日常:授業中
さて、この残念なクラスメイトことカツ。
クラスに一人はいる、いわゆるムードメーカーポジションなやつだ。
まだ入学して一日しか経っていないというのに、クラスにおけるそんな立ち位置をもう確立しつつある。
取り立ててイケメンと言うわけでもないが、それなりに整った顔。
初対面の人間とあっという間に打ち解けられる、スバ抜けたコミュ力。
まさに人気者ポジションだ。
案外、もっと目鼻立ちの整ったイケメンよりも、こういった奴の方が彼女のいる確率が高かったりするもので、こいつも御多分に洩れずそうなのだろうと僕は勝手に思い込んでいた。
入学式当日、僕は席が近くだったということもあって意気投合した彼を、一つファストフードで昼食でもと誘ってみたのだ。
しかし、先約があると返されたため、僕は「彼女とデートか」と茶化してみた。
するとカツは大真面目な顔で、
「いや、これから出会いに行くんだ…」
と呟き、教室を出て行ってしまった。
額面通りに捉えた僕はナンパにでも行くのかととった。
で、その後演劇部絡みの諸々に巻き込まれた訳だが…。
そして、昨日家に帰ってからのこと、夜の10時頃にカツからメールが届いた。
果てしなくどうでもいい、雑談メールだった。
わけの分からんことに巻き込まれて混乱していた僕は、とにかく日常的なやりとりをしたかった。
非日常から逃避したかったのだ。
そんなわけでカツとメールのやりとりをする中で判明したのが、こいつのこのどうしようもない趣味だったわけだ。
放課後の発言の真意も、「今日発売日のギャルゲーを買いに行く」というものだったそうで。
勿論彼女はいなかった。
残念ながらカツは三次元に興味はないらしい。
「まあ、三次元にエレナみたいな娘がいれば話は別だけどな!」
とはカツの言である。
それなりの外見とコミュ力さえあればこんな趣味さえも魅力になるようで、中学の頃から面白いオタク野郎キャラで通っているらしい。
説明が長くなったが、カツはこんな奴だ。
基本的に良い奴ってことだ。変態だけど。
「あ、っはよーむっちゃん!」
「…おはよう」
凄まじいタイムラグだな。
「何か眠そうだな。さては俺に会えるのが楽しみ過ぎて眠れなかったな!?」
そうだな…そんな理由ならよかったのにな…。
「まあそんなところ」
「ふーん」
カツの軽口に適当に返事をしつつ、自分の席に腰掛ける。
「なぁなぁむっちゃん」
「…むっちゃんって呼ぶのやめないか?」
「じゃあ何て呼べと」
「…睦月?」
ごくごく普通な呼び名を提案すると、カツに鼻で笑われた。
「フッ…やめてくれよむっちゃん…俺が『睦月』と呼ぶのは、『君の為のこの白き世界』のツンデレヒロイン―『篠崎睦月』だけだ。お前にその呼び名は渡せん」
「そうか…ならいいや、無理にとは言わない」
幼稚園から中学校に至るまで「むっちゃん」呼ばわりされてきた身としては、新しい環境で心機一転、女々しいあだ名とはお別れしたかったところだが、まぁいいや。
そんなに嫌ってわけでもないしな。
そんなこんなで始業の時間になった。
ちなみにうちのクラスの担任は、巨乳女教師でもなければハゲたテンプレ説教教師でもない。
何というかインパクトの薄い中年男教師である。
ホームルームの後、そのまま担任の受け持つ数学の授業が始まる。
さて、授業はまだ中学校の復習から高校の導入部分といったところでまだまだ余裕だ。
と、いうわけで。
一晩たって混乱もそれなりに落ち着いたことだし、昨日のこと、そしてこれからのことについて考えを巡らすことにした。
シンデレラ―姫野硝子
眠り姫―糸巻荊
白雪姫―白雪柩
赤ずきん―赤森りんご(あかもりりんご)
グレーテル―迷道灰音
彼女たちは自分が童話の世界の主人公本人だと言い張る。
そして、その物語に起因するトラウマを抱えている。
つまりそのトラウマは物語を書いた俺―もとい前世かその前あたりのグリム兄弟のせいである。
故に、俺がどうにかしなければそのトラウマは消えない。
で、彼女らの演劇部に入部してまずはこの話の真偽を確認してほしい、と。
ああそうですかと納得できる話では決してない。
けれど、5人の妙に真に迫った態度が気になる。
特に入部先も考えていなかったし、とりあえずはしばらく付き合うことにしよう。
幸いにして全員が全員美少女揃いなわけだし。
しかし、物語の世界でそんなにひどい目にあってるっけ?
トラウマになるようなひどい出来事…。
童話の細部を思い出しつつ、数学のノートのまっさらな1ページ目に思いつくことを書き込んでいく。
シンデレラ→継母や姉のいびり
眠り姫→呪いをかけられて永遠の眠りにつく
白雪姫→リンゴで毒殺
赤ずきん→オオカミに食べられる
グレーテル→親に捨てられる
うん、こんなところか。
昨日迷道さんについては少し聞いたから、これはおおよそ確定だろう。
森の中で親に捨てられるって相当なトラウマだろうし…。
あとは毒殺された白雪さんくらい?
でも、それ以外の出来事については日常生活でおよそお目にかかることのない状況だし、そんなに不自由してなさそうだけどな。
「一緒に過ごしていればわかる」っていうからには何かあるんだろうけど、今のところ想像がつかない。
まぁ、考えたところで分からないか。
トラウマの種類だって原因だってそりゃもう星の数ほどあるんだし、専門家ではない僕が考えたところで余計な先入観になるだけだろう。
結局そんな結論に至り、僕はノートのページををめくった。