その十五〜その十六
その十五
「オウガ!何があった!」
私は状況の説明を求めたが、声に冷静さは感じられない。その声に答えたのはナーガ様であった。
「ノブリ。この者達を生かしておく事は出来ない。私達の任務は異世界から来た者達を殺害して、終了となる。」
(任務?何の任務だ?)
「ナーガ様。あなた程のお方がどうなされました!私達は世界の為に王宮を叩き直す!そう仰ったではないですか!」
ナーガ様は軽いため息を吐く。その顔には余裕が感じられた。
「私達の種族は、この世界の支配者になる。我々こそが、それに値する種族だ。」
「私達を裏切るのですか!?いや、私達だけではない。今は亡き、先代の国王まで裏切る事になります!」
「…ブハ!クックック。」
ナーガ様は私の叫びに、堪えていた笑いを表に吹き出した。
「先代…。ああ、お前の育ての親か。お前の様な辺境の村の娘を育てる等、頭がおかしいとしか思えなかったよ。まぁ、後に出現した能力を考えると、奴の目も節穴では無かったらしいがな。」
「…奴だと?父上を侮辱する気ですか!父上はあなた様に大きな期待を持っていらしたのですよ!」
私は初めて、ナーガ様に対して声を荒げた。それ程までに父上を尊敬していたし、愛していたのだ。
「ふん。期待か…。通りで創立祭の時、隙だらけであった筈だ。私に護られて、安心しきっていたのだろう。」
(……何だと。)
「赤子を殺すより、簡単であったわ。」
「貴様ぁ!!」
「落ち着いて下さい!」
オウガの声が何処かで聞こえた気がしたが、私は構わずに、一直線に突進する。そして、目にも止まらぬ速さでナイフを突き出した。
しかし、それは宙を切り、ナーガの手刀によって叩き落とされる。
「それで副隊長か。笑わせるっ!」
いい終えるより先に、叩き落とされたナイフが、重力に逆らい、方向を変え、ナーガの額に吸い込まれていく。
「なる程、わざと叩かせたな。」
ナーガは余裕の表情でナイフをかわしながら喋る。私はまたしてもかわされたナイフを、ナーガに向けて操作する。今度は集中して、先程の倍の速度をもたせて。
「キン!」
常人では、視界で捉える事も出来ない速度のそれは、刀の峰で叩き落とされ地面に深く突き刺さった。
「上出来だ。まだ遅くはない。私はおまえの力をかっている。私と共に来い!」
私はその言葉に耳を貸さなかった。
(どうする。どうすればみんなを連れて、逃げられる。)
「動くな!動いた者から殺す。」
ナーガの発した声は私では無く、私のずっと背後の方に向けられていた。
見れば、こちらに気付いたミリヤが、他の者達を逃がそうと動き初めていた。
「構わないで、走るのよ!あんた達が全滅したら世界は終わりなんだから!誰でもいい、生き残って!」
いつもとは違い、気持ちの込もった真っ直ぐな言葉だった。私は、彼女がこの作戦で兄を失っていた事を思い出した。
「愚民が!」
ナーガが微かな黒いオーラを纏い、額には今までには無かった、ある物が浮かび上がる。それは、瞳の部分が真っ赤に染まった、一つの目であった。
(くそ!英雄の目か!)
それは私達の種族の中でも限られた、極僅かな者のみが得られる力であり、使用した者の力を、何倍にも膨れ上がらせる事が出来る。それは戦闘力に限ったものではなく、知力や感覚も対象になる。しかし、その代償は大きく、長時間の使用は命を落としかねない、危険な技だ。私も使う事は出来るのだが、最後に使った時には、三分間の使用で、半日間の昏睡状態に見まわれた。噂では、この男は一時間使用しても、身体に異常は無かったらしい。
私は地面に刺さったナイフをもう一度、ナーガの胸目掛けて飛ばし、同時に、腰に巻いたベルトから素早くナイフを抜き、五本連続で投げ様とした。しかし、一本目のナイフが難なくかわされると、もうそこに敵の姿は無かった。
(…消えた!)
「キャー!」
女性の悲鳴。しかし、攻撃されたのは、その隣にいた男性である。見れば、首から上が無い。その男は糸が切れた操り人形の様に崩れ落ちた。ナーガは一瞬の内に30メートルは離れた位置の男を殺害したのだ。
「うわー!」「嫌だ!死にたくない。」「止めてー!」
次から次へと、悲鳴が聞こだましる。その度に、数々の命が消えていく。バラバラの位置で、死体が増える所を見れば、それが逃げようとする者から優先で行われている事が分かった。次第に動こうとする者がいなくなる。
ミリヤが見た事のある玉を袋から取り出し、スイッチの蓋を開けていた。
(照明丸ね。至近距離で、尚且つ感覚が鋭い今なら、目眩ましには十分だわ。)
「シュン!」
聞こえたのは、刀を振り落とした音だけだった。その軌道を確認出来た者は誰もいない。
「クッ!はぁ」
ミリヤの腕がスイッチを握ったまま、地面に落ちる。そして思い出したかの様に鮮血がドボドボと溢れ出した。
「お父さん。ごめん。」
ミリヤらしくない呟きに刀が止まる。またしても軌道が確認出来なかったそれは、みりやの首の皮一枚を切り裂いていた。
「クックック。安心しろ。お前達、蛆虫共の隠れ家は今頃、私の隊によって駆除されているよ。あの世で老いぼれに宜しく伝えてくれ。」
私の怒りが頂点に達すると同時に、額に赤い目が出現する。私は五本のナイフをナーガに向けて全力で放った。
「パパパパパン!」
黒いオーラを帯びたそれらは、音速を超えた音を発し、直前上に立っていた者達を衝撃波で吹き飛ばしながら、ナーガの胸を貫通していった。ナイフはそのまま、私の制御を離れて空高く消えていく。
(…やったか。)
しかし、ナーガは倒れない。奴の傷口からは何やら白い蒸気の様なものが立ち登っていた。
(…能力。奴が持っていないわけが無いか。)
王宮では、隊長クラスの能力は隊員でも知る事が出来ない。
ナーガは私を一度睨み付けた後に、ミリヤに刀を振り落とす。
「キン!」
私はすかさず最初に地面に叩き落とされたナイフを刀にぶつけた。今の私なら奴の動きに反応出来る。刀の軌道もしっかりと捉えた。
「ぬぅ。小賢しい真似を!」
ミリヤは残った方の腕でスイッチを掴み取る。
そこで素早く体制を立て直した、ナーガの二撃目が振り落とされる。
私は刀を弾いたナイフを、もう一度ナーガに向けて操作したが、奴の天武の才の前に紙一重でかわされる。
刀はミリヤの頭部に吸い込まれていった。
しかし、ナーガの刃はミリヤには届かない。触れる直前に青白い何かに阻まれたのだ。
(本当にお前がいてくれて良かったよ。)
私のそばでオウガがシークレットワードを唱えていた。
「いつか絶対、殺すかんな!」
ミリヤの声に私は慌てて英雄の目を閉じる。結界に包まれたミリヤが、手に持ったスイッチを尻尾の先で押すと、辺りは意識が朦朧とする程の強い光に包まれた。
「逃げるぞ!全員生き残れ!」
私はそう叫びながら、自分の荷物袋を取りに走った。正確にはその中身の絨毯をだ。視覚が頼りにならない今、記憶だけを頼りに疾走する。
「ギャー!」
恐らく見境無しに斬りつけているのだろう。誰かの叫び声が再び聞こえた。
(あった!よし!)
私の行動を読んでいたのであろう。荷物の脇には、瀕死のミリヤも座っていた。
「は…早く、逃げ「喋るな。…よくやった。」
絨毯は誰の手を借りる事無く空中で広がった。私はミリヤに軽く触れてから、絨毯の上に寝かせる。それと同時に、彼女の腕の肉を操作して止血を完了させた。
私は絨毯に飛び乗ると、猛スピードで地面に対して水平に移動した。
その間に接触した人間はサイコキネシスで浮かせて連れて行く。
暫く進み、私達が周囲に張られていた結界を抜け出してもまだ、叫び声が止むことは無かった。
ミリヤは横になったままの状態で回復薬を飲み、呟いた。
「お父さん、オウガ…。死なないで。」
その十六
私は森を抜ける直前で絨毯を降ろした。ここにいるのは私とミリヤを含めて五人。ミリヤは回復薬を飲んですぐに寝てしまったので、動ける者は四人である。その内、私が連れて来た三人は放心状態であり、目に輝きが無い。
(人の死を見るのは初めてなのか。)
「恐らく、町には侍隊が溢れているのだろう。ミリヤが動けない今、町に入るのは危険だ。今日はここで休む事にする。町に近いこの位置なら外敵も少ないだろうからな。」
「少ないって…オヴェェー。」
私の言葉に反論した一人は言葉の途中で吐瀉物を吐き出した。
(やれやれ。)
今更ながら、此処にいる者の四人が女性である事に気付く。男性は一人…。性別で言えば男性なのだが、その頼りなさからはそれを疑う。森で何度も私の前で躓いていた男だ。華奢で女性の様な男は目に涙を浮かべている。
女性の一人はドレッドヘアーで色黒の地肌。絨毯の上で胡座をかいて座っている。こちらの方が男らしい雰囲気を持っていた。
性吐瀉物を撒き散らしている女性は色白で金髪、ロングヘアーのそれはこんな状況でなければ、見とれてしまう程の美しさだ。
「みんな、ショックを受けるのも分かる。それでも私達は生きていかなければならないんだ。きつい事を言うようだけど、強くなってくれ。…頼む。」
反応は無い。見ればドレッドの女性は座ったまま鼾をかいていた。
(精神が強い者もいるのか。…それともただの性格なのか。)
「周囲の安全は私が保証する。安心して休んでくれ。…それと、ミリヤはゆっくり寝かせてやってほしい。私達の命の恩人だ。」
ミリヤの顔色は大分良くなってきてはいるが、失った腕は元には戻らない。回復薬の力は目を見張る物があるが、万能ではないのだ。失ってしまったものは治らない。…命も含めて。
私は木の上に飛び乗って辺りを見渡し、この場所の安全を確認する。惨劇の場はここからは見えない。
(ナーガ様…。私もまだまだだな。)
目から溢れ出る物を拭ってこれからの事を考える。
(…くそ。)
しかし涙は留まる事を知らずに流れ続けた。私はそれを止める事を諦めた。
(私も強くならなければ。みんなを守れるぐらい、…強く!)