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その六十一(変化)〜その六十四(僕)

その六十一(変化)


「あ!後藤さん!」


愛嬌の有る可愛らしい声に名前を呼ばれた僕は、ゆっくりと目蓋を開いた。すると僕の視界には、此方を笑顔で見つめている複数の人物が映し出された。


「お待たせしました。」


(空車の位置まで送ってくれたんだな。)


「無事だったか!そうかそうかぁ!」


「あまり大声をだすな。下の奴らに感づかれるぞ。」


此方に走り寄って来た竜二に、西丸が冷静に釘を刺す。しかし、彼はそんな事を気に止める人物では無い。


「カゲローから聞いたぞ!…神崎の事は残念だったな。」


竜二の顔をよく見れば、表情は笑顔を作ってはいるものの、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。


それに、僅かに声も震えている。


「…はい。その事については後で皆さんに話があります。竜二さん達、三人は無事で良かった。」


僕の発言に顔を見合わせる竜二と西丸。


「ははは。さっきまで兄弟は死にそうだったんだけどな!」


(そうか…。この人達も決して無傷で帰って来れた訳では無かったんだな。)


僕は、眼下で涙を流しながら抱き合っている小人を見て思った。


「山口ぃ!お前も無事で良かったよ!」


「…はぁ。」


未だ声量を落とさない竜二に、西丸が深い溜息をつく。


「あっ…うん!」


何か考え事をしていたのか、山口は慌てて竜二に声を返した。


(まだ気持ちの整理が付いていないんだろう。仲間が死んだんだ。それが普通の反応だよな。)


「揃ったな。さっさと引き上げるぞ。…暗くなると[人間では無い者]の活動が活発になる。」


(随分長い間洞窟に入ってたんだな。中は薄暗いから、時間の経過がよく分からなかった。)


僕が辺りを見回した時には、既に空は薄暗くなっていた。それもあってか、カゲローの言葉に異論を唱える者はおらず、全員が素直に空車に乗る。洞窟に来た時は往復しなくてはいけなかった道程も、今はその必要が無い。僕は後部座席でその事を考えると、心が沈んだ。誰も口を開かない事から察するに、その感情は僕だけのものでは無かったのかもしれない。


(あいつらはいつまであそこで待ち続けるんだろう。決して帰らないリーダーを。)


僕は浮き上がる空車の中から崖下を見下ろし、複数の焚き火を囲んでいる侍達を見て思った。既に彼等の姿は誰にでも見える様になっており、いつ[人間では無い者]達に襲われても可笑しくは無い。しかし、僕は彼等を助ける様な行動は決してとらない。


(僕は…。僕は王宮の人間が嫌いだ。彼等がここでどうなろうと僕には関係無い。)


僕はその時、自分の考え方が、この一日で大分変化している事に気付いていなかった。


「後藤。そう言えばさっき、何か話そうとしてたよな?…神崎の事か?」


「はい。その事なんですけ…」「その話は帰って落ち着いてからにしましょう。ね!?」


竜二の問い掛けに応えようとした僕を、山口が慌てて遮った。その行為は明らかに不自然なものだ。


「そうですね。」


しかし、その事についてとやかく言う者はいなかった。皆、それ程までに疲労していたのだ。


徐々に暗闇に覆われ始めた世界を、僕等を乗せた透明な車は、静かに走り始めた。


その六十二(逃走)


「はぁ。はぁ。…キャ!」


「カリンさん!」


私は、後方で躓いた金髪の女性の名前を呼んだ。


「大丈夫…ですわ。」


「いたぞ!こっちだ!」


カリンさんのか弱い声は、直ぐに男の低い呼び声でかき消された。


(見付かった。…後、少しなのに。)


「わたくしの事は良いから…。早く逃げなさい。」


カリンさんは儚い笑顔を見せて私に言った。


「嫌です。諦めません!」


私は持っていた手提げ鞄を首に掛け、震える足の筋肉に鞭打ち、カリンさんを立ち上がらせる。


「強情な方ですわね。」


「以前は違った…んですけどね。…はぁはぁ。」


そして、そのまま彼女の体重を支えつつ、歩き始めた。


「後少しで…。」「ッグ。」


「カリンさん!」


急に彼女の身体が重くなり、私は一緒にうつ伏せに倒れてしまった。そして、カリンさんの姿を見て絶句する。


「…そんな。」


カリンさんの背中には、一本の矢が突き刺さっていた。


「げへへへ。逃がさねえぞ。糞尼共がぁ。この俺様から盗みを働くなんぞ、みすみす逃がしておく訳にはいかねぇなぁ。」


品の無い声を出しながら、一人の男が私達に近付いて来た。その背後から、男の仲間達がゾロゾロとついて来る。


「げへ。死んじまったか?面が良かっただけに勿体無え。てめぇは見た事の無え種族だから、その辺のマニアには高く売れそうだ。げへへへ。」


黒い眼帯をした大柄な男は、下品な笑い声をあげ、舌でゆっくりと唇を舐め回した。


「あーはっはっは。」


その笑いに釣られ、背後の部下達が一斉に笑う。


「どれ?試しに裸にひんむいてやるかぁ。尻尾は何本ありますかぁーってなぁ。」


「あーはっはっは。」


「下簾。」


「あぁ?」


自然と口から零れた言葉を、私は隠そうとしない。


「あなた、気持ち悪いですよ。」


「てめぇ!」


男は背中に背負った鞘から、細長い刀を引き抜いた。


(カリンさん。巻き込んでしまってごめんなさい。後少しでホテルだったのに…。)


「ボス!その前にアレを。」


男の一歩後ろにいる、痩せ形の男が言った。黒いマスクを頭から被っている為、顔を確認する事は出来ない。その男は、今からでも銀行強盗が出来そうな格好をしていた。


「おお!俺とした事が。そうだったな。」


ボスと呼ばれた男は、私の首に掛かっている袋に手を掛けた。


[嫌だ。助けて。]


(まただ。)


私はその手を全力で振りほどいた。


「大丈夫よ。」


頭の中に聞こえた声。小さな男の子の声だ。私はその声に優しく応えた。


「こぉのあまぁ!」


その行動が男の逆鱗に触れたのか、ボスと呼ばれた男は、一気に刀を振り上げた。


(カリンさんとこの子だけは守りたかった。)


私は男に背を向け、鞄を抱き締める様な形で丸くなった。


[怖いよう。]


「大丈夫だから。…私が守るから。」


(ごめんね。もう、無理かもしれない。)


私は言葉とは裏腹に、心の中では諦めかけていた。


「ザシュ!」「ギャアアア!」


(切られた?…背中が熱い。…感覚が鈍い。)


しかし、叫び声をあげた者は私ではない。


私は後ろを振り返らずに、背中の痛みを必死に耐えていた。


「うわぁ!」「何だ?」「痛ぇ!」


次々と聞こえる悲痛な叫び。私は途切れそうな意識を必死に繋ぎ止めながら、やっと後ろを振り返った。


(…これは。)


背後に立っていた眼帯の男は、刀を持った腕から大量の血を流しており、もう片方の腕で必死に出血を抑えようとしている。更に、その背後にいた男達も同様に、身体のいずれかを負傷していた。


「ぶっ殺す!」


「待て、殺すな!状況が把握出来てない。」


その時、私の頭に何かが触れた。その瞬間、私の景色が一変する。


「女が消えた!…ギャアアア!」


一人の男が辺りを見回しながら言うと、直ぐにその声は苦痛の叫びに変わった。


「てめえら!ずらかるぞ!」


腕を抑えていた眼帯の男がそう叫ぶと、彼等は私達に背を向け、一目散に走り出した。


「逃がすかこらぁ!全員ぶっ殺してやるよぉ!」


「竜二さん!落ち着きなよ!上條さんの手当てが先でしょ!それにそこの女の人も!…え!?カリンさん!?」


「ふぅ…。ふぅ…。」


竜二さんの荒い息づかいを最後に、私は意識を失った。


その六十三(車中)


私が次に目を覚ました場所は、狭い車の後部座席だった。倒されていたシートをゆっくりと起こし、何気なく外を眺めると、私は宙に浮いている事が分かった。


「お早う。具合はどう?」


隣に座っていた山口さんが、直ぐに意識を取り戻した私に気付き、声を掛けた。


「ええ。何とも無いです。回復薬を使ったんですね?…あっ。」


私は慌てて、手提げ袋を探し始めた。あれが無ければ、私達の苦労は元も子もない。


「ああ。袋はトランクに置いてあるよ。…あれ何なの?てかあの人達は何者?びっくりしたよもう。ホテルに戻る途中で、何気なく下を見たら、上條さんが変な奴らに襲われてるんだもん。まぁ、見つけたのは後藤さんなんだけどね。」


「カリンさんは!?…良かった。」


私は山口さんの隣で、私と同じ様に眠っているカリンさんを見つけると、安堵の吐息を漏らした。


「まさかカリンさんと一緒だとは思わなかったよ。まぁいいや。話は帰ってからゆっくり聞くよ。…それより、私からも此処にいるみんなに話が有るんだ。」


みんな…。空車には私達の他に、運転席にカゲローさん、助手席には西丸さんがいた。


「今はカゲローさんの家に帰っている途中なんですよね?」


(確かあの場にいなかった人は…。)


「神崎さんが私達の世界に帰ったんですか?」


私は満面の笑みを浮かべて質問した。そして、それに対するみんなの表情から、直ぐに大きな不安が押し寄せて来た。


「保管されている筈のアイテムは三つの内一つしか無かった。そして神崎は死んだ。」


「ちょっと!言い方ってものが!」


「良いんです!」


私は気遣ってくれた山口さんの言葉を静止した。


「上條はお前達のリーダーなんだろ?感情的な報告はしない方が良い。」


「だからって!」


カゲローさんの冷たい言葉に、山口さんは瞳に涙を浮かべ始めた。


「私なら大丈夫ですから。山口さん、ありがとう。他に…は?な…にも?」


言葉とは裏腹に、私の目から冷たい物が流れ落ちた。しかし、私はそれを無視して会話を続ける。


(私が一番しっかりしないといけないんだ。)


「朗報も有る。次から不死の洞窟に入れば、直ぐに儀式の場所まで転送してもらえる様だ。最も、後藤がいなければ恐らくそれも無いがな。後は西丸が能力に目覚めたぐらいか…。それなりの戦力にはなるだろう。」


自分の事を話されても、全く興味が無いのか、西丸さんは助手席で外を眺めている。


「そうですか。それでは、私達が次にとらなければいけない行動は、必要な道具集めですね。」


私は神崎さんの思いを一時的に胸の奥に押し込め、淡々と話した。


「そうだね。でも、その前にみんなに協力して欲しい事があるんだ。」


山口さんは深刻な面持ちで話し始めた。


その六十四(僕)


(僕には考えが有る。みんなはその事を忘れているのかも知れないけど、僕はしっかりと覚えている。これからは二手に別れて行動するんだ。目的の達成の為なら、僕が進んでリーダーになっても構わない。一つは元の世界に帰る為のグループ。もう一つは…。)


「後藤君、お帰り。洞窟はどうだったのかな?神崎君が見当たら無かったから、聞くまでも無いんだよね?」


松田が相変わらずの笑顔で僕に話し掛けて来た。僕達がカゲローの家に着いた時には、既に辺りは暗くなっており、外は少し肌寒い気候に変化していた。そして、カゲローが不思議な呪文を唱えて、僕達が穴の中に転送されるや否や、竜二は辺りを見回し、上條がいない事に気付くと、直ぐに奥の部屋に消えて行った。竜二は余程上條の事が心配だったのだろう。出迎えてくれた人達を押しのけて、奥の小道を進んで行った。カゲローもその後に続き、此方はゆっくりとした足取りで歩いて行った。


「あっ。えーと。皆さん揃いましたし、そろそろ上條さんから話があると思いますよ。」


(状況の説明はまだしてないみたいだな。多分、僕達が揃ってから話すつもりだったんだろう。…期待しているみんなの顔を見るのは辛い。僕もカゲローの部屋に行けば良かった。)


「もー。焦らしますねー。私にだけ教えて下さいよぉ。」


「止めんかばかもん!お兄ちゃんは疲れとるんじゃ!」


声を小さくして頼み込んで来た松田を、富さんが一喝する。


「ひぇー。適いませんなぁ。」


それに驚き、松田は僕の前から離れて行った。


「勝手に浮かれおって。」

「ありがとう御座います。」


「良いんじゃよ。」


富さんもそう言い残すと、僕の前から去って行った。


(みんなは探索の結果を聞いたらどう思うんだろう。)


僕達がいない間に、みんなの雰囲気は大分変わっていた。勿論良い方にだ。みんなは僕等がいない間に順調に交流を深めたのだろう。僕以外のみんなは、それぞれが小さなグループに分かれ、仲間内で嬉しそうに話しをしていた。中には、涙を流して喜んでいる者までいる。全員の考えている事は一つ。奥の部屋から今にも上條達が出て来て[みなさん!私達は帰れますよ!]と言う事。だが、現実はそう甘くは無い。


「おっ!来た来たぁ!」「待ってましたぁ。」「ほんとだ!やっぱり一人いない!」


部屋に続く細い道から、上條、竜二、西丸の三人が出て来た。カゲロー、山口、カリンの姿は見えない。恐らく、カゲローの部屋に残っているのだろう。


「おっ!来たのか!」「こら!ちゃんと隠れていなさい!」


僕のポケットから可愛らしい声が聞こえた。彼等が隠れているのは、カゲローの指示によるものだ。何でも、順を追って説明するのに必要な事らしい。僕もその事に対しては特に異論は無かった。


「富さん。山口さんが呼んでいるので奥の部屋に行って下さい。」


(富さんに何の用だ?)


富さんは言われるがまま、上條に孫を見る様な優しい笑顔を返し、指示に従った。


「皆さん!私達が元の世界に帰る為には、まだやらなくてはいけない事があります!………………。」


上條の説明は簡潔で、要点を抑えた分かり易いものだった。それゆえ、直ぐに事態を把握する事が出来たその場にいた者達は、先程とは打って変わり、表情が暗くなり、悲しみの涙を流し初めた者までいた。上條の説明の中には、当然、仲間が一人命を失ったと言う事も含まれている。


「ですから、これからも力を合わせて、全員で困難を乗り越えていきましょう!」


その言葉で一致団結。…とはいかなかった。


「そんなの無理よ!私達にそんな事出来る訳が無いじゃない!私達もあの人みたいに死ぬんだわ!」


(あの人?…神崎の事か?こいつ…。)


涙を流して取り乱していた女性を、近くにいた男性が優しく宥める。


「確かに危険な事も多々あるとは思います。ですが、私達には立ち向かう道しか残されていないんです。」


上條の悲痛とも取れる訴えに、みんなの心が動き始めた。


「確かに、…亡くなってしまった彼の為にも、俺達はやるしかないんだよな!」


上條の説得に応え、若い男が自分に言い聞かせる様に声をあげた。


(……嘘だろ。)


此処で僕はある事に気付いた。


「ええ!そうね!私達の為に頑張ってくれた彼の為にも。…私達の力で!」


(神崎の死が、みんなに力を与えてくれている。それは素晴らしい事だけど…。)


「皆さん!僕に一つ提案が有ります!」


僕は立ち上がって、その場にいる全員に聞こえる様、腹から大きな声を出した。全員の視線が僕に集まる。


「死んでしまった仲間を生き返らせる方法があるかも知れないんです!」


「え!?」「本当ですか!?」


僕に向けられた視線が熱くなる。


「はい。その方法が書かれた本は、王宮図書館の奥、逆転送の本の傍に保存されていました!」


[…これは違うみたいだわ。命がどうとか、復活させるにはどうとか、関係無い事が書いてあるもの。]


僕は数日前の記憶を引き出しながら言った。


(もう一度、あそこに行くのは危険かもしれない。でも…。)


「内容を良く見てはいないので、もう一度図書館に行かなくては行けません!」


「それって…。」


片足の無い男が呟いた。


「はい!もう一度、警備兵をやり過ごして本を手に入れる必要が有ります。残念ながら、一度図書館に行ったメンバーは犯罪者とされてしまっているので、出来れば他の人にお願いしたいんです!」


(恐らく、警備は更に厳重なものになっている筈だ。でも、みんなが力を合わせればきっと…。)


先程とは打って変わり、静寂が辺りを包み込んだ。僕の声に応える者は誰もおらず、全員が他の誰かの出方を探っている様な感じだった。


「誰も…いないのか?自分達の為に命を投げ打ってくれた人の為に頑張りましょうよ!」


僕は自分の口調が変化していた事に、この時は気付いていなかった。


「あくまで提案…って話しよね?」


一人の中年女性が口を開いた。


(何だと?)


「私達が帰る為の道具を見つけ出してからで良いんじゃないかしら?」


「…そうだよな。帰れなければ意味がないし。」


「生き返らせる方法を探って、他の誰かが死んだら元も子もないしなぁ。」


ぼそぼそと呟き始めた者達の声を聞いて、僕は愕然とした。


(何を言っているんだ?)


僕は彼等の様な人間を見るのは初めてでは無い。いや、僕だけではない筈だ。他の誰だって見た事があるだろう。自分の利益だけを考え、相手の事は考えない。その上、自分の行動に最もらしい理由を付け、それを正当化する者達。…一言で言えば、何かに怯えている者達だ。それも、人数が多いだけ厄介な烏合の衆だ。


「上條さん!」


僕は烏合の衆のリーダーに助けを求めた。彼女ならば、僕の考えの正しさを理解してくれていると思ったからだ。しかし、僕は彼女の返答を聞き、怒りが込み上げて来た。


「それは後にしましょう。今、私達がやらなくてはいけない事は他に有ります。」


(ふざけるな。帰る算段が整えば、神崎を無視して帰るつもりだろ!こいつらのこの表情を見れば明らかじゃないか!)


辺りには、上條の返答を聞き、助かったと言わんばかりの安堵の表情を浮かべている者が殆どだった。


「竜二さん!西丸さん!あなた達はどうなんですか!?」


僕は上條の左右で、未だ口を開かず沈黙を守っていた男達に呼び掛けた。


(竜二さんは神崎の事で涙を流していた。あの涙は本物の筈だ。)


しかし、返答は冷たいものだった。


「悪ぃな。」「…。」


西丸に至っては言葉すら発しない。


「何でだよ!お前達の為に死んだ様なもんなんだぞ!」


僕は我を忘れて、怒りを周囲にぶちまけた。


「落ち着いて下さいよ。何も生き返らせないって言ってる訳じゃないんですから。」


「そうよねー。優先するべき事が他に有るってだけの話しよ。」


「熱くなっても、状況は改善しないですよ。」


(…誰だお前ら。神崎はこんな奴らの為に…。)


「都合の良い嘘を付くな…。」


僕は息を荒くしながら呟いた。


「嘘じゃないですよ。」


「君、少し疲れてるんじゃないか?少し休んだらどうかな?」


僕の中で何かが切れた音がした。


「今話したお前とお前!てめえらは、死んだ仲間の名前が言えるのかよ!?」


「……。」「えっと…。」


「てめえらは名前すら覚えてねえ奴でもなぁ!あいつはてめえらの為に命を掛けて行動したんだよ!」


「今はそれは関係無い…「関係無くねぇ!」


僕は、黙ってしまった二人に助け舟を出そうとした女性を一喝した。


「てめえらの中に、あいつの名前を覚えている奴が何人いんだよ!てめえらが此処で仲良くやってた時になぁ!僕達は何回も死にそうな目に会ってんだよ!綺麗事ばっかり抜かしてんじゃねえ!てめえらは神崎を生き返らせようなんてちっとも思ってねえんだよ!自分が無事に帰れればそれで良いんだろ!?」


(この森の時もそうだ。あいつはお前らを見捨てなかった。なのにこいつらは…。)


応える者はいない。先程、僕に一括された女性は目から涙を流している。


「僕………。」


[心を穏やかにする秘訣は…。]


今となっては懐かしい、妻の声が頭で再生された。

(この世界で穏やかに何て過ごせない!この状況で穏やかに話せる奴はどうしようも無い、只の腑抜けだ!)


「僕…。俺は一人でもやるぞ。」


(神崎…。こいつらにこんな事を言ったけど、俺もお前の事をよくは知らない。お前が死ぬ間際に呼んだ、みゆきって人の事も…。でも、それはお前だって同じ事だろ?お前も俺の事をよくは知らない。それでも、お前は俺の命を救ってくれた。お前のお陰で、妻に再開出来るチャンスが俺にはあるんだ。…だから俺も、お前を命懸けでみゆきさんに会わせてやるからな。)


俺がこの事について冷静に考えられたのは、暫く後の事だった。



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