くなる。

 姉貴は部屋を出るとき、本当に楽しそうに笑っていたけど……俺をオモチャにするのがそんなにいいのだろうか。

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