その五十九(見知らぬ知人)〜その六十(命)
その五十九(見知らぬ知人)
「さて…。カゲロー。」
ノブリは暗く、重い口調で話し始めた。彼女の雰囲気を察しての事か、カゲローもそれには素直に応える。
「どうした?」
カゲローは部屋にあった扉に触れ、先に進む方法を探っていたところだった。
「おいお前。この子を頼む。」
続けてノブリは、後藤にも声を掛け、山口の看病を任せた。看病と言っても、彼女の状態は精神的な問題が原因であり、後藤には何をしたら良いのかさっぱり分からなかった。その時は、只見守る事しか出来ない、後藤はそう思っていたのだ。
「あ…はい。でも…神崎をこのままにしておく訳にはいきません。何とか出来ないでしょうか?」
涙を拭き、懇願の視線を向ける後藤。彼の心に、自分には何も出来ないと言う現実が重くのし掛かり、それと同時に情けないという感情が溢れ出て来た。
「冷たい事を言うようだが、私にはそんな余裕は無いわ。此処に残される彼に哀れみの心を持つのならば、あなた達のパーティーで何とかしなさい。」
ノブリの突き放す様な返答。それは、彼女には後藤達よりも先に、守らなくてはいけない大切な仲間達がいると言う強い気持ちから出た言葉だった。
「後藤。扉の先に遺体を運べる何かがあるかもしれん。…最も、扉の開き方は山口しか知らん。つまり、山口を目覚めさせる事が最優先だと言う事だ。いつ此処もゾンビ達に攻め込まれるか分からん。お前の力で何とかしろ。」
(何とか…か。)
カゲローの不躾な命令にも、後藤は反抗する気力を失っていた。彼はゆっくりと立ち上がり、山口に歩み寄る。
「後藤。悲しいのは分かるけど、今はしっかりしようぜ。」
山口のポケットから顔を覗かせたミツオが言った。今までずっと彼女の服に隠れていたのだろう。それも無理の無い事だ。後藤は彼に、力の無い優しい笑顔を向けた。
「…。」
「何だこれは?」
カゲローは、自分の胸に突き付けられた薄い茶封筒を受け取りながら言った。そして、真っ直ぐに目の前の女性を見つめ返す。
「確かに渡したぞ。」
(頼まれた物は渡した。後はこいつがそれを見てどうするかね。…二人共、安らかに。)
「おい。」
「ガッ!」
思いふけっていたノブリは、カゲローの言葉で現実に戻り、その問い掛けに拳で応えようとした。だが、瞬時に手首を掴まれそれは未遂に終わる。
「野蛮な女だ。」
「いつまでも王宮から逃げている、情けない男だ。」
二人の瞳には僅かな殺気が垣間見えた。
(何なんだこの世界の奴らは。仲間が一人亡くなったばかりだって言うのに。)
「山口さん。…起きて下さい。」
山口の身体が優しく光始める。
([支配の眼]で何とか出来るのか?)
「ガッ、ゴゴゴゴ…。」
「扉が…。」
「あ…後藤さん?」
後藤の力により目を覚ました山口は、目の前で目を丸くしている後藤を見て、困惑した表情を浮かべた。
「開いた…。」
「ああ。しかし何故。」
後藤と同じく、目を丸くしていたカゲローとノブリは、シャッターの様に上部に収納された扉の先を見て、固まっている。
「信長様ん。お久しぶりですわん。」
扉の先はピンク一色に埋め尽くされた大きな部屋だった。広さは後藤達が立っている場所と同じぐらいだろう。床、壁面、それに天井までがピンク一色に塗りつぶされている。その部屋の中心部には、後藤達と同じ人間の女性が一人、こちらを向き横たわっていた。年は三十代前半であろうか。美しい大人の色気を醸し出している。その女性は、まるで江戸時代の色町にでもいる様な、はだけた和服を纏っており、今にも豊かな乳房が露わになってしまいそうな格好で、こちらを舐める様に見ていた。先程の甘ったるい声は、この女性が発したものであろう。
「…何だこいつは。」
「敵…では無いな。殺気がまるで感じられないわ。」
如何に鍛え上げられた二人と言えども、その光景には同様を隠せないでいた。
「あなたが…命さんね。」
山口が口を開いた。
「あら?貧相な身体の娘さんだ事。可哀想だわん。」
「なっ!」
予想外な返答に、山口は顔を真っ赤に染め上げた。確かに、その謎の女性は、誰が見てもグラマラスで美しい体型をしている。それに比べて山口は…。
「信長様ん。早くその瞳を近くで見せて下さいません。」
全員の視線が後藤に向けられる。
(は?)
「え?…僕?」
「アァン。九百年ぶりだと言うのに焦らすなんて、酷い殿方ですわん。」
「あ…いや。人違いです。」
「そんな…。…申し訳ありませんでしたわぁ!」
「え?え?」
後藤の返答に、いきなり涙を流し、叫び声をあげる謎の女性。その行動に、後藤は動揺を隠せない。
「わたくしがあなた様を試す様な事をしたから、お怒りになってるんですわね!?わたくし、あなた様が私の中に入って来た瞬間から、信長様が帰って来たと確信しておりましたわん。でも…最後にお会いした際にあなた様がおっしゃっていたではございませんか?これからは誰も信用してはいけない、と。いや、あなた様を悪く言っている訳では無いんですわよ。それは分かって頂けてますわよねん?本当に申し訳ありませんでしたわ。」
(頭に入り難い口調だわ。)
ノブリは頭を抱えている。
「いや、ですから…。」
「許して下さいませぇ!先程、あなた様の瞳の力を感じて、信長様と確信したんですぅ。」
(さっきは入って来た瞬間に気付いたって言ったじゃねえか。)
ミツオは心の中で呟いた。それには気付かず、謎の女性は話続ける。
「あなた様のお姿があまりにも以前とお変わりになられておりましたからん。ああぁ!幾らお怒りになられたからと、こんな貧相な娘を二人も連れて来る何てぇ!」
「何!?」
「後藤。面倒臭い奴が反応し始めた。取り敢えず話を合わせておけ。」
「あ…はい。…大丈夫ですよ。僕は怒っていません。それに、この人達は僕を守ってくれた仲間達です。」
後藤の返答に気を良くしたのか、謎の女性は先程までの涙が嘘の様に消え去り、一瞬の内に妖艶な笑みを取り戻していた。
「あらん。そうでしたのねん。こんな小娘共に信長様のお相手が務まる訳がございませんわ。わたくしとした事がどうかしていましたわん。これも信長様のフェロモンのせいかしら。オホホホホ。」
(…フェロモンって。)
「あっおほん!命さん?私達、逆転送の儀式をしに来たんですけど…。」
「もぅ。五月蠅い子ねん。」
命は眉間に皺を寄せながら応える。
「必要な道具は揃っているんですよね?」
「あー。そんな物とっくに無いわよ。」
「無い!?」
(そんな…。)
後藤は思わず大きな声を発してしまった。
「申し訳有りませんわぁ!わたくしはあなた様のお言い付け通り、アイテムをしっかり保存していたんですわよ!でも、龍神の石は龍神の部下に、妖精王の鱗粉は妖精王の息子に取られてしまいましたの![あれはお前に授けた物では無い。]って!あいつら、あなた様がいなくなった事を良い事に、わたくしを虐めに来たんですわよん。勿論わたくしは命懸けでアイテムを守ろうとしたんですけど…。ほら…もし、わたくしが死んだら、あなた様が悲しむと思ってぇ。」
再度、涙を流し始めた命に対して、ノブリは頭を掻き毟った。
「後藤…。会話は他の奴に任せて、ちょっと黙った方が良いみたいだぞ。」
「…そうだな。」
ミツオと後藤は目を合わせて深く頷いた。
「じゃ、じゃあさ。鳳凰の尾羽は?尾羽はあるんだよね?」
命の返答に、暗い顔で俯いていた山口が、思い出したかの様に問いかけた。その質問に、命は無愛想に応える。
「有るわよ。…何よ。せっかくわたくしから言って、信長様に誉めて頂こうとしたのに。…小娘め。」
(何よ。この態度の違いわ。)
「山口。こいつは何者なんだ?お前達と同じ世界の者か?」
「うーん。あの本にもあまり深くは書いて無かったのよね。只、彼女は信長が逆転送の時に使った、生きた死体だとしか…。」
「キィー!わたくしを侮辱したわね!それに、よくも軽々しくあのお方の名前を!…八つ裂きにしてやる。」
「ちょっ、ちょっと落ち着いて下さい!」
「はい。」
立ち上がった命の全身から、強大な殺気が放たれ、ノブリとナーガは瞬時に身構えた。しかし、後藤の発言により、彼女の鬼の様な形相が、一瞬の内に柔和なものに変わる。
「取り敢えず、わたくしのお部屋に入って来ては如何でしょうか?もっと近くであなた様の瞳を拝見したいですわん。」
「…行くか。此処にいても拉致があかんからな。」
「私も行かせてもらうぞ。奴がこの洞窟で、何をしようとしていたのかを調べなくてはいけないからな。」
(良かった。この二人がいてくれれば安心だ。…でも。)
「あの…。」
「何でしょう!?」
小さく呟いた後藤に対する返答が、あまりにも早く、大きな声であった為、後藤は一瞬たじろいでしまった。
「彼を。神崎を安全な場所に移したいんです。…大切な仲間だから、ゾンビなんかに触って欲しく無いんですよ。」
「仲間を大切に。…お変わり無いんですわね。此処にゾンビは来ませけど、念の為に安置所に移しておきますわ。」
命は母親の様な優しい笑顔を作って応えた。その表情が意外であった為に、後藤は少し驚いている。
「そちらは。」
神崎の遺体は一瞬にして消え去った。何をしたのか分からなかったノブリとカゲローは、その出来事に少なからず警戒心を抱く。
しかし、後藤は何故だかは分からないのだが、彼女を信用し始めていた。正確には、彼女のあの母親の様な表情によって、気付かない内に信用させられていたのだが。
「あいつは適当な場所に捨てておいて良いです。もう見たくもありませんし。」
「分かりましたわん。それではどうぞ中へお入り下さい。」
後藤達一行は、ピンク一色の部屋に足を踏み入れた。
その六十(命)
部屋に一歩踏み出した後藤は、直ぐに足元の柔らかい感触に驚いた。ピンク色の塗料で塗られていると思っていた床や壁面は、全てピンク色の柔らい毛で覆われていたのだ。更に驚く事に、それらは脈打ち、人の体温程の暖かさを持っていた。
(まるで何かの体内に入った様な感覚ね。)
「あそこの部屋は何だ?」
ノブリは部屋の奥にある、小さな扉を指差して言った。
「信長様ん。お帰りなさいません。」
(やれやれ。)
「後藤とやら。聞いてもらえるかしら?」
ノブリは怒りを胸の中に押し込め、後藤に頼んだ。
「あの…。あそこは?」
命は顔を赤くし、嬉しそうに応える。
「もうん。知っているくせにん。」
後藤はその態度にまたたじろぐ。
「あ…えっと…。」
「わたくしの心臓。あなた様が以前、逆転送の儀式を行った場所ですわん。…わたくしの口から言わせるなんて。もうん。意地悪なお方ですわねぇん。あはん。」
(心臓?意味がわからないな。でも…。)
「山口さん。あそこが…。」
「ええ。そうみたいね。」
山口の表情が固くなる。
「場所が分かった所で意味は無いだろう。必要な物が残っていないんだ。引き上げる他あるまい。」
カゲローは、今までの苦労が水の泡になる様な事を平気で口にした。
「神崎は一体何の為に…。」
後藤は、カゲローの言葉によって現状を再認識し、俯き呟いた。
(…あっ。みんなの手紙。…ん?手紙って…。)
山口は気掛かりな事を一つ思い出し、命に訊ねる。
「あのー。神崎さんの遺体は今何処に?」
「山口さん?」
「ほら?みんなの大事な人へ向けた手紙。神崎さんが持っていたじゃない。ちゃんとみんなに返さないと。」
「あっ。…そうですね。」
(この子は凄いな。ちゃんと現実を見てる。まだ若そうなのに、僕何かよりよっぽどしっかりしてるじゃないか…。)
「あなた様のご要望とあらば。…パチッ。」
命は後藤の言葉に反応し、軽く指を鳴らした。それと同時に、地中から音も無く二つのカプセルが浮かび上がった。大きさや形は、正に後藤達の世界にある、カプセルホテルのそれに似ており、違う部分と言えば、そのカプセルは縦に設置されているという事と、透明な壁面からは、中に満たされている緑色の液体と、神崎の遺体が容易に確認出来たと言う事だった。
「これが安置所?」
「はい。あなた様が作られた素晴らしい発明ですわん。鳳凰の尾羽も別のカプセルにちゃんと保存してありますわよん。」
誰に話す訳でも無く、独り言を呟いた後藤に、命が瞬時に反応した。その美しい顔が、後藤に何かを期待する様な表情を向けている。
(褒めてほしいのか?)
「後藤さん。手紙を…。」
「はい。すいません。彼の持っている袋の中に、手紙の入った瓶がある筈何ですけど。…取り出せますか?」
「ええ。勿論ですわん。」
命は山口を睨み付けながら、優しい声で後藤に応えた。その表情からは、先程までの美しさは微塵も感じられない。恐らく、後藤に褒めてもらう機会を逃し、怒っているのだろう。
「パチッ。」
彼女が指を鳴らすと、後藤の目の前に、沢山の手紙が詰まった瓶が出現した。後藤がその下に両腕を伸ばすと、瓶は重力を感じさせないゆっくりとした動きで、両掌に落ちて来た。
「取り敢えず私が預かっとくね。」
(神崎さんは私に手紙を読めって言った。私じゃなきゃいけない理由があるのかもしれない。)
「少し重いですよ?大丈夫ですか?」
「うん。任せといて。」
山口は後藤から手紙の入った瓶を受け取り、遠く離れた位置に腰を降ろした。
(疲れたのか?無理もないか。神崎の死体を見て、また取り乱すと思ったんだけどな。)
「お前は何者だ?此処で何をしている。」
「生意気な餓鬼。」
ノブリの問い掛けに、命は小さく呟き返した。
「僕達に教えて貰えますか?」
後藤は、徐々に彼女との会話の要領を掴んできていた。
「分かりましたわん。」
笑顔で応える命に対し、ノブリは不機嫌そうな表情を浮かべている。
「わたくしはこの洞窟。この洞窟はわたくし。」
(こいつ、やっぱり頭おかしいのか?)
後藤の不安を余所に、彼女は自分に酔っているかの様に話続ける。
「此処はわたくしの身体の中ですわん。人間共が勝手にわたくしの体内に入り込んでは命を絶って、わたくしのフェロモンに当てられて蘇る。」
「何を言っているのか分からないな。」
「あら。とても無知な殿方です事。」
嘲笑されたカゲローは、無表情で命を見ている。
「この洞窟が貴様なら、此処にいる貴様は何者なんだ?」
「無知は困るわぁ。死ねば良いのに。」
女性が嫌いなのか、命の山口とノブリに対する反応は尋常では無い。
「お願いします。」
「はい。あなた様の為ならん。…これは仮の身体ですわ。あなた様が転送の儀式を行う為に持って来た、只の死体。それをわたくしのフェロモンで操っているだけですのよん。信長様に喜んで頂けるかと思ってぇん。」
(またあの表情だ。子供が親に何かを期待する様な表情。つまりは褒めて欲しいのか。)
「…つまり、ゾンビは貴様が操っていると言う事か?」
カゲローの表情に、僅かな怒りが垣間見える。
「操っているのはこの身体だけ。他には干渉していませんことよん。まぁ、大体の位置ぐらいは把握出来ていますけどねん。ゾンビ達はわたくしには無害ですし、邪魔な人間共を殺してくれるから野放しにしているのよん。簡単な命令ぐらいは出来ますけれど、それも何年もしていない事ですわん。それぐらい自分の頭で理解して欲しいわ。」
この言葉に冷静ではいられない小人が口を開いた。彼は、何時の間にか後藤の足元に移動して来ている。
「じゃ!じゃあ!俺みたいな小人は?ゾンビの中にいなかったか?兄貴は!?」
「あら可愛い子。でも残念ながらあなたの様な子はわたくしの体内にはいません事よ。現実は厳しいのねぇん。」
何を勘違いしたのか。命は兄が死んでいた方がミツオが喜ぶと思っていた。
「…やっぱり。」
ミツオは静かに笑みを浮かべる。
「罠は何だ?此処に来るまでに幾つかの罠を見つけたわ。貴様の腹の中にはそんな物まであるのか?」
(確かに。あれで西丸さんは…。)
ノブリの質問に後藤は一人頷いていた。
「あれはわたくしの感じ易い部分。デリカシーの無い小娘ね。殿方の前でそれを言わせるかしら?…殺してしまいたい。」
「………。」
口を紡いだみんなに変わり、ノブリは質問を続ける。
「明らかに人為的なスイッチだったが?」
「それは以前、信長様が目印として設置して下さった物よん。何も知らない者が触って、わたくしが興奮したら危険だからと…。要するに、他の男が触って信長様が焼き餅を焼くのを防ぐ為ですわん。あなた様はそういった可愛さも兼ね備えておいででしたわよねぇん。」
ノブリの後藤に対する視線が痛い。
「要するに只の性感帯だな。」
(それを無表情で言える、お前が怖いよ。)
「まぁ良い。私は何故ナーガが此処に来たのか。全死戦争時代の兵器と、この場所がどう関係するのかが知りたい。」
「全死戦争…。あの忌々しい。」
命の口調が変わった。
「申し訳有りません。話したく無い事でしたか?」
後藤が初めて命に気を使った。命の瞳から喜びの涙が溢れる。
「良いんです。何度も言う様ですが、あなた様の為ならば…。」
ノブリとカゲローの顔付きが変わった。二人は冗談一つ聞き逃さない体勢に入ったのだ。
「当時のわたくしは、人間達の世上にはあまり詳しく無かった…と言うよりは興味が無かったんですの。わたくしにとっては、人間が滅びようがどうなろうがどうでも良い事ですから。だから、人間達が戦争を始めた事すら知らなかったんですわ。」
(その姿で言われてもな…。)
後藤は黙って美しい女性の話を聞いている。
「そんなある日、わたくしの体内に沢山の人間達が入って来ましたわ。そう、そこの二人と同じ様な人間が。」
命はノブリとカゲローに視線を移す。
「その者達は土足でわたくしの部屋に入り込み、当時のわたくしの身体である、若い男の身体にこう言いましたわ。…[世界平和の為にお前の血を貰う]と。」
「血…か。」
命はノブリの呟きを無視して話を続ける。
「何でも最強の兵士を完成させる為に必要だとか言っていたわ。…当然、わたくしはお断り致しましたわ。人間共の為にわたくしの高貴な血を与える等考えられませんから。」
「それで王宮の兵隊が納得する訳があるまい。」
カゲローの表情は何処か寂しげだった。
「ええ。わたくしが丁重にお断りしても、彼等は一歩も引かずに説得し続けて来ましたわ。[戦争を終わらせたい]とか[最強の肉体に人間の精神を保持出来る]だとか。結局は自分達の為にわたくしに血を流せと言っている事に変わりは有りませんでしたわ。」
(…なる程な。)
ノブリの頭の中で、様々な考えが一本の線上に綺麗に並んだ。
「人間を改造して作った、理性の無い化け物。命の障気に当てられた、生前の戦闘知識を兼ね備えたゾンビ。」
(まさか…。)
ゾンビとの戦闘がまともに発生していないカゲローも、そこまで言われれば察しがついた様だ。
「全死兵に生前の戦闘技術を持たせるのか…。」
「それだけでは無く、理性も保てる様になると言っていましたわ。」
カゲローの結論に命が付け加えた。
「それで?断れなかったんですか?」
「馬鹿者。」「阿呆が。」
ノブリとカゲローが後藤に対して同時に呟いた。それに対し、命は優しく、それでいて何処か悲しい声で後藤に応える。
「人間世界に疎いわたくしは、彼等の力を甘く見過ぎていましたわ。あなた様の様に、不思議な術を使う者達に囲まれたわたくしは、彼等に従うしかなかったの。」
(力ずく…。)
「…すいません。」
後藤は直ぐに二人の罵倒の真意に気付き、俯いた。そんな後藤に気を使い、命はわざと明るく振る舞う。口調は出会った時のものに戻っていた。
「いえいえ。わたくしも人間を五十人は殺しましたわん。」
(やはりこいつ…。中級種族か?それもかなりの上位。洗礼された兵士を五十人も…。)
カゲローの頭に、一つの不安がよぎる。もし命が中級種族ならば、今此処で彼女に襲われたのならば、確実に勝てる保証が無いからだ。そんなカゲローを余所に、命は甘い声で話を続ける。
「人間達はわたくしの心臓に沢山の管を刺し、定期的に血を抜いていきましたわん。絶対に殺さない様、ギリギリの量を。…そんな絶望的な状態のわたくしを救ってくれたのが、わたくしの愛しのお方。信長様ん、あなた様ですわん。今でもあの日の事を思い出しますと、命は感じてしまいますわぁん。」
(本当はあなた様と、この身体が来たんですけど、信長様だけと言った方がドラマチックですわん。)
「あ…はい…。」
後藤は完全に引いてしまっている。
「目的は達成した。私は帰る。…命。私が生まれる前の王宮とは言え、申し訳無かった。」
「すまなかった。」
(え?)
頭を下げる二人を見て、後藤は驚いた。謝罪をする様なタイプでは無い二人が、急に頭を下げたのだ。後藤だけでは無く、もしこの場に上條や竜二がいたとしたら、間違い無く同様に驚いた事であろう。それは命も例外では無かった。
「何よ。用が住んだなら早く帰りなさいよ。…殺さないであげるから。」
「ああ。そうさせてもらう。」
「パチッ。」
命が指を鳴らすと、二人の姿は消え去った。
(自分が生まれる前に国が犯した罪。僕が生まれ育った国では、その事について何人の人が真摯に頭を下げる事が出来るんだろう。)
「カゲローさん。見直し…。あれ?」
「二人は洞窟の外に送りましたわん。」
(………。)
辺りを見回し、急に心細くなる後藤。部屋の隅には背中を向けて座っている山口。自分のポケットの膨らみから感じられる生き物の温もり。つまり、戦闘用員が誰もいないのだ。
「えーと…。」
(とりあえず神崎は預かって貰えば良いか。此処には道具を揃えてまた来ないといけないからな。)
「僕達も外へ…。」「わたくしの他にも、あなた様のお帰りを心待ちにしていた物がおりますわん。ささ、どうぞこちらへ。」
後藤の身体が宙に浮き、強制的に命の後を追わされる。
(身体が動かない。…やばいかも。)
「山口さん!」
後藤は唯一動く口から、山口の名前を叫ぶ様に呼んだ。
「あ、奥の部屋に行くの?私も…。」
こちらを振り返り、口を開いた山口の言葉が途中で止まる。いや、言葉だけでは無い。山口の全身が固まった様に動かなくなった。
「あら?ここから先はデリケートな部分なの?あなたも此処で待ってなさい。」
「あっ。」
ミツオの小さな身体が後藤から離れ、地面に落ちる。
「みんなは!無事なんですか!?」
後藤の慌てた表情に、命は暗い表情で応える。
「申し訳有りません。一時的に動きを封じさせて頂きましたわ。以前にもご説明させて頂きましたが…。あなた様がお仲間を大切に思う気持ちは分かっております。しかしわたくし、あの日以来、心臓に他の生き物を呼ぶのが怖くて…。」
(トラウマ…?)
「みんなが無事なら良いんです。」
後藤は命の心情を察し、冷静さを取り戻した。
「お優しいお方。」
取っ手には誰も触れていないにも関わらず、前方の二つ扉が、音も無く内側に開いた。
「シュ。」
「うわぁ!」
扉が開き、後藤の視界に真っ赤な部屋が写り込んだ瞬間。部屋の中から、何か刃物らしき物が一直線に後藤に向かって飛んで来た。後藤は慌てて手に持った棒状の武器を突き出そうとしたのだが、彼の動きは命によって封じ込められている為、彼は為す術も無く、刃物を身体で受け止める事になった。[支配の眼]を使えば刃物の動きを止める事も出来たのかもしれないが、後藤の瞬時の判断に、その選択肢は思い浮かばなかった。
「ドン!」
命の心臓に続く扉は閉じられ、刃物が後藤の腹部に衝突した。正確にはその刃物を持つ為に有る、柄の部分だったのだが。
「あなた様と再開するのをこんなにも待ちわびていたのですわねぇん。自らあなた様の胸に飛び込んでくるなんてん。部屋に入る必要も無かったですわぁん。」
「あの…。あっ。」
「ドサッ。」
後藤が手に持っていた武器が八つ裂きに裂かれ、地面に落ちた。
「うふふ。彼は嫉妬深いですから。自分以外の存在は認めないのですわねん。」
「ひょっとして、僕を待っていた物って…。」
後藤は自分の腹部に張り付いている、小さな鎌を見て言った。
「はい。あなた様が以前愛用しておりました[クロノ]と呼ばれる武器ですわぁん。」
(だから人違いなんだけどな。…まぁ良いか。話を合わせて、早くみんなの所に戻らないと。)
「分かりました。大切にしますね。それでは僕達もそろそろ…。」
後藤は自分の身体が自由に動かせる事を確認し、腹部に張り付いていた草刈鎌の様な武器を持って言った。
(うわ…。草刈には良く使えそうだけど、武器にはならないだろ…。)
よくわからない固い材質で出来た柄には、黒いフードを被った不気味な骸骨の絵が描かれている。
(…趣味も悪いな。)
「んもぅん。二、三日はゆっくりしていって下さいませぇん。」
(いやいや。)
「お気持ちは有り難いんですが、みんなを待たせてるんで。…また来ますよ。」
その言葉は嘘ではない。必要な道具を集め、彼等はまたこの場所に嫌でも来なくてはいけないのだ。しかし、それよりも早く、後藤はこの場所に戻って来る気でいた。
「姉ちゃん、頼むよー。」
「命さん。お願いします。」
命は俯き、暫く沈黙を守ってから、意を決した様に言葉を発した。
「必ず!必ず戻って来て下さいませぇん。」
「はい。必ず!」
(あの険しい道のりを、また一から進んで来なければいけない。…でも、僕は諦めない!)
後藤は確固たる決意を胸に応えた。命の顔が又しても、母親の様な優しい表情に変わる。「分かりました。次はわたくしの体内に入れば、直ぐにこの部屋まで転送して差し上げます。…わたくしは何時でも、何時までもお待ちしておりますわぁん。」
後藤達、三人の姿が消えた。




