その十三〜その十四
…説明が長いです。
その十三
二時間程歩いただろうか。周りの人間に大分疲れが見え始めた。現在の隊列は、先頭にナーガ様。殿に私。その間の距離を均等にオウガとミリヤが歩いている。先頭から最後尾までの距離は長く、私の位置からは、ナーガ様もミリヤも確認する事は出来ない。
危険な生き物が数多く生息するこの森だが、歩き始めてから現在に至るまでの間、戦闘は一度も発生していない。オウガが唱えたシークレットワードの効果で、私達の気配に森の生き物達は怯えて近付かない様になっているのだ。
そのシークレットワードも下級種族に対してのみ、効果を発するのだが。
(それにしても遅過ぎる。私とナーガ様だけならば、とっくに森を抜けても良い時間だ。)
私は異世界から来た者達の鈍臭さに、僅かだが苛立ちを覚えていた。まだ森の出口に対して半分も来ていないのだ。
「うわっ。」
前を歩く少年が木の根に躓く。私は何回この光景を見た事だろうか。
(こんな者達が本当に世界の救世主になれるのか?)
私はそう思いながらも、倒れている少年に無言で手を差し出す。
「はぁ…はぁ…。ありがとうございます。」
少年の疲れはピークを迎えていた。私が手を貸さなければ立ち上がる事すら困難であっただろう。
「お礼は要らないわ。その分、呼吸を整えなさい。」
「ハァ…ハァ…。すいません。」
私の忠告は少年に効果を表さなかった。
それから一時間。少年は顔を真っ青にしながら歩いている。
(…限界だな。)
しかし、周りを見れば少年だけでは無く、大半の人間が辛そうな表情をしているのが目に入る。
(情けない。)
古い資料によれば、900年前に転送されて来た神は、転送されたその日に、下級種族の魔物を100体は葬ったという。
(違う世界から転送されて来たんじゃないか?)
私は僅かな不安に駆られたが、引き返す事の出来ない現状を思い出し、考える事を止めた。
「やった!休憩だ!」
少年が顔を明るくして言った。まるで、地獄から天国に移動したかの様な表情だ。
(ナーガ様も甘いな。)
私は前方で座っている人達を見て思った。
「ノブリ。今日はここで宿を取ろう。今、オウガとミリヤがこの辺り一帯に結界を施してくれている。」
聞くだけで、安心する声。私はこの方の志に心を打たれて、王宮を裏切ったのだ。
「そうですね。転送の儀の効果で闇が訪れていますが、闇の効果が切れたとしても、もう暗くなる時間帯ですから。」
早く森を抜ける事を考えた方が良い気もするが、ナーガ様がそう考えるのであればそれが正しいのであろう。私はナーガ様の判断に絶対的な信頼をおいている。それは今までに、その判断に従って失敗した試しが無い事に裏付けされていた。
「私は近くで何か食べられる物が無いか探して来るよ。おまえは、みんなを見張っていてくれ。」
「わかりました。お気を付けて。」
応えると、ナーガ様は軽快に走り去って行った。
「そろそろ、この状況について説明してくれないか?」
ナーガ様と一緒に先頭を歩いていた、私の服を穴だらけにした男が訪ねてくる。
「まだ、此処が安全だとは限らない。落ち着いて話すのは結界が完成してからだ。」
「ふん。好きにしろ。」
男は腑に落ちない様子だ。私達に主導権を握られている事が気にくわないのだろう。
(言われなくても、そうさせてもらうさ。)
「あら?暇そうね。副隊長さん。」
「ミリヤさん!私達は同志なんですよ。仲良くしましょうよ。」
オウガとミリヤが仕事を終えて帰って来た様だ。ミリヤは戻って来るなり私に突っかかって来たが、私はそれを無視する。
「結界はどう?」
私の問いにオウガは嬉しそうに応える。
「はい。成功しました。この辺りに下級種族は近付けない筈ですよ。」
「そうか。良くやってくれた。お前がいてくれて良かったよ。」
広範囲の結界は術者の気力を大幅に消費させる。それを行って、余裕の表情を見せているオウガはとても優秀な人材と言えるだろう。
「お〜い。私も手伝ったんですけど。…無視そんな!」
ミリヤは自分の扱いに不服な様だ。そんなミリヤをオウガが宥めている。
(いいコンビね。さて…。)
私も自分の仕事を始める。
私は両足に力を込めて、高く飛び上がり、近くにあった枝にぶら下がる。そして、振り子の様に身体を動かし、勢い良く前方の木の枝に飛び移る。そのまま勢いは殺さずに、さらに違う枝に飛び移って行く。
私はそうやって、次から次へと木の枝に飛び移って行った。
尻尾で木の幹に触れる事を忘れずに…。
「何遊んでるのさ〜!」
下からミリヤが呼び掛けてくる。
(これぐらいが限度か。)
私は満足して、元いた場所に着地し、気持ちを落ち着かせる。
そして、触れた木全てを一斉に地面から引き抜き、斜めに角度をつけて地面に突き刺していった。木にとまっていた鳥達が驚き、一斉に鳴きながら飛び立っていく。半分程差し終えたところで、残りの半分を最初のそれとは逆の角度で突き刺していく。それが何本か繋がると、それなりに広い三角形の空間ができた。
(全員が休むには広さが全然足りないけど、負傷者ぐらいは休めるわね。)
「怪我人優先で中に入って休むんだ!」
私は勇ましい声を上げてから、ゆっくりと地面に座り込む。物体の重さに比例して私の体力も削られるのだ。さすがに私も堪える。
「お見事!」
オウガが感動した様に言った。
「ミリヤ、オウガ。みんなに状況を説明する。人数を三分割してそれぞれ手分けして説明してくれ。」
「別にいいけど、あんた大丈夫なの?ヘロヘロじゃない。イケメン君にお願いしたら?」
(私の心配をするなど珍しいな。)
そう思いつつも、嫌な気分はしなかった。
「ナーガ様は食糧の調達に行かれたわ。あの方の事だ。ついでに結界を破って侵入して来そうな中級種族がいたら、始末して来てくれる事だろう。」
あの人は、そういうお方だ。いつだって仲間の事を第一に考えている。自分の危険も顧みずに。
「中級種族を!?一人で!?」
オウガが私の言葉に目を輝かせて驚く。驚く事も無理はない。中級種族といえば、一匹で小さな村ぐらいならば、滅ぼす事が出来る力を持っている。
「ナーガ様は上級種族にも引けを取らない力を持っているわ。」
私は言って、自分の事の様に嬉しくなった。
(そうだ。あの方がいれば全て上手くいく。)
「イケメンの癖に、化け物並みの戦闘力ね。上級種族なんて、見た事も無いわ。」
ミリヤは呆れた様子で呟くと、私の指示に従い立ち去って行った。
この世界には、文明を受け入れずに、独自の生態系を形成している生き物達がいる。その生き物達は、例外無く人間を嫌っていて、見掛けただけで襲い掛かって来る者もいる。その者達を戦闘力、危険度、遭遇度を加味して、三つのグループに分類している。
下級種族、知能が低く戦闘力も、さほど高くはない。しかし、群れで行動する種族が多く、数が揃うと厄介な相手ではある。この森を支配している、馬人はこのグループである。
中級種族、この種族になると下級種族とは、段違いに戦闘力が高くなる。さらに、このグループには知能が高く、人間の言葉を理解出来る者までいる。しかし、この種族で一番厄介な者は知能が低い者である。高い戦闘力で、目的も分からずに、暴れられたら対処の使用が無いのだ。
上級種族、私も一度しか出会った事の無い種族だ。出会ってしまっただけで生きる事を諦めてしまう絶対的な存在感。経験を積んだ歴戦の戦士であっても、対峙してしまったのであれば、子供の様に泣き崩れるであろう。
あの時、ナーガ様がいなければ王宮侍第三隊は全滅していた。
私は、忘れたくても忘れられない、苦い記憶を思い出していた。
吐息を浴びた為に肉が腐り、骨だけになった仲間達。その生き物が巨体に似合わぬ雷光の様な速さで移動する度に、百人近くの命が消える。私は涙を流し、座り込んでいた。その肩に暖かい手が添えられる。
「もう大丈夫だ。良く持ち堪えてくれた。」
それは、私の…。私の愛する人の声だった。
その十四
(さて、何処から話をするべきか。)
三十人分の瞳が私に向けられている。実際に、数えた訳ではないが、それぐらいの人数だろう。負傷者や体力が尽きた者は、私が作った三角形の空間で先に休んでいる。その者達を除いて三分割した人数が、私の周りを囲む形で座っている。ここに残った者達の表情からは真実を知りたいという、強い意志が感じられた。
「…約900年前、この世界には争いしかなかった。」
「おいおい、そんな前の話からかよ。纏めて話してくれよ。」
「黙れ。クソガキ!…すまんな。続けてくれ。」
「…なんだよ。」
若い少年は迷彩服の男に一括されると、ばつが悪そうな表情を浮かべた。私は構わずに話を進める。
「当時、この世界は何処にも属さない小国家を除けば、三つの種族が収めるそれぞれの大国で成り立っていた。その三国の勢力がどれも等しかった為に、この世界のバランスは保たれていたのだ。しかし、どの種族がこの世界を支配するか。そんな下らない、子供の様な考えは何処の国も持っていた。」
「隣の国を潰せば、無傷な国に潰される。そんなところか。」
「その通りだ。攻めたくても攻められない。そんな状況が続いていたある日、一つの国がとんでもない兵器を作り出す事に成功したらしい。」
「どんな兵器だ?」
迷彩服の男が兵器という言葉に素早く反応する。
「それは分からない。戦争が終わって、兵器に関する資料は全て処分されてしまった。さらに現在では、その兵器を国の許可無く、調べただけで国家反逆罪になるおまけ付きだ。」
「それ自体が忌まわしい過去なのだな。核兵器の様な物か…。」
私は聞き慣れない単語に眉をひそめるが、周りの人間は納得した表情を浮かべている。気付けば話しているのは、私と迷彩服の男だけになっていた。
「その兵器は、この世界の勢力バランスを崩すには十分過ぎる力を持っていた。強大な力を手に入れたその国は、宣戦布告をする事無く、他国の侵略に動き始めた。それに対して残りの二国は、余りに大きな力を手に入れた国に対抗する手段として、お互いに同盟を組む事にした。いや、組まざる負えなかったと言うべきか。」
口を挟む者はいない。
「それから十年の時が流れた。戦争は鎮まるどころか、激化の一途を辿っていた。それは終結が見えない、言わば泥沼状態であった。一部の評論家が、全員が死ぬまでこの戦争は終わらないだろうと言い、その事からこの戦争は、後に全死戦争と呼ばれた。」
「全員死ぬ…。物騒な名前だな。」
「ああ。大量の死傷者が出て、人手が足らなくなった国は、容赦なく女子供も兵士に仕立て上げられた。当時は子供四人で大人一人を殺害する作戦まであったらしい。」
「…酷い。」
ロングヘアーの若い女性が初めて声を発した。
「そんなある日、三国に属さない一つの小国家が転送の儀を行った。実際にあなた達がこの世界に呼ばれた儀式よ。」
「転送の儀。俺達が誰かの意図で呼ばれたのならば、帰る方法も…。」
迷彩服を来た若い方の男が呟く。
事実、来た方法があるのならば、帰る方法もあるのかもしれない。しかし私はその方法を知らない。
「その小国家は神の存在を信じており、それを崇拝している国で、古い言い伝えに乗っ取り、神を召還し、この惨劇を終わらせようと考えたのだ。…そして転送されて来た者がこの世界を一つに纏め上げた。」
「大分、省いたな。何人でどう纏めたんだ?」
私は信憑性の薄い話を始める。
「真実かどうかは定かでは無いが、一人で三国の王を殺害したらしい。そして、自分を王にする様に各国に要求した。当然それに対して、各国は怒り狂い、早急に王の後継者を決めて、神の殺害を計画した。」
「一人で王様の殺害なんて可能なのか?」
「絶対に不可能だ。」
私は即答する。
「続いて神は、後継者となった新しい王も次々と殺害していったらしい。次第に自分から王になりたがる者はいなくなったよ。」
「暗殺を繰り返して王になった。…信憑性に欠ける話だな。」
(その通りだ。しかし…。)
「方法は定かではないが、この世界の王になり、戦争を終わらせた事は事実だ。歴史の本を読めば、子供でもわかる。その後、神が種族の名前を無くし、全て[人間]とした事も有名な話だ。」
「はいはい。それで?何で俺達は呼ばれたの?纏まったなら良いじゃんか。」
少年がじれったそうに聞く。全員の興味はそこにあった。
「数年後に神は突然姿を消してしまった。恥ずかしい話だが、神が消えて何年か後にはまた、一つになっていた国が三国に分裂していたよ。しかし対立する国は無かった。神が残した、各種族がお互いを尊重しあえる良い環境は残っていたんだ。実際に戦争の終結から現在に至るまでは平和な世界だった。
しかしそれが今、崩れ始めている。…原因は私達の国、セリカピアの国王が何者かに暗殺された事にある。」
(…父上。)
「…王様、暗殺されすぎだろ。」
(確かに。情け無い話だ。)
「暗殺の首謀者は分かっている。国王の実の息子、現セリカピア国王ケレンだ。そして、ケレンが国王に就任してから直ぐに過去の兵器の資料が見つかったとの発表があった。偶然にしては出来すぎたタイミングだろう。奴は過去の過ちを繰り返す気でいる。」
「何故、戦争を仕掛けるとわかる。それに国王を暗殺した証拠はあるのか?」
当然の疑問だ。
「ケレンは国王になる前は王宮暗躍忍者隊の隊長であった男だ。過去に奴はその地位を利用し、何度も戦争の火種を作ろうとしていた。その度に私達、王宮侍第三隊が極秘に阻止してきたんだ。奴は幼い頃から他国の種族を下に見る傾向があった。世界の平和を常に願っていた前国王はそれを嘆いておられたよ。」
私は前国王の言葉を思い出した。
[私のかわいい娘よ。お前の兄は争いを好む傾向がある。儂はそれが心配じゃ。いつか儂がいなくなった時、そなたとケレンで協力してこの国を正しい方向に導いておくれ。血は繋がっていなくとも、そなたは間違いなく私の娘である。頼むぞ。]
その翌日に父上は殺された。その日はセリカピアの創立祭が盛大に行われていて、各国の民も大勢集まっていた。父上の警備には我々の隊が当てられていた。
「そして、王が暗殺された日に姿を消した男が一人だけいる。ケレンの部下、王宮暗躍忍者隊の副隊長、カゲローだ。奴の能力と腕を持ってすれば、警備の目をかいくぐり王を暗殺する事は可能だ。何よりの証拠として、現場には奴の愛用していた銃が残されていた。…当然、その証拠は現国王によって民に公表される事無く破棄された。その上、奴は暗殺の容疑者は他国の者である可能性が高いとまで発表した。」
ここまで話せば理解出来る者もいるだろう。
「あなた達は、大きな期待を込められて反戦争組織[ゴールデン・ピース]によって転送されて来たのよ。私達はあなた達の誰かに国王になってもらうつもりだわ。」
(予想を大きく上回る人数と予想を大きく下回る頼りなさだけれど。)
「………。」
暫くの間、言葉を発する者はいなかった。音といえば、ミリヤの大きな声が微かに聞こえる程度だった。見れば身振り手振りを加えて楽しそうに説明している。
最初に声を出したのは、話の前半で迷彩服に一括された少年だった。
「忍者とか侍とか昔の日本みたいだな。」
それを聞いて私は少し安心した。部隊の創始者は900年前に転送されて来た神なのだから。今となっては侍も忍者も正しい意味を知る者はいない。しかし、その意味をこの少年は理解しているらしい。
(同じ世界から来た事は間違いない様ね。)
「後さぁ。神、神って呼んでるけど、本当はただの人間で、そいつにもちゃんと名前があったんだろ?なんて人?日本人?」
「そんな事よりこれからどうするかだろ。俺達の世界に帰る方法はあるんですか?」
少年の質問を若い迷彩服の男は無かった事にしようとしたが、私は少年の質問に答える。
「あなた達と同じ種族だったらしいわ。資料によれば、尻尾も無ければ頭の上の耳も無かったらしいから。」
「いや、そうじゃなくて…。」
少年は私に何かを説明しようとした。どうやら日本人というのは種族の事ではなかったらしい。私は無視して話を続けた。
「神の名前は信「うわぁー!!」
私の言葉は誰かの叫び声によってかき消された。叫び声はオウガのグループがいた辺りから聞こえてきた。
「キャー!!」「てめぇー!!」
次から次へと叫び声と怒号が迸っていた。
私は叫び声がする方向に全力で走った。周りにいた者達は私の勢いに驚き、尻餅を付く。
(…中級種族か?それならば私とオウガがいれば問題はないだろう。)
私は現場に付いて愕然とした。ただただ呆然と立ち尽くしてしまったのだ。状況が把握出来ない。理解出来ない。
必死な形相で結界を張り、辛うじて三人の人間を守っているオウガ。
その他の人間は例外無く、首から上が無くなっていた。鋭利な刃物で切り落とされたであろう首は赤い液体と共に、辺り一面に散らばっている。まだ自分が命を失った事に気付いていないのか、瞬きをしている者が目に入った。
そして、オウガと向かい合って立っている男が一人。
私の視線の先にはナーガ様が不敵な笑みを浮かべて刀を構えていた。




