お父さんと娘と演劇部と
これでひとまず、誰が誰に当たるのかは判明した。
「それで、その童話の主人公の皆さんが、どうしてこの現実世界にいるんですか?」
「うーん…それは、正直私達もよく分かってないんですよねー」
まじですか。
二次元存在が現実に顕現するくらいの一大事、何か大きな理由があるのかと思ったんだけど、よく分からないときた。
「気が付いたらこの世界にいた、という感じだったわね」
うーん…ラノベの主人公が訳も分からずに異世界に飛ばされる感覚と同じと考えていいんだろうか?
「じゃあ、お父さん…僕を探していた理由は、元の世界に戻るため、とか?」
「違いますー」
即答だった。
むしろ食い気味で返された。
「私達は今、完結した物語の続きを生きているんですー。だから今更、完結してそのままの童話の世界に帰れるとも、帰りたいとも思っていませんー」
「じゃあ、どうして…?」
「責任を、取って欲しいんです」
さっきまで微笑んでいた姫野さんが、無表情に言った。
「せ、責任…?」
この展開でそのセリフ…まさか!?
「えええそんな困りますよ!」
顔を真っ赤にして全力でお断りする。
いやいやだってまだ学生だし、そっちは5人でこっちは1人だし、法律的に色々アウトだろ!
「お父様、一体何を想像したのかしら」
糸巻さんの絶対零度視線に射すくめられて、動きが止まる。
「え、責任ってことは、結婚、ですよね…!」
「…………気持ち悪い」
字面では伝わらないかも知れないが、決してツンデレが照れたような口調ではない。
本気で嫌悪感を丸出しにした、汚物に吐き捨てるような口調だった。
「あらぁ、私は構いませんわよ?御父様と結婚…あぁ、背徳的で素敵ですわぁ…」
対象的に頬を染めてうっとりと呟く白雪さん。
うーん、これはこれでどうなんだろうか。
同じく反応に困った顔の姫野さんが、僕に向き直る。
「そういうことではなくてですねー…。何と言いましょうか、私達のトラウマをきれいさっぱりなくして欲しいんですー」
「トラウマ、ですか?」
トラウマ。
PTSD、だっけ?
そんなこと言われてもな…。
僕は医者でもカウンセラーでもない、ごく普通の一介の男子高校生なんだけど。
「さっき糸巻さんに聞きましたよね?迷道さんのことについて」
「はい、聞きましたけど…」
「それなら、大体想像はついているかと思いますがー…。私達の物語は、最終的には一応ハッピーエンドではありますけど、そこに至るまでに色々悲惨な目に遭わされているんですよー。お父さん、あなたのせいで、です」
にっこり。
いや、笑ってるの口元だけだ!
目も笑ってないし、さっきまで放出されてたほんわかオーラも、きれいさっぱり消え失せている。
しかし、そこまで凄惨なトラウマを植え付けるような出来事がシンデレラの話の中にあっただろうか?
「あなたは作者、グリム兄弟の生まれ変わりなんですよー。私達のトラウマを払拭できるのは、お父さんだけなんですー」
「ちなみに、そのトラウマっていうのは…?」
「えーと…私の場合はー」
珍しく姫野さんが言葉に詰まった。
言いづらそうな雰囲気をひしひしと感じる。
「全く、お父様ときたらデリカシーというものがないの?そんな内容、話し辛いに決まっているでしょう。第一、こんなトラウマがあるのですと話したところで、言葉だけでは信じられないでしょう?そもそもお父様は、まだ私達が童話の主人公本人であるということさえ認めてないのだから」
「…返す言葉もありませんね…」
そこなんだよなあ。
何かそれを証明する物、もしくはことはないのだろうか。
「あ、あの…」
ここに来て、今まで全くと言っていいほど自発的な発言をしていなかった迷道さんが、おずおずと挙手した。
「おとーさんに、演劇部に、入って、も、もらうっていうのは……どう、ですか…?」
「へ?」
「なるほどね、それは良い案だと思うわ」
「りんごもきんせーい!」
「御父様と毎日御一緒できるということ…!?ああ…だめだわ、私、我慢できないかもしれませんわぁ……」
後者二人のツッコミどころはひとまずスルーするとして。
僕の意見を待たずして、さくさくと話が進んでいるんですが?
「いや、別に入部するとは言ってな」
「何か問題でもあるのかしら?」
ギロッと糸巻さんに睨みつけられる。
「あ、あの、おとーさんと、一緒に過ごして、いれば…ボクたちの、と、トラウマについて、とか、分かってもらえるかな…って…」
ぷるぷる震えながらウサギみたいな目でこっちを見るな!
断り辛いだろ!
「なんだー?パパにはせきにんかんってもんがないのか!?」
机をばひばひ。
…………あーもう!!
「…分かりましたよ!入部すればいいんですね!!!」
負けた。
完敗だ。
女子5人によってたかって責め立てられて耐えられるほど、僕の精神は頑丈じゃない。
「入部届け下さい!書きますから!」
「はいどうぞー」
準備がいいことで、すぐさま入部届けの紙が差し出される。
名前と学年とクラスと出席番号と…よし、できた。
「はい、書きました!」
「ありがとうございますー。ではここにお父さんの入部を認めますー。色々とよろしくお願いしますねー」
「…はい、姫野さん…よろしくお願いします…」
ぐったりとうなだれつつ、差し出された右手を握る。
「あーさっきから気になってたんですけどー…お父さんなんですから、姫野さん、っていうのもなんだか変ですよねー」
「りんごはりんごって呼ばれたいぞー!」
抵抗するだけ無駄だ。
呼び名の一つや二つ、大人しく従おうじゃないか。
「あ、はい、わかりました。えーと…………硝子?」
「はい、お父さーん」
「りんごは!?」
「りんごー」
「にへー…パパー!!」
「ぐほっ」
りんごの渾身の抱きつきもといタックルを食らった。
なんだろう、カップルのようで何かが違うこのやり取りは。
「それなら御父様ぁ…敬語もやめませんこと?先輩後輩以前に親子なんですから……ね?」
「はいはい、分かったよ、柩」
「うふっ……」
そんなこんなで、僕(高校一年生)のお父さんライフは幕を開けたのだった。