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その五十四(分断)〜その五十六(開戦)

その五十四(分断)


洞窟の揺れが収まり、時間が経つにつれて、砂埃がゆっくりと落下していく。それにより、徐々に視覚を取り戻していく二人。その仮定で徐々に露わになる、先程までは存在していなかった大きな壁。その壁は、まるで行き止まりにでも出会したかの様な、絶対的な存在感を持っていた。


「エスマ!聞こえるか!」


「…ああ。」


その壁を挟んで会話を始める二人。エスマはその壁に掌で触れ、材質を確認する。そして、ひんやりとした冷たい感触を感じたと同時に、この壁が破壊不可能だという事に気付いた。


「いつ、どのタイミングでこの壁が出現したのか分かるか?」


砂埃により、全員の視界が奪われていた事は、当然、当人であるノブリも知っている事だ。しかし、ノブリはそう問い掛けた。


(流石だね。)


「うん。俺達の目がちゃんと見えるか見えないかの時に、いきなり出現したよ。多分だけど、スイッチを押した事とは無関係だと思うわー。」


エスマは間の抜けた声で応える。


「そうか。私達の会話が普通に出来る事から考えて、厚さはそれ程では無い様だが、破壊は不可能だな。」


ノブリは右腕で髪の毛を掻き上げながら言った。


「うん。シークレットワードの類だと思う。俺の能力でもこの壁には効果が無かったから、術者の決められた言葉、或いは殺害しか破壊の方法は無いね。かなり高度な結界だよ。」


エスマはこれから先の事を考えながら話している。


「私の能力も効果無しだ。エスマがあげた対処法の他に、私達に出来る事が有るとすれば、時間が経過して結界の効力が弱まってから破壊するぐらいか…。まぁそれも、術者が近くにいたら不可能だが。」


シークレットワードの効果は時間の経過と共に薄れていく。しかし、それは術者が遠くに離れていた場合であり、常に近くにいる場合は、術者の力が続く限り効果は継続し続ける。術者が離れた距離に比例して効果は薄れていくのだが、術者の能力が高い場合は、かなりの距離が離れていても効果が持続出来ると言われている。


「ノブリちゃん。」


「術者を探して殺すか。先程結界が出現したのならば、まだ近くにいる可能性が高い。」


「いや、近くにはいないよ。」


「じゃあ時間が経過するのを待つしかないな。」


「…それも駄目だ。」


「じゃあどうすれば良いんだ!」


ノブリは声を荒げた。その原因は、ノブリの提案に対して、エスマが否定の意志しか示さなかった事により、苛立ってしまったわけでは無い。壁を挟んでいる、二人の配置が問題であった。エスマは洞窟の進行方向。それに対してノブリは、引き返す方向にしか道が残されていないのだ。


「落ち着いて聞いてくれ。ノブリちゃんは今、俺達の内、一人がミリヤと森内ちゃんの探索。もう一人がナーガを追う。そう考えているね?そして、自分がナーガを追い、俺にミリヤ達の探索を任せたい…と思っているんじゃないかい?」


(ナーガを追う方が、断然危険だからね。)


「……。」


ノブリの返事は無い。それが彼女の答えだった。


「俺の能力にはいつ気付いたの?」


「その話に意味は有るのか?」


ノブリは苛立ちを隠さないで言う。


「ああ、上手く行けばノブリちゃんがナーガを追えるよ。」


(何!?)


「ふざけてる場合か!」


「俺は本気だ。時間が惜しい!早く答えてくれ!」


(彼女はこの先、G・Pに必要な人間になるだろう。だからこそ、無駄死にさせる訳にはいかない。)


エスマの緊迫した口調に、ノブリは冷静さを取り戻した。


「洞窟に入る前。おまえが岩陰に隠れている私の存在に気付いた時から、お前の能力に付いて色々想像し始めた。後はお前の行動や言動から、頭の中の候補が絞られていき、結果、空間に関する能力だと思った。視覚を使わなくても、周りにいる生き物や物体を把握出来るんじゃないか?それに、何も無い空間を固めたりも…。」


(これ程までの洞察力。全くもって恐れ入るわ。彼女なら良い結果を持ち帰って来てくれるかもしれない。)


「なる程ね。あそこの隊で副隊長にまで上り詰められた訳だわ。」


「お世辞はいい。私はどうすればいいんだ?」


「さっきの変化でこの辺りの道順が変わったんだ。来た道を引き返せば、新たに右手に通路が出現している。その通路を進めば、直ぐにナーガに追いつける筈だよ。近道になってるからね。」


「…分かった。ミリヤ達は任せたぞ。」


「ちょっと待ってくれ!」


走り去ろうとしたノブリを、エスマが慌てて引き止める。


「どうした?」


「近道は近道だけど、誰も通っていない道だ。ゾンビに気を付けなよ。今までみたいに[蠢き]にしか会わないなんて事は無いんだ。…俺が別行動だからね。」


「ああ、分かってる。」


ノブリは拳に力を込めて応えた。


「あと、ノブリちゃんの最大の強みは、サイコキネシス何かじゃ無くて、その洞察力だと思う。その力を上手く使いこなせば、良い結果が生まれると思うよ。…死ぬんじゃないよ。」


「ああ、それも分かっている。以前、この先にいる男にも同じ事を言われたよ。…そんなに私の事を信用していいのか?私は裏切り者何だろ?」


ノブリは笑みを零した。


「さあねー。G・Pの奴らは知らないが、ノブリちゃんはもう俺の仲間だ。」


「…ありがとう。」


ノブリはそう言い残し、来た道を引き返し始めた。


(頼むぞ。…さて。)


エスマは進行方向、約五十メートル先に、先程からある生き物の存在を感じていた。その生き物は、先程のオウガと全く同じ気配を放っている。


(全死兵…。ノブリちゃんじゃなくて良かった。)


全死兵までの道のりに分岐点は無い。つまり、ほぼ間違い無く二人は出会う事になるだろう。


(ミリヤ達が心配だ。急ごう。)


エスマは刀を鞘に収めたまま、姿勢を低くし構える。そして刀を引き抜くと同時に、前方の何も無い空間を斬りつけた。居合い。エスマの最も得意とする攻撃方法で有り、彼程の技量を持ってすれば、敵が切られた事を認識する前に命を絶つ事も可能である。現に、オウガの右腕を切断した居合いでは、穴に落ちている途中で、オウガが自分の肉体の変化に気付いた程の腕前だった。


(ミリヤ達の存在が感じられない。早く見つけ出して、俺もノブリちゃんの後を追わないとな。)


エスマは大地を蹴り、走り出した。暫く進んだ所で、彼は全死兵の亡骸と遭遇する。そして、その亡骸の前で足を止めると、居合いによって胴体から切り離された全死兵の頭部に意識を集中させる。エスマの頭の中には、全死兵の頭部が鮮明に映し出された。


(やはり第三隊の者か。しかも、ノブリちゃんの直属の部下。恐らく、オウガ以外の全死兵は皆、侍隊時代のノブリちゃんを慕っていた者達で構成されているんだろう。ナーガにとっては邪魔ですらない、どうでも良い存在だからな。実験には丁度良い筈だわ。)


「ガリ。」


全死兵の指が僅かに動く。エスマはその動きを見逃さなかった。


「ガリガリ。」


地面を掻く動きが徐々に激しさを増していく。蘇ろうとしているのだ。頭部を持たない胴体が。


「ゾンビは首を切られるぐらいなんともないんだな。…本当に、お前の相手がノブリちゃんじゃなくて良かったよ。」


「シュン!…カチャ。」


エスマは刀を引き抜き、再度鞘に収める。一見、何もしていない様に見えた動きだったのだが、全死兵の動きがピタリと止まった。


「俺もナーガと同じで、お前ら何かどうでも良いんだわ。」


全死兵の転がっていた頭部は、真っ二つに切断されていた。目にも止まらぬ速度でエスマが切断したのだ。その動きに躊躇や遠慮は全く感じられない。


(生きていた敵は二回殺せばいい。只それだけの話だな。俺にもいい実験になったよ。…つまり、雑魚は雑魚って事だわ。)


エスマは、頭部を切断しても全死兵の活動が止まらない場合は、次に心臓、そして肺、胴体と次々に攻撃を加え、どの部位の損傷が、ゾンビに致命傷を与えるのかを確かめようとしていたのだ。そして、洞窟の入り口で遭遇したゾンビの殺害方法と比べて、一回目の死亡理由と異なる方法で殺害すれば、ゾンビの活動を終わらせる事が出来るという結論にたどり着いた。


(ミリヤ達は…この辺りにもいないな。)


エスマは自分の周囲、半径約百メートルの空間を把握する事が出来る。更に彼は、その範囲内ならば空間同士を繋げる事も可能なのだ。只、その力にも一つだけ欠点がある。その欠点とは、繋げた空間を生きた者は通過する事が出来ないというものだ。つまり、彼自身や仲間を百メートル先の別空間に瞬時に移動させる事は出来ない。しかし、命の無い物などにはその効果が適用される。先程、遠くにいる全死兵の首を跳ねたのもその力によるものであり、刀の起動先の空間を、全死兵の首元の空間と繋げたのだ。ではエスマはどうやって、ノブリ達一行にゾンビを近づかせなかったのか。察しの良い者ならば説明は不要だろう。ゾンビは命が無い者なのだから。しかし、全死兵はそうはいかなかった。ならば、空間を壁の様に固くして、全死兵の進路を阻めば良いと思う人もいるかもしれない。しかし、エスマにはそれが出来なかった。エスマが固めた空間は、シークレットワードの結界とは異なり、容易に破壊する事が出来るのだ。つまり、全死兵の怪力の前では全く功を成さない。


(急ごう。)


エスマは走り出した。


その五十五(不死の洞窟二)


(あった。この道ね。)


ノブリは、先程までは存在していなかった通路の前で立ち止まる。


(近道…か。いよいよだな。)


ノブリは一度深い息を吐き、呼吸を整えてから歩みを再開させる。そして直ぐに歩みを止め、腰に刺してある投げナイフに手を触れた。


(三人…いや、四人か。)


ノブリは前方に目を凝らし、その場に立ち尽くしているゾンビの姿を観察していた。幸い、敵はこちらの姿に気付いていない様だ。


(サイコキネシス。)


ノブリの周囲に四本のナイフが浮かび上がる。


(行け!)


心の中で号令を発すると同時に、ナイフは一直線に四人の頭部目掛けて飛んで行った。


(…こいつら。)


しかし、ナイフは頭部に突き刺さる直前で進路を変え、通路の壁面や天井にぶつかり、地面に落ちる。


「グヒ、グヒヒ。」


ゾンビの不気味な笑いと共に、宙に黄色いナイフが四本出現した。


(シークレットワード。しかも四人共使えるのか。)


宙に浮いた黄色いナイフが、ノブリが放った物と同じ速度、同じ起動で放たれる。しかし、それらはノブリに到達する前に消え去った。


「グ、。」


四人のゾンビの口から短い悲鳴が漏れる。見れば、先程弾かれたノブリのナイフが、ゾンビ達の頭部に突き刺さっていた。


(リフレクト…自分に向けられた攻撃をそのまま跳ね返すシークレットワード。しかし、術者が死亡すれば効果は消えてしまう。私を相手にするならば、ナイフを消滅させるぐらいの力が無ければ話にならないわ。…しかし。)


彼女に、四人のゾンビを倒した事による安堵の感情は無い。むしろ、不安を抱き初めていた。


(こいつらは私の存在に気付いていたが、敢えて気付いていないふりをし、私に先手を打たせたんだ。つまり、生前の先頭技術を持っていたと言う事になるわね。不死の洞窟…王宮の調査が進まない訳だわ。)


この洞窟で死亡した者は、生前の戦闘技術を残したまま蘇るのだ。つまり、強者が死ねば死ぬだけ手強い化け物となり、洞窟の攻略を困難なものにする。


(進もう。)


地面に倒れているゾンビには目もくれず、ノブリは歩みを進める。ゾンビ達の頭部に突き刺さっていたナイフは、まるで自らが意志を持っているかの様に、所定の位置に戻って来た。


「ボォォ!」


暫く歩いた所で、黒い物体がノブリに向かって突進して来た。


(次から次へと。)


ノブリはそれを横に飛び、余裕すらある動きで簡単にかわす。


「ガガン!」


突進して来た物体は、壁に激突し止まった。その衝撃により、天井からは細かい砂が落ち、ぶつかった壁は見事に砕け、凹んでいる。


「ボゥ、ボゥ。」


その生き物がノブリの方向に振り返る。二メートル半はある巨体。大きさだけならば全死兵に勝る程の巨体だ。その額には悪魔を連想させる曲がった角が一本。先程の衝撃の影響なのであろう。角の根元からは真っ赤な血が流れていた。


(サブタウロス…。)


猛牛を思わせる顔。全身が内側から盛り上がったかの様な、ぶ厚い筋肉で構成された巨体。首から下が黒い産毛で覆われた二足歩行の[人間では無い者]。下級種族であるその化け物は、サブタウロスと呼ばれていた。


「ボゥ…。」


サブタウロスはノブリの動きに注意をはらいながら、ゆっくりとにじり寄って来る。


「邪魔だ。」


ノブリがそう呟いた瞬間、二本のナイフが宙に浮き、サブタウロスの頭部に向かって飛んで行った。


「ボ!」


それに対してサブタウロスは、大きな掌を顔の前に広げ、ナイフが顔に刺さるのを防ごうとする。


(ゾンビの方がよっぽど強敵だわ。)


一本のナイフは掌に触れる直前でピタリと止まり、もう一本のナイフが掌に突き刺さった。しかし、ナイフの勢いは止まらない。そのまま掌を突き抜け、サブタウロスの頭部に突き刺さると、更に頭部までもを貫通させた。


(…。)


サブタウロスは言葉を発する事無く、立ったまま絶命した。


「ボ…。」「ズサ!」


蘇り初めたサブタウロスの心臓部に、空中で静止していたもう一本のナイフが穴を作る。


ノブリは無言で歩みを再開させた。


その五十六(開戦)


「気持ちを乱すな。気配を消す事に集中しろ。」


カゲローの言葉が疲労している山口に掛けられる。


「うん。…ごめん。」


山口の眼下には、銃弾によって心臓を打ち抜かれたゾンビが横たわっている。その光景に、一行は慣れ初めていた。


「大丈夫か?」


「うん…ごめん。」


神崎の優しい言葉が山口の心に突き刺さる。山口が地面の小さな段差に躓き、ゾンビに気配を悟られたのはこれが初めてでは無い。山口には、得意の減らず口を返す気力すら無くなっていた。


(竜二達と別れて、もう一時間は経ったか。体力的と言うよりは、精神的な疲労が大きいな。)


仲間の無事が確認出来ない状態で進んでいる一行。皆の心の中では、竜二達が無事でいる可能性はとても低いと薄々感じていた。むしろ、死んでしまったと考える方が自然である。しかし、死んだという確証が無い事から、僅かに希望は残されており、その希望により、一行の頭は竜二達の存在を消し去る事が出来ない。頭の中では、今自分達が置かれている問題に全力で取り組まなければいけない事は分かっているのだが、彼等の人間であるが故の優しい気持ちが、仲間を思う気持ちを強くさせる。更に、山口は道案内という重要な任務を任されているのだ。一般的な女性の精神力では、とうに限界を超えている筈だ。


「もう少しで目的地なんですよね?」


「うん。もう着いてても良いはずなんだけど…。」


(まさか間違えた…。いいえ、確かにあの本に書かれた通りに進んでいるわ。それは間違い無い。だとすると、さっきの大きな揺れ。やっぱりあれが怪しいわ。あれのせいで洞窟の形が変わったのかしら。)


山口の気苦労は耐えない。それをカゲローが嬉しい言葉で打ち消す。


「あったぞ。あれだな?」


カゲローが山口の手を引き、前方の空間を確認させる。


「あー。良かったぁ。」


山口の足から力が抜け、彼女はその場に腰を下ろした。山口の眼下には、学校の体育館程の巨大な空間が広がっていた。その空間の上部に有る、空間からしたらとても小さな横穴の中に後藤達はいた。後藤達から見て右手下方には、高さだけでも五メートルは有る大きな鉄の扉。左手下方には、自分達がいる横穴と同じぐらいの小さな通路が見える。何故かは分からないが、この空間は照明で照らされているかの様に、とても明るかった。


「ここを降りて、右手のドアの中がゴールよ。あの本によればあの中は安全らしいわ。ここを降りて…。」


山口の目の前には断崖絶壁ともとれる壁面が有る。地面までの高さは二十メートルは有るだろうか。


「…カゲローさんしか降りられそうにないですね。」


竜二やニコがいない今、彼しかこの崖を降りる手段を持っていない。


「仕方無い。…俺が一人ずつ降ろしてやろう。」


(………。)


カゲローの降り方は、恐らく飛び降りるだけなのだろう。カゲローが上手く着地させてくれるのだろうが、カゲロー以外の全員が表情を引きつらせた。


「じゃあ私から…。」「しっ!」


今までの汚名返上だと言わんばかりに、山口が手を挙げる。しかし、その発言はカゲローの掌によって遮られた。


「奴らだ。」


左手の通路から、一人の男と黒いローブを羽織った巨体が入室して来た。


(嘘だろ…。くそ。)


敵で有る可能性を持った者が、新たに一行の前に姿を表す。その現実に、後藤は表情を曇らせた。その前方で、人知れず笑みを浮かべているカゲロー。


(ナイム、マイ、もう少しだ。)


(目的地が一緒だったのね。私達は最短距離を進んで来たから、追い付いてしまったんだわ。)


(姉ちゃん。こっちはこっちでヤバそうな感じになってきたぜ。)


(……。)


全員の思いをよそに、神崎のみが心を無にしていた。その顔は、恐いぐらいに無表情だった。


「どうしよう。」


「お前達は此処で待っていろ。…俺が片付ける。」


山口の不安に溢れた呟きに、カゲローが不気味な笑みで応える。


「ちょっと待って下さい。もう一人います。ノブリさん…でしたよね?確か。左手の入り口に隠れてますよ。」


「何…?」


カゲローの動きが止まる。全員が目を凝らして、後藤の言う位置を確認したのだが、ノブリの姿を見つけられる者はいなかった。


「一人か?」


「はい、ノブリさんだけです。彼女も敵何ですか?」


「いや、あいつは違う。ただの馬鹿だ。」


「おいおい。同じ副隊長どおしだろ?」


「え?」


ミツオの発言に全員が目を丸くする。


「何だよ。知らなかったのか?こいつは…。」「紹介はいい。」


カゲローはそう言い残すと、眼下に飛び降りて行った。


(何だよ!説明しろよ。てか戦うのか?)


後藤の細い棒を持つ手に力が入る。


カゲローが地面に着地しようとした瞬間。彼の着ていた黒いコートの丈が伸び、カゲローより先に地面に接触した。その後を、音はおろか、砂埃も立てずにカゲローが着地する。


(やっぱり、あのコートにも何かあるのか。)


そして、扉の前に立っているナーガの頭部に銃を向ける。


「止めておけ。」


(……。)


ナーガはカゲローに背を向けた状態で話続ける。


「お前程の男が…殺気が剥き出しだぞ。」


ナーガの声は奇妙な程に優しかった。


「貴様を暗殺する気は無い。最大の苦痛を味あわせてから殺してやる。」


会話は後藤達の耳には届いていない。


「ほう。それ程までの怒り。向ける方向を間違えて無いか?何故私を殺すのだ?」


銃を向けられているにも関わらず、ナーガの話し方からは余裕が感じられた。最も、カゲローの姿は見えていない筈なのだが。


「知れた事を。妻と娘…そして先代国王の無念。償って貰う!」


引き金を引こうとしたその時、ナーガの口からとんでも無い発言が飛び出した。


「生かしてある。」


「何!?」


カゲローの人差し指が引き金に触れた状態で固まる。


「先代の話では無い。あの役立たずには死んで貰った。それは、あの場にいたお前ならよく分かっている事だろう?」


ナーガはゆっくりと振り返る。その表情からは、とても柔らかい印象を受けた。


「……。」


「ナイムにマイと言ったか?生かしてあるぞ。考えてもみろ。お前の様な優秀な兵隊を、ケレンがみすみす手放すと思うか?お前との交渉材料はしっかりと取っておいてある。奴は先代暗殺計画を、お前に伝えないまま実行に移す事について悩んでいたよ。お前を信頼していたからな。」


「ケレン様が…。それに妻も娘も…。」


カゲローの表情が曇る。


「まだ遅くは無い。国民にはケレンが上手く説明してくれるだろう。そして、お前がケレンの後を次いで忍者隊の隊長になるんだ。」


「家族は…俺の家族は本当に無事なのか?」


カゲローの口調は完全に冷静さを失っている。


「ああ。国民には処刑したと嘘の情報を流してある。暗殺首謀者とされるお前の家族を放っておける程、この王宮の法律は甘くは無いからな。どうだ?ケレンはお前を待っているぞ。」


「俺は…。」「騙されるな!」


カゲローの言葉は、一人の女性の言葉で遮られた。


「随分…早かったな。」


ノブリはゆっくりと姿を表した。その表情は怒りに満ちている。


「貴様はどれだけ人の気持ちを踏みにじれば気が済むんだ!」


「チビ…。」「私が最後を看取った!家族では無い私がだ!本来ならば…家族で有る貴様がやらなければいけない事を!」


カゲローの姿が見えていない筈のノブリだったのだが、その瞳はしっかりとカゲローを見つめていた。


「嘘…なのか?」


ナーガは不適な笑みだけで応える。カゲローからは、怒りを通り越して、悲しみの感情が溢れ出していた。


「悪かった…。だが、親友であるお前が看取ってくれたならば…あいつらも。」


ノブリは大地を蹴り、真っ直ぐにカゲローの元に走り出した。そして、カゲローの顔面を殴り倒す。


「親友が何だ!家族の絆に比べれば、親友など…。」


ノブリは声を震わせている。


「ふん。お前も王宮には戻って来そうに無いな。一応、席は空けておいたんだがな。」


「見くびるな!クズが!」


「死んで…詫びろ。」


カゲローはゆっくりと立ち上がり、暴言を吐いた。カゲローの感情を、再度どす黒い怒りが塗り潰していく。あまりの怒りで、彼の瞳は真っ赤に充血していた。


「全く、くだらん正義感で我々の行動を探るからこうなるのだ。創立祭で黙ってサーカスの警備でもしていれば、あの現場に居合わす事も、家族を亡くす事も無かったものを。お前達はもう終わりだよ。」


「もう話す事は無い。…死ね。」


「バン!」


カゲローが引き金を引くと同時に、銃弾が発射された。しかし、それはいとも簡単にかわされる。


「魔銃を持たないお前など話にならん。まぁ、それを奪ったのも私なのだがな。あれを先代の遺体の傍に置いて置くだけで、簡単に国民は騙せたよ。その点は感謝しなくてはな。」


「黙れ。」


ノブリが言う。


「ははは。魔銃を見つけた時のお前の表情と言ったら…。」「キン!」


ナーガの額に吸い込まれていったナイフが、簡単に刀で払い落とされる。


「全死兵。」


払い落とされたナイフが起動を変え、ナーガの心臓に向かって飛んでいく。それを全死兵が掌で止めた。全死兵の強靭な筋力が邪魔をし、サブタウロス様に貫通する事は出来なかった。


「ノブリ。こいつの顔に見覚えが有るんじゃないか?」


ナーガは全死兵の被っているフードを剥ぎ取った。


「…貴様。」


「グルルル。」


「こいつはサキス。確かお前の部下だったな。」


ノブリが怒りで身体を震わせる。


「サキスは…サキスは女性だぞ。」


「ドゴォン!」


「ちっ。」


サキスと呼ばれた全死兵の頭部が、一瞬にして吹き飛んだ。それに対してナーガは舌打ちをする。


「カゲロー!」


銃口からは銃弾では無く、電柱程の太さの、光の線が放出された。その線が、サキスの頭部を一瞬にして消し去ったのだ。


「考える必要は無い。お前にこんな姿を見られるのを、一番嫌う女だっただろう。」


「…ああ。そうだったな。」


ノブリはカゲローの言葉で、何とか理性を保った。


「つまらん。良い余興になると思ったのだがな。やはりまだ完全では無い。」


「パタ…パタパタ。」


サキスの手首が不可解に動き始める。


「くだらん玩具だな。」


ナーガはそう言うと、サキスの心臓に刀を突き立てた。


「ノブリ。下がっていろ。…こいつは俺が殺す!」


カゲローは怒りの感情を露わにしている。


「こっちのセリフだ。」


ノブリはナーガを睨み付けて言った。


「お前達も新しい玩具にしてやるよ。」


ナーガが言葉を発した刹那、凄まじい殺気が空間を埋め尽くした。

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