その五十七(戦いの終わりと始まり)〜その五十八(謎の男)
その五十七(戦いの終わりと始まり)
ナーガの胴体に太い光の線が伸びていく。しかし、それは左方向に走り出したナーガに容易にかわされた。そして、その後ろからは殺傷能力を秘めた二本のナイフが追尾している。
「キキン!」
ナーガは一太刀で追尾してきた二本のナイフを同時に払い落とした。
「ドゴォン!」
ナーガの足が止まった瞬間、すかさずカゲローが第二波を放つ。彼の銃口からは、破壊力の高い光の線が放出される。
「ふん。」
ナーガの姿が消えた。カゲローの放った光線はナーガの残像のみを貫き、その奥の何もない壁面を破壊した。
「危ない!」
「パパパァ!」
ノブリの言葉に応えたのは、銃声とは思えない程の軽い音だった。カゲローは左手で麻酔銃を持ち、振り向かずに自分の右肩の上から背後を撃ち続けた。
「良い読みだ。」
しかし、麻酔針はナーガに刺さらない。一瞬の内にカゲローの後ろに周り込んだナーガは、至近距離で放たれた麻酔針を、全て最小限の動きでかわしたのだ。ナーガの額には三つ目の瞳が出現し、身体には黒いオーラが纏われている。
(やはり、姿が見えない事等問題にしないか。)
「ハミダクキ…。」
「死ね!」
カゲローの首筋に、絶望的な速度をもった刃が吸い込まれていく。そして、その刃が首に触れようとした直前、ナーガの動きがピタリと止まった。
「貴様…。」
ノブリがナーガの動きを止めた訳ではない。カゲローのシークレットワードがナーガの動きを止めたのだ。カゲローの唱えたシークレットワードの効果は、彼等の立っている地面を見れば明らかである。地面に移されたカゲローの影が、ナーガの腕にしがみついていた。
「ちっ。」
ナーガは後ろに飛び、一旦カゲローとの距離を取ろうとする。
「サイコキネシス。」
ノブリがそう呟くと、いつの間にかナーガの着地地点で待機していた二本のナイフが、空中で身動きのとれないナーガに飛び掛かかった。
「クソ。」
しかし、それも当たらない。身をよじるだけで一本のナイフをかわし、もう一本は左手で難なく掴まれた。サブタウロスの頭部を貫通させる程の威力を持ったナイフが、ナーガの手の中で微動だに出来なくなる。
「ドゴォン!」
(これは…かわせないな。)
未だ、着地出来ていないナーガに、カゲローの第三波が放たれた。銃口から伸びた光線は、見事にナーガの胴体に直撃する。ナーガは、その衝撃で手に持っていたノブリのナイフを落とした。
「キュュュュ!」
しかし、不可解な音と共に、カゲローの放った光線はナーガの胴体に吸い込まれていく。
「鎧だ!」
「分かっている!」
光線を吸収したナーガの鎧は、不気味な輝きを帯び始めていた。
「逆鱗の鎧。お前達がこの鎧の効果を知らないのは仕方の無い事だ。」
「おぉぉぉ!」
ノブリが腰に刺した短刀を抜き、大地を蹴った。ノブリの周囲には三本のナイフが高速で舞っている。
(行くぞ!)
ノブリの額に英雄の目が出現する。すると、ナーガとの距離が一瞬にして無くなった。ノブリの周りで高速回転していたナイフが、一斉にナーガに襲い掛かる。それと同時に、ノブリは短刀をナーガの喉元に突き出した。
(四点への同時攻撃。これはかわせないだろう!)
「ドゴォン!」
放たれた光線。それを放った者はカゲローでは無い。それは、ナーガの纏っていた鎧から、ノブリに向かって放たれたのだ。
「クッ!」
ノブリは咄嗟に身体を捻り、直撃は回避したものの、三本のナイフと共に後方へ吹き飛んで行った。英雄の目を開いていなければ、ノブリの胴体には間違い無く、大きな風穴が空いていた事だろう。三本のナイフとノブリが、力無く地面に崩れ落ちた。
「不味いぞ!ノブリさんがやられた。このままじゃカゲローさんも…。」
後藤の声は冷静さを失い、動揺している。
「死んじゃったの?」
「いえ、まだ分からないですけど、倒れたまま動きません。黒いオーラの様なものも消えてしまいましたし、良くて気絶だと思います。」
ノブリのナイフが力を失った事から察するに、意識を失っているのだろう。
「まだ抵抗するか?最も、お前達には死んでもらうがな。」
「ドゴォン!」
ナーガの挑発に、カゲローは重い銃声で応える。
「小賢しい!お前の攻撃は、私の鎧と相性が抜群だよ!」
ナーガは光線を逆鱗の鎧で吸収する。しかし、カゲローが放った物は光線だけでは無かった。それにナーガが気付いた時には、既に銃弾は額に接触する直前であった。
「ガッ!」
カゲローは光線を放った直後、それと共に一発の銃弾を放っていたのだ。しかもその銃弾は[シャドウスマイル]によって姿を消しており、銃声も光線の音で上手く消されていた。ナーガの額に銃弾が直撃する。
「甘く見るな。クズが。」
カゲローはナーガに背を向け、後方で倒れているノブリに向かって歩みを進める。
「倒したのか?」
神崎が恐る恐る後藤に問い掛けた。
「ああ!」
不安そうな神崎に、後藤は力強く応える。
(良かった。勝てたみたいだ。…ん?)
ナーガの額からは白い煙が立ち上っている。
「クズ…は。どちらかな?」
その煙が消えると、ナーガの額の傷は跡形も無く消え去っていた。カゲローはナーガの声に驚き、慌てて振り返る。しかし遅かった。英雄の目を開いたナーガは、一瞬の内にカゲローの目の前に移動し、刀を振り上げていた。
「ザシュ!」
「グ…ハ。」
「どういう事だ?」
後藤が驚きの声をあげる。刀を振り上げたまま、ナーガは動かない。
「クズは…お前だ!」
言葉を発した者はノブリだった。彼女は気絶していた訳では無かったのだ。馬人の森での戦いで、ナーガの能力に少なからず感づいていたノブリは、気絶したふりをしてチャンスを窺っていたのだ。しかし、上手く隙をつけたとしても、ノブリのナイフでは英雄の目を開いたナーガには簡単にかわされてしまう。かといってノブリが英雄の目を開けば、そのオーラにより、気絶していない事がばれてしまう。
「ドゴォン!」
カゲローは首を貫かれたナーガの頭部を消し飛ばした。
「…阿呆が。」
手を差し伸べたカゲローを無視して、ノブリは自力で立ち上がる。
「煙が出てこない。どうやら終わった様だな。」
カゲローは無視された事を気にも止めずに話し続けた。
「阿呆はお前だ。私はお前も許さないからな。」
「ふん。」
戦いが始まる直前。カゲローはノブリのナイフに尻尾で触れていたのだ。全てのナイフでは無く、一本だけに。それにより姿を消したナイフを、気絶したと思わせていたノブリが操ったのだ。
「ガチャ…。」
ナーガの死体から鎧が動く音が聞こえる。
「私が止めを刺す。…文句は無いな。」
「…好きにしろ。」
カゲローの怒りはいつの間にか薄れていた。それがノブリの鉄拳による効果だという事に彼は気付いていない。家族の死に対する怒りが、ノブリの様々な思いの籠もった拳により和らいだのだ。
「…お前の物を預かってある。」
「無駄話をしている暇は無いだろ。早く始末するんだ。」
「ガチャガチャ…。」
カゲローは後藤達の方向に歩き始めた。ノブリもナーガに向かって真っ直ぐ歩みを進める。
「…………。」
上空に一本のナイフが浮かび上がる。ノブリは口を開かない。その代わりと言っては何だが、彼女の額には英雄の目が出現していた。
「ガチャガチャガチャガチャ…ズゴン!」
鈍い音が部屋に響いた。上空に浮かんでいたナイフは、流星の様な光を放ちながら、ナーガの心臓を鎧ごと貫いたのだ。
「終わった…か。父上…。」
ノブリの気持ちは不思議と清らかなものだった。彼女の心には以前までの様な弱さは消え去っている。彼女のナーガを見下ろす瞳は、只の敵の亡骸を見下ろす瞳に変わっていた。新しい仲間達の存在、自分が守れなかった人々の存在が、彼女を強くさせたのだ。
「飛び降りて来い!受け止めてやる!」
(…は?)
カゲローは後藤達の真下の位置まで歩いて来て言った。
「後藤さん。あの人、意味不明な事を言ってるけど…。」
山口が苦笑いを浮かべ、後藤に困惑の目を向ける。
「それは流石に無理でしょう!下手したら死んでしまいますよ!」
山口の気持ちを汲み取り、後藤が眼下のカゲローに呼び掛けた。
「お前達や西丸達の[シャドウスマイルはもう解いてある!片手間で戦える相手では無かったからな。そのままそこにいても、ゾンビ達の餌になるだけだぞ。」
後藤達はお互いの顔を見合わせた。
「効果が無くなってる?まじかよ!?やばいじゃん!」
「戦いのかなり前半からな。」
慌てている神崎に、カゲローが冷静に応えた。
(一言言って…。まぁ会話をしている暇は無かったか。)
「馬鹿ぁ!」
突如、涙を浮かべて怒声をあげた山口に、後藤と神崎は目を丸くした。しかし、直ぐにその意味を理解した後藤は、身体の内側からふつふつと怒りが溢れ出てきた。
「西丸さん達は生きてるのか!?」
カゲローはその反応にも冷静さを保って応える。
「生きてる。」
「何でそれを早く言わないんですか!?」
後藤は声を荒げて言った。
「言ったらお前達みたいな甘ちゃんは、目的を忘れて助けに行こうとするだろ!それに聞かれてない事に応える義務までは無い!」
(こいつ!)
「後藤!」
「何だよ。」
更に言い返そうとする後藤を神崎が静止する。カゲローの言う事にも一理有る。しかし、それを分かっていても、後藤は怒っていたのだ。
「あれはカゲローさんの優しさだよ。何より、みんなが無事だったならそれでいいじゃないか。」
(それは分かっているけど…。)
後藤は複雑な表情を浮かべている。
「お前は出来た人間だな。」
「…まあな。」
後藤の言葉に神崎は俯き、小さな声で応えた。
「どうした!?早く来い!死にたいのか?」
(全く…。)
「じゃあ、僕から行きますね。」
(……!)
眼下を覗き込んだ後藤は、驚愕と同時に絶望した。
「起き上がってます!」
扉の開き方を探っていたノブリと、下方で身構えていたカゲローは、部屋の中心部に視線を移した。
「…何故だ。」
ノブリとカゲローは同時に同じ言葉を呟いた。
「お前達に私は殺れないよ。」
部屋の中心部には、鎧に穴が空いてはいるものの、頭部と胸には傷一つ負っていないナーガの姿があった。その表情には、不気味な笑みが浮かんでいる。
その五十八(謎の男)
「お前…。」
カゲローがノブリに疑惑の視線を向ける。
「止めは刺した。…確実に。」
(何故だ。私が止めを刺した後も、奴の身体には何の異変も無かった筈。)
「フハハハハ。その表情、何とも間抜けだぞ。」
(ナーガとノブリがグルだった…。そしてノブリがナーガを助けた。いや、それは考え難い。やはり奴の能力か。)
カゲローは状況を理解しようと、必死に頭を働かせている。
「お前達の息の合った戦方には恐れ入ったよ。恐らく、二人で戦うのはこれが初めてではあるまい。…だが、それでも私との力の差は歴然なのだよ。」
ナーガの姿が消えた。
「ザ!」
「…!」
カゲローの二本の尻尾が宙を舞う。それは、痛みを感じる暇も無い程の一瞬の出来事だった。
「カゲロッ…。」
ノブリは、自分の喉元に向けられていた刃に言葉を詰まらせた。
(全く見えなかった。)
「少し本気を出せばこんなところだ。お前達の様な雑魚は、所詮、私の敵では無いんだよ。無能なお前達は、これから作る新しい王宮には必要無いな。」
(不味い!)
カゲローの残された短い尻尾からは、夥しい量の出血が溢れ出ている。彼は苦痛に顔を歪めながらも、銃口をナーガに向けていた。その行動はノブリを助ける事が目的では無い。カゲローの光線は、ナーガの刃を止めるにはあまりにも遅く、絶望的な一突きを止める事は出来ない。しかし、彼の諦めない気持ちが無意味ともとれる引き金を引かせた。
「後藤!」
(止まれ!…クッ。)
「ドゴォン!」
神崎の言葉を合図に、ナーガの刀を突き出そうとした腕が一瞬白く光った。今の後藤には、ナーガの身体の一部分を、一瞬止めるだけの力しか無かった。しかし、その一瞬が、達人同士の戦いでは大きく勝敗を左右する事となる。
ナーガの頭部が吹き飛び、ノブリは左に飛んでカゲローの光線をかわす。
(後藤か。やってくれる。)
カゲローは不適な笑みを浮かべた。
「はぁ…はぁ。」
「後藤さん?大丈夫?」
地面に膝を付き、呼吸を荒くしている後藤に、山口が心配そうに声を掛けた。
「はい。…何とか。」
(一瞬…。一瞬しか止められなかった。それなのにこの疲労感。[支配の眼]の解除が遅れていたらどうなっていた事か…。)
「後藤。悪いけどまだ頑張ってもらうよ。」
(…そんな。)
神崎の指差した方向に視線を移し、後藤は絶望した。それもそのはず、そこには、何事も無かったかの様にナーガが立っていたのだ。
消し飛ばしたはずの頭部は完全に再生している。
(馬鹿な!一瞬で復活しただと!?)
カゲローの驚愕をよそに、ナーガは自分の右手を確認する様に、繰り返し上下に動かしていた。
「何か…したな?洞窟に入る前にも似たような感覚があった。」
その間、ノブリはカゲローの尻尾に触れ、サイコキネシスで傷口の細胞を圧迫し、無理やり流血を止める。
「気休めよ。人間本来の治癒能力が此処では働かないから。」
「分かっている。」
カゲローはナーガを見つめたまま無愛想に応えた。
(どうする。どうすれば奴を殺せるんだ。考えるんだ!)
ノブリは額に皺をよせ、考えを巡らせている。
「カゲローさんの後ろだ!」
(マジかよ!…グッ。)
ナーガの姿が消える。そしてカゲローの背後で刀を振り上げた状態で、またしても腕の動きが一瞬だけ封じられた。それは、神崎の完璧とも言えるタイミングでの指示が、後藤の力を完全に引き出したからこそ出来た成果だった。カゲローは動きの止まったその一瞬を見逃さず、麻酔針を放つ。
「パァ!」
麻酔針は見事にナーガの首筋に突き刺さった。
(これはどうだ?)
「キン!」
腕の自由を取り戻したナーガが、振り落とそうとした刀を、ノブリのナイフが見事に弾く。しかしその衝撃で、ナイフは粉々に砕け散ってしまった。
(麻酔も効かんか。)
ノブリとカゲローは、ナーガから逃げる様にして距離を取った。
それを追う事も無く、ナーガは刀を持った腕を、不思議そうに振るっていた。
「復活するまでの時間を幾らか稼げれば、奴を殺す事が出来る。」
「…分かった。」
ノブリの信じられない言葉に、カゲローが無愛想に応える。
ノブリの作戦をカゲローは聞かなかった。聞く必要が無かったのだ。彼には、ナーガの復活を遅らせる事はおろか、殺害する手段すら見つからなかったのだから。
「…やば…い。頭…が割れ…る。」
後藤は両目から血の涙を流していた。これ以上力を酷使すれば、馬人の森で起こった症状が発症する事になるだろう。
「神崎さん!後藤さんが…。」
山口の言葉に、神崎は優しい笑みを作り応える。
「もう大丈夫だ。後藤、良くやったぞ!山口、手紙を読んどいてくれよ。」
(手紙?)
「もう大丈夫って?どういう事?手紙って?」
言葉が発せられない後藤に代わり、山口が質問する。しかし、その返答を聞く事は出来なかった。神崎は言葉を発さないまま、ただ笑顔を作っている。しかしよく見れば、彼の二つの拳は力強く握られており、小刻みに震えている事が分かった。
「神崎さん?」
「…見つけたぞ。」
(不味い!!!)
「お前たっ。」
「ドン。」「キャア!」「あ。」
ナーガの姿が消える直前、カゲローの呼び掛けの途中で、神崎は後藤と山口の背中を優しく押した。そしてされるがままに、後藤と山口は横穴から落下して行く。
「シュン!」
その直後。まさに紙一重のタイミングで、今まで三人が立っていた場所に一太刀の刃が振られた。
「ノブリ!」
カゲローは走りながらノブリに呼び掛ける。しかし、その言葉を聞く前に、既にノブリは走り出していた。
「ガッ!」「ドサッ。ドサッ。」
ノブリが山口を、カゲローが後藤を地面に落下する直前で同時に受け止めた。その直後に、二人の後を追って二つの物体が地面に落下してきた。
「キャアアアアアアア!」
その物体を見て山口は叫び、意識を失った。
「神崎…?神崎ぃ!」
後藤はおぼつかない足取りで、上半身と下半身に分かれた神崎に走り寄る。
「おい!…おい!…嘘だ!嘘だろ!?」
神崎の亡骸の前で、後藤は血の涙と共に泣き崩れた。彼の頭の中は真っ白になっており、頭の痛みすら忘れられていた。
「…………みゆ…き…ごめ……………。」
最後の言葉を残し、神崎は命を絶たれた。
「あ"あ"ぁぁぁ!」
「後藤!しっかりしろ!」
カゲローの言葉は後藤に届かず、彼は冷静さを取り戻せないでいる。
「ははは。虫螻が一匹死んだ事がそんなに悲しいか?」
いつの間にか部屋の中心部に移動していたナーガが口を開いた。カゲローとノブリが瞬時に身構える。
「嘘…だ。人が…人間が…こんなに簡単に死んでいい筈が無いんだ。」
後藤は涙を流し、肩を震わせながら、絞り出す様に言葉を発した。
「ははは。確かにそうだな。だが、それは只の虫螻だ。邪魔な虫は殺すだろう?」
それに対してナーガは残酷な笑みで応える。
「何だよ…。何なんだよこの世界は…。俺達が何したって言うんだ。」
「害虫は生きてるだけで目障りだ。安心しろ。地獄でまた直ぐに会える。」
「貴様!」
ノブリの怒りを気にも止めず、ナーガは未だに笑みを崩さない。そして、その場に笑みを浮かべ始めた者がもう一人いた。
「ははははは。あーはっはっは。」
「後藤?」
カゲローの問い掛けに、突如笑い声をあげた後藤からの返事は無い。
「狂ったか。」
ナーガは嬉しそうに後藤を見つめながら呟いた。
「…。」
「な!貴さ!…身体が…動。」
「馬鹿な!」
「何が起こっている!?」
突如、力強い光に包まれたナーガは、目を見開いたまま固まってしまった。ノブリとカゲローは黒いオーラを纏った後藤を見て驚愕している。そして、後藤の口角がゆっくりと上がった。
その表情を一言で表すなら[邪悪]と言う言葉が最も適しているだろう。
「死ね。」
「ボン!」
ナーガの頭部が何の前触れも無く破裂した。周囲に夥しい数の肉片が飛び散る。
「はは。死ね、死ね。」
「ボン!ボン!」
瞬時に再生したナーガの頭部を、後藤は何度も繰り返し、破裂させていく。
「ボン、ボン…ボン!」
「おい!ノブリ!」
「あっああ!」
呆気に取られていたノブリが、カゲローの言葉で我に帰る。
(サイコキネシス。)
理由は分からないのだが、破裂してから頭部が再生するまでの間隔が、少しずつだが長くなっていた。その好機を、この二人が見逃すはずも無い。ノブリの首に装着されていたネックレスが、ゆっくりと宙に浮く。
「後藤!」
「うるせぇ!はは…ははは。」
(狂ってる。)
ノブリの成そうとしている事に気付いたカゲローは、後藤にタイミングを合わせる様伝えようとしたのだが、今の後藤に彼の言葉は全く通じていなかった。
「そのままで大丈夫だ。」
ノブリの額に英雄の目が出現する。
「ボン!」
(今だ!)
何度目になるだろうか。ナーガの頭部が破裂した瞬間。その瞬間を狙って、残された首にノブリのネックレスが掛けられる。
「元はお前の物だ。…返すぞ。」
するとナーガの頭部は再生しなくなり、後藤は糸が切れた操り人形の様に崩れ落ちた。
「後藤。」
カゲローは後藤に歩み寄り腰を降ろす。そして、後藤の様子を窺った。
「…あれ?あいつは?」
(いつもの後藤に戻ったのか?)
「ああ、今度こそ。」
後藤は何とも言えない複雑な表情を浮かべている。いつの間にか瞳からの出血は治まっていた。
「神崎の…。神崎の仇をありがとうございます。」
「俺は何もしていない。」
カゲローは後藤の無事を確認すると直ぐに立ち上がり、ナーガの遺体に向かって歩き始めた。
「じゃあノブリさんですね。ありがとうございました。」
(何も覚えていないのか?)
「お前…何者だ?あの目は…。」
ノブリは気絶した山口を抱きかかえたままの状態で言った。
「ノブリ。…何かおかしい。」
ノブリの質問をカゲローが遮る。
(確かに…私は確かに見た。この男の額に出現した瞳を。英雄の目は私達の種族の極限られた者しか使えないはずなのに。)
「ノブリ!」
呆然と立ち尽くしているノブリに、カゲローが声を荒げる。それにより考えを止めたノブリは、慌てて言葉を返した。
(私とした事が!ここはまだ戦場だぞ。)
「生き返ったのか!?」
ノブリの問いにカゲローは静かに応えた。
「生き返らないんだ。こいつも。神崎も…。」
誰一人としてこの状況を説明出来る者はいなかった。
(神崎…。お前はこうなる事を知っていたんだよな。…気付いてやれずにごめん。…俺は監督失格だよ。)
後藤は床に転がっていた神崎の亡骸を見て、目蓋を閉じる。そして再度、深い悲しみに襲われ、次々と溢れ出てくる涙を抑える事無く流し始めた。それは最近の彼には珍しい、透明な美しい涙だった。




