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恋する乙女とヤキモチロボット

 平和なダーリオ・リパブリック村に突如現れた十数体のゾンビたち。なんとかやっつけることはできたものの、ゾンビの出現は、人類最大の敵・ルーターが村の近くに現れたことを意味していた。村に戻ったあたしたちデルタ部隊のメンバーと村人、そして、通りすがりの見知らぬお兄さん改めハンターのアルヴィス・ディムナさんは、村に建てられた政府軍・デルタ隊の駐屯基地(と言っても、20メートル四方の、粗末なプレハブ小屋だけど)で、さっそくこれからの対策を練ることにした。

《――軍本部からの回答は今のところありません。まあ、本部の腰が重いのはいつものことですから、援軍の到着は、早くても10時間は掛かるかと》

 政府軍本部に援軍を要請したボットちゃんが、集まったみんなに報告する。援軍の到着まで10時間。軍本部のあるエスメラルダとこのダーリオ村は50kmしか離れていない。輸送機を使えば30分と掛からない距離だけど、まあ、軍隊を動かすというのは、そう簡単なことではないのだろう。

「敵部隊の規模は分からんが、こちらは兵も武器も足りない。とにかく急がせろ」と、ジョンソン隊長が言った。

 現在ダーリオ村に駐屯している兵は、政府軍兵3人(訓練兵含む)、政府軍戦闘用クローラー1体、ハンター1人、村の自警団20人、である。そして武器は、軍から支給されているアサルトライフル4挺、ショットガン2挺、サブマシンガン2挺、ハンドガン4挺、グレネード10個、真剣4本、人類最強の武器エナジーソード1本(充電切れ)。後は、自警団が持っている銃と剣、自作のパイプボムや火炎瓶だけだ。弾薬も少なく、ルーターと一戦交えるには、何とも頼りない限りである。

「あんたの武器は、剣だけか?」ジョンソン隊長がハンターのアルヴィスさんに訊いた。

 アルヴィスさんは、ああ、と、短く答えた。

 さっき、アルヴィスさんが走るゾンビと戦うのを見ていたけど、剣の腕は超一流だった。それでも、銃火器を持っていないのは心もとないな。

 あたしは、自分のアサルトライフルとサブマシンガンを差し出した。「良かったら、あたしの銃を使ってください。あたし、まだ訓練兵だから、銃の扱いに慣れてないので」

《イルマ。ハンターに軍の武器を提供するには、それなりの手続きが必要なのですよ》ボットちゃんが言った。

「緊急事態なんだから、そんな細かい事、別にいいでしょ?」

《ダメです。規則を守らないと、厳しく罰せられます》

 そんなもん、黙ってりゃわからないだろうに。ホントに融通が利かないな、コイツは。

「必要ない」アルヴィスさんは低い声で言った「銃が必要なら、敵から奪い取る」

 おお。さすがは腕利きのハンターである。武器は敵から奪う、いわゆる鹵獲ろかくというヤツだ。圧倒的に物資が不足している政府軍にとって、鹵獲は、非常に重要な行為なのだ。

「それよりも、一つ訊いておきたい」アルヴィスさんが、あたしを見る。「その訓練兵の娘は、『ホルダー』か?」

 その一言で、みんなの視線が一斉にあたしに注がれた。

「あ……はい、一応」なんとなく恥ずかしくて、小さな声で答えるあたし。

 ホルダー。人類最強の超能力戦士である。テレポートやヒーリングなどの能力で、かつて戦場で大活躍だったが、現在その数は激減。政府軍が把握しているホルダーは4人で、そのうちの1人があたしだ。ボットちゃんはあたしのことを「人類最後の希望」なんて言うけれど、あたしの能力は、そんなスゴイものではない。

「能力は何だ?」

 アルヴィスさんの質問に、思わず言い淀むあたし。

 能力は何か? これは、あたしが最も苦手とする質問である。あたしがホルダーだと分かると、みんな、目を輝かせてこの質問をする。その質問に、「早送りの能力です」と答えると、一瞬言葉に詰まり、しかしすぐに、それはどんな能力か訊いてくる。そして、詳しく説明すると、目が点になり、やがて、落胆と同情の入り混じった微妙な表情になるのだ。これまで、何度となく経験したことである。どうしよう? アルヴィスさんに本当の能力を知られるのは恥ずかしいな。ここは、時間を操る能力です、と言っておこうか? ウソではないし、きっとアルヴィスさんは、時間を止めたりスローにしたりする能力を想像するだろう。うん。それがいい。そうしよう。

 などと思っていたら。

《イルマの能力は、時間を早送りする能力です。時間を止めたり、スローにしたりする能力とは全く逆。戦闘では役に立たないどころか、かえって不利になる能力です》

 ありがたいことに、憎きロボット野郎が先に説明してくれる。

 それを聞いたアルヴィスさん。まず目が点になり、そして、憐れむような、同情するような視線になった。やっぱり、そうなるのか。

《剣も銃もまだまだ未熟ですから、彼女を戦力として考えない方がいいですよ》ボットちゃんがさらに言った。

「そんなことないもん! あたしだって、ちゃんと役に立つ能力持ってるもん!」両手をブンブン振って抗議するあたし。

《ほう? それは初耳ですね。どんな能力ですか?》

「それは……その……」言葉に詰まるあたし。ホルダーの中には複数の能力を持っている人もいたらしいけど、残念ながらあたしの能力は、今の所早送り能力1つだ。

《どうしたんですか? 新たな能力を取得したのなら、早く報告してください。それはひょっとしたら、この村だけでなく、人類全体を救うことになるかもしれないのですから》ロボットのくせにニヤニヤ意地の悪い顔をするボットちゃん。

「うーんと……えーっと……そうだ! あたし、ノリマキをキレイに巻けるもん!!」

 そう言った瞬間。

 しーん。世界は、静寂に包まれた。アルヴィスさん、何言ってるんだコイツ、という表情。

「あ、えーっと、ノリマキというのは、東方の古い郷土料理で、煮魚とかシイタケとかタマゴ焼きとかを、お酢や砂糖で味付けしたご飯と海苔で巻いたもので、おいしいんですけど、味と同じくらい、見た目も重要な料理で、キレイに巻くのは、結構技術が必要なんです」慌てて補足説明をするあたし。

《イルマ。アルヴィスさんが訊きたいのはノリマキの説明ではなくて、ノリマキを巻けることが、戦闘でどう役に立つのか、だと思いますよ》

 だから、わかってるっつーの。キッ! っと、ボットちゃんを睨みつける。ボットちゃんは、おおこわ、という感じで肩をすくめた。

「ま……まあ、確かにイルマちゃんのノリマキはおいしいし、見た目も綺麗だからね、うん」

 村の自警団の団長であるキースさんがそう言い、みんながうんうんと頷いてくれる。さすが。食事を必要としないロボット野郎と違い、村の人はみんな、ノリマキのことをよく分かってくれている。優しい人たちで良かった。

 アルヴィスさんを見る。呆れているような笑っているような表情で、視線を落とした。

 くっそー。ボットちゃんめ。アルヴィスさんの前で恥をかかせやがって。覚えてろよ。

「――話を元に戻すぞ」

 と、ジョンソン隊長。どうもこの村の人たちは緊張感がなくていけないな。

「これより24時間体制で村の警備に入る。私とハガルで、村中央の見張り塔に立とう」

 隊長の言葉に、ハガルさんは黙って頷いた。ハガルさんはデルタ隊の副隊長で、長年ジョンソン隊長と行動を共にしてきた兵士だ。

 続いて、ジョンソン隊長はあたしを見た。「イルマとボットは、自警団の人と一緒に、村の巡回を」

「はい」敬礼して応える。口うるさいロボット野郎と一緒というのは気に入らないけど、そんなわがままを言うほどあたしは子供ではない。

 隊長は、次にアルヴィスさんを見た。「あんたは待機していてくれ。何かあったら、すぐ動けるように」

 分かった、と、アルヴィスさんは言った。

 そして隊長は、村の自警団の1人1人を見て言った。「特に村の人たちには苦労を掛けるが、援軍が到着するまでの辛抱だ。どうか、よろしく頼む」

 隊長が頭を下げる。あたしとハガルさんとボットちゃんも、同じく頭を下げた。

「何言ってんだ、隊長。自分たちの村を護るのは、あたりまえだろ」

「そうとも。むしろ、援軍を呼んでもらって、ありがたいくらいだぜ」

 村人が口々に言う。みんな、ホントにいい人たちだ。あたしは、もう1度頭を下げた。

「質問が無ければ以上だ。みんな、無理はするなよ」

 隊長の言葉で、みんなそれぞれ武器を持ち、村の警備を始めた。


「――はーい、皆さんおつかれさまでーす。イルマの特製ノリマキを食べて、元気出してくださいねー」

 夜になり、巡回を終えてデルタ隊の駐屯基地に戻って来た自警団のみんなに、特製のノリマキを振る舞うあたし。今日の具材は厚焼きタマゴに煮魚にシイタケにキュウリだ。さっきも言ったけど、ノリマキは、味はもちろん、見た目も重要な料理だ。具材をキレイに巻くのはかなりの技術を要する。その点、今回のデキは完璧だ。10センチ厚に切ったノリマキの断面は、厚焼きタマゴの黄色とキュウリの緑とシイタケ煮魚の茶色、そして、純白の酢飯と漆黒の海苔に彩られ、まるで絵画のようである。もはやこれは、芸術の領域だな。うん。

 自警団のみんなは、我先にとノリマキに手を伸ばした。

「うん。やっぱり、イルマちゃんのノリマキはサイコーだね」

「見た目もキレイだけど、やっぱ味がいいよね。イルマちゃんの愛を感じるよ」

「これで、今夜一晩頑張れるよ。ありがとう」

 みんな、口々に褒めてくれる。ちょっと大げさだけど、でも、みんなに喜んでもらえると、頑張って作った甲斐があったというものだ。

「じゃあ、俺たちは行ってくるよ」

 別の自警団の人が言った。これから、村の巡回をする人たちだ。自警団の人たちは5つのグループに分かれ、交代で夜の巡回をするのである。

「お父さん、頑張ってね!」

 かわいらしい声でそう言ったのは、ハンナちゃんという女のだ。ハンナちゃんのお父さんは笑顔で手を挙げると、巡回へ向かった。

「……ねぇ、イルマのお姉ちゃん。お父さん、大丈夫だよね?」ハンナちゃんは、さっきとは打って変わって、元気のない声で言う。

 あたしは、にっこりと笑って、ハンナちゃんの頭をなでた。「大丈夫だよ。お父さんたち自警団のみんなは強いから、ルーターなんかに負けない。あたしや、ジョンソンおじちゃんやボットちゃんもいるから、心配しないで」

「うん!」ハンナちゃんは、天使のような笑顔で頷いた。

 さてと。

 あたしは、基地内を見回した。

 そう言えば、アルヴィスさんは?

 基地内にアルヴィスさんの姿は無い。隊長からは待機と言われていたけど、待機する場所を指定されたわけではないので、外に出たのかもしれないな。せっかくだから、ノリマキ食べて欲しかったのに。お皿の上を見ると、たくさん作ったはずのノリマキは、もう半分以下になっていた。無くなるのは時間の問題だ。あたしは小皿にノリマキを3つ移すと、自警団の団長のキースさんに、アルヴィスさんを知らないか訊いてみた。

「あのハンターの人かい? さっき北塔の側で見かけたかな」

 あたしはキースさんにお礼を言い、外に出た。

 夜空には、ローアルとリューナの2つの衛星が並んで輝いていた。古い母星では、『月』とか『ムーン』とか呼ばれていたものと同じである。惑星リオには2つの衛星があり、村の老人の中には、1の月、2の月と呼ぶ人もいる。この2つの月が並ぶ夜はかなり明るくなり、ライトが無くても不自由はしないほどだ。あたしは、そのまま北塔へ向かった。

 北塔は、文字通り、村の北にある見張り塔だ。と言っても、高さ5メートルほどの、木製のやぐらなのだが。

 5分ほどで到着。キースさんの言った通り、見張り塔の上に、アルヴィスさんはいた。村の外を、じっと見張っている。

「アルヴィスさん、こんばんは」塔を登り、声をかける。アルヴィスさんはチラリとこちらを見たけど、すぐに村の外に視線を戻した。

「様子はどうですか?」あたしも村の外を見る。村の北には草原が広がっていて、その先には高い岩山がある。月が2つ出ているため見えなくはないが、遠くの方まではよく分からない。

「今の所、特に異常は無い」と、アルヴィスさん。なら、ひとまずは安心かな。

「あの、お腹、空いてませんか? これ、良かったら食べてください」あたしは、特製ノリマキを差し出した。

 アルヴィスさんは、あまり興味の無さそうな目でノリマキを見て、1つ手に取った。そのまましばらく観察するように見て、ようやく、ひと口パクリ。

「どうですか?」訊いてみる。

「ふむ……ウマイな」

 おお! ウマイって言ってくれたぞ? この人のキャラからして、何も言わないと思ってたのに、これは意外な反応だ。

 あっという間に1つ食べたアルヴィスさんは、2つ目を取った。「見た目も美しいな」

「そうなんですよ! さっきも言った通り、ノリマキは見た目の美しさも重要な料理で、キレイに巻くのは、結構難しいんです! あたし、すっごく練習したんですよ? あ、でも、ボットちゃん――あのクローラーの言う通り、こんなの、戦場では何の役にも立たないですけどね」

「いや、そんなことは無い」2つ目のノリマキも食べたアルヴィスさんは、最後の1つに手を伸ばす。「生きるか死ぬかの戦場では、食事は非常に重要な意味を持つ。戦場での楽しみは、食事くらいしかないからな。食事は部隊の士気に大きく関わることだ。味だけでなく、見た目でも楽しめる料理を作るのは、兵士の士気を上げるのに、十分役立つはずだ。これは、戦場でも役立つ、立派な能力だ」

 ……ウソ。褒められちゃった。

 いや、もちろん、今までも村の人に「おいしい」とか「キレイ」とか言われたけど、戦場でも役立つ立派な能力だ、なんて言われたのは、これが初めてだ。

 最後の1個もペロリと平らげたアルヴィスさんは。

「おいしかったよ。ありがとう」

 そう言って、優しく微笑んでくれた。

 その瞬間、あたしの胸は。

 ――きゅん。

 何ともかわいらしい音が鳴った。

 なんだ? 今の? 胸に手を当てる。ドクドクドクドクと、激しく心臓が脈打っていた。なんだか、身体も熱いような。ヤバイ。風邪でもひいたか。こんな時に体調を崩すなんて、政府軍の兵失格だな。

「――どうかしたか?」

 アルヴィスさんが心配そうにあたしの顔を覗き込む。思わず、大きく後ずさりするあたし、胸のドキドキはさらに激しくなり、身体の火照りも強くなる。

「あ……え……と……あたし、そろそろ戻ります! 何かあったら、すぐに連絡を――」

 ください、と言いかけて。

 つるり。

 慌てて塔を下りようとして、あたしは足を滑らしてしまい。

 どてーん、と、塔の下へ落下した。

「おい、大丈夫か?」見張り塔の上から、アルヴィスさんが心配そうな表情で覗き込む。

 がばっ! と、身体を起こすあたし。「大丈夫です! あたし今、胸がきゅんきゅん鳴ってますから!!」

「は?」目を丸くするアルヴィスさん。我ながら、ワケ分からんことを口走ってしまった。

「あ……なんでもないです! とにかくあたし、戻ります!!」

 なんとかそう言って、あたしは逃げるように北塔を後にした。

 胸は、相変わらずきゅんきゅんと鳴っている。ヤバイ。これは本格的にヤバイ。あたし、何か、とんでもない病気にかかってしまったのかもしれない。でも、何の病気だ? 体調管理には人一倍気を付けていたはずだ。自慢じゃないが、あたしは今まで風邪一つひいたことが無い(バカって意味じゃないぞ)。それが、これからルーターと一戦交えるかもしれないって重要な時に、謎の病気にかかってしまうなんて。早く診療所に行って、先生に診てもらわないと。

《――惚れましたね》

 突然横から声をかけられ、敵襲かと思い剣で斬りかかりそうになった。まあ、天敵という意味では当たらずとも遠からずではあるが。

 現れたのはボットちゃんだった。

「……な、なんだ、ボットちゃんか。脅かさないでよ。どういう意味よ、ホレマシタネって?」

《言葉通りの意味です。あなた、あのハンターに惚れたのでしょう?》

 あのハンター……アルヴィスさんの事だよな? アルヴィスさんに掘れた? どういう意味だろう? アルヴィスさん、井戸でも掘ったのかな? 長い戦争によって、文明が崩壊しつつある人類にとって、井戸を掘って水を確保するのは重要だからな。井戸が掘れたのなら、早くみんなに知らせないと。

《掘れたでも彫れたでもありません。惚れた、です。イルマ、あなたはあのハンターに恋をしているのです》

 そんな!! あたしがアルヴィスさんに鯉――。

《池の鯉ではありませんよ》ボットちゃんに先手を打たれてしまう。《ごまかそうとしてもムダです。あなたは、あのハンターを好きになってしまったのです。フォーリン・ラブなんです》

 あたしが、アルヴィスさんに掘れて、鯉をして、隙になって、フォーリースブで、ゾッコン・ラブ?

《イルマ、いい加減にしてください。話が進みません》

「いや、ふざけたくもなるでしょうが。あたしがアルヴィスさんに恋? そんなわけないでしょ」

《ならば、さっきの場面を思い出してみてください》

「さっきの場面?」

《あのハンターにノリマキを渡して、お礼を言われる所までです》

 ……コイツ、見てたのか。ここから結構離れていると思うけど、まあ、コイツには望遠機能や集音機能なんて、当たり前のようについてるだろうからな。まあいい。さっきの場面か……えーっと、確か、あたしがノリマキを3つ持って行った。アルヴィスさんが1つ食べて言う。「イルマ、美味しいよ」2つ目を食べて言う。「見た目も美しい、君のようにね」最後の1つを食べて言う。「僕が今まで食べたどんなものよりも美味しかったよ。ありがとう。この戦いが終わったら、今度は君のハートをノリマキにして食べたいな」こんな感じだっただろうか?

《……かなり脚色されてますが、まあいいでしょう》

 いいのかよ。逆に驚くわ。

《で、最後の一言を言われた時の、彼の笑顔を思い出してください》

 最後に「ありがとう」と言われた時の、アルヴィスさんの笑顔? 思い出す。クールで感情の起伏が少ないと思っていたアルヴィスさんが、あたしのノリマキを食べて、まさかの笑顔――。

 きゅん。

 また、胸から可愛らしい音が鳴る。ホント、なんなのだろう? この不思議な感覚は。

《どうですか?》と、ボットちゃん。

「どう、って?」

《彼の笑顔を思い出して、どんな気持ちになりましたか?》

「うーん、何と言うか……胸が苦しくなるというか、切なくなるというか、ふぁごふぁごした心がきゅっと縮まるというか」

《イルマ、ふぁごふぁごという単語は、私のデータベースの中にはありません。それは、何なのですか?》

「えーっと、何と言うか、こう、モノが大きく膨らんで、隙間がムダにたくさんある感じのこと、かな?」

《そうなんですか。初めて聞きました》

「そうだね。あたしも今、初めて使った言葉だよ」

《…………》

「…………」

《……話を進めます。あのハンターのことを考えると、胸が苦しくなり、切なくなる。そうですね?》

 あたしはコクンと頷いた。ホント、この感覚は何なのだろう? 大きな病気だったらいけないから、早いとこお医者さんに診てもらった方がいいかもしれない。

《その必要はありません。イルマ、それ感覚が『恋』というものです。『鯉』でも『来い』でも『濃い』でも『請い』でも『故意』でもなく、『恋』です》

 ――これが、『恋』? その人のことが頭から離れなくて、その人の側にずっといたいと思って、その人とニャンニャンしたいと思う、あの、ウワサに聞く『恋』?

《イルマは彼とニャンニャンしたいのですか?》

「いや、そこまでは思ってないけど……てか、ボットちゃん、ニャンニャンって言葉は知ってるんだ?」

《はい。ニャンニャンとか、チョメチョメなどの言葉は、古い母星で使われていた言葉として、私のデータベースに登録されています。ふぁごふぁごと違い、歴史のある言葉です》

「そうなんだ。でも、ボットちゃん、『恋』なんて、分かるの? ロボットなのに」

《私はクローラーですから、『恋』とか『恋愛』といった感情は分かりませんが、今のイルマの症状を私のデータベースで調べた結果、98.26%確率で『恋』である、という結果が出ました》

 アテになるのかどうかは微妙だけど、でも、この気持ちが『恋』と言われれば、不思議と納得してしまう自分がいる。そうか。これが『恋』なのか。

 思えば。

 人類最強の超能力戦士・ホルダーとして生まれたあたしは、『恋』なんてものとは無縁だった。幼いころから政府軍の監視下に置かれ、12歳まで専門の施設で育ち、施設を出て軍に属したものの、所属した部隊は親子ほど歳の離れたオッサン2人と口うるさいロボット。そして、隊が赴任した先は、若い人はみな軍に強制的に徴兵され、これまた男の人は、生え際がかなり後退したおじさんばかりの小さな村。いや、もちろんみんないい人ばかりだけど(ロボット除く)、『恋』の対象にはなりえなかった。そんなあたしの前に現れたあの人は、まさに運命の人! ああ、神様。ありがとうございます。こんなあたしにも、『恋』をすることを許してくれて。両手を組み、天に祈った。

《――許しません》

 は? 何? ボットちゃんを見ると。

《許しません……許しません……許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません絶対に許しません!!》

 顔を真っ赤にして感情を爆発させる。コイツ、自分がロボットだって設定を忘れてないだろうな?

《私は絶対に許しません!! あんな得体の知れないハンターと恋をさせるために、あなたをここまで育てて来たのではありません!!》

 いや、こっちだって育てられた覚えはないけどな。まあ、普段剣の訓練ではお世話になっているけど。

 しかし。

 じー、っと、ボットちゃんを見るあたし。

《な……なんなんですか? その目は?》

「ボットちゃん、この間からなんか変だよね?」

《わ……私のどこが変なんですか!?》

「いや、そういうところよ。ロボットのくせにうろたえてるじゃない」

《私はうろたえてなどいません! ええ! うろたえてなどいませんとも!!》

「誰がどう見てもうろたえてるでしょうが。そうかそうか。ボットちゃんにも、そんな感情があったんだね」

《私に、一体どんな感情があるというのです!?》

「それはほら。『ヤキモチ』とか『嫉妬』とかいうやつでしょ」

《何をバカなことを! 私はクローラーです! そのような幼稚な感情はありません!》

「じゃあ、あたしとアルヴィスさんの事を考えてみて」

《何を言ってるんですか。そんなことをしても、私は何ともありません!》

「いいから、考えてみて。あたしとアルヴィスさんが、2人で仲良くノリマキを食べてるところ。はい!」

 ぱん! と手を叩くと、ボットちゃんは律儀に目を閉じ、考え始めた。そして。

《……ムキーっ!! 許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません!! そんなこと、私は断じて許しません!!》

「ほらね」

《何が、ほらね、ですか!!》

「ボットちゃん、それが、『ヤキモチ』というものよ」

《違います!! 私はクローラー!! ヤキモチなんて焼くはずがありません!!》

 ブンブン手を振って抗議するボットちゃん。ははは。ホント、からかい甲斐のあるヤツだな。これは、これから楽しみだ。

 なんて、平和なカンバセーションもここまでだった。

 突然。

 村に、非常時を伝えるサイレンが鳴り響く。

 このサイレンを聞くのは初めてではない。初めてではないが、それはすべて、訓練や機器検査のためのものだった。当然事前に告知が行われ、サイレンが鳴る前にも「これは訓練です」とか「機器検査です」とかいったアナウンスが流れる。いきなりサイレンが鳴るのは、本当に非常時の時で、あたしが村に赴任してからは、初めてのことだ。

 同時に、通信機が鳴る。ピッ。ボタンを押して出る。

《イルマ、ジョンソンだ。村の南にルーターが侵入した。至急、応援を頼む》

「りょ……了解です」

 それだけで、通信は終了した。

 村中央の見張り塔を見る。さっきの北塔とは違い、石造りの立派な塔だ。頂上のサーチライトが、村の南側を照らしている。ここから反対側だ。

 ――ついに、ルーターとの戦闘が始まる。

 ボットちゃんを見る。さっきまでのうろたえた姿はすでに無い。鋭い目で、南地区の方を見ている。完全に戦闘モードに切り替わっていた。

《イルマ、行きますよ》

 あたしは、大きく頷き。

 ボットちゃんと一緒に、村の南側へ走った。



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