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その十一〜その十二

その十一


「……。」


「あの〜。」


「………。」


問いかけに返事は無い。私がこの場にいる経緯を話した途端に、謎の男は何やら難しい顔をして黙り込んでしまった。


辺りが不気味な静けさに覆われる。私以外に話せる者はいない。それもその筈だ。音を発した瞬間にまた男の銃が火を吹くのだろう。みんな、ワンピースの女性の二の舞になるのは御免なのだ。


「…神か。本当に異世界から来るとは。」


「…はい?私は上條ですけど。」


男の呟きに私は応える。


(…異世界。本当にそんな物が存在するなんて。でも、この状況じゃあ信じるしかないわね。)


「……!」


男は急に後ろに飛び、脇腹目掛けて飛んできた何かを紙一重でかわしつつ、それが飛んできた方角に銃を放つ。


「パパパァ!」


銃弾は車両の入り口付近に立っているスキンヘッドの男に命中したが、男に傷は付かない。


飛んできた何か。それは正確には飛んできたのではなく、伸びてきた物だった。スキンヘッドの男の右腕から沢山の触手が勢い良く伸びてきたのだ。かわされた触手が車両の壁に突き刺さっている事を見ればそれの殺傷能力がうかがえる。


(な!また、怪物!)


「その人に物騒なもん向けるんじゃねえ!」


スキンヘッドの男が叫ぶ。


(え?日本語?)


私は少し困惑したがすぐに理解した。


あの位置、あそこにいた人は…。


(全身に火傷を負っていた人だ!)


スキンヘッドの男は今にも崩れそうなボロボロの服を着ていて、服の隙間から見える肌は様々な色の刺青が施されている。


「ありがとうございます。貴女のお陰で命を繋ぎ止める事が出来ました。今日から、この竜二の命!貴女様が使って下せぇ!」


竜二と名乗った男は嬉しそうに私を見ている。


「貴様の仲間か?まだ攻撃を加えて来るのならば殺すぞ。」


謎の男の低い声。私は対象的な二人から声を掛けられた。


「二人とも待って下さい。こんな事をしている場合ではありません!今にも馬人の群れが「な!なんだこの化け物!」


外から声が聞こえた。恐らく竜二の姿を見て言ったのだろう。声の主はここからは見えないが知っている人物。神崎さんだ。


「キャー!!」


(今度は何よ!)


驚いた事に叫び声の主はワンピースの女性だった。その姿からは足の火傷以外の傷は見当たらない。


(麻酔銃なの?)


私は軽く頭を抑えると不思議と軽く笑みを浮かべた。


(もう滅茶苦茶な状況じゃない。)


「静かにせんか!話が進まんじゃないか!」


富さんが言うと、みんなが静かになる。


(やっぱりただ者じゃない。)


「後藤さん。神崎さん。隠れる場所は見つかりましたか?」


私は意図的に全員に聞こえる声量で言った。言って気付く、そこには神崎さんしかいない事を。


「あれ?後藤さんはどうしたんですか?」


「ん?ああ、ちょっと疲れてるから外で休ませてますよ。」


(…疲れてるって。)


私は肩の力が一気に抜けてしまった。神崎さんはこういった所があるのだと、この時、初めて気が付いた。


私の変化に気付かずに人の良さそうな顔をした男は続ける。


「馬人達はここには来ませんよ。後藤が上手くやってくれました。」


(上手くって、どうやってよ!)


私は思い通りにならない苛立ちがどんどん溜まってきていた。


「おい、何を話しているんだ。」


謎の男の問い掛けに私の怒りは頂点に達した。


「五月蝿い!黙ってて!」


私の返答に謎の男はもう一度、銃を構える。


「あなた、すぐ銃なんか撃って馬鹿なんじゃないの?人の命を何だと思ってるんですか!」


私は怒鳴った。


私の勢いにこの世界の生き物は怯んでいる。


「竜二さん!あなたもあなたです!助けてくれるのはありがたいですけど、全然助かってません。下手したら反射的にこの人に撃たれて死んでます!」


私と同じ世界の生き物も怯んでいる。


「それと神崎さん!あなたね!「すいません!!」


こちらは言い終える前に私に敗北していた。


「ほっほっほ。女は強いの〜。」


富さんは呑気に笑っている。私は、その笑顔で何とか怒りを静めようと努力する。


「…人の命。」


謎の男は微かにだが、確かにそう呟いた。そして、深いため息を付く。


「おい、ここから近い所に俺の家がある。そこはシークレットワードにて結界が張ってあり此処よりは安全だ。…来るか?」


(シークレットワード?)


考えてもどうせ分からない。この世界には分からない事が多すぎる。竜二さんにしてもそうだ。あんな薬で全身火傷が治るものか。それにあの触手は…。私はそう思ったところで考えるのを止めた。どうせ分からないのであれば考えたところで無駄なのだから。


「いいわ。連れて行って。」


そう言った後に過去に怪我人を残して行ってしまった者達を思いだした。


「ただし、全員よ。」


「当然だ。…カゲローだ。」


男は顔を外に向けて言った。


「上條よ。よろしく。」


私に一つ、大きな目標が出来た。


元の世界ではなんの気力も無く、借金まみれで、ただお金を稼ぐ事だけを考えていた私にだ。


(全員、死なせはしない!私が守る!)


私は不思議とこの世界が少し好きになっている事に気付いた。


その十二


まず最初に馬人の群れについて神崎さんに説明してもらった。神崎さんの脇には瞼を閉じた。後藤さんが座っている。


全員がその話を信じたか信じてないかは別として、次に私が今後の方針を説明する。



「この人はカゲローさんと言います。この方の家は此処から近く、安全な所だそうです。そこで私は暫くはこの人の家にお世話になろうと思いますが、みなさんはどう思いますか?」


「……。」


(さすがに警戒するわね。置き去りにされたこの人達が簡単にここの生き物を信用しないのも当然だわ。騙して私達を食べるのかもしれないし。)


しかし、私は不思議とカゲローさんを疑ってはいなかった。あの時、[人の命]と呟いた時の彼の瞳は真っ直ぐなものだったからだ。


「上條さんが言うなら…。」


ワンピースの女性だ。


「俺達の為に残ってくれた人が言うなら俺は従うぜ。」


続いて中年の男。


「俺も。」「私も。」


見れば全員が手を上げている。


その光景に私は驚いていた。


(みんな、ありがとう。)


「しかし、お嬢。どうやって怪我人を連れて森の中を歩くんですか?」


「竜二さん。その呼び方は止めて下さい。」


竜二さんの疑問も当然だ。それが出来ないから置いて行かれたのである。


(カゲローさんが任せろって言っていたけど…。)


私は車両の外で一人、森を眺めている男を見た。


「カゲローさん。お待たせしました。出発しましょう。」


私が声を掛けると男は視線をこちらに移し、低い声で言った。


「全員、表に出てこい。俺の周りに集まるんだ。」


私はその言葉をみんなに通訳し、一人の男に肩を貸しながら、ゆっくりと外に出る。


私に続いて動ける者は手分けして、怪我人を外に運び出す。


「う、うわ〜。」


背中に大きな桜の木の入れ墨を入れた男が腕から複数の触手を伸ばして片足の無い男を絡め取り、そのまま持ち上げる。


「キャ!」


そしてもう片方の腕で同じ様にワンピースの女性を持ち上げる。竜二さんは笑顔で楽しんでいる様子だ。


それを見ていた神崎さんが不思議そうに尋ねる。


「どうして、力を使いこなせるんですか?誰かに自分の力について教えてもらいでもしたんですか?」


(…力。)


神崎さんの話によれば、後藤さんと神崎さんも、この世界に来てからは常人には無い力を持っているらしい。俄かには信じ難い話だが、竜二さんの身体がその話の現実性を高めている。


「教わった訳じゃないんだが。お嬢に助けられて目が覚めたらこの力については理解していたよ。何故かはわからねえけど、まるでガキの頃から使えたかの様にな。」


「そうですか。いろいろタイプが有るみたいですね。それから最初に化け物扱いしてすいませんでした。」


神崎は申し訳なさそうに頭を下げた。


「いいんだ。気にすんな。元いた世界でそういう扱いには慣れてる。」


竜二さんは笑顔で応える。


「ちょっと!仲良くしてる所悪いんだけど!早く降ろしてくれないかしら!」


ワンピースの女性は叫ぶ様に言った。


「ああ、悪い。」


全く悪びれていない様子で、そう応えると、両腕の触手が車両の外に伸び始めた。カゲローさんの脇まで伸びたそれは、絡まっていた人間を優しく地面に降ろすと素早い動きで竜二さんの腕に戻っていった。


暫くして全員がカゲローさんの傍に集まっている事が確認出来た。


「これで全員です。どうするんですか?」


返ってきた言葉は会話助長機を付けている私にも意味の分からない言葉だった。


「ひみギあた、みすにき…。」


カゲローさんが言葉を発し始めると、地面が円形に光始めた。どんどんその光は輝きを強めていく。私はあまりの眩しさに目を閉じ、光が弱まったところでもう一度目を開けた。


「…え?」


私達全員は初めからそこにいたかの様に薄暗い洞窟の中にいた。


カゲローさんは慣れた手付きで壁に付いたスイッチを操作し、辺りを明るくしていた。


私達がいる場所は小さい公園ほどの大きさの広場で、壁面には複数の丸い照明が付いている。壁の一部分は削り取られていて一本の細い通路になっていたが、通路の先に何があるのかは確認出来ない。この空間に繋がっている通路はそれ以外には見当たらなかった。そして、私達が立っている地面には大きく幾何学的な模様が描かれていた。


「此処は?」


「お前達がいた真下。地面の中だ。俺は此処に一人で住んでいる。…おっとお前、下の魔法陣を消すなよ。帰って来れなくなる。」


私が通訳すると、中年男性は不思議そうに模様を触っていた手を止める。


「上條、来い。他の者はダメだ。」


返事を待たずして、カゲローさんは通路に向かって歩き始めた。


「みなさんちょっと待ってて下さい。」


私はみんなに言い、後に続く。


「お嬢!私も!」


「ダメです。一人でとの事なので。…それとその呼び方。いい加減怒りますよ。」


私が声を低くして言うと、竜二さんは悲しそうに俯いた。


通路は思っていたより短かった。S字の緩やかな曲がりで形成されていたそれは、三分程歩いた所で木の扉に突き当たる。


「にむなまヒデ、カミなや…。」


カゲローさんの言葉に反応して扉がゆっくりと開く。


(また?外から来る者を警戒しているのかしら。)


「入れ。」


続いて中に入り、私は驚いた。


大きなベッドに食器棚、テーブルに椅子、冷蔵庫の様な物まである。地面には大きな絨毯が敷いてあった。


私が目を丸くしている中でカゲローさんは地面に付いた蓋ともとれるドアを開け、中から見た事のある液体が入ったビンを取り出す。


「三人分だ。それしかない。くれてやる。」


ビンを渡された私は顔には出さないが内心ではとても喜んでいた。


「良いんですか?」


「早く行け。それと今日はもう休め。話は明日だ。…便所ぐらいは貸してやる。」


私は半ば強引に部屋の外に追い出された。


「ありがとう。」


私は木の扉に向かって感謝の言葉を掛ける。


(疲れた。早く休みたい。)


しかし私はまだ休めない。重傷者の手当てと状況の説明をしなければならないのだ。


私は数秒間立ったまま休憩する。


「ふぅ。…良し。」


そして、みんながいる部屋に向かって歩き始めた。

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