プロローグ
メルヘンチックトラウマ小説になる予定です。
僕が高校生になったその日は、桜も散り始め、夜明け前から降り出した雨が新品のブレザーを濡らす最悪のコンディションだった。
晴れていたらさぞかし壮観であっただろう大量の桜の花びらは水に濡れて、地面にべったりと張り付き、僕の頭に、袖に、背中に薄汚れた薄紅の模様を作る。
全くもって、憂鬱極まりない。
新学期早々僕のテンションはだだ下がりだった。
入学式後のホームルームで、今日から一週間程度、部活の体験入部をやっているという話を聞いたが、こんな天気では外で活動する系運動部は全滅だろう。
さして入りたい部活もなく、のんびりと帰宅部ライフを謳歌したい僕は、とりあえず帰宅に向けて傘を探していた。
朝登校したときに刺していた青の無地の傘。
…青の傘………、傘……………。
……………おかしいな、見つからない。
自分の所属する1-Cの靴箱の真横の傘立てに置いておいたはずの傘が、ない。
もしかして違うクラスの傘立てに入れてしまったのかもしれないと思い、全ての傘立てをチェックしてみる。
が、やっぱりない。
「…盗られた?」
自覚すると同時に、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
にわか雨ならまだしも、朝から降ってただろ?なんでわざわざ人の傘盗るんだよ!!
…まあ、なんとなく察しはつくけど。
朝、入学式に出席する親の車に一緒に乗ってきて、入学式後にテンション上がって浮かれて友達と昼ごはんを食べに行くことになって、いざ出発となったところで傘を持ってきていないのに気付き、その辺にあった無個性な傘を無断使用しましたよ、とか。
どのみち自分勝手で厚顔無恥極まりない行いだが、ここで憤慨していても傘は戻って来ない。運良く戻ってきたとしても明日以降の事になるだろう。
そういえば、中学では事務室で傘の貸し出しなんかを行っていたし、この高校にも同じシステムがあるかもしれない。
僕はそんな希望を抱いて、別棟の事務所へ向かった。
ーその結果、雨に濡れ、花びらまみれになった挙句、傘の貸し出しなんぞなく、事務員のじーさんに嫌味を浴びせられる始末。
傘を入手するのをすっぱりと諦め、雨が止むのを待つ事にした。
天気予報では昼前には止むことになっているけど…どうだろうか。
別棟入り口の階段に腰掛け、暇潰しにスマホをいじる。
開いたのは、特に目的のない、惰性で続けているソーシャルゲームだ。何日連続ログインボーナスだとかが途切れるのが惜しくて、ついつい毎日開き、そしてついついプレイしてしまう。
特にキャラクターに愛着があるわけでも、そのゲームシステムに魅せられているわけでもない。
ただ、適度なパズル要素も入っていて、暇潰しにはもってこいだ。
そういえば、スマホを操作してるときの擬音って何になるんだろうか?ガラケーだとぽちぽちなりカチカチなり、ボタンの操作音がそれに該当するのだろうが、タップの音を表現するのは至難の技だ。
一番近いのはぺちぺちか?…うーん何とも締まらない。
ともかくぺちぺち(仮)と操作を続け、雨が止むのを待つ。
お、レアモンスターゲットだぜ。
「…ん?」
ふと、雨のざあざあ降り続く音に混ざって、人の声のようなものが聞こえることに気付いた。
話し声というよりは…そう、舞台役者のような、オペラ歌手のような、そんな発声の声。
興味を惹かれて立ち上がり、声の発生源を探しに行く。
別棟の廊下を事務室と逆方向に進み、更に右へ。その突き当たりの裏口の手前に、開け放たれたドアがあった。
声は、そこから聞こえていた。
はっきりと聞き取れるそれは、いわゆる発声練習のようだ。
あめんぼあかいなあいうえお
うきもにこえびもおよいでる
題名、何だったっけ?国語で習う有名な人の作った詩かなんかだったような。
女子のものであろう、高く澄んだ声が、何重にも重なって聞こえてくる。
はきはきと滑舌のよく、心地いい声。
そんな声の持ち主だ。平均以上のルックスに違いない。
と、根拠もなにもない下心を丸出しにして、僕は開け放しのドアを覗き込んだ。
そこは、広さにしておよそ12畳ほどの少し古びた教室で。
壁に沿って避けられた机と椅子に囲われたその中で。
五人の美少女達がこちらを見つめていた。
ばさり、と音がして、艶やかなロングの黒髪を持つ美少女の手から、台本のような冊子が滑り落ちる。
彼女たちは皆一様に、驚きに目を見開いていた。
その反応に、何か見てはいけないものを見てしまったのかと困惑する僕の視界で、ふわふわとした金髪の美少女が震える唇を動かした。
「ーお…お父、さん…!?」