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笑顔と恐怖心

 ルーターの襲撃に備え、夜の巡回を続けるあたしたちデルタ隊の3人+1体と、村の自警団のみんな、そして、ハンターのアルヴィスさん。殺伐とした戦場に一輪の恋の花が咲きかけたのもつかの間、突如、村に鳴り響くサイレンと、ルーターの襲撃を知らせる無線連絡。あたしはボットちゃんと一緒に、襲撃のあったと思われる村の南側へと走った。

《ジョンソン隊長、敵の数は分かりますか?》ボットちゃんが、無線機能を使って隊長に訊く。

《今の所確認できたのは『シーミア』が数体だ》隊長の無線が返って来る。

 地底に住んでいると思われる異種族・ルーターは、現在10種ほどの種族が確認されている。『シーミア』はその中の1種で、小型のサルのような姿をした生物だ。体長2メートルを超える個体がほとんどのルーターの中ではかなり小柄な種族で、大きいものでも体長150センチほどしかなく、力は弱いが、その分すばしっこいのが特徴だ。知能はかなり低いと見られているが、ハンドガンやナイフ程度の小型武器を使うことは可能で、仲間同士で連携を取ることもでき、決して侮れない敵だ。

《了解しました》ボットちゃんが通信を終え、あたしの方を見た。《イルマ。敵がシーミア数体なら、落ち着いて戦えば、今のあなたでも十分に倒せますよ》

 あたしは無言で頷いた。

 実戦経験の無い訓練兵のあたしは、当然、ルーターを見たことが無い。シーミアに関する知識は、政府軍の資料から得たものだ。軍の訓練場ではルーターの強さを再現した訓練用のクローラーを使って戦闘シミュレーションを行うこともあり、あたしはそのシミュレーションで5体の訓練用シーミアと戦ったことがある。その時はかなり苦戦したけど、なんとか倒すことはできた。だから、ボットちゃんの言う通り、落ち着いて戦えば、あたしでも十分倒すことは可能だろう。しかし、シミュレーションと実戦とでは、勝手が違うのは明らかだ。本当にあたしなんかがルーターと戦えるのだろうか? 不安は消えない。

 それに。

《ただし、注意してください》ボットちゃんが言葉を継ぐ。《ルーター共が、シーミアだけで戦闘を仕掛けて来るとは思えません。どこかに必ず、指揮している者がいます》

 ゴクリ、と、息を飲むあたし。

 そう。知能の低いシーミアは、多くの場合、知能の高い別の種族に率いられているのだ。それらの種族との戦闘シミュレーションで、あたしが勝ったことは、無い。

《大丈夫ですよ》ボットちゃんは、あたしの心を見透かしたように続ける。《シーミア以外の種族がいたら、私が倒します。ジョンソン隊長やハガルさんも、かつては戦闘の最前線で多くのルーターを倒した歴戦の兵士ですから、この程度の規模の戦闘なら楽勝でしょう。あなたは決して無理をせず、退くときは退いてください》

 ……くそ。普段はウザいくらいに口やかましいロボットのくせに、こういう時に優しい言葉をかけてくれるなんて。こんな風に言われると、逆に逃げるわけにはいかなくなる。

「分かった、ありがとう。でも、あたしも政府軍の兵士。しかも、人類最強のホルダーなんだから。情けない戦いは、絶対にしない。この戦いで大活躍して、訓練兵を卒業してやるんだから!」

《……そうですね。その意気です》

 あたしたちはお互い頷きあった。

 村の南側は村人の居住区だ。中央に、北から南にかけてレンガを敷き詰めた原始的な道が通っており、その両脇に、木造の小さな家が30戸ほど建っている。あたしたちデルタ隊のメンバー4人と村長以外の村人は、ほぼ全員この一帯に住んでいる。幸い、今夜はみんな、村の東側にある村長宅や集会場、村中央のデルタ隊駐屯基地に避難しており、この一帯には誰もいないはずだ。

 しかし。

 道の真ん中に、倒れている村人の姿が見えた。

 そして、そのそばには、小型のサルのような生き物が2匹立っている。間違いない。シーミアだ!

《シーミアを2体確認。ナイフを所持。銃火器は見当たらず》ボットちゃんが、ロボットらしく素早く分析する。《しかし、気を付けてください、イルマ。もしかしたら、どこかに銃を隠し持っている可能性も――》

 あたしは、ボットちゃんの言うことを無視して、全速力で走った。村の人が襲われているのに、悠長に敵の分析をしている場合ではない。剣を振り上る。こちらに気づき、振り返るシーミア。歯をむき出しにし、威嚇してくる。

 あたしは走り、そして――。

 ――――!

 どてーん。

 何にもないところで躓き、転んでしまった。いったー。剣を振り上げて走るのって、意外と難しいな。

《……まったく、何をやってるんですか》

 ボットちゃんが倒れたあたしを飛び越えてシーミアに向かっていく。シーミアたちも、ナイフを振りかざして向かって来る。2匹同時に跳んだ。危ない! と、思ったけど、ボットちゃんにそんな心配は無用だった。ボットちゃんは足を止めずそのまま剣を抜き、2体のシーミアに対して横薙ぎに振った。その一振りで、2体のシーミアは、身体を真っ二つに斬り裂かれる。どさどさどさ、と、さっきまでシーミアだったものが地面に転がった。おお。スゲェ。さすがは戦闘用クローラーのボットちゃんだ。

 普段、剣の稽古をつけてもらってるから、ボットちゃんが強いのは知ってるけど、実戦を見るのは初めてだ。実は口だけで弱いんじゃないのか、と、ほんのちょっと疑っていたりしたんだけど、そんなことも無いらしい。

 ……と、そんなことに感心してる場合じゃないな。

 あたしは立ち上がり、倒れている村人に駆け寄った。村の自警団のウォルターさんだった。さっき、デルタ隊の駐屯基地にいた女の娘、ハンナちゃんのお父さんである。右の太ももを押さえ、苦しそうな表情。太ももはバックリと斬り裂かれていた。

「ウォルターさん! 大丈夫ですか!?」

 あたしが呼び掛けると、ウォルターさんは、苦しそうな表情をわずかに緩めて微笑んだ。「イルマちゃん。大丈夫。大した傷じゃないよ」

 その笑顔に、少し安心する。確かに、傷は見た目こそ大きいものの、出血の量は少なく、深いモノではなさそうだ。あたしは応急手当のキットを取り出し、手早く治療した。

《ウォルターさん。他の自警団の方は、どこへ行きました?》ボットちゃんは周囲を見回しながら訊いた。

「分からない。戦っている途中ではぐれてしまって。でも、ジョンソン隊長とハガルさんは、村の西側へ向かったようだから、みんな、そっちに向かったんだと思う」

 村の西側は、畑や田んぼがある地区だ。この時間に村人がいる可能性は低いだろう。

 と、その時、タタタタン、と、乾いた銃声が夜空に鳴り響いた。村の西側からだ。

《どうやら、そのようですね》ボットちゃんが、銃声の聞こえてきた方を見て言った。

「じゃあ、すぐに応援に行こう」あたしは立ち上がる。

《――ところでイルマ。あなた、武器は持ってきたのですか?》ボットちゃんが、あたしの姿をまじまじと見た。

 あ、そうだった。すっかり忘れていた。

 あたし、アルヴィスさんにノリマキの差し入れをするために外に出ただけだから、武器は、ほとんど駐屯基地に置いたままだ。今持っているのは、真剣1本と、充電切れのエナジーソードだけだ。

《ハンドガンすら持ってないのですか? それで戦場に来るなんて、呆れて言葉も出ないですね》

 このお喋りロボットから言葉が出ないなんてことは、たとえエネルギーが0になってもありえないと思うけどな。でも、今回はボットちゃんの言う通りだ。ハンドガンすら持たずにルーターと戦おうなど、無謀この上ないだろう。相手はよわっちい種族のシーミアとは言え、ビーム兵器を持っているかもしれないのだ。こちらもそれなりに武装していないと、お話にならない。

「でも、それはボットちゃんも同じでしょうが」

 あたしはボットちゃんを指さした。ボットちゃんもあたしと同じく、真剣を1本持っているだけで、アサルトライフルなどの銃火器は持っていない。

《イルマ、私には、銃など必要ありません》

 ……まあ、そうなんだよね。

 ボットちゃんは、見た目は人間と同じだけど、政府軍が開発した戦闘用クローラーなのである。銃を持って戦うこともできるけど、そんなものを持たなくても、身体のいたる所に武器が仕込まれているのだ。例えば、右腕は手の部分を外すと剣が飛び出し、左手を外すとマシンガンになっている。グレネードやロケットランチャーを仕込んでいるというウワサもあるし、武器などむしろ持たない方がいいのだ。

《仕方ありませんね。隊長たちの所へは私1人で向かいます。イルマ、あなたはウォルターさんと一緒に、1度駐屯基地に戻りなさい。武器を持ったら、基地で待機。いいですね?》

「えー。そんなぁ。あたしもボットちゃんと一緒に行くよ。大丈夫。あたし、銃の使い方、よく分かんないから、持っててもどうせ使えないし。剣があれば大丈夫だよ。みんなが戦ってるのに、あたし1人逃げるなんて、そんなの、できない」

《逃げるのではありません。これは、重要な任務です》

「任務? 基地に帰って、待機してるのが?」

《いいえ。ウォルターさんを基地まで連れて帰ることが、です》

 ――ウォルターさんを、基地まで連れて帰る?

《そうです。ウォルターさんの傷は、決して深くは無いですが、それでも、ここから、基地やみんなのいる集会場まで、1人で歩いて帰るのは無理でしょう。敵はどこに潜んでいるか分かりません。ここにいたら、別の敵に襲われる可能性も、十分にあるのです。イルマ。私たちデルタ隊の一番の使命は、敵を倒すことではなく、村の人を護ることなんですよ》

 あたしたちの使命は、村の人を護ること。確かに、ボットちゃんの言う通りだ。敵を倒しても、村の人を護れなければ、意味が無い。

 あたしは、大きく頷いた。「分かった。じゃあ、あたし、ウォルターさんと一緒に、基地に戻る」

《いい娘です》ボットちゃんは、優しく微笑んだ――ように見えた。実際はロボットだから、感情は無いのだが。

「じゃあ、ウォルターさん、行きましょう」あたしは、ウォルターさんに肩を貸した。

《ではイルマ、気を付けて。ウォルターさん、イルマのこと、よろしく頼みますよ》ボットちゃんは、あたしとウォルターさんを交互に見た。

「ああ、任せておけ」ウォルターさんは、親指を立てて微笑んだ。「イルマちゃんは、俺が命に代えても護って見せるから」

「……いや、2人とも、逆でしょ。あたしにウォルターさんのことをよろしく頼んで、あたしが命に代えてもウォルターさんを護るんでしょ」

《細かいことは、気にしないでください。では、私はもう行きます》

 そう言って、ボットちゃんは銃声鳴り響く西地区の方へ走って行った。

 なんだかいいように丸め込まれたような気もするけど、まあいい。あたしは、ウォルターさんと一緒に、ゆっくりと、駐屯基地へ向かって歩いた。

「はぁ。娘にカッコいいところを見せるチャンスだったのに、こんな姿で帰ったら、ガッカリするだろうな」ウォルターさんは、自嘲気味に笑った。

「そんなことないですよ。ウォルターさんは、村を護るために立派に戦ったんです。ハンナちゃん、喜ぶと思いますよ」

「だといいんだが……」

「そう言えばハンナちゃん、もうすぐ10歳の誕生日ですよね?」

「ああ、そうなんだ。元気に育ってくれて、かみさんも天国で喜んでるだろう」

「そうですね」あたしは、笑顔で言った。

 ウォルターさんの奥さんは、もともと身体が弱い人だったらしく、ハンナちゃんを産んだ2年後に、病気で亡くなったらしい。以来8年間、ウォルターさんは男手ひとつでハンナちゃんを育ててきたのである。

「ハンナが大人になるまでには、この戦争が終わるといいんだが」ウォルターさんは、遠くを見つめながらつぶやいた。

 この戦争――今夜の襲撃のことではないだろう。人類とルーターとの、500年にわたって続いている戦争のことだ。

「大丈夫。きっと、平和は訪れます」あたしは、そう答えた。戦争が終わる、とは言えなかった。500年間も続いている戦争だ。あと10年ほどで終わるとは言えない。まして、戦況は我々人類が極めて不利な状態だ。10年以内に戦争が終わるとしたら、それは、人類が敗北した時の可能性が高い。

 それでも、この村には、きっと平和は訪れる。

 そういう想いを込めて、あたしは微笑んだ。

 ウォルターさんも、笑顔を返してくれる。「イルマちゃんの笑顔を見ていると、なんだか安心するよ。本当に戦争が終わって、平和が訪れるんじゃないか、って、そんな気がする」

「そうですか? ありがとうございます」

「お昼の、デルタ隊の基地での作戦会議の時、イルマちゃんは、『ホルダーなのに役に立つ能力を持っていない』って言ってたけど、僕は、そんなことは無いと思うんだ。イルマちゃんは、凄い能力を持っているよ」

 凄い能力? 何だろう? アルヴィスさんにも褒められた、ノリマキをキレイに巻く能力かな?

「イルマちゃんの、その笑顔だよ」ウォルターさんは、笑いながらそう言った。

 あたしの、笑顔? 笑顔が、なぜすごい能力なのだろう?

「イルマちゃんって、どんなときも笑顔を絶やさないよね。イルマちゃんの笑顔を見ていると、なんだか、すごく元気になるんだ。自然と、自分も笑顔になれるんだよ。きっと、村の人みんな、僕と同じだと思う。みんなを元気にできる、みんなを笑顔にできる。それって、本当に、凄い能力だよ」

 あたしの笑顔が、凄い能力? そんなこと言われたのは初めてだ。確かに、あたしはなるべく笑顔でいるように心がけている。それが、みんなを元気して、みんなを笑顔にしているのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

「でも、さすがにそれは大袈裟ですよ」ちょっと照れて言う。「でも、嬉しいです。ありがとうございます」

 あたしたちはお互いに笑い合い、そして、基地に向かって歩いた。

 しばらく歩いたところで。

「――――」

 振り返るあたし。

「イルマちゃん? どうかしたのかい?」ウォルターさんが不思議そうな顔をする。

「……なんか、気配を感じて」

「気配?」

「ええ。気のせいかもしれないですが……」

 あたしは油断なく辺りの様子を伺う。何かがいる。そんな気がするけど、姿は見えない。夜空には2つの月が輝いており、今夜はかなり明るい。敵が闇に紛れ込んでいる可能性は低いけど、それでも、遠くの方は薄暗くてよく見えないし、建物の陰など、身を潜める場所は豊富だ。どこだ? どこにいる? 気配を探る。何かを感じた。気のせいではない。確かに、何かいる。獣のような息づかいが聞こえる。顔を上げる。いた! 右の建物の、屋根の上! 右手に持つ武器をこちらに向けている! 小型のサルのような生き物、シーミアだ!

 シーミアの右手の武器が黄色い光を発した。あれは、ビームガンだ。ルーターが使うビーム兵器の1つで、ハンドガンのビーム版と言ってほぼ間違いない。しかし、ビーム兵器だけに、威力はハンドガンとは比べ物にならないほど強力だ。

 シーミアがビームガンを撃った。黄色いボール状のビーム弾が2つ、こちらに向かって来る!

 ――大丈夫! この距離なら、十分かわせる!

 そう思った。ビームガンは、威力こそ強力だが、弾速は遅く、あたしみたいな訓練兵の動体視力でも、十分に目視できるほど遅い。恐らく時速にすれば100キロを少し超えるくらいだろう。もちろん、間合いが近くなればかわすことは難しくなるけれど、あたしたちとシーミアの距離は50メートルほど離れている。ウォルターさんが足にケガをしているとはいえ、十分にかわせるだろう。さらに、もともと知能が低いシーミアは、射撃の精度もそれほど高くない。この距離では、そもそも弾が当たる可能性が低いだろう。

 思った通り、2発のビーム弾は、あたしたちからかなり離れた場所に着弾した。シーミアは立て続けにビームガンを撃ってきたが、そのほとんどが見当違いの場所に当たり、それでも2発ほどあたしたちに向かって来た弾があったけど、少し動いただけでかわすことができた。

 やがて、シーミアの持つビームガンが、液体が蒸発するような音を発した。エネルギー切れだ。ビームガンはハンドガンなどの実弾系の銃と違い、すぐに弾をリロードすることはできない。エネルギーの充填には大型のエネルギー供給システムが必要なので、基地でしかできないのだ。

 シーミアは忌々しそうな表情でビームガンを見つめていたが、やがてそれを投げ捨てた。そして、腰に下げていたナイフを鞘から抜き、屋根の上から飛び降りて、こちらに向かって来る。

「ウォルターさん。なるべく、あたしから離れていてください」

 剣を抜き、構えるあたし。ウォルターさんは足を引きずりながら後ろへ下がった。シーミアがナイフを振り上げ向かって来る。大丈夫。あたしは、政府軍訓練場での戦闘シミュレーションで、5体のシーミア相手に戦って勝ったんだ。1体くらい、余裕で蹴散らしてやる。まっすぐこちらに向かって来るシーミア。剣の間合いに入ったら、一撃で決める。そう思い、剣を振り上げた。

 しかし。

 剣の間合いまであと数歩というところで、突然、シーミアの姿が消えた!

 続いて、右側で何かを蹴る音がする。

 反射的に、前方へ跳ぶあたし。

 次の瞬間、あたしの立っていた場所を、シーミアのナイフが斬り裂いた!

 危なかった! シーミアは、あたしの剣の間合いに入る寸前に右側の建物に向かって飛び、壁を蹴って三角跳びの攻撃を仕掛けてきたんだ。見た目通り、猿のように素早い動きだ。

 攻撃を外したシーミアだったけど、すぐに地面を蹴り、あたしに向かって来た。キン! 鋭い金属音が鳴り響く。シーミアの攻撃を、剣で受け止めるあたし。シーミアは立て続けにナイフで攻撃してくる。防戦一方のあたし。くそ。思っていた以上の素早さだ。戦闘シミュレーションのシーミアより、数段早い。しかしこれは、あたしの早送り能力が発動したわけではない。あの能力が発動したら、こんな早さ済まないだろう。これが、本物のシーミアの素早さ。このシーミアが手練れなのか、軍のシーミアのデーターが間違っていたのかは分からないけど、どちらにしたって、このままじゃちょっとヤバいぞ! なんとか反撃に転じないと! 大丈夫! シミュレーションより素早いとはいえ、相手は1体。あたしは5体同時に戦ったんだ。きっとなんとかなる! 攻撃を受けながら、あたしは冷静にそう考えていた。相手の動きを観察する。相手の武器はナイフで、こちらは剣。リーチはあたしの方が長い。間合いは離した方が有利だ。よし! 一瞬の隙をつき、どん! と、あたしはシーミアを押し返した。よろよろと後退するシーミア。あたしは大きく振りかぶり、剣を振り下ろした。がしん! 響き渡る金属音。ナイフに受け止められた剣。あたしは攻撃の手を休めない。今度は右から斬りつける。受け止められる剣。続いて左から、次は上から。今度は、シーミアの防戦一方だ。よし! このまま攻めきってやる! 5回目の攻撃で、シーミアの体勢が大きく崩れた。今だ! 必殺の一撃を打ち込むあたし。完全に捉えたと思った。しかし、あたしの剣は、虚しく空を斬る。シーミアの姿が、また消えたのだ。そして、左側で、壁を蹴る音。三角跳びの攻撃だ。

 ――2度も同じ手を喰うかよ!

 あたしは、軽く上体を逸らしてシーミアのナイフをかわし、横に回転しながら、水平に剣を振った。手応えあり!

 スタ、と、着地したシーミア。

 その上半身が、ズルリと横にずれ、地面に落ちる。

 そして、残された下半身もバタリと倒れた。

 よし! 思わずガッツポーズ。あたし、イルマ・インフィールドの、記念すべき実戦初勝利だ! ボットちゃんに見せられなかったのが残念だけど、ウォルターさんに証言してもらって、後で自慢しよう。うん。

 などと、のんきなことを考えていたら。

「イルマちゃん! 危ない!」ウォルターさんの声。

 へ? 何? 辺りを見回す。黄色い光の弾が見えた。ビームガンの弾だ。しかも、左右から2つ! 危ない! とっさのことで体が動かず、ただ身を縮めるしかできないあたし。幸いビーム弾は、あたしから大きく外れた地面に着弾した。ふう。危なかったぁ。狙いが正確だったら、避けられなかったな。あたしはビーム弾の飛んで来た方向を見た。左右両サイドの建物の上に、シーミアが1体ずつ。あたしに向けてビームガンを構えている。くそう。挟み撃ちか。

 2体のシーミアは立て続けにビームガンを撃つ。相変わらず弾速は遅く狙いもデタラメだけど、さすがに挟み撃ちはキツイぞ? いや、悲観的になるな。ポティシブシンキングはあたしの得意技の1つだ。なんとかなる。あたしはビーム弾の動きに全神経を集中させる。敵の銃の腕前は今ひとつで、全ての弾があたしに向かって飛んで来るわけではない。何十発撃たれようとも、あたしを正確に狙っているのは、せいぜい2、3発だ。その弾だけを、最少の動きでかわせばいい。大丈夫! イケる! あたしは子供の頃、ドッジボールは得意中の得意だったんだから!

 予想通り、多くのビーム弾はあたしを外し、正確に飛んで来るのはわずかだ。身を屈め、あるいは地面を蹴り、冷静にビーム弾をかわしていく。いいぞ。このままかわし続ければ、すぐにビームガンはエネルギー切れとなるだろう。そこから反撃だ!

 しかし!

 突然、敵のビーム弾が、それまでの倍のスピードで飛んで来た。突然でビックリしたけど、なんとかしゃがんでかわすことができた。あぶなー。なんだよいきなり。ビーム弾の弾速がアップするなんて、聞いてないぞ? 顔を上げると、さらにスピードアップしたビーム弾が飛んで来る。ビーム弾だけでなく、シーミアのビームを撃つ間隔も早くなっている。

 しまった! 能力が発動したんだ!!

 あたしの能力・時間を早送りする力だ。ボットちゃんの説教が始まった時に発動すると超無敵なんだけど、戦闘中に発動すると、あたしは極めて窮地に追い込まれる! 恐れていたことが起こってしまった!

 絶体絶命のピンチだったけど、それでもあたしは、倍近いスピードのビーム弾を何とかかわしていく。いいぞ、イケる! 能力の発動時間は、長くても、実際の時間で1分くらいだ。このままかわしきってやる!

 右側からの攻撃、4発目のビーム弾をかわした瞬間、弾速が通常のスピードに戻った。よし! なんとか耐えたぞ!

 と、思った時。

 予想外の所から、ビーム弾が飛んで来た。

 向かって右側の、建物と建物の間。薄暗い小さな路地から、青いビーム弾が飛んで来たのである! それも、6発連続で! 今シーミアのビーム弾をかわしたところだから、あたしの体勢、完全に崩れている! これはマズイ! かわしきれない!

「イルマちゃん!!」

 ウォルターさんの声。

 傷ついた足で、こちらに向かって走って来るのが見えた。

 ドン! 突き飛ばされるあたし。尻餅をついて倒れる。

 さっきまであたしが立っていた場所に、ウォルターさんが立つ形になった。

「――――っ!!」

 短い悲鳴。

 ビーム弾の勢いに飛ばされるウォルターさん。バタ、と、地面に倒れた。

「ウォルターさん!!」駆け寄る。

「大丈夫……かすっただけだよ」

 顔を上げるウォルターさん。苦痛に顔を歪めながらも、何とか笑顔を見せようとする。良かった……と思ったのもつかの間。

 肉の焦げる嫌な臭いが鼻を突く。

「――――!」

 ウォルターさんの右肩を見て、言葉を失うあたし。

 右肩は、大きくえぐられていた。

 傷口は黒く焦げていた。ビーム弾による傷だ。かすっただけで肩の大半を失ってしまうなんて、何て強力な武器だ。幸い傷口が焼け焦げているため、出血は少ない。すぐに診療所に行って治療すれば、命に別状はないだろう。

 しかし。

 ズシン、と。

 わずかに、地面が揺れた。

 建物の間の薄暗い路地。青いビーム弾が飛んで来た場所から、ゆっくりと姿を現す、大きな影。右手にビーム兵器を持ち、左手には幅の広い大きな剣を持っている。

「……ソーラー・テイカー……」

 地の底から響くような声で言い、あたしたちを睨む。

 ソーラー・テイカー――古い母星の言葉で、「太陽光を食べる者」という意味だ。ルーターが、あたしたち人類を呼ぶときによく使われる言葉である、と、訓練場で習った。

 現れたのは、毛のないゴリラのような姿をしたルーター。10種類ほど確認されているルーターの種族の中で、最も数が多いと言われている種族、ヴァルロスだ。身長は2メートルをはるかに超え、体重は100キロ以上。力も強く、人語を話すほど知能も高い種族だ。

 建物の上にいた2体のシーミアが降りてきて、ヴァルロスに従うように、両脇に立った。ボットちゃんの言った通り、シーミアだけで攻撃を仕掛けてきたわけではなかった。やはり、指揮するヤツがいたのだ。

 ヴァルロスが鋭い目で睨む。あたしは剣を構え、ウォルターさんを護るように立つ。

 しかし。

 その足が、手が、震えていることに、あたしは気づいた。

 ――何? これ。

 震えを止めようとするけど、止まらない。止められない。

 武者震いではない。これは、恐怖で震えているのだ。

 あたしは、ヴァルロスを恐れている。

 それも当然だった。初めての実戦。初めて見るヴァルロス。戦闘シミュレーションで何度か戦ったことはあるけど、勝ったことは1度も無い。まして、さっきのシーミアとの戦いで、実戦とシミュレーションは全然違うとことが分かった。さらには、相手は連射できるビーム兵器、ビームマシンガンを持っている。こちらに銃はない。どんなにあたしがポティシブシンキングでも、勝てる要素が見当たらない。

「ダメだ、イルマちゃん。逃げるんだ」後ろで、ウォルターさんが言う。

 勝ち目がない以上、そうするしかない。しかし、それはできない。ウォルターさんは脚と肩にケガをしている。ヴァルロスは身体が大きい分、動きは鈍い方だけど、それでも、今のウォルターさんと一緒に逃げるのは不可能だろう。向こうには素早いシーミアもいる。逃げることはできない。戦うしかない。

「ダメだよ、イルマちゃん。僕のことは放っておいて、早く逃げるんだ!」

「そんなこと、できるわけないじゃないですか。ウォルターさんが死んだら、ハンナちゃんが悲しみます」

「だからって、ここで2人一緒に死ぬわけにはいかないだろ? イルマちゃん、君だけでも生きるんだ!」

「大丈夫です。ヴァルロスの1人や2人、余裕で倒して見せます。あたし、これでも、人類最強の超能力戦士・ホルダーなんですから」

 その能力は役に立たないどころか逆に足を引っ張るのだけど、それでもあたしは戦うしかない。とにかく攻めろ。相手に攻撃する隙を与えるな。攻めて攻めて、攻めまくるんだ。

 そう思っても。

 震える身体は、ピクリとも動かなかった。

 くそ! 何してんだよあたし! 戦わないといけないのに。ウォルターさんを護らないといけないのに、なんで身体が動かないんだよ!

 震えは止まらない。1度心をむしばんだ恐怖は、あたしに死を突きつける。悔しくて、情けなくて、あたしは涙を流していた。

 ヴァルロスが、ニヤリと嗤い。

 銃口を向けた。

「死ネ」

 トリガーに指が掛かる。

 もうダメだ! 諦めたその時。

 あたしの頭上を、何かが飛び越えた。

 驚異的なスピードで、ヴァルロスとの間合いを詰める黒い影。背中に背負った剣を抜くと同時に、ヴァルロスに斬りかかっていた。

「――――!」

 ヴァルロスは、その巨体からは想像もつかない素早い動きで後方に飛び、鋭い剣の一撃をかわす。

 空を斬った剣だったけど、すぐに右に動いた。ヴァルロスの側に立っていたシーミアを一刀で斬り捨て、返す刀が左のシーミアの胸を貫いた。

「おのレ!」

 怒りの声とともに、ビームマシンガンを撃つヴァルロス。6発の青い光の弾が飛んで来る。現れた人は左手でシーミアを掴み、それを盾にしてビーム弾を受け止めた。ヴァルロスはさらにビーム弾を撃って来るが、それを全て受け止め、さらに間合いを詰める。そして、剣を振るった。身体を後ろに下げ、剣の一撃をかわすヴァルロス。剣はヴァルロスのビームマシンガンを真っ二つに斬り裂いた。盾にしていたシーミアを投げ捨て、両手で剣を持ち、さらに一撃加える。だがヴァルロスも手強い。左に持つ剣が素早く動き、その攻撃を受け止めた。がきん! 鋭い金属音と飛び散る火花。鍔迫り合いの状態になり、しばらく睨み合う2人。ヴァルロスが、その怪力で相手を弾き飛ばした。空中でクルっと1回転して華麗に着地し、剣を構える。

 その姿を見て。

 きゅんきゅんきゅんきゅんきゅーん。

 連続でかわいらしい音が鳴り響き、ふぁごふぁごした心がきゅっと引き締まる。

 ああ、あたし、完全に恋する乙女と化してしまった。

 現れたあたしの王子様・アルヴィス・ディムナ様は、剣を構え直し、クールな視線でヴァルロスを睨んだ――。



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