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出てくるのはため息ばかりやわ

「どうして…」


 僕は体を震わせていた事だろう。

 隣で後藤が心配そうに僕を眺めている。道中、口を閉じようとしなかった、あのおしゃべりな後藤ですら一言も口を開こうとしなかった。流石の彼もここでは借りてきた猫のように押し黙っていた。静まりかえった王の間で、僕は領主の前でひざまずいている。

 両手は縄に縛られて、足は未知なる道で疲れ果て、僕の心はボロボロだ。


 なのに…


 群臣が領主の座を中心にして、僕を取り囲むかのように左右に並んでいる。彼らの僕を見る目は冷ややかだ。まるで南極にでも置き去りにされたかのようだ。熱波が忍び込んでくるこの広間。僕は身をこわばらせた。

 沈黙。この間の時間が止まっているかのようだ。そう、領主がその姿を現した瞬間、皆は示し合わせたかのように口を閉ざす。それまで僕を見てヒソヒソと話をしていた群臣が一斉に緊張して黙りこくる。しわぶき声一つしなかった。


「おい、お前、ちょっと顔上げろや」


 領主は僕に下命した。言葉に応じて僕は顔を上げた。

「どうして…」

 僕は再び口にする。体の震えが更に大きくなる。口からこぼれてくる言葉も絶え絶えで、領主の前に届いたかも定かではない。


「どうしてもこうしてもないやろが。ええから顔上げたれや。おん?」

 僕の言葉は領主まで届いていたようだ。迫力のある声が僕を押し流そうとする。僕はもう抗う事ができなかった。


「どうしてあんたら、そんなにもの欲しそうなんですか?」

 僕の言葉に全ての者が凍りついた。


「突っ込み待ちですか?そうなんですね?そうなんでしょ?もういい加減にして下さい。どうして、領主がヤクザみたいな格好してるんですか?わけがわかりません。もう全然わかりません。さっぱりわかりません。何ですか?なんで領主がスキンなんですか?更にはそのサングラス。明らかに突っ込み待ちですよね?突っ込んで欲しいんですよね?それに群臣の方々、あなた達にも言いたい。言ってやりたい。なんであなた達はそろいもそろって赤シャツにゴルフスラックスなんですか?おまけにそのエナメルの靴。もういいじゃないですか?どこまでなんですか?それに腕にしてる時計もです。全員、金時計じゃないですか?そのまんまじゃないですか?もう勘弁して下さい。僕に何を期待するというんですか?」


 僕は一気に言葉を発した後、肩で息をしていた。額に汗がにじむ。


「それだけか?お前、それだけなんか?おおん?」

 領主は冷気さえ漂ってきそうな冷たい声でそう言い放つ。裂帛の気迫が空気を切り裂いた。


「そうですね。僕は言うまいとは思っていましたが、ここまで来たら言わざるを得ない。いや、言わなくちゃいけない」

 群臣の息を呑む声がする。


「その旗。大阪府の旗。天地が逆になってるじゃないですか!それにあれは何です?任侠一筋八十年。そこは牛丼一筋八十年でしょ!こんなネタ誰がわかるっていうんですか?ボケとツッコミはキャッチボールじゃないんですか?こんな投げっ放しのボケ、どうしろと言うんですか?拾えなかったらどうするつもりだったんですか?」


 僕のスパイ容疑は晴れた。僕は全てを許されたのだ。僕は生きていてもいい。天使が降りてきて祝福のラッパを鳴らす。縄は解かれ、僕は自由の身になった。

 ただ、僕はこの国の法規がどのようになっているのか、とても不安になった。後で後藤に聞いてみたら、難しい事やない。全てはノリやねんと言っていた。確かに僕の住んでいた大阪でもそんな所があった。

「ところでお前何か特技とかあるのん?」

 領主が馴れ馴れしく話しかけてきた。歯に青海苔が付いている。突っ込むのも面倒すぎたし、あからさまで少しウザかった。


「特に何もありませんが」


 その言葉に大臣達が反応した。

「お前なあ。その標準語やめえや。聞いててうっとおしいねん。取り合えず許したったけど、いつでもお前を処刑できるんやで?その辺お前わかってんの?」

「せや。領主様が許したれ言うから、お前は自由の身になってるけど、一つ間違ったら、どない転ぶかわかったもんやないで?悪い事言わんから、領主様のいう事、おとなしい聞いとき」

「せやせや。自分、調子に乗るんもたいがいにしとかんとあかんで」


 こいつらマジで面倒くせぇ。


 僕は唇を噛み締める。頬が痙攣しているのが自分でもわかった。

「特技が無いんならしゃあないな。ほな、こうしよか。お前今日から、前線行ってこいや?今な、名古屋辺りで戦争しとんねん。ちゃっちゃと行ってきて片付けてきたれや」

「僕、道よくわからないんですけど?」

「お前、その標準語やめえっちゅうてるやろ?ええ加減にしたれや?おお?でも、道がわからん言うんやったらしゃあないな。取り合えず、後藤と前田。お前ら、今日から配置換えや。お前らもついでに行って来い」

「えー」

 この場にいた後藤が悲鳴をあげる。

「何か、文句あるんかい?」

「いいえ、喜んで行かせてもらいますう」

「よっしゃ、ええ返事や。いい知らせ待っとるからな。せいぜい踏ん張ってきたれや」


 後藤はすっかりしょげていた。見ている僕まで落ち込みそうだ。

 領主と群臣に見送られ、僕と後藤と前田は旅に出る。

「ほな、行ってきます」

「おお、標準語やめたか。そらええこっちゃ。ただな。ただやな。何か。何かちょっとちゃうんやな」

 領主の声に応じて貴族の一人が口を開く。

「そうですな。アクセントいうんか、イントネーションっていうんか。何かちょこっと、ちゃいますわ」

「どないせいっちゅうねん!ってココに来て、テンドン強要されるとは思わんかったちゅうねん。もお、ええ加減にして下さい!」


 領主達は満足そうに笑みを浮かべて僕達を見送った。僕達は名残惜しくもない大阪を後にした。

「ねえ、実際の所、この国ってブラックと違うんですか?」

「あれっ?標準語に戻りよった」

「もう、いいじゃないですか。僕はすっかりくたびれ果てました。僕の魂はあの国ですっかりスポイルされたのです」

「そうか。そら、しゃあないな。まあ、自分の標準語にもこっちはすっかり慣れたけどな。その内でええんちゃう?ここやったら誰も偉い人おらへんしな」


 アバウトだなあと僕は呆れた。

 でも、思い返してみた。そう言えば、僕の大阪でもそうだ。東京で常識とか世間体とかを頭の中にギュウギュウにして詰め込まれてきた僕にはそのいい加減さが信じられなかった。大阪の人、いや関西の人は皆アバウトだ。僕にすれば、そのアバウトさが、すっきりしなくて、胸の中がモヤモヤして、随分戸惑う事も多かった。


 僕は何も言わない事にした。

「でも話変わるけど、うちの国はそんなにブラックやないで」

「そうですか?いきなり前線とか、意味わからないんですけど?」

「まあ、そう言いなや。人間、生きてたら色々あるもんやねん」

「そやそや」

「何ですか、それ?色々って何ですか?」

「色々は、色々やん」

「そやそや」

 僕は返す言葉を持たなかった。


「でもな、嫌な事ばっかりやないんやで。あの領主様かって、ええトコ一杯あるんや。自分はまだ、会ったばかりやから、知らんねんやろうけどな。例えばな、こんな話があるんや…」


 後藤の言葉に僕は胸を打たれた。そうだ確かにあのヤクザみたいな領主とは初対面だ。だけど、スパイ容疑で捕まった僕を何も問わず、無罪放免にしてくれている。戦争状態にある国の中で、スパイの容疑者となれば、ちょっとやそっとじゃ見逃してはくれないはずだ。戦争の命とも言える情報を漏らす恐れがある人間をこうも容易く逃がしたりするものなのだろうか?僕は領主の懐の深さをおもんばかった。


 後ろを見れば、後藤が頭を捻って、立ち止まっている。

「どうしたんですか?」

「いや、領主様のちょっとええ話を聞かせたげよと思ったんやけどな。これが思い出されんなあと思ってな」

「おいおい、ゴットーちゃん。頼むで」

「そんな事言うなや。それやったら、前ちゃん言うみろや」

「おう、まかせとけや…」

「…」

「…」

「…お約束ですか?」


 僕の中に殺意が芽生えた。


「まあまあまあ」

「まあまあまあ」

「何がまあまあなんですか?道中、ずっとこういう感じなんですか?もう、本当に勘弁して下さいよ!」


 二人は僕を挟むようにして歩き、僕の肩を叩いてくる。どうやら、慰めてくれているようだ。

「まあまあ、そんな事いいなや。旅は道連れ、世は情けって言うやないか」

「そうや。物事を悪く考えたらあかん。そんなんしとったら心がチビてまいよるで。物事は上向きで考えんとな!」


 僕は二人の言葉にしんみりとしてしまった。行き先不安だろうに、冗談を言っている彼らを見て、この人達は僕にはない強さを持っているんだと思ったからだ。


「もういいですよ。でも、二人とも勘違いしないで下さいよ。冗談も時々はいいですけど、ほどほどにして下さいね」

「ツンデレやー」

「こいつ、デレよったー」

「やかましい!あんたら子供かっ!」

 僕達の行き先は遠い。

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