夕焼けの君へ
私から誘った花火大会。
人が同じ方向に歩いていく中、私は一人で地下鉄の出口で待っていた。
勇気を振り絞って誘った。昨日はドキドキしすぎて眠れなかった。新しい浴衣も買ってもらった。
腕時計を見るたびに、時間が経っているのに経っていない気がする。早く会いたいけどドキドキしすぎて会いたくない気もする。恋っていうのはこういうことなのだろうか?
まともに恋愛というものをしてこなかった私にとって、彼女との出会いは強烈過ぎた。
食堂で男子顔負けの量を一人でバクバクと食べていた彼女を見つめてしまって、そんな彼女に私が食べきれていなかったおかずまで食べられてしまったのが最初だった。
彼女曰く、『食堂のおばちゃんたちが食べっぷりを見てたくさんくれた』とのことだ。
今日もその辺に出ている屋台とかで買い食いしまくるのかと思うと、笑みも浮かんでしまう。
「おまたせ」
その声にハッとして顔を上げると、目の前に黒い浴衣を着た彼女が立っていた。よく食べる割にはスタイルが良くて、黒い浴衣が彼女を際立たせていた。直前に彼女を食いっぷりを思い出してしまった私は、思わず笑ってしまった。
彼女がそれを見て自分の姿を見直していた。
「変かな? うちのお母さんが着てけって言うから着たんだけど……。馬子にも衣裳っていうのはこういうことを言うんだろうね」
彼女は自嘲気味に笑った。
私は彼女に『似合っている』ということをなんとかかんとか説明すると、彼女は柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがと。そのピンクの浴衣も似合ってるね」
私は顔が赤くなったのを、夕焼けの太陽のせいだと言って誤魔化すと、花火大会の会場に向かうために彼女と人の流れに巻き込まれに行った。
道中は完全に流れに沿って歩くしかなく、ものすごくゆっくりな場所もあれば、なぜか空いていたスペースを埋めるために早足になることもあった。彼女とそのペースに合わせるためだったのか、私が緊張していたせいだったのか、あまり会話をすることができなかった。
そしてあと少しで花火大会の会場である河川敷に差し掛かる最後の信号待ちをしていた時だった。
ふと隣にいた彼女が話しかけてきた。
「楽しみだね」
私はブンブンと首を縦に振った。
「学校ではよく話すけど、外でこうやって会うのは初めてだからちょっと緊張してたんだよね。この人ごみのせいもあってか全然話せないってのもあるけどさ」
彼女も緊張していたのか。同じことを思っていたことを考えて、また私の心臓はドキドキした。
と、信号が青に変わって人の流れがまた動き始めた。
いきなり動き出した流れに一瞬だけ遅れたせいなのか、彼女との距離が少し開いてしまった。
まだ目で追える距離にいるから良いものの、このままでは離れてしまう。
そう思ったその時、私の手が誰かに掴まれて、グイッと引っ張られた。私は前の人と人の間に割り込むように引っ張られた。
そして顔を上げた先には、私の手を握った彼女がいた。
「こうしてれば離れないね」
ニカッと笑ってそう言う彼女に、私の胸は締め付けられた。心臓も握られているのだろう。そんな気がした。
手を握ってスタスタと歩く彼女。彼女と手を握っていられるなんて夢のようだと思いながらも、離れないようにしてくれた彼女にお礼を言うために、私はドキドキと緊張と他いろいろで乾ききった声で彼女に言った。
「あ、ありがと」
声は掠れて聞き取りにくかったかもしれないけど、彼女は私を見てまたニカッと笑った。
夕日も沈みかけていて、もうすぐ花火大会が始まろうとしていた。
私たちはまだ人の流れとともに歩いていたけど、私はもうずっとこのままでもいいと思った、夏の日の出来事だった。
おしまい
久しぶりの三題噺(?)でした。
感動詞っていうのがよくわからないので、もしも感動詞が混じっていてもツッコまないでください。気を付けてはいたんですけど、わからないものを混ぜないようにするのはきびしー。
足りない百合成分を自分で補ってみましたにやにや