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充電切れのソードと早送りの能力

 神経を研ぎ澄まし、周囲の気配を探った。わずかな敵の気配も逃してはならない。敵は、どこから現れるか分からない。一瞬でも対応が遅れると、そのまま敗北へとつながるだろう。

 目の前には大きな木が立っている。向かって右は背の高い草が生い茂っており、左には大きな岩がある。身を隠す場所は豊富だ。背後は数十メートルほど何もないが、油断はできない。

 両手の剣を強く握りしめた。あたしの唯一の武器。この剣を敵に叩き込めば、その瞬間、勝負は決まる。二撃目は必要ない。しかし、それは敵も同じだ。敵の攻撃を一撃でも受けた瞬間、あたしは負ける。武器の条件は互角。勝負は、純粋に個人の戦闘能力に掛かっているのだ。

 さらに神経を研ぎ澄ます。今なら、わずかな空気の動きさえ感じられそうだ。それでも、敵の気配は感じない。だからと言って、逃げたということはあり得ない。必ず、どこかに潜んでいる。攻撃するチャンスを待っている。どうする? このままこうしていても、時間が過ぎていくだけだ。こちらから動いてみるか? いや、恐らく敵はこちらの姿が見えている。むやみに動くのは危険だ。敵が動くのを待つしかない。じっと待つ。10秒が過ぎ、30秒が過ぎ、1分が過ぎた頃――。

 ――来る!

 気配を感じた。

 しかし、姿は見えない。前にも、左右にも。

 後ろか!?

 素早く振り返る。しかし、そこにも敵の姿は無かった。

 なら……上か!!

 地面を蹴り、素早く右に跳ぶ。

 次の瞬間、敵の剣が、寸前まであたしが立っていた地面を叩いた! あっぶなー。紙一重の差だったぞ。

 よし! ここから反撃だ!

 あたしは剣を振り上げ、ガラ空きになっている敵の頭部に向かって振り下ろした。

 ガツン! 確かな手ごたえ。

 でも、あたしの剣がとらえたのは敵の頭部ではなく、剣だった。完全に入ると思っていた攻撃だったけど、敵の剣が信じられない早さで動き、あたしの剣を受け止めたのだ!

 やるな! でも、まだまだ!

 さらなる攻撃に移る。今度は、敵の右腹部を狙った攻撃だ。だが、その攻撃も受け止められた。それでも攻撃の手は緩めない。今度は逆から狙い、さらに頭部、再び右腹部……と見せかけて頭部、と、連続攻撃を繰り出す。全て受け止められるけど、あたしの猛攻に、敵はじわじわと後退し始めた。いいぞ。このまま追いつめてやる!

 がきん! 何発目の攻撃か、あたしの剣は、敵の剣を大きく右に逸らした。これで頭部はガラ空きだ。よし! 今度こそ貰った!! 剣を振り上げるあたし。

 が、次の瞬間。

 突然、敵の動きが速くなる。

 ――しまった! 能力が発動した!!

 敵は、今までの3倍はあろうかという速さで動き、あたしの右側に回り込んだ。

 それに対し、あたしは何もできない。

 敵が、剣を振り上げた。

 だ……だめだ……。

 ブン! 剣が振り下ろされた――。


 ぽか。


 かわいらしい音がして。

 コテン、と、あたしは倒れる。

 そこで、敵の動きが元のスピードに戻る。

《一本ですね。私の勝ちです》敵が、感情の無い機械のような男の声で言った。《これで、イルマの0勝。私の712勝です》

 がば! あたしは顔を上げ、そして、敵を睨みつけると。

「――ああぁぁ! ぐやじいいぃぃ!! 今日こそボットちゃんから1勝できると思ったのにいいぃぃ!!」

 地面に倒れたまま、手足をジタバタさせて叫んだ。

《イルマ、あなたももう子供ではないのですから、木剣で軽く叩かれたくらいで、泣かないでください》

「泣いてないもん! 痛いんじゃなくて、悔しいんだもん!」あたしは剣――ボットちゃんと同じ、刀身が木でできた模擬戦用の木剣だ――をブンブン振って抗議した。「くっそー。能力さえ発動しなければ、あたしの勝ちだったのにー!!」

《私の能力ではなく、イルマの能力ですからね。恨むなら、自分自身を恨みなさい》

 そう言われると、返す言葉もない。そう、あの能力は、他でもない、あたし自身の能力なのだ。

 あたしは立ち上がり、剣を構えた。「よし! 気を取り直して、もう一本勝負よ!」

《ダメですよ。模擬戦は1日1回と決めたはずです》

「そこを何とか! 次こそは勝てるような気がするの!」

《気がするだけですよ。今のイルマでは、何度やっても私には勝てません。それに、負けたら素振り30回の約束ですよ?》

「だから、次勝ったら、帳消しってことで、ね?」

《ダメです。素振り30回。早く始めてください》

 淡々とした機械口調で機械的な対応をするボットちゃん。もうちょっと融通を利かせてもいいじゃないか。まあ、正真正銘の機械なんだからしょうがないけど。

 あたしは諦め、言われた通り、素振りを始めた。


 ☆


 惑星リオの人類最大都市・エスメラルダから南に50キロほど離れた第358地区。ここに、ダーリオ・リパブリックという、人口100人ほどの小さな村がある。あたし、イルマ・インフィールドは、この第358地区の防衛を任された、統一連合政府軍・デルタ隊に所属する兵士の1人だ。今の模擬戦ではみっともない姿を晒してしまったけれど、こう見えても、人類最強と呼び声も高い『ホルダー』の1人なのだ。

『ホルダー』とは、100年ほど前、統一連合政府が遺伝子操作によって生み出した超能力戦士のことである。超能力――手を使わず物を動かす『テレキネシス』とか、遠く離れた場所に一瞬で移動する『テレポート』とか、どんな酷い怪我でもたちどころに治る『ヒーリング』とか、そんな、通常の人間が持っていない力を、あたしも持っているのだ。しかも、あたしの能力は、数ある超能力でも最強だとウワサされる、時間を操る能力なのだ!

 ……なんて言うと聞こえはいいけれど、実際は、そんなにいいものではない。何故なら、あたしの能力は、時間を早送りする能力なのだから。

 …………。

 意味が分からないでしょ? 正直、あたしもよく分からない。

 これが、例えば時間を止めたり、あるいは時間をスローにしたり、という能力なら、ものすごく強力だ。戦闘中に使い、敵の動きを止めたり、あるいは動きがゆっくりになれば、戦いは断然有利になる。でも、あたしの能力は全くの逆の、早送り。つまり、周りが速く動くのだ。ハッキリ言って戦闘では何の役にも立たない。いや、役に立たないどころか、さっきのボットちゃんとの模擬戦のように、能力が発動すると圧倒的に不利になる。しかも厄介なことに、この能力はあたしの意思で操れないと来ている。いつ能力が発動するか分からないのだ。今回発動したのが模擬戦だったから良かったものの、これが本番の戦闘だったら、あたしはあっさりあの世行きだ。

 そんなわけで。

 統一連合政府軍・デルタ隊所属と言ったけど、実際はまだ訓練兵、いわゆる見習いで、実戦には出してもらえていない。現在あたしは22歳。訓練兵になって、もう10年である。政府軍に所属する兵は、誰もが訓練兵から始まるけれど、どんなに遅くとも5年以内には正規兵へと昇格する。訓練兵10年というのは、政府軍の訓練兵所属期間の最長記録で、今現在も記録更新中なのである。

 さらに、あたしが所属しているデルタ部隊は、あたしを含めて全4名だ。これは、政府軍で決められた戦闘部隊の最低構成人数である。それもそのはず。ここ、第358地区は、戦闘の最前線から遠く離れた本当に小さな村で、これまで戦闘が発生したことのない、平和な村なのだ。ハッキリ言って政府軍が護衛するほどの村ではないのだけど、2年前、あたしがデルタ隊に所属し、初めて配属されたのがここだった。人類最強の超能力戦士・ホルダーの配属先としてはなんとも役不足な感じがするけれど、残念ながら今のあたしの戦闘力を考えると、適材適所だと言わざるを得ない。でも、いつの日か戦闘の最前線に出て、多くの敵を倒して大活躍し、人類を勝利に導く。そんな日を夢見て修行中なのである。


 ☆


「……28……29……30!! 終わり! ああ! 疲れたぁ!」

 罰ゲームの素振り30回を終え、あたしは木剣を投げ出して、地面に横になった。

《仮にも政府軍に所属している兵士なのですから、素振り30回くらいで疲れたなどと言わないでください》ボットちゃんが、感情の無い機械声で言う。

「フンだ。ボットちゃんと違って、あたしたち人間は、頑張ると疲れるの」

《それと、戦士たるもの、安易に武器を手放さないように。敵は、いつ襲いかかってくるか分からないのですから》ボットちゃんは、あたしの木剣を拾った。

「うっさいなぁ。それ、もう100回は聞いたから、分かってるわよ」

《今ので214回目の注意です。これだけ言っても分からないなんて、人間は学習能力が無いのでしょうか?》

「……いちいち数えてんじゃないわよ。木剣は武器じゃなくて訓練用具だからいいの。本物の武器は、ちゃんと持ってます」あたしは、ベルトに下げた筒状の武器を指さした。

《それが役に立たない武器だから言っているのです。まったくあなたは――》

 ホントにコイツはうるさいな。でも、言い返しても無意味なのは長い付き合いで分かっているので、これ以上は無視することにした。

 この口うるさいヤツは、正式名称BO-197type:T。デルタ部隊に所属する1人だ。いや、正確には1台、1機と言うべきか。見た目は長身のイケメン青年であるが、人間ではなく、統一連合政府軍が開発した戦闘用クローラー、いわゆるロボットである。いつもあたしの訓練に付き合ってくれるのはありがたいんだけど、口うるさいのが唯一にして最大の欠点だ。

《――というわけです。分かりましたか?》

「はーい。よく分かりました」全然聞いてなかったけど、適当に手を挙げて返事をする。

《本当に分かってるんでしょうね?》疑いの視線を向けるボットちゃん。《能力が役に立たないとは言え、あなたは数少ない『ホルダー』の1人なんです。言わば、人類最後の希望。あなた1人の生死が、人類全体の運命を握っていると言っても過言ではないのですよ?》

 またそんな大げさなことを言う。こんなか弱い訓練兵のあたしが、人類全体の運命を握っているだなんて。

 100年ほど前に遺伝子操作によって生み出された超能力戦士・ホルダー。多い時は1万人以上が軍に所属し、戦場で多大な戦果を挙げたそうだけど、現在その数は激減し、政府軍が把握しているホルダーは、あたしを含めて4人と言われている。他の3人がどんな能力を持っているのかは知らされていないけど、あたしの早送り能力のような意味不明な能力のはずはないだろう。だから、あたしが人類最後の希望だなんて、ホント、大袈裟だ。

《……まあ、いいでしょう》ボットちゃんが言った。《では、そろそろ村に戻りましょうか》

「ああ、ボットちゃんは、先に帰ってて。あたし、疲れちゃったから、もう少し休んでいく」

《まったく、しょうがないですね。陽が暮れる前に戻るのですよ》

 あたしは子供か。これでも22歳の立派な大人なんだぞ。ホント、親より口うるさいな、コイツは。

《それと、敵はいつ現れるか分かりません。イルマも、もう少し緊張感を持って――》

「分かったから、早く帰れっつーの」

 あたしがそう言うと、ボットちゃんはブツブツ言いながら村へ戻って行った。ああ。やっとやかましいのがいなくなった。さて、陽が暮れるまでまだ時間があるし、しばらくのんびりしよう。

 仰向けになって空を見る。少し傾いた陽射しが暖かく気持ちいい。お昼寝にはもってこいだ。ホント、平和だな。

 ……なんて言うと、罰が当たりそうだな。確かにこの村は平和だけど、前線では激しい戦闘が続いていて、多くの兵士が命を落としているのだから。

 惑星リオでは、あたしたち人類と、敵であるルーターとの戦闘が、実に500年もの長くにわたって続いている。

 ルーター――古い母星語で『根の一族』という意味らしい。500年ほど前、突如地底から現れ、あたしたち人類に攻撃を仕掛けてきた異種族だ。身長は2メートルを超えるものがほとんどで、力も強く、毛のないゴリラのような姿をしているが、知能は人類と同程度に高く、非常に厄介な敵だ。我々人類がこの惑星に移住してきた2000年前よりさらに古くから地中に潜んでいたと言われているけど、その正体は今だ不明。非常に好戦的な種族で、人類側は何度も停戦を申し出ているが、すべて無視され、500年間も戦争を続けている。戦況は互角だったり、人類側が優位だったりしたこともあるものの、現在は極めて不利な状況下にある。なんせ、敵は地中から現れるので、まさしく神出鬼没。厄介なことに、ルーターの科学力は我々人類よりも少し進んでいるようで、強力な兵器を次々と戦場に投入してくるのだ。その結果、現在人類は惑星リオ上の95%以上を奪われ、残っているのは、人類最大都市エスメラルダとその周辺など、ほんのわずかな地域だけだ。エスメラルダ周辺は地盤が非常に硬く、ルーターも容易に攻めることができないため、そう簡単に制圧されることはない、と、言われているけれど、それも、いつまで持つか分からない。早い段階で反撃の手段を講じなければいけないが、今の所何のメドも立っていない。人類は、かなり追いつめられているのだ。

 そしてもう1つ、あたしたち人類を脅かす存在がある。

 がさり、と、草を踏む音が聞こえた。あれ? ボットちゃんが戻って来たのかな? せっかくのんびりしようと思ったのに、またやかましいことを言われるのか。やれやれ、と、顔を上げると

「――――」

 現れたのは、ボットちゃんではなかった。

 身長は170センチくらいだろうか。一般的な人類の男性と同じくらいの体格である。見た目も、人類の男性と同じだ。しかし、その肌の色は、人類とはかけ離れていた。深い緑に近い茶色。腐肉を思わせる色だ。そして、両目から鮮やかな紅色の液体を流している。

 あたしは木剣を取り、ゆっくりと起き上った。

 これは、人類でもルーターでもない、惑星リオ第三の種族、動く屍・ゾンビだ。

 原因は一切不明なのだが、15年ほど前、突如、世界各地で死人がよみがえり始めたのだ。人類の死人だけでなく、ルーターの死人も、である。よみがえった死人は人類ルーターを問わず生きている者に襲い掛かり、食べようとする。ルーター以上に謎の存在である。

 ゾンビが、獣のような低い唸り声をあげた。

 ……やれやれ。せっかく気分良く休んでたのに。

 あたしは、小さくため息をついた。

 ゾンビは、両手を前に突きだし、フラフラと近づいてくる。

 あたしは、ゆっくりと木剣を振り上げると、勢いよく、ゾンビの頭に振り下ろした。

 ボカ! 鈍い音がして、ゾンビはバタリと倒れる。

 どこの誰かは知らないけど、ゴメンね。

 心の中で謝り。

 ぐしゃり。あたしはゾンビの頭を踏み潰した。よし。処理完了。

 ゾンビは未知の存在ではあるけど、決して恐ろしい敵ではない。訓練兵のあたしでさえ、あっさり倒せるほど弱いのだ。なんせ、動きがゆっくり過ぎるのだ。知能も低く(恐らく無いに等しい)、生者を見つけたらまっすぐに向かってきて、捕まえ、咬みつこうとする。たったこれだけだ。力はそこそこ強いので、捕まるとちょっと厄介だけど、動きが遅すぎて、よっぽど油断していない限り捕まることは無い。また、古い母星の伝説では、ゾンビに咬まれたり引っ掻かれたりした人は同じくゾンビになってしまうのだけど、この惑星ではそんなことも無い。咬まれようが引っ掻かれようが、ケガを負う以上の被害はない。

 ただ、厄介な点を挙げるとしたら、頭を潰さない限りずっと動き続ける点と、そして――。

 ガサガサ。再び、草を踏む音。それも、複数。

 見回すと、いつの間にか、あたしは10体ほどのゾンビに囲まれていた。

 ゾンビのもう1つ厄介な点がコレ、数が多いことだ。現在惑星リオ上では、死んだ人やルーターは、放っておけば100%の確率でゾンビになる。そして、各地で激しい戦闘が行われているので、死体だけは豊富だ。1体だけなら全然怖くないけど、大勢現れると、決して侮れない敵となる。知能が低いので連携攻撃を仕掛けて来るなんてことは無いけれど、一斉に襲い掛かって来られると、歴戦の兵士でも食べられてしまうこともあるのだ。

 とは言え、現れたゾンビの数は10体。これくらいなら大丈夫だろう。最悪走って逃げれば、ノロマなゾンビに追いつかれることなんて無い。

 しかし、変だな。

 最前線の戦場ならともかく、ここは平和なダーリオ村。この数ヶ月の間死んだ人はいないし、死んだ人は、ソンビにならないように、燃やすか頭を潰して埋葬する決まりになっている。それでも、遠く離れた場所で死んだ人がゾンビになってさ迷い歩き、偶然この村にたどり着くということも、時々ある。しかし、それもせいぜい1、2体だ。10体近くもゾンビが現れるなんて、あたしが村に赴任してからは初めてのことだ。

 ゾンビは、ゆっくりと近づいてくる。さて、どうしようか? 戦って勝てないことも無いと思うけど、あたしはまだ訓練兵。自分の腕を過信しない方がいい。武器が木剣では万が一ということもある。とは言え、ゾンビ相手に逃げたなんてことがボットちゃんに知れたら、また口うるさく小言を言われるだろう。

 ――そうだ、久しぶりに、コレを使ってみよう。

 あたしは木剣を置き、腰のベルトに下げた金属製の筒を取り出した。メーターを確認する。充電率0.5%。よし。これだけあれば、十分だろう。

 あたしは安全装置を解除し、いつでも使えるように、ボタンに指を置く。

 ゾンビが、ゆっくりと近づいてくる。あたしは、じっと待つ。

 全てのゾンビが、武器の間合いに入った。

 一番近いゾンビが、あたしを掴む。

 よし、今だ!

 あたしは、武器のスイッチを押した。

 次の瞬間、筒の先から、眩しい光が刃となって現れる!

 それはまさしく、光の剣!

 あたしは、2メートルほどに伸びた光の剣を、水平に振るい、くるっと1回転した。

 そして、スイッチを切る。光の刀身が消える。

 ゾンビの動きが止まった。

 しばらくして。

 一番近いゾンビの身体が、胸のあたりから、ずるり、とずれて、地面に落ちた。少し遅れて、胸から上を失った下半身がバタリと倒れる。

 その隣のゾンビは、首が、ボトリと落ちた。

 さらにその隣のゾンビは腰から上が落ち。

 あたしを取り囲んでいたゾンビは、次々と、首を、上半身を、失い、バタバタと倒れて行った。

 ふむ。今日も切れ味抜群だな。あたしは、ゾンビを斬り裂いた武器を、誇らしげに見つめた。

 これは、統一連合政府軍からあたしに支給された武器、エナジーソード。惑星リオに現存している人類の携行できる武器の中では圧倒的に最強のビーム兵器で、この世に斬れない物はないと言われているほどの、超強力武器なのだ!

 なぜ、こんな武器が、あたしみたいな訓練兵に支給されているのかと言うと。

 ソードのメーターを確認する。充電率は0%だ。これでまた、しばらくの間使えない。

 エナジーソードは非常に強力な武器だけど、反面、使用するには莫大なエネルギーを必要とする。最低でも1.21ジゴワットの電力を24時間供給してやっと充電率100%になり、それでも使用時間は3分弱らしい。

 つまり、燃費が非常に悪いのだ。

 さらには、ルーターとの長く激しい戦闘で、あたしたち人類は多くの兵器や施設を失っており、現在、1.21ジゴワットという膨大な電力を24時間供給できるようなシステムが、事実上存在しないのである。それどころか、多くの発電施設や電力の供給システムも、ルーターによって破壊され、通常の電力の確保すら難しいのが現状なのである。ボットちゃんにソードを改造してもらい、太陽光で充電できるようにしてあるけれど、当然、そんなひ弱な電力で十分なエネルギーを得られるはずもない。この1ヶ月間、晴れの日はずっと太陽光に晒した結果、充電率はやっと0.5%。使用時間は1秒にも満たなかった。

 要するに、この武器も、あたしの早送りの能力同様、役立たずなのだ。

 ……いや、それは言い過ぎか。エナジーソードは、燃費は悪いものの、充電し続ければ、今みたいに、ゾンビを一掃できるほどの威力は発揮できる。でも、あたしの早送りの能力は、役に立たないどころか発動したら圧倒的に不利になるんだからな。

 おっと、今はそんなこと、どうでもいいか。

 ゾンビは身体を真っ二つに斬られても、頭が無事である限り、決して死ぬことは無い。今も、上半身だけであたしの足を掴もうとしている。ぐしゃ。あたしは、足元でもぞもぞ動いているゾンビの頭を踏み潰した。容赦ない残酷な行為のようにも見えるかもしれないけど、ゾンビ相手に情けは無用。ゾンビになった人も、エサを求めて永遠にさ迷い歩くより、一思いに殺してくれた方が喜ぶだろう。あたしは、残りのゾンビの頭も潰して行った。

 最後のゾンビの頭を潰したところで、あたしは、少し離れたところにもう1体ゾンビがいるのに気付いた。まだいたのか。ソードの充電はもう無い。まあ、1体くらいなら木剣で十分だけどね。放っておいて村に来ても面倒だし、ここで倒しておくのがいいだろう。あたしは木剣を拾い、ゾンビに近づいた。

 風が吹き、樹々の葉がざわめいた

 ゾンビがあたしに気づき、こちらを向く。

 ゾンビは両手を広げ、空に向かって獣の遠吠えのように吠えると。

 こちらに向かって、ものすごいスピードで走って来た。

 …………。

 え? 走ってる?

 一瞬、あたしの早送り能力が発動したのかと思った。でも、違った。風に揺れる樹の葉は、通常の早さだ。能力が発動したわけではない。

 そんなバカな! あり得ない。ゾンビとは何度も戦ってるけど、ゆっくりと歩くしかできないはずだ。走るゾンビなんて、初めてだ!

 走るゾンビは右手を振り上げ襲い掛かって来た。何が起こったのか分からないけど、戦うしかない! ガツン! あたしはゾンビの攻撃を木剣で受け止める。強い衝撃に、危うく木剣を手放すところだった。なんか、力も普通のゾンビより強いような気がするぞ? 走るゾンビは続けざまに左の拳を振るってきた。木剣で受け止める。さらに右の拳。反撃のスキも無いほどの連続攻撃。とてもゾンビとは思えない。このままだと、ちょっとヤバいぞ? どうする? 考える。見たことも無いゾンビから激しい攻撃を受けながらも、あたしは意外と冷静だった。この新ゾンビ、普通のゾンビと違い、走ったり力が強かったりするけれど、知能は変わってないように思う。攻撃は相変わらず直線的だ。だったら……。

 ガツン! 何度目かの攻撃を木剣で受け止めたあたしは、ドン、と新ゾンビの身体を押し、一旦間合いを取る。体勢を崩した新ゾンビ。しかし、すぐに体勢を立て直し、再び襲い掛かってくる。やはり、まっすぐ殴りかかって来るだけだ。あたしは地面を蹴り、素早く新ゾンビの左側に回り込んだ。攻撃が空振りし、新ゾンビは勢いで前のめりになる。今だ! あたしはガラ空きになった新ゾンビの後頭部に木剣を振り下ろした。鈍い音と確かな手応え。バタリと倒れる新ゾンビ。あたしはすかさず頭を踏み潰す。新ゾンビはすぐに動かなくなった。よし! ちょっと手こずったけど、なんとか倒したぞ。

 大きく息を吐き出し、動かなくなったゾンビを見下ろす。このゾンビは、一体なんだったんだろう? 動かなくなったその姿は、普通のゾンビと変わりはない。しかし、走ったり、力が強かったり、凶暴だったりと、明らかに今までのゾンビとは違っていた。1体だけだからなんとかなったけど、これがもし、大勢で襲って来たりしたら……。

 などと考えていたら。

 ……ぁぁ……。

 遠くで、誰かが叫んでいる声が聞こえた。何だろう? 顔を上げ、そちらの方を見る。誰かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。何か叫びながら、ものすごい勢いでやって来る。意味不明の叫び声が、徐々に大きくなってくる。近づいてくる。しかもそれが、3人。ヤバ! さっきの新ゾンビだ!! 1体でも手強かったのに、3体同時なんて、とてもじゃないけどあたしじゃ手に余るぞ? ここは逃げた方がいいか? でも、普通のゾンビならともかく、あのスピードの新ゾンビ相手に逃げ切れるだろうか? 難しいかもしれない。戦うか、逃げるか。迷っている間にも、新ゾンビは近づいてくる。ダメだ、もう逃げられない。戦うしかない。ガン! 最初の1体の新ゾンビの振り下ろした拳を木剣で受け止める。すぐに押し返し、間合いを取ろうとするけど、2体目の新ゾンビに襲われた。こちらは右拳から左拳の連続攻撃。何とかガードするけど、勢いのついた攻撃に、あたしはよろよろと後ずさりする。そこへ、3体目が襲い掛かって来た。ガツン! これもなんとか攻撃を受け止めることはできたけど、重い一撃に、木剣を手放してしまった。反射的に新ゾンビの胸を蹴り、2発目の攻撃は阻止することができた。だけど、マズイ。これは非常にマズイ。木剣以外の武器は充電切れのソードしかない。新ゾンビは両手を広げて空に向かって吠えると、3体一斉に襲い掛かって来た! くっそー。人類最強の超能力戦士・ホルダーであるこのあたしが、こんな辺境の村でゾンビに襲われて最期を迎えるのか? 無念すぎる。化けて出てやる。呪ってやる!

 ――と、その時!

 背後から、あたしの頭上を飛び越える人影。

 スタリ、と、新ゾンビとあたしの間に立つ。

 闇のように黒い外套がいとうと、腰のあたりまで伸びた長い黒髪。背中に、長い剣を背負っている。チラリ、と、こちらを見た。恰好とは正反対の、雪のように白い肌。一瞬、女の人かと思うほどに、綺麗な顔だった。

 それは、デルタ部隊の人でも、ダーリオ村の人でもない。

 初めて見る男の人、知らないお兄さんだった。


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