戦力差と作戦
それは、本当に、わずかな時間での出来事だった。
ルーターとの戦闘が始まり、村の人たちの士気を高めるために、みんなの前に立ったジョンソン隊長の胸を、南の丘から放たれた光の矢が貫いたのである。
ジョンソン隊長は、何が起こったか分からない表情で、自分の胸を見る。
ドクン、と、胸から赤黒い液体が溢れ出し。
ジョンソン隊長は、その場に倒れた。
それが、合図だったかのように。
南の丘から、次々と、光の矢が放たれる。
――ビームライフルだ!!
ビームライフル。遠距離狙撃用のビーム兵器だ。その射程距離は2000メートルと言われている。ビーム兵器だから弾速は遅いけど、ビームガンのようなボール状の弾ではなく、細長い矢のような弾を射出する。正面からでは非常に目視しづらく、かわすことはかなり難しい。もちろん、ビーム兵器だから威力は極めて高い。
丘から放たれる光の矢は、次々と、村人を貫いて行く。1人、また1人と、倒れて行く。
《建物の陰に隠れてください! 早く!!》
ボットちゃんが叫ぶ。みんな、慌てて身を隠す。あたしも、そばにあった建物の陰に隠れた。全員が隠れると、ビームライフルの攻撃が止まった。あたしは、建物の陰からみんなの様子を見た。狙撃されたのは8人。肩や足を撃たれた人が3人、胸を撃たれた人が2人、頭を打たれた人が3人だった。肩や足を撃たれた人はなんとか建物の陰に隠れて無事だが、頭を撃たれた人は即死だろう。胸を撃たれた人は分からない。まだ生きているかもしれない。
ビームライフルの攻撃は止んだけど、これでは身動きが取れない。反撃しようにも、こちらに狙撃用の銃は無い。最も射程距離の長いアサルトライフルでも、せいぜい500メートルほどだ。とても届かない。くそっ! このまま隠れているしかないのか?
――と。
隠れているあたしの足元に、青白く光るボール状のものが転がって来た。
――ビームグレネード!
反射的に地面を蹴り、伏せる。次の瞬間、凄まじい閃光と爆音。あっぶなー。少しでも反応が遅れていたら、吹っ飛ばされていたな。
が、安心したのもつかの間。
顔を上げたあたしの目の前に、別のビームグレネードが転がる。とっさに拾い、遠くへ投げる。再び爆発。投げた場所に誰もいなかったのは運が良かった。
くそ! ルーターめ!
立ち上がる。しかし、少し離れた場所でビームグレネードの爆発が起こり、爆風で倒れそうになる。なんとか踏みとどまるも、遠くで、近くで、次々と爆発が起こる。次々と、ビームグレネードが投げ込まれている。村人が、村が、爆発に巻き込まれている。
「ボットちゃん! どうにかならないの!?」叫ぶ。これじゃあ、なぶり殺しだ。
《どうにもなりません。こちらには、遠距離攻撃用の武器が無いのです。今は、隠れているしかありません》
隠れているしかない――くそ! こんなんじゃ、まともな戦いにならない。1人で10人の敵を倒して全滅させるどころか、1人も倒すことも無くこちらが全滅だ。
「くそおおぉぉ!!」
村人の1人が、建物の陰から出て、グレネードが飛んで来る北の丘に向かってアサルトライフルを乱射し始めた。しかし、アサルトライフルの射程距離では丘まで届かない。光の矢が見えた。胸を撃ち抜かれ、村人はその場に倒れた。ビームグレネードが爆発し、吹き飛ばされた。
「ひぃ!」
悲鳴を上げ、逃げる村人がいる。ビームライフルが、村人の左足を貫いた。転倒する。しかし、すぐに立ち上がり、左足を引きずって逃げようとする。再びライフルが飛んで来た。今度は右足を撃ち抜かれた。倒れる村人。それでも逃げることを諦めない。這ってでも逃げようとする。ライフルが、右腕を撃ち抜いた。続いて左腕。這う手段すら無くなった。それでも逃げようとする。頭を上げる。その頭を、ビームライフルの一閃が貫いた。
「シーミアが侵入したぞ!」
誰かが叫んだ。見ると、叫んだ人はシーミアのビームガンに撃たれて、倒れる所だった。数十体のシーミアが、村人を襲っている。ビームガンを撃ち、あるいはナイフを振り回し、村人たちを虐殺している。村人たちも反撃する。シーミアを1体倒すと、村人が2人倒される。
村の人たちが、倒れていく。
村が、破壊されていく。
あたしの目の前で。
村人が、村が、消えていく。
このままでは、みんな、死んでしまう。
なんとかしなければ。
でも、あたしなんかに、何ができる?
1000の部隊を相手に、あたし1人の力なんて、虫けら以下でしかない。
このまま、何もできずにただ見ているしかないのか。
このまま、村の人たちが死んでいくのを見ているしかないのか。
このまま――。
シーミアが1体、ナイフを振り上げて飛びかかってきた。
何もできない。ただ見ているしかできない。
シーミアが、ナイフを振り下ろす。
しかし。
斬られたのは、シーミアの方だった。
胴から真っ二つに両断されたシーミアの身体が、地面に転がる。
「イルマぁ!! 何をボーっと突っ立っている!!」
シーミアを斬り捨てた人が、叫んだ。
ジョンソン隊長だった。
ビームライフルに撃ち抜かれた胸からは、どくどくと血が溢れ、地面を赤黒く染めている。おびただしい出血だ。普通なら、立っていられない。
それでも、ジョンソン隊長は剣を振るい、シーミアを次々と斬っていく。
「戦え! デルタ隊の力、今こそ見せつけてやれ!!」
叫ぶ隊長。
その声に応えるように。
ハガルさんが、ボットちゃんが、次々と、敵を倒して行く。
その姿を見て、村の人たちも、戦う気力を取り戻す。
「行けぇ! ルーター共を、倒して倒して、倒しまくれ!!」
隊長の声に、村人たちが雄叫びを上げ、シーミアに向かって行く。
銃弾が、ビーム弾が、刃が、血飛沫が、乱れ飛ぶ。
仲間が倒れて行く。しかし、それ以上に、敵が倒れて行く。
あたしも剣を振り上げ。
「……ぁぁああ!!」
敵に突撃する。
1体、2体と、敵を斬り捨てて行く。
敵の勢いが止まった。
逆に、こちらの勢いは高まっている。イケる!
あたしたちは、敵を倒し続け。
やがて、村に侵入したシーミアを全て倒した。
歓声を上げる村人たち。よし。なんとか持ちこたえたぞ!
「……やった……やりましたよ! 隊長!」
ジョンソン隊長を見る。
しかし、隊長の顔に、笑みは無かった。
こぽ、と、血を吐き。
膝をつき、倒れた。
「隊長!!」
すぐに駆け寄る。ビームライフルに撃ち抜かれた胸の傷はかなり深い。大量の出血によって、隊長の顔は血の気を失い、まるで死人のようだった。
「誰か、早くハロルド先生を!!」
あたしは叫ぶけれど。
「かまわん!」
隊長が、それを止める。
「……た……隊長?」
「わしは構わん。これくらいの傷、何でも無い。わしよりも、村人たちの治療を」
隊長は胸の傷を手で隠しながら立ち上がった。立つどころか意識を保つことすら難しいと思える出血の量だけど、そんなこと微塵も感じさせない姿だった。その姿に、村人たちの戦意がさらに高まって行くのが分かった。
「ハガル、報告を」
隊長の側にハガルさんが立った。「村に侵入したシーミア100体は、全て倒しました。こちらの被害は、20人から30人。戦闘不能な怪我人も含めれば、半数を超える被害と思われます」
半分が戦闘不能……もともと100対1000で始まっている絶望的な戦いなのに、もう半分の戦力を失ってしまったのか……。対して、敵はまだ9割以上残っていることになる。
「ボット、敵の様子は?」隊長は、今度はボットちゃんを見た。
《第2陣200体ほどが準備を始めました。今度はシーミアだけでなく、ヴァルロスも含まれています》
小猿のルーターだけでなく、今度はあのゴリラのようなルーターまで含んで、さっきの倍の数が攻め込んでくる。ダメだ。このままでは、全滅は時間の問題だ。
「そうか……仕方がない。ハガル、ボット。プランBへ移行するぞ」
ジョンソン隊長が力強く言う。
その言葉に、ハガルさんとボットちゃんは、最初は驚いたような表情だったけど。
「――了解しました!」
右手で敬礼し、ジョンソン隊長に応えた。
プランB? 何だろう? 何か、特別な作戦なのだろうか? あたしは何も聞いていない。まあ、あたしは訓練兵だから、極秘の作戦なら、聞かされてなくても別に不思議ではないけど。
《イルマ、行きますよ》ボットちゃんが、あたしを呼んだ。
へ? あたし? プランBって、あたしも関係しているの? 行くって、どこへ?
訳が分からず、ジョンソン隊長とハガルさんの顔を交互に見る。2人は、力強く頷いた。任せたぞ。そう、言われた気がした。
詳細は分からないけど、何やら非常に重要な役目を託されたような気がする。あたしは、ボットちゃんの後を追った。
敵の第2陣に備え、治療や弾薬の補給を進める村の人たちから離れ、あたしとボットちゃんは、デルタ隊駐屯基地に戻って来た。中に入り、そのまま会議室へ向かう。
「こんなところに来て、どうするの?」訊いてみる。
《イルマには話していませんでしたが――》ボットちゃんは、会議室の端末を操作しながら言った。《我々には、秘密兵器があります》
秘密兵器? そんなものがあったのか? 初耳だ。何だろう? この追い込まれた状況で出すくらいだから、相当な兵器なのだろう。
ボットちゃんが端末の操作を終えると、ガコン、という音がして、会議室の隅の床が開き、地下へ続く階段が現れた。うわ。基地に地下室があるなんて知らなかった。
ボットちゃんの後を追って階段を下りる。しばらく進むと、50メートル四方はあろうかという広い部屋に出た。こんな地下施設、いつの間に作ったんだ? それだけでも驚きだけど、部屋の真ん中には、飛行機の両翼にヘリのプロペラを取り付けたような航空機が1台あった。なんと、統一連合政府軍の主力戦闘機・グリフォンだ。全長15メートル。全幅23メートル。最高速度は600キロ以上。搭乗人数最大30人。偵察、対地攻撃、対空戦、あらゆる局面に対応できる万能機である。狙撃用の銃さえ支給されない貧乏部隊のデルタ隊に、こんな超高級兵器が支給されていたなんて。
《驚いたようですね》と、ボットちゃん。《故障して処分される予定だったものを、ジョンソン隊長が軍本部と交渉して、支給してもらったのです。修理しましたから、飛行は可能です。まあ、武装はしていませんけどね》
なんだ。それは残念だな。大型の爆弾でも積んでいれば、1000人程度のルーターなんて、一撃で消し飛ばせたんだけどな。
しかし、武装は無くても強力な兵器であることは確かだ。空中からアサルトライフルで攻撃するだけでも、十分な効果が得られるだろう。敵の注意が空中に向けば、地上の部隊も動きやすくなる。これ以上の援護射撃は無い。
《イルマ。これから我々は、このグリフォンでルーターの部隊を強襲し、敵指揮官を討ち取ります》
――――。
思わず、言葉を失ってしまう。
ルーターの指揮官を、討ち取る?
空中からアサルトライフルで攻撃して地上の部隊を援護する、なんてレベルの作戦ではない。敵の指揮官、つまり、大将首を狙う、一発逆転を狙った大きな作戦だぞ?
戸惑うあたしをよそに、ボットちゃんはグリフォンに乗り込み、飛行の準備を始める。
「ちょ……ちょっと待ってよ、ボットちゃん。そんな重要な任務、あたしなんかでいいの? ジョンソン隊長……はケガして無理っぽいけど、ハガルさんの方が、良くない?」
《敵部隊を強襲するためには、味方の地上部隊が、敵の意識を引きつけておく必要があります。ジョンソン隊長やハガルさんは、村に残り、村人たちの指揮をしないといけません。むしろこの作戦は、地上の部隊の方が重要です》
そうか……確かにそうだ。でも。
「もし、あたしたちが敵の指揮官を倒せなかったら……?」
ボットちゃんは、グリフォンの飛行準備の手を止め、あたしを見た。《私たちが敵指揮官を倒せなければ、それは、この作戦の失敗を意味します》
つまり、強襲に失敗したあたしたちはもちろん、地上で戦っている村人たちも全員、ルーターたちに殺される――。
かたかた、と。
あたしは、自分が震えているのが分かった。
これは、昨夜、ヴァルロスと対峙した時と同じ。
恐怖だ。
怖い――。
《イルマ? 大丈夫ですか?》ボットちゃんの、心配するような声。
「ちょっと、大丈夫じゃない、かな……」笑顔で言おうとしたけれど、無理だった。自分でも、表情が引きつっているのが分かる。
《怖いですか?》ボットちゃんが優しい口調で訊く。
「ボットちゃんは、怖くないの? あの、ルーター達が」
ボットちゃんは、少し考えるような仕草をする。《――私はクローラーですから、怖い、という感情は分かりませんが……そうですね。この戦いで、イルマや、デルタ隊のみんなや、村の人たちを失ってしまうのは、イヤですね》
――みんなを失うのが、イヤ。
もちろんそれは、あたしも同じだ。
《みんなを失うのがイヤだから、私は戦います。ただ、それだけですね》
……そう、だね。
あたしは今、恐怖に震えている。
それは、敵が怖いとか、死ぬのが怖いというのも、確かにあるけれど。
でもそれ以上に、あたしは、みんなを失うのが怖い。
村のみんなを。
デルタ隊のみんなを。
ボットちゃんを。
今。
みんなの運命を、あたしとボットちゃんが握っている。全てが、この作戦に掛かっているのだ。
怖い――どうしょうもなく怖いけれど。
やるしか、ない。
さっきのルーターの第1陣の攻撃で、よく分かった。あたしたちの部隊は、兵の数も、武器も、あらゆる面で、ルーターの軍より劣っている。正面からぶつかっては、とてもじゃないが戦闘にならない。勝利するためには、大きな策が必要だ。
そうだ。あたしが、やるしかない。
実戦経験の無い訓練兵だけど、あたしも一応、統一連合軍所属の兵士。しかも、人類最強と名高い超能力戦士・ホルダーなのだから。
心を決める。
――よし。
あたしは、グリフォンに乗り込んだ。
ボットちゃんがグリフォンを起動する。エンジン音が響き渡り、両翼のプロペラが回転し始める。同時に、ゆっくりと、天井が開いた。
と、ボットちゃんが、あたしを見ていた。
「――何?」
《イルマ。決意が固いのは結構ですが、表情が硬いのはいけませんね。もっとリラックスして。笑顔です》
「こんな重大な任務を与えられて、ヘラヘラ笑ってられるわけないでしょ」
《ダメです。あなたは、常に笑顔を忘れないでください。村の人たちが言う通り、笑顔は、あなたの最大の能力なんですから》
――笑顔が、あたしの最大の能力。
そりゃまあ、早送りの能力も、エナジーソードも、何の役にも立たない武器だ。でも、笑顔なんて、同じくらい戦場では役に立たないだろ。そんなのが最大の能力だと言われても、アイドルならともかく、兵士としては、褒められてる気がしないんだが。
と、思いつつも、なんだか悪い気はしないので、あたしは、いつものように笑って応えた。
《そうです。イルマのその笑顔、私は好きですよ》
そう言って、ボットちゃんも笑った――ように見えた。クローラーだから、笑顔になるなんてことは無いはずだけど。
でも、そんなボットちゃんを見ていたら。
――きゅん。
胸が、なんともかわいらしい音で鳴る。
それは、昨夜から何度も感じている、胸のときめき。胸が苦しくなるというか、切なくなるというか、ふぁごふぁごした心がきゅっと縮まるというか、そんな感じ。ボットちゃん曰く、これは恋……。
――――。
待て待て待てちょっと待て。あり得ん。断じてあり得ん。あたしがボットちゃんに恋をするなど、あってはならない。そりゃ、ボットちゃんは、見た目はイケメンの青年だし、いつも訓練とか勉強とかに付き合ってもらってお世話になってるし、口うるさいこともあるけど一緒にいて楽しい。けれど、相手は人間じゃないんだぞ? ロボットだぞ? 禁断の恋なんてレベルではないぞ? ああ、やっぱりあたし、男を見る目が無いな。さっきのアルヴィスさんもそうだった。窮地に陥った村のみんなを見捨てて逃げ出すような薄情男に心ときめいたと思いきや、今度はこんな口うるさいロボットに心ときめくとは。
でも、まあ。
アルヴィスさんのような最低男に恋をするより、口うるさいのが玉にキズだけど、一緒にいて楽しいボットちゃんに恋する方が、何倍もマシかな、なんて。
この戦いが終わったら、あたしとボットちゃんは、きっと――。
《――何、ニヤニヤしてるんですか、気持ち悪い》ボットちゃんが、すっごく冷めた目であたしを見ていた。
「……いや、あんたが笑顔でいろって言ったんでしょうが」
《笑顔とニヤケ面は違いますよ。アホなことやってないで、行きますよ》
――前言撤回。やっぱり、こんなロボットと恋なんて、あり得ん。やはりコイツは、あたしの天敵だ。
グリフォンが、飛び立った。
地上では、ルーターの第2陣と、村の人たちとの戦闘が始まっていた。飛び交う銃弾、ビーム弾、倒れる村人、ルーター。敵の数は第1陣の倍。そして、今度はシーミアだけでなく、強敵のヴァルロスも含まれている。このままでは、村人はすぐに全滅だ。
《イルマ、今は、敵の指揮官を倒すことだけに集中してください》ボットちゃんが言った。《心配ありません。少し前にも言いましたが、軍の治療技術は飛躍的に進歩しています。負傷者は、クローラーの技術を使えば、どんなに大きなケガでも大丈夫です。最悪頭さえ無事なら、ハーフクローラーとしてですが、生き続けることができるのです。でも、それは、あくまでもこの戦いに勝利することができれば、の話です。失敗は、ゆるされないのです》
そうだ。その通りだ。失敗は、決して許されない。ボットちゃんの言う通り、今は余計なことは考えないでおこう。ゴメンね、みんな。必ず、指揮官を倒して帰って来るからね。
《ビームライフルでの攻撃が予想されます。イルマ。あなたは伏せておいてください。決して、頭をあげないように!》
「了解!」
言われた通り、あたしは頭を下げた。
グリフォンが、速度を上げていく。
――よし、やってやるぞ!
あたしの決意とともに。
グリフォンは、空を飛んだ――。