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こんな始まりってありやのん?

「あっ!目覚ましよった」

「ほんまや!ほんまや!」


 二日酔いの頭を振りながら、僕は目を開ける事にした。神無月さんに告白して玉砕した翌日だったので、できれば目を覚ましたくなかった。いや、むしろ一生目を覚ましたくはなかった。


 昨日クラブのコンパで盛り上がっていた連中を尻目に、僕は友人の田辺と一緒に神無月さんを部室から連れ出した。精一杯の勇気を振り絞り、僕は告白した。勇気一つを共にして、雲より高く飛んでゆく。


 今となっては何を喋ったか、思い出したくもない。


 告白する時って、何か妙にテンション上がっちゃうよね?


 東京から大阪に引っ越してきて、僕は一人浮いていた。というより輪に入れなかった。

 大阪の文化。ボケとツッコミが僕にはわからなかったからだ。話を振られてもうまく返す事ができない。


 生粋の大阪人である神無月さんは僕の告白の言葉を聞いてこう返した。

「それって、何かのボケなん?」


 小首をかしげた神無月さんは少し酔っているのか、頬を桜色に染めながらそう言った。彼女は僕のリアクションに期待していたようだ。彼女の瞳のまばゆい事。


 それを見た僕は何も言えなくなってしまった。耳の奥で牢獄の門扉の閉じる音がした。去り行く神無月さんの背中を見ながら田辺は言う。

「話を振られて、女に振られて、お前はもうダメダメや」


 上手くねーんだよ!


 そう言いたい気持ちを押さえ込み。僕は部屋に帰って安酒を煽った。アルコール中毒で死んでしまえばいいのに。そう思った。


 そんなわけで前後不覚になって眠ってしまった僕を、心配した誰かが起こしにきたのかと思った。だけど、事態はより深刻だった。

 目を覚ますと僕はどういうわけか、野原に寝ていた。それだけならいいだろう。だけど、あろう事か、声をかけてきた連中は僕の知らない人で、西洋の甲冑らしきものを身に着けているじゃないか。僕は言葉を失った。


「なあなあ、にいちゃん。あんたどっから来たん?」

「こんなトコで寝とったら、にいちゃん風邪ひきよんで?最近はこの辺も物騒になっとるから、気ぃ付けんとあかんで」


 目を覚ましたのにも関わらず、僕はまだ悪夢から抜けられない。

「なあ、にいちゃん。返事せんかいな?おい、こいつちょっとおかしいで」

「なんか、見慣れん格好しとるし、取り合えず領主さまんトコ連れてこか?」


「すっ、すいません。ここはどこですか?」

「何言うてるん、あんた。ここは大阪やないか?まだ寝ぼけてるんか?」

「何かこいつ怒ってんで。どないしたんやろか?」

 彼らが何を言ってるのかさっぱりわからなかった。僕は金魚のように口をパクパクさせているだけなのに。

「僕は何も怒っていませんが」

「あんた怒ってるやん!」

「えっ何がですか?」

「そうそう、その喋り方やがな。それがもう怒ってるちゅうねん。俺らあんたに何かしたんかな?なんであんたは怒ってるん?正直に言うてくれへん?」

「いや、だから別に」

「ほら、まだ怒っとるがな!」

「えー」


 ここで僕は理解した。どうも関西弁でなければ、彼らは怒っていると認識するようだ。僕は大阪に来てもう一年にはなるが、関西弁が何か下品な気がして、標準語しかしゃべらなかった。


「こんなもんでっか?」

 僕は恥ずかしい思いをこらえながら、関西弁をしゃべってみた。心の中で何かが折れた。小さい声しか出なかった。

「何か。んー何かちゃうんよな」

「そやな。アクセントいうんか、イントネーションっていうんか。何かちゃうわ。悪いけど」

「どないせいっちゅうねん!」

 僕は思わず叫んでいた。


「そうそう、それやがな。それ!」

「おお。ええ感じになってきたやん」

 いい反応が返ってきた。でも、関西弁をしゃべるのは少し抵抗がある。ちょっと僕は気恥ずかしい。


「でも、何かちょっと違うんですけど」

「また、怒りだしよった」

「ほんま、どないやねん」

「すいません。僕、関東人なんで」

 その言葉を言い終わった時、二人の表情は凍りついた。まるで獣を見る目をしている。つまらない冗談を言ってスベッてしまった時の視線より痛い。


「こいつ関東人とか言うてるで」

「やっぱし、領主さまんトコ連れてこか」

「せやなあ。しゃあないなあ。暑苦しい顔しとるからすっかり関西人やと思っとったけど、ちゃうみたいやな」

 二人は思いの他屈強だった。ものの数十秒で荒縄に締め上げられてしまった。腕が擦れてヒリヒリする。

 これから僕は領主の所に連れて行かれるようだ。色々思いもしない事態が繰り広げられているのでよくはわからないけれど、展開的にはヤバそうだ。だけど、目下の僕は縄でがんじがらめにされた僕の前に、二人の男が息を荒くして立っているのが、もっと嫌だった。貞操の危機を感じる。


「すいません。縄を緩めてもらえないでしょうか?」

「まあ。にいちゃん。スパイか何か知らんけど、運が悪かったな。俺らは国境警備隊や。名前は後藤っちゅうねん」

「俺は前田な」

「はあ、僕は荒川といいます」

「こいつ礼儀正しいんか、何か、よくわからん奴っちゃな?」

「いや、ここはふてぶてしいと見るべきやろ」

 うなだれる僕。


 二人は嬉しそうな表情を隠そうともせず、意気揚々と縄を引く。ドナドナの子牛の気持ちがわかったような気がした。

 太陽が高く、縛られている僕は自由がきかず、汗が滝のようにふきだす。

「暑いなあ!体が溶けてしまいそうや」


 そりゃそうだろう。なぜこの人達は隙だらけなのだろう。明らかに突っ込み待ちだ。

 この真夏日に甲冑を着込んでいるのだ。暑くないわけがない。甲冑の表面は映画で見るような銀色ではなく、煤でもつけているのかのような黒色だったので尚更だろう。僕はたまらず口にする。

「そりゃ、甲冑着ていたら、暑いでしょう?」

「お前なあ。暑いのはわかっとるわい。せやけど、戦争中やからしゃあないやろが?」

「えっ?戦争中って?」

「お前、関東の人間やろ?今、お前の所とうちん所は戦争中やろが?」

「何か余計にわけがわからないんですけど」

「お前、ほんまにどこから来てん?能天気な奴やなあ。スパイの癖に何を言うとんねん。今、東京と大阪は大戦争の真っ只中やっちゅうねん。知らんわけないやろ?」

「そやそや、俺らが何のため、国境警備しているかわかってへんやろ?」

「国境警備隊が僕を連れてゆくのに、二人とも持ち場を離れたらまずくないですか?」


 後藤と前田は立ち止まる。真夏日の下、二人は汗をダラダラ流しながら、身動き一つしなくなってしまった。向こうの木陰でセミが鳴いていた。


「そ、そやな。にいちゃんの言う通りや」

「ほんまやな。にいちゃん。見かけのわりにはやるやん」

「なあ、前ちゃん。俺がこいつ城主さまんトコへ連れてくから、お前は警備に戻っとけ」

「そやな。その方がええよな。わかった。そうするわ。にいちゃん、助かったわ。あんたスパイかも知れんけど、取り合えず礼言うとくわ。ありがとうな」

 前田はそう言って立ち去った。彼を見ているのは僕も辛かった。満面に汗を並べて拭きもしないのだ。見ていてとても暑苦しい。僕の体感温度まで上昇してしまいそうだ。

「にーちゃん。不思議な奴やな。これからお前を牢獄に連れて行くのに、何で俺らに助け舟だすねん?」

「いや、なんとなくですけど」

「それにしても、にいちゃん濃い顔してるなあ。ほんまに関東人には見えへんわ」

「生まれつきなんで、顔の事は言わないで下さい。ちょっと心が痛いです」

「おっ!すまん、すまん。悪気はなかったんや。気ぃ悪くしたら、ごめんやで」


 僕の父親が南方の生まれだったから、僕は色黒で少し、顔のパーツがどぎつい。眉毛は太くてがっしりしていて、鼻も顔の中央で胡坐をかいている。できれば、もっと洗練された顔になりたかったが、こればかりはどうしようもない。


「それにしても、いつから戦争しているんですか?」

「それ本当に聞いてるんか?冗談ぬきで?」

「はい、僕は本当に何も知りません」

「しゃあないなあ」

 後藤は色々と教えてくれた。この大阪という国は東京という国と戦争中だという事。それは単なる言葉の言い違いで発生した事。

 話を聞いている限り、この世界の文明は僕の世界と比べてとても遅れているようだった。西洋の中世のような世界で、彼らはまともな教育も受けていないらしい。


 後藤はしゃべり好きで色々教えてくれた。それはとてもありがたい事だった。強調しよう、とてもありがたいし助かった。

 だけど、彼がボケた後に、ツッコミを期待する目で僕を見つめるのはやめて欲しかった。

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