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見捨てられた村と戦う決意

「援軍は来ない、って、どういうこと!?」

 村の中央塔のそばで、あたしは、ボットちゃんに向かって叫ぶように訊いた。時間は0530時。2つの月は西の山の陰に隠れ、東の空は明るくなり始めている。0600時まで、あと30分ほどだ。それまでに、1000を超えるルーター軍と戦うか、降伏して村を明け渡すかの決断をしなければならない。

《どういうこと、と言われましても。イルマ、あなた、本部からの指令メール、読んでないのですか?》いつものように感情の無いロボット声で応えるボットちゃん。

「そんなの今はどうだっていいでしょ! もうすぐあのルーターの大群と戦いになるかもしれないんだよ!? なのに、なんで本部は援軍をよこさないの!?」

 ボットちゃんは、はあ、と、ため息をつく。《本部からの回答は、簡単に言えば、『援軍の要請は承ったが、残念ながら、現在、ルーターとの戦闘が各地で激化しており、ダーリオ村に兵を回す余裕は無い。村の人たちと協力し、村を死守せよ』ということです》

「なによそれ……敵は1000人以上いるんだよ!? こっちは非戦闘員を含めても100人くらいしかいないし、武器だってろくなものが無いし、こんなんで、どうやって戦えって言うのよ!?」

《嘆いたって仕方ありません。軍本部から戦えという指令が出た以上、我々は従うしかないのですから》

「なんでそんなに落ち着いてるのよ! 戦ったって、勝てるワケないでしょ!? この村をルーターに占領されたら、ここが敵の拠点基地になる。そうなったら、困るのは政府軍なんじゃないの!? 本部の連中は、それが分かってるの!?」

《もちろん、分かってるでしょうね》

「だったらどうして!?」

《あのルーター軍から村を護るには、こちらも1000人ほどの兵が必要です。兵を動かすには手間もお金もかかります。戦闘になれば、たとえ村を防衛できたとしても、多くの死者が出るでしょう。そんなリスクを冒すよりも、村を敵に制圧された後、空爆をすればいいだけの話です。これなら、手間もお金もリスクも最小限で済みます。まあ、村は壊滅しますが、政府軍にとっては、たいした問題ではないでしょう。この村は、ルーターにとっては重要な拠点となりえますが、政府軍にとっては、特別重要ではないのですからね》

「なによそれ……そんなのヒドイ! ヒドすぎる!」

《まあ、敗戦濃厚な軍隊には、よくある話ですよ》ボットちゃんは、諦めたような口調で言った。

 要するに。

 あたしたちは、政府軍に見捨てられたのだ。

 デルタ隊と、ダーリオ・リパブリック村の人たちなど、政府軍にとっては、どうでもいい存在だったのだ。

 でも。

 それならそれで、都合がいい。

 政府軍があたしたちを見捨てたなら、あたしたちも、政府軍を見捨てればいい。

 そう。みんなで、逃げればいいのだ。

 ルーター軍の数は多いけど、村を包囲されているわけではない。南の丘以外に敵はいない。あたしたちは100人程度の少人数だし、逃げるのは簡単だ。もちろん、あたしたちが逃げた後、この村はルーターに占領されるだろう。でも、それで困るのは政府軍だ。あたしたちを見捨てた政府軍がどうなろうと、知ったことではない。

 しかし。

 そんなあたしの考えを見透かしたように、ボットちゃんが言う。《イルマ、逃げることは、許されませんよ》

「な……なんでよ! あたしたちは、政府軍から見捨てられたんだよ!? そんなヒドイ扱いされて、それでもまだ、政府軍のために戦うの!?」

《そうするしかありません。軍の命令は『この村を死守せよ』です。逃げたりしたら、命令違反となり、罪に問われます。まして、それが敵前逃亡で、それによって軍本部に極めて近い拠点が奪われたとなると、三親死刑に相当する重罪です》

「三親死刑?」

《命令違反を犯した本人はもちろん、その両親、配偶者、子供まで死刑ということです》

「――――」

《さらに、これは私たちデルタ隊だけでなく、この村の全ての人にも適応されます。軍の命令は、『村の人たちと協力し、村を死守せよ』なんですから》

 …………。

 ……なによ、それ。

 なによそれ!!

 戦っても勝ち目はない。降伏しても命の保障はない。逃げても死刑。あたしたちに、どうしろって言うのよ!!

《戦うしかありません》ボットちゃんが、南の丘を見る。《戦って、ルーターを倒すしか、生き残る道はありません》

「そんな! あの大軍を、あたしたちだけで倒すなんて、ムリだよ!!」

《無理でも、やるしかないのです。今、ジョンソン隊長が、村の人たちに事情を話しています》

「村のみんなにも、戦えって言うの!?」

《そうなります。もちろん、強制することはできませんが――》

 ボットちゃんが振り返る。あたしも、そちらを見た。

 そこには、ジョンソン隊長と、ハガルさん。

 そして、村のみんながいた。

 自警団の人だけでなく、村の人、みんなだ。

 その手に武器を持っている。

 軍から支給された銃を、剣を、自警団の銃や剣を。

 武器が行き渡らなかった人は、カマやクワなどの農具で、女の人は、包丁やフライパンなどの調理器具で武装している。

 みんな、決意に満ちた目をしている。

 それは、降伏する者の目でも、逃亡する者の目でもない。

 戦う者の目だった。

「みんな……どうして……?」

 1人1人の顔を見ていく。村長さんに、診療所のハロルド先生に、ケガをしたウォルターさん、さっきは戦うことに反対していたハリーさんに、ウォルターさんの娘のハンナちゃんまでいる。

「どうしてって、村を護るために決まってるだろう」自警団の団長のキースさんが答える。

「でも、本部から援軍は来ないんだよ? 敵は、あたしたちの10倍以上いるんだよ? 勝ち目なんか、無いんだよ……?」

「それでも、戦うしか道がないなら、俺たちは戦うさ。なあ、みんな!」

 キースさんの声に、みんな、「おう!」と、拳を振り上げて応えた。

《と、いうことですね》ボットちゃんが、あたしの肩に手を置いた。《村のみんな、戦う覚悟です。政府軍の兵である私たちが、逃げたり降伏したりするわけにはいきません。イルマ、あなたも、覚悟を決めなさい》

「みんな……本当に、戦うの?」

 あたしの言葉に、村の人たちは大きく頷く。

「なあに、相手は、たかが地底人1000匹だろ? ここにいる100人で、1人10匹倒せば、それで勝てるじゃねぇか!」

 キースさんがそう言うと、みんな、声をあげて笑った。

 1人でルーター10体倒せば勝ち。確かにそうだけど、そんなにうまく行くとは思えない。ムリだ。みんな、殺されてしまう……。

「イルマちゃん、何て顔をしてるんだよ」キースさんが、あたしの肩に手を置いた。「ハイ、笑って。笑顔笑顔」

 え? 笑顔? こんな時に、笑顔なんて……。

 キースさんは続ける。「イルマちゃんは、どんな時でも笑顔を絶やしちゃダメだ。イルマちゃんの笑顔は、みんなを元気にさせる力がある。それは、イルマちゃんの能力なんだから」

 笑顔が、あたしの能力?

 それは、少し前に、ウォルターさんから言われたことと同じだ。

 みんなの方を見た。みんな、大きく頷く。

 みんなが、あたしの笑顔を待っている――そんなことを思った。

 あたしは心を決め。

 いつもの笑顔を、みんなに向けた。みんなも、笑顔を返してくれた。

 その笑顔を見ていると、不思議と、力が湧いてくるような気がした。

 そうだ。まだ、みんな死ぬと決まったわけじゃないんだ。

 戦って、勝てばいい。

 敵を、倒せばいい。

 敵の数は多い。でも、こちらには、歴戦の戦士・ジョンソン隊長とハガルさん、戦闘用クローラーのボットちゃん、そして、腕利きのハンターであたしの王子様、アルヴィスさんがいる。みんなで力を合わせれば、ルーター1000体くらい、きっと倒せる。

「ようし。じゃあ、みんなで、サクッとルーター共を倒しちゃおう!!」

 あたしが拳を振り上げると、みんなも、「おう!」と、拳を振り上げ、応えてくれた。

 よっしゃ! そうと決まれば、さっそく戦闘準備だ! まずは武器の確認。あたしの武器は、真剣1本と、ハンドガン。扱いに慣れてないショットガンやアサルトライフルなどの大型の銃は、村の人たちに渡す。軍の武器を村の人に提供するのはそれなりの手続きが必要だけど、この緊急事態に、そんなこと言っていられない。さすがに頭の固いボットちゃんも、何も言わなかった。

 そうだ。アルヴィスさんにも武器を持って行かないと。

 あたしはアサルトライフルを1本持った。近距離から中距離まで幅広く戦える自動小銃だ。周囲を見回し、中央塔から少し離れた木の下にアルヴィスさんを見つけた。あたしはそちらに走って行った。

「アルヴィスさん」声をかけ、アサルトライフルを差し出した。「これ、良かったら使ってください。アルヴィスさんの剣の腕なら、必要ないかもしれないですけど、今度は、敵の数が多いですから」

 4時間前のルーターの襲撃の時、アルヴィスさんは、剣1本でルーターに戦いを挑み、シーミア2体をあっさりと切り捨てた。残念ながらヴァルロスは逃がしてしまったけど、あのまま戦っていたら、きっと倒していたに違いない。剣1本でも、それほどの強さだ。銃を持てば、さらに強くなるのは間違いないだろう。もしかしたら、1人でルーター1000体を倒してしまうかもしれない。

 アルヴィスさんは、クールな目であたしを見た。

 そして言った。「ありがとう、僕の愛しのイルマ。この銃があれば、あんなサルとゴリラモドキの地底人なんて、あっという間に全滅さ。そうしたら、次は君のハートを撃ち抜いちゃうぞ」いやん。そんなことしなくても、あたしのハートはすでにあなたにずっきゅんされてるのよ。

 ……などと、アホな妄想をしていると。

 アルヴィスさんは(今度は本当に)静かに言った。

「悪いが、俺はここで抜けさせてもらう」

 ――――。

 一瞬、何を言ってるのか分からなかった。

 だから、あたしも何と言っていいか分からない。ただ、黙って、アルヴィスさんを見る。

 アルヴィスさんは、くるりとあたしに背を向け、そのまま歩き始めた。

 ……え? 何? どういうこと? 分からないけど。

「ま……待ってください!」

 呼び止める。

 アルヴィスさんは立ち止まるが、こちらを向いてはくれない。

 あたしは、アルヴィスさんの背に向かって言う。「抜ける……って、どういうことですか? どこに行くんですか? アルヴィスさん」

 アルヴィスさんは黙ったままだ。ただ、冷たい背中をあたしに向けるだけ。

「――戦わない、って、ことですか?」

 訊いてみた。そんな訳はない、と、自分でも思う。剣1本でルーターを圧倒するほどの強さだ。もしかしたら、歴戦の兵士であるジョンソン隊長やハガルさん、戦闘用クローラーのボットちゃんより強いかもしれない。まさしく、あたしたちの中で最強の戦士。そんなアルヴィスさんが、戦わずに逃げるなんて、そんなの、あり得ない。

 でも。

「そうだ。俺は、戦わない」

 アルヴィスさんは、冷たくそう言った。

 カタカタカタ、と。

 手に持っているアサルトライフルが震えている。

 いや、震えているのはあたし自身だ。

 この人は、何を言ってるんだ? 分からない。

 アルヴィスさんは続ける。「たかだか100人の、しかも、その大半は戦闘経験の無い一般人で構成された部隊で、あのルーターの部隊と戦うなど、馬鹿げている。勝てる見込みはゼロだ。俺は、そんな無謀な戦いに付き合うつもりはない」

 そして、そのまま行ってしまおうとする。

「何、言ってるんですか……」

 身体の震えは、さらに大きくなる。

「何言ってるんですか!!」

 叫んだ。

 何事かと、みんながこちらを振り返る。

《イルマ? どうかしましたか?》

 ボットちゃんと、ジョンソン隊長が来たけど、あたしは構わず叫ぶ。

「みんなが戦おうとしてるのに……今まで武器を持ったことすらない人たちが戦おうとしてるのに! アルヴィスさん1人だけ逃げるんですか!? あんなに強いのに! 1人でルーター何匹も倒せるくらい強いのに! どうして戦わないんですか!? この村を! 村のみんなを! 助けようとは思わないんですか!!」

 アルヴィスさんは立ち止まり、ようやく、振り返った。しかし、言葉は冷たかった。

「俺はハンターだ。この村や、村人を護る使命感など、無い」

 その、冷たい言葉に。

 思わず、走って行って、ひっぱたいてやろうとしたけれど。

《よしなさい、イルマ》

 ボットちゃんに止められた。

「何で止めるのよ!?」ボットちゃんを睨む。

《言ったでしょう。強制することはできない、と。彼が戦わないことを選んだのなら、それを止める権利など、誰にもありません》

「そんな!? このまま行かせていいの!?」

《仕方ないでしょうね。まあ、この状況でみんなを見捨てて1人だけ逃げるような恥知らずな人間の助けなど、最初から期待していません》

 ボットちゃんの皮肉にも、アルヴィスさんは表情ひとつ変えない。

 ジョンソン隊長が前に出る。「ここで抜けても、今まで戦った分の報酬は払えないが、それでもいいか?」

「――構わない」

 アルヴィスさんは、再び背を向けた。

 あたしは、その背中に向かって叫ぶ。「……分かったわよ……勝手にしろ! あんたなんかいなくったって、この村は、あたしが命に代えても護って見せるから!」

 しかし、もう、何を言っても振り返らなかった。

 …………。

 ぬがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 何アレ!! 何あの態度!! 腹立つわぁ!! あんな薄情で臆病者のチキン野郎だとは思わなかった!! なんであたし、あんな人にきゅんきゅんときめいてたんだろう!! 返せ!! あたしの青春を返せ!!

《だから言ったでしょう。あんな得体の知れない男をカッコイイなどと言う、イルマの神経が分かりません、と。まったく、イルマは男を見る目がありませんね》

 まったくその通りだ。危うくとんでもないクズ男に引っかかる所だった。もっと、男を見る目を鍛えなきゃな。うん。

 なんて、言ってるうちに。

 0600時になった。降伏して村を明け渡すか、戦うか、ルーターへ返答するタイムリミットだ。

 通信機が鳴る。ジョンソン隊長が出た。

《……ソーラー・テイカー……村を明け渡すカ……戦って死ぬカ……返答を聞コう……》

 ノイズの混じる低い声。ルーターだ。

 ジョンソン隊長が、みんなを見る。

 まだ、戦いを回避することはできる。降伏し、村を明け渡すことはできる。そうすれば、命の保障はすると、ルーターは言っているんだ。それを信じて、降伏することもできる。

 しかし。

 村のみんなの目は、戦う意思を失っていない。

 大きく頷いた。

 ジョンソン隊長は、通信機に向かって、力強く言う。

「――クソ喰らえだ」

 村人たちは、武器を振り上げて歓声を上げた。

《……残念ダ……でハ……これより……攻撃を開始すル……》

 通信が切れた。もう、後には引けない。もちろん、後に引く気など無いが。

 ジョンソン隊長が、みんなの前に立った。

「よし! みんな! いよいよ戦闘だ!! 敵の数は多いが、恐れることは無い!! 地底のブタヤロウを、殺して殺して、殺しまくれ!!」

 再び上がる歓声。高い士気だ。イケる。この戦い、絶対に勝てる! そう思った。

 ――その時。

 南の丘の方に、ピンク色の光が見えた。

 何? と、思う間もなく。

 その光が、矢となって。

 ジョンソン隊長の胸を、貫いた――。



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