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Melancholic Märchen  作者: lira
第1章 お父さんと娘たち
9/9

部活:赤ずきんvsグレーテル②

さて、この状況をどうにかするとしよう。

一応、父親として。

よしんば父親じゃないとしても、りんごってどう考えても先輩に見えないんだもんな…。

なんか若干庇護欲がそそられるというか。


よっこいせっと立ち上がり、りんごがぶち開けたドアから顔をのぞかせて部屋の中を偵察。

…お?

灰音一人だ。

うつむいて、何らかの文庫本を読んでいる。

道理でマジ喧嘩が勃発しているのにも関わらず、だれも仲裁してくれなかったわけだ。

なら丁度いい。

当事者以外のいる前で説得するのもなんとなくやりづらいものだし。


「…どうもーこんにちはー」


覗いただけではこちらに反応を示さない灰音に、声をかけてみる。

すると、灰音がビクンっと立ち上がってこちらを見た。


「お、おとーさん…こんにちは…」


ぷるぷるぷるぷる。

挨拶しただけなのに既に涙目の灰音。

なぜこんなにビビられているんだ…。

僕、何かしたか?

…うん、したな。したらしいな。

あの話が本当なら、灰音が親に捨てられた原因が僕だもんな…。


ともあれ、りんごから聞き出せなかった喧嘩の内容について聞いてみることにしよう。

なるべく柔らかい口調を心がけて、灰音に話しかける。


「ええと、さっきりんごが泣き叫びながら部室から出てきたんだけど」

「……」

「…りんご曰く灰音と喧嘩したとか」

「……け、喧嘩じゃない、です……」

「お?」


ずっとだんまりかと思っていた灰音が僕の言葉に異議を唱えた。


「ボクは、おとーさんに、ボ、ボクたちのことを、もっと、知ってもらった方がいい…んじゃないか、って提案しただけです…」


ふむ、言い争いではな「提案」とな。

つまり灰音が善意で言ったことにりんごが勝手に怒って泣き出したってことか?

りんごの性格なら大いに有り得る。

僕は続けて灰音に尋ねる。


「提案って、どういうこと?」

「え、えっと…ボクたちの、こと、おとーさんは、まだ、その…し、信じてくれてない、んですよね?」


う、また例のウルウル上目遣いが出た。

信じてないと断言するのは心苦しいけど、事実だしなぁ…。


「…まぁ、正直なところは」

「ですよね…普通、信じられない、ですよね…」

「…ごめん」

「あ、あやまらないで、下さい…!」


思わず誤ってしまった僕に、灰音がわたわたと手を振る。

可愛い。

というか、ブラコンで極度の人見知りであることを除けば、姫野さんと並ぶ常識人だな、この子。

まぁ兄が絡むといろいろ豹変しそうで怖くはあるけど。


灰音は一生懸命に続ける。


「だ、だから、もっと、自分のことについてちゃんと話して、見てもらって、分かって、もらう方が、いい、って…」

「ふん。つまり、僕がその『トラウマ』とやらに気づくまで待つより、もっと積極的にいこう!ってことでいいのか?」

「…大体は…その方が、最終的、には、ボクたちのためになる…と、思うし……」


うん。

極めて常識的じゃないか。

僕としても正直、変に隠し立てするよりももっとオープンにしてくれた方が正直ありがたいところだ。

最初に僕の入部を提案したのも灰音だったし、この子はあまりトラウマに関して隠す気はないようだ。

しかし、今の話を聞いた限りでは、りんごが怒る要素がどこにあるのかいまいち分からん。


「それで、なんでりんごが怒ったんだ?」

「ええと…それは、その……」


言いにくそうに口をもごもごさせる灰音。

つまり、りんごのトラウマの内容に原因があるってことだろうか?


「うーん…聞きたいけど、本人のいないところで勝手に聞き出すのも気が引けるしなぁ」

「で、です…」


それもあるけど、一応「言葉ではなく態度で気づかせよう」という方針が5人の間で決まってしまった以上、2人だけでこっそり話すのもなんとなくもやっとする。

どうしたものか…謝る謝らない以前に喧嘩って感じの喧嘩じゃない訳だし。

食い違いが原因である以上、やはり当事者が両方いないと話が始まらなさそうだ。


「…とりあえず、りんごを呼んで来ようか?」


提案すると、灰音は一瞬目を泳がせたあと、無言でうなずいた。


「じゃあ行ってくるな、すぐ戻るから!」



「―!?待ってッ!!!!!」



踵を返して部室を出ようとした僕の背に、今まで聞いたことのない灰音の叫び声がぶつけられた。

その剣幕に度肝を抜かれて振り返ると、顔面蒼白な灰音が文庫本をクシャクシャになるほどに握りしめ、今にも泣きだしそうな顔でこちらを見ていた。

尋常ではないその様相に、ハッとする。


灰音の一番のトラウマは「両親に森の中に置き去りにされたこと」だったのだ。

ヘンゼルとグレーテルの両親はたき火のもとに2人を置き去りにして、捨てた。

「薪ひろいに行ってくるから待っていてね。すぐに戻るから」と…。


「嫌だ…ボクを置いて行かないで…!おとーさん、おかーさん、お願いだから…いい子にするから…迷惑なんてかけないから…」


顔をクシャクシャにして、肩をぶるぶる震わせながら、小さく虚ろな声で繰り返す灰音。

―どうやら僕は灰音に一番してはいけないことをしてしまったらしい。

こういう場合、一体どうすればいいんだ…?


「と、とりあえず座ろうか?な?」


なるべく優しい声色を心がけつつ、灰音をイスに座らせる。


「おとーさん、おかーさん、嫌だ、いやだ、や、やだ…」

「ごめん…ごめん灰音、無神経なこと言って。大丈夫、僕は灰音を置き去りにしたりなんかしないから」


震える灰音の頭を撫でつつ、落ち着かせようと声をかけ続ける。


「おとー…さん?おと、さん…」

「うん、お父さんだから。大丈夫、大丈夫。どこにも行かない」


含めるように、ひたすらに繰り返す。

10分ほどそうしていただろうか、灰音はようやく落ち着いた。

泣いたせいで疲れてしまったようで、灰音は僕の肩に頭を預けて寝息を立てだした。


ふう…一安心だ。


それにしても、本当にトラウマなんだな。

まさかあそこまで別人のように取り乱すなんて思ってもいなかった。


「ってことは、他の4人も同じような状態になるきっかけが何かしらあるわけで…言動には気を付けないとな」


家に帰ってから、硝子、柩、りんご、荊のトラウマが何なのか考察してみようと考えを巡らせながら、僕はすっかり眠ってしまった灰音の頭を撫でていた。

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