「神のミスで死ぬ」とは、つまりこういうこと
本来は活動報告でつらつら述べるだけの積もりでしたが、どうせなら短編小説にしよう! ということで生まれたのが本作品です。
なお、この作品はArcadia様にも投稿しております。
様々なアドバイスを頂き、誠に感謝しております。感想を見て思うところがあり、一部書き直しました。拙作には違いありませんが、以前より多少なりとも良くなっていると思います。
現世の器を成す、書と呼ばれるものがある。自身を記された書が消え去ったことで、彼、藤井直也は肉体を消失するという原因不明の死を遂げることとなった。
死後、直也が自身を改めて認識したのは六畳一間の部屋の中。飾り気のない部屋に机1つを挟み、威厳あふれる老人が目の前に座っている状況であった。
「……行き場がない?」
「うむ。本来、君はまだ死ぬ筈ではなくてな」
未だ現状を理解できない直也に、シウと呼ばれる者が現状を説明する。
直也が死亡したのは紛れもない事実。しかし彼が死んだ原因は、書の消失という特異な事態。本来、直也はこの先もまだ生きていく筈の人間であり、現在は死後の世界においても居場所がなかった。
更に言えば、このままでは後に転生することもできなくなる。神が転生先を決定できる状況ではないとはシウの弁。直也の行く先は八方塞となっていた。
「そこでだ。君は魂を浄化せず、記憶を保持したまま転生してもらう。転生先の生体・世界も自由だ。ある程度好きな形で、人生をやり直せるとでも思ってくれ」
「世界、とはどういう意味ですか? 他に生物の居る惑星があるということでしょうか?」
「いいや違う。言葉通り別の世界だ。君にとって絶対的な法則が異なる場合もあるくらいにな」
世界が複数存在する。俄かには信じがたい事実を突きつけられ、直也は驚愕した。
もっとも、これはありえない話ではない。そもそも直也の世界において存在の確かな宇宙さえ、人類にとっては把握し切れていない未知の領域である。その外に更に何かがあるとしても、別段おかしなことではない。
「実際には次元を隔てているだけで、絶対に行き来できない訳ではないが……。便宜上、私も別の世界と捉えている」
「それでは、私の居た世界以外にどんな世界が?」
「どんな、と言われてもな。あらゆる世界がある。そうだな……例えば人が生み出した物語。あれも1つの世界になると言えばわかるかね? つまり、考えうる限りの世界があると思えば良い」
有限という名の無限。世界の数を表す言葉はそんなところか。生物の意思が、夢が、願いが無数の世界を作り上げたのである。
「1つ良いですか? その書と呼ばれるものには何が書かれるのでしょうか? 人格や人生そのものが書かれたりは……」
ふと直也の心に不安がよぎる。今までの人生が予め決まっていたものとなれば自棄にもなろう。生まれた時点で、いや生まれる前から一生が定まっていては堪らない。万が一そうであれば、生きていく気力を失うと彼は思った。
書が消えたことで直也は死んだ。書を作ることが命を作ることに等しいのであれば、生き方までもが書に定められていることも考えられる。彼の懸念はもっともであった。
「その点は安心して良い。書が定めるのは肉体についてだ。そうでなければ記憶を保持して転生できる訳があるまい。
未だに君の記憶と人格が保たれているのもその証拠だ。定められていないからこそ、書のない今も君自身は消えずに存在している訳だ」
「……確かに。言われてみればそうですね」
シウの説明に異論を挟む余地はない。今までの己を否定する仮説、その不安は杞憂に過ぎなかったか、と直也は胸を撫で下ろした。
これで安心して、次の生に励める。直也はひそかに決意を固めた。
「……条件は以上で相違ないか?」
「はい、間違いありません」
直也が死んでから数日後。結局、直也はシウの提案を受け入れていた。そこには、他にどうしようもないという理由も勿論ある。しかしそれ以上に、彼はある目的のために転生を望んだ。
物語という閉じられたと思い込んでいた世界に、直也は入りたかった。そこで成したいことがあったのである。
そのためには能力だけを手に入れても意味がない。当該世界へ行くだけでもやはり意味がない。その世界へ入り込めるという前提と、ある結果を変えるだけの力と立場。それらが全て必要となる。そういった意味では、今回の件は直也にとって渡りに船。生前は妄想に過ぎなかった夢を叶えられる、絶好の機会であった。
「うむ。では、良き来世を」
シウの言葉と共に、直也の魂が光に溶けていく。目的を成せるだけの能力を有する肉体を目指し、彼は新たな世界へ旅立った。
そこは平和からは程遠い、魔族のはびこる世界。驚異的な力を持つ魔物に対し、人々は戦々恐々としながら生きていた。
しかし平原が白一色に染まる冬、人類は反撃に打って出る。平野で軍勢が争う中、クレア=アーバインは仲間と共に魔王の根城へ潜入していた。僅か5人と少数ではあるが、これは現状考えうる最高の布陣。えりぬきの強者を集めた精鋭部隊である。
クレアたち一行にかかれば高位の魔族とて敵ではなく、容易に屠ることができる。しかしそれでもなお、彼女たちに与えられたのは絶望であった。
「勝てない……」
「格が、違い過ぎる……」
一撃。たった一撃で1人が虫の息となった。対する魔王は初撃として5人の一斉攻撃を受けたものの、特に堪えた様子は見られない。
一見すると、人との明らかな違いは耳の先が尖っている程度。顔立ちは正しく人間のそれ。無造作に腰を越えるほどに伸ばされた白髪も、そう珍しいものではない。紋様の浮かぶ鋼の肉体とて、傍目には人間の範疇。魔王は今までに彼女たちが見てきた魔族よりも、むしろ人に近かった。
そんな地味な外見とは裏腹に、魔王の力は想像を絶するほどであった。発せられる威圧感は類を見ないほどに強く、猛禽類を思わせる鋭い目つきをもって、ただ獲物として彼女たちを見据えている。圧倒的な力の差を前に、皆は絶望を隠せない。
このまま戦っても全滅は必至。故にクレアは撤退の決断を下した。
「私が時間を稼ぐ。その間にお前たちは逃げろ」
「な!? そんなこと、できる訳ないだろ!」
最年少の少年は反論するが、残る3人はそれを黙殺する。彼女たちに勝ち目は欠片もなく、逃げに徹する以外に生きる道はない。そして規格外の化け物を相手に足止めが可能な者は、クレア以外に居なかった。
「何、ある程度時間を稼いだ後は私も逃げるさ……。さあ、行け!」
「くっ……絶対だぞ!」
既に重傷者の回収も済んだ。クレアが仕掛けると同時、残りの4人は後退を始める。時折魔王のものらしき攻撃が建物を揺らすが、彼らは振り返ることなく逃げに徹した。
撤退した者も理解しているが、クレアに逃げる積もりはない。対するは命を賭してなお、時間稼ぎの成否さえ曖昧なほどの相手。自身の無事など考えてはいられない。そんな状況にもかかわらず、彼女の胸中はどこか穏やかであった。
人類最強との呼び声も高く、事実上、人類連合軍の指揮権をも握っているクレア。そんな彼女が倒れれば人間は混乱をきたし、魔族は更に勢力を伸ばすかもしれない。それでもなお、己を犠牲にしてでも時間を稼ぐ意義が、クレアにはあった。
それが先程反論した少年、アーノルド=クロフォード。彼こそがクレアの希望である。無限の可能性を秘めた1人の男が、ひいては人類の希望となる。彼女はそう信じている。それ故に、たとえここで死ぬとしても彼女に後悔はなかった。
後継に希望を託しながらも、孤独に息を引き取る。それが直也の知る物語におけるクレアの顛末である。が、彼はそれを良しとしなかった。
確かに、クレアに後悔はない。しかし未練はあった。生への希求があった。アーノルドが織り成すであろう無限に広がる世界を、彼女は見たがっていたのである。死ぬには早過ぎると、直也は思わずにはいられなかった。
クレアを死なせない。それが直也の願い。故に、ここでは異なる結末を迎えることになる。
「な、何だ!?」
魔王の背後から強襲がかけられたことに、対峙している5人から驚きの声が上がる。爆煙が晴れた後、現れたのは剣士と魔法使いの2人組み。うち1人は物語上では登場しない、直也が転生した人間である。
「あんたらは逃げてくれ! その時間は俺たちが稼ぐ!」
今世ではロイ=コートネイと名付けられた彼が、クレアらに呼びかける。
彼らは同盟を結んでいないどころか、基本的に敵国扱い。しかし投げかけられた言葉は、相手を気遣うもの。それだけで完全に信頼できる訳ではないが、クレアが判断を下すのは早かった。
「良し、撤退するぞ」
「お、おい。あの人たちを置いていくのか!?」
純粋な強さで言えば2人は格別強い訳ではなく、仮に手を組んだところで勝利とは無関係である。まして2人だけでは、敗北は目に見えている。
しかしそれが逃走となれば話は変わる。こと撤退戦の殿に関して言えば、彼らの右に出る者は居ない。それは彼らが使用する、分身という技術による。
時間稼ぎに最適とはクレアの弁。分身は実体を持ち、能力も本人と大差ない。自身が対峙せずとも戦闘を行える、ある種反則的な技法である。敵に回っていた際は厄介であったが、今味方となるに、これほどありがたい者は居ない。
「向こうは問題ない。今は下がれ」
納得いかない様子のアーノルドへ、クレアが命令を下す。怪我人をアーノルドが抱え、5人揃ってすぐさま撤退した。
結果、クレアを含め全員が生き残った。更にその後、クレアたちと未だ敵対関係にあったロイの住まう国も同盟に加わることになる。
魔王という強大な敵を前に、人類の全てが団結する。かつては考えることもできなかった理想。夢物語に過ぎなかった希望の実現に、涙する者さえ居た。
こうして世界は直也の知る物語とは異なる歴史を歩むことになったが、彼に後悔はない。今はただ、クレアが生き延びた喜びをかみしめるのみ。彼女が平和な世界を目にする可能性を得たことに、ロイとなった彼は心を弾ませるのであった。
「その後、問題はないかね?」
「はい、書の消失は発覚しなかったようです」
魂を管理する、神々の住まう場所。件の神シウは自身の部下アトルへ経過を尋ねた。
シウが直也を転生させたのは、己の失態が発覚することを未然に防ぐため。ことが同格以上の神々、特に彼の上司にあたる者へ露見すれば、降格もありうる。現在の地位を気に入っているシウとしては、それは避けたい。
もっとも、それも全ては杞憂に終わっている。アトルによると隠蔽に成功したらしく、彼は胸を撫で下ろした。
「ならば良し。では、少年のほうはどうかね?」
「ご満足頂けたようです」
「それは重畳。時間をかけた甲斐があったというものだ」
アトルから期待通りの返答を受け、シウは満足げに頷く。
対照的に、アトルは納得のいかない様子を見せている。彼女には直也の行動も、シウの反応も理解できないのであった。
「しかし、いささか滑稽ではありませんか? 人は何故、無駄な努力をするのでしょう。……運命は決まっているというのに」
「そう言うな。行動、つまりは生き方までもが定められている訳ではない。彼らとて懸命に生きているのだ」
1つ、直也も理解していないことがあった。それは生物の生と死が予め定められているということ。
これは何もシウが嘘をついた訳ではない。書に書かれているのはあくまで肉体について。それは決して間違っていない。生と死は、その肉体に課せられた運命なのである。
直也の渡った世界とは、言わば彼自身が考えた世界。つまり直也の努力を問わず、あの時点でクレアが死ぬことはない。そう運命付けられていた。
直也が不慮の事故で死んだように、運命にも紛れはある。しかしそれは逆に言えば、運命の大筋は決まっているということに他ならない。ある出来事において死ぬ運命を持った者は、何があろうとそこで死ぬ。これは絶対不変の事実である。
そもそも。そうでなければ直也の死は「神のミス」にはならない。神が死を管理しているからこそ、彼は「神のミス」によって死んだと言える。死期が定められているからこそ、シウは「本来死ぬ筈ではなかった」と言ったのである。
「それに彼の寿命は本来の分しかありません。50年は彼の価値観からすると短いと存じますが」
直也本来の寿命は67年。現在の彼は前世の18年を差し引き、その残り49年を用いて生きることになる。今世では無意味に短命になるが、そもそも直也の転生はシウの失敗を隠すためのもの。そうしなければ辻褄合わせにならない。
「長さはさしたる問題ではないのだよ。何より、死力を尽くして生きる様はそれだけで美しい。漫然と生き永らえる者ではこうはいかん。そうは思わないのかね?」
「申し訳ありませんが、私にはわかりません」
「……まあ、君はまだ若い。いずれ理解できる日が来るだろう」
創世より、大きな流れは定められている。しかしそれを悲観する必要はない。あらゆる生命は、己の意思によって行動している。それもまた偽りのない事実。
人は、用意された肉体をこれ幸いと利用すれば良い。ただそれだけである。
微妙に題名詐欺ですが、「本来死ぬ筈でなかった」=「本来死ぬ筈の出来事あるいは時期が存在する」という話でした。この言い回しは神様転生において割と多く見られますが、「本来」という単語には非常に引っ掛かりを覚えます。これは好み以前に、作者自ら物語を潰してしまう代物であると思います。
ネタと銘打ってはおりますが、どうぞ叩きたいだけ叩いて下さい。