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その五十二(スイッチ)〜その五十三(仲間の死を越えて)

その五十二(スイッチ)


薄暗い洞窟。その通路の一つで戦闘を繰り広げている、四人組と八匹の化け物。戦闘と言っても力の差は歴然で有り、あっという間に八匹の[蠢き]は、命を落とす事になった。


「ミリヤ。後で蘇れない様に、完膚無きまでにバラバラにするんだ。」


「はいはい。」


ミリヤはノブリの忠告を適当に促し、足元で蠢いていた[蠢き]を、巨大な右腕で叩き潰した。


(気持ち悪いなぁ〜。)


「なんか同じ敵しか出て来ないな。こいつら弱っちいから飽きてきたぞ。」


森内は光りを帯びた右足で、蠢きを踏み潰しながら言った。


(思った以上にちゃんと戦力になる子達なんだなー。…じゃなきゃノブリちゃんも連れて来ないか。)


エスマは面具の奥で、人知れず笑みを浮かべていた。


「ちょっと!エスマさんもちゃんと戦ってよ!さっきから何もして無いじゃん!」


「あ、バレた?俺、戦闘は苦手なんだわ。」


「真面目にやってよー。」


「あー分かった分かった。次こそ…な?」


口を尖らせて文句を言うミリヤに対して、エスマは子供をあやす様な口調で応える。


(ふう。何かこう…。思ったより退屈な場所だなぁ。)


先程から、ノブリ達一行の進路を妨げる生き物は[蠢き]しかいない。つまり、[蠢き]との戦闘しか発生していないのだ。それは、本来ならばとても幸運に思うべき事なのだが、森内には、少し物足りなく感じられていた。彼女はいつだって退屈を嫌う、そういった性格なのだ。


「私達はナーガの通った道を、後から着いて行っているのだから、危険な[人間では無い者]達と出会さないのは当然の事よ。出会すとしたらこいつらの様に、死体に群がる下劣な生き物だけね。」


ノブリは戦闘に参加しないエスマの事は気にせず、森内に話し掛けた。


「ふーん。でもさぁ。他の道から化け物達が来てもおかしくは無いだろ?逆に出会さない方が不自然じゃないか?」


森内の意見は最もだった。ノブリ達は、洞窟を進み始めてから大分時間が経過しているにも関わらず、最初に遭遇したゾンビ以外は、[蠢き]としか出会していない。その現実は、幸運と言う言葉だけでは補いきれない事実だった。その点については、ノブリも気が付いてはいたのだが、敢えて口に出そうとはしていなかった。


「…だ、そうだ。」


ノブリはエスマに視線を移す。


「さあねー。不思議な事もあったもんだ。」


ノブリはその返答を予想し、敢えて口には出さなかったのだ。この説明出来ない状況。ノブリはそれにエスマが関与していると睨んでいた。


(何だこれ?)


会話を終え、一同に歩き始める一行。その最後尾で、退屈を持て余していた森内が、この洞窟に存在するにはあまりにも不自然な、ある物を見つけた。

(スイッチ?…取り敢えず押してみよう。)


それは洞窟の壁面に取り付けられていた、丸い押しボタンスイッチだった。明らかに人工的に取り付けられたそれは、見た目が洞窟の壁面と同化する様に、茶色く塗られている。森内がそれを発見出来たのは只の偶然であり、他の者は誰も気付いていない様子だった。


「それには触れない方が良いと思うよ。」


人差し指を伸ばしていた森内は、エスマの急な発言により、身体をびくつかせる。


「何何?」


前方を歩いていたミリヤが、森内の元に歩み寄って行った。


「え?罠?てか、分かり易!こんなの押す奴いないでしょ。制作者の正気を疑うわね。」


ミリヤが横目で森内を見ながら言った。


「罠かどうか何て押さなきゃ分からないだろ。」


その態度と発言が悔しかったのか、森内は顔を赤くして言い返す。


「分からなくて良いじゃない。触らなきゃ無害なんだから。てか何?押せば電気でも付くと思ったの?呆れるのを通り越して尊敬するわよ。」


「うう。…ごめん。」


ミリヤの発言に、森内は自分の非を認め頭を下げた。


「宜しい。」


ミリヤはそれに満面の笑みで応える。


(罠…なのか?だとしたら、誰が何の為にそんな物を作った?それにエスマは何故、森内の行動が把握出来たのか…。)


エスマはノブリの考えをよそに、前方を向いたまま立ち尽くしている。


「何故分かった?」


「しっ。」


ノブリの質問を、エスマは人差し指を立てて制止する。


「…来るぞ。全死兵だ。」


「何!?」


エスマの発言により、辺りに緊迫した空気が漂い、全員の身体が緊張に包まれる。


「…何も来ないぞ?」


森内が身構えた状態で言った。


「ゆっくりこっちに向かってる。敵は一体。後数秒で姿が見える筈だ。」


「ミリヤと森内は下がっていろ。私とエスマで対処する。」


ノブリにはエスマの発言が正しく、信用出来るものなのかどうかは分からない。だが、万が一の事を考え、素早く二人に下がる様指示を出した。


「やーだね。」


ミリヤと森内は同じ言葉を口にし、周囲を警戒しつつ、ノブリとエスマの傍に移動する。

ノブリはその事について何も言わない。何故なら、薄暗い洞窟の前方に、黒いローブを羽織った巨体が姿を表したからだ。頭に被ったフードが異様に大きい為、表情を確認する事は出来なかったのだが、襲い掛かって来る気配が無い事から、まだこちらの存在には気付いていない様だ。しかし、ノブリがミリヤ達に注意の声を掛けようものなら、その声でこちらの存在に気付き、直ぐにでも飛び掛かって来る事だろう。


「約束だしな。俺が行くわ。」


「無理をする必要は無い。私も行こう。」


「ガ!?ガァァァ!」


全死兵がノブリ達の存在に気付き、大きな雄叫びをあげた。全死兵との距離は約10メートル。


「まぁ、あれぐらいなら一人で大丈夫だわ。」


エスマは地面を蹴り、全死兵に肉迫する。


(ナイフの準備を。)


ノブリは、何時でも全死兵の眉間にそれを突き立てられる様に、腰の投げナイフに手を掛けた。


「グガァ。」


全死兵はゆっくりと右腕を振り上げる。


(何をする気だ?まさかそのまま振り下ろすだけではないだろう。右腕はフェイクで、他の何かで攻撃してくる可能性が高いわね。)


ノブリは自分が戦っているかの様に、相手の出方を予想していた。エスマも同じく、敵の行動を警戒しての事か、全死兵の間合いに入る直前で足を止める。


「お前!」


「ガァァァ!」


エスマの言葉を打ち消し、全死兵は重い一歩を踏み出すと同時に、予想を遥かに超えた速度で右腕を振り下ろした。常人の反射神経ならば、間違いなく脳天に直撃し、一瞬の内に只の肉塊に変えられてしまった事であろう。しかしエスマは違った。エスマは刀の鞘を使い、拳の勢いを上手く受け流すと、全死兵の拳は本人の意思とは無関係に、そのまま地面に振り落とされた。地面が破壊され、その破片が高くまで巻き上げられる。その光景から察するに、全死兵の恐るべき破壊力が窺えた。


(早い。…だが当たらなければ意味が無い。そのまま振り下ろすなど、自分の拳にそれ程までの自信があるのか?)


敵の単純な攻撃に、ノブリは意表を付かれていた。


「グゥ!」


攻撃を交わされた全死兵は、今度は左腕でエスマの顔面を殴りに掛かった。


(くそ…。どうする。)


エスマはその拳と同じ速度で後ろに飛び、いとも簡単に全死兵の攻撃をかわす。それに対して、逃がすまいと全死兵がエスマに飛び掛かった。


(参ったねー。)


「エスマ!」「エスマさん!」


後方に飛んだエスマを、空中で覆い被さる様に全死兵が飛ぶ。空中で身動きの取れないエスマは、為す術も無く全死兵に押し潰される、誰もがそう思い、反射的に声を荒げた。しかし、エスマは全死兵の巨体を紙一重でかわす。エスマは宙を蹴りつけ、更に上空に飛び上がると、全死兵を軽々と飛び越えたのだ。信じられない事に、彼は何も無い空間を蹴りつけ、高く飛び上がった。まるで、そこに固い壁でもあるかの様に。


(殺すか。)


エスマは、自分の眼下でうつ伏せに倒れている敵の首に、刀を振り落とす。


(ダメだ!)


しかし、首の肉を切り裂く直前で、その刃を止めた。


(どうした?)


ノブリは素直に疑問の表情を浮かべる。


「ガァ!」


全死兵は、首元の刃を払い飛ばそうと腕を振ったのだが、エスマが寸前で刀を引いた為に、その腕は宙を切った。


「アウ? 」


「何をしている?何故殺さない!」


誰が見ても力の差は歴然であった。しかし、エスマは全死兵に危害を加えようとしない。


「こいつは…。」


「ガァ!!」


全死兵は自分の拳で叩き砕いた地面から、人の頭部程の岩を拾い上げ、ノブリに投げつけた。


(話にならないわね。)


しかし、ノブリは全死兵が岩を拾っていた事に気付いていた。常人には交わす事の出来ない速度を持った岩を、余裕すらある動きでかわす。全死兵が投げた岩は、そのまま洞窟の壁面に激突した。


(まずい!)


「全員固まれ!」


珍しくエスマが声を荒げた。しかし、全員にそれが伝わる前に、洞窟にある変化が訪れた。

「ゴゴゴゴゴゴ!」


立っていられない程の振動。それは、洞窟が潰れるのではないかという程の揺れだった。大量の土埃が舞い、直ぐに全員の視界が奪われる事になる。


(まさか…。)


その変化に気付いたノブリは、直ぐに自分の行動を反省した。全死兵が投げた岩。ノブリを狙って投げられたそれは、いとも簡単にかわされ壁に直撃した。それだけならば何も問題は無い。しかし、岩が激突した壁は、ただの壁では無かった。


(スイッチが押された?)


ミリヤも自分達が置かれている状況に気付いた。


「何だ!オイ!みんな無事なのか!?」


森内は何が起こっているのか理解出来ていない。


「ガガン!!」


突如聞こえた不可解な音、その音に気付いてはいるものの、未だに続いている大きな揺れにより、立ち上がれる者はいない。


「ズゴゴゴゴゴ!」


洞窟は更にその姿を変え続けていた。


「森内!ミリヤ!聞こえるか!?」


「……。」


ノブリの問いに返事は無い。


「ノブリちゃん!まずい!二人の気配が消えた。」


「何!?」


徐々に揺れが収まっていく中、ノブリはエスマの発言で身を凍らせる。


「全死兵もいない!」


その五十三(仲間の死を越えて)


ミリヤと森内は暗闇の中を落ち続けていた。自分達が何処から何処に向かって落ちているのかは分からない。暗闇で完全に視界を奪われている二人は、何とも言えない浮遊感だけが実感として感じられていた。そしてその浮遊感から、二人は落ち続けていると言う事を理解していたのだ。


(どういう事?)


ミリヤの頭には沢山の疑問が浮かんでいた。落ち始めてから数分が経過しているにも関わらず、不思議と二人には死への恐怖心が無い。何故なら、本来ならば当然働かなければならない、物体の重力加速度に反して、二人の落下する速度は変わらずに、ゆっくりと落ち続けていたからだ。

そして、穴には何も無いのか、二人が壁等の障害物に触れる事もぶつかる事も無かった。


(いつまで落ち続けるのかしら。…永久に落ち続けたりして。)


ミリヤは一瞬そう考えたたが、直ぐに笑えない冗談だと気付き、考えを改める。


「誰か!いる!?」


「ミリヤ!俺はいるぞ!」


ミリヤの闇雲に放った発言に森内が応える。声が聞こえた方向から察するに、森内はミリヤよりも下方にいる様だ。


「ノブリ!?エスマさん!?」


ミリヤの問い掛けに応えた者は、そのどちらでもなかった。


「グォォォ。」


ミリヤの上方で、全死兵の呻き声が発せられる。その声は、何故か苦痛に呻いている様に聞こえた。


「うわぁー。最悪じゃん。」


ミリヤは正直に自分の気持ちを呟いた。


「いって!」


「どうしたの?」


森内の言葉にミリヤが状況を確認する。


「あー。何も見えねぇけど、地面が…。」「キャ!」


ミリヤは突如出現した、地面らしき物に落下し、そのままうつ伏せに倒れる。


「痛たたた…。もっと早く教えてよ。もう。」


二人は依然として暗闇に包まれており、お互いの位置すら、大体でしか把握出来ていない状態だ。


「バン。」


ミリヤの脇で大きな音がした。恐らくは全死兵が着地した音だろう。二人は音の聞こえた方向に向き直り、身構える。ミリヤの構えは、イハエアの腕を前に突き出した不自然ともとれる構えだ。二人が全死兵の対処方法を無言で考えていたその時、二人の立っている地面が紫色に強く輝きだした。その光は三人の姿を露わにすると共に、洞窟内を妖艶な雰囲気に変化させていた。そして二人は、自分達の立っている場所を、始めて認識する事となる。


「魔法陣…。」


三人は宙に描かれた、幾何学的な模様の上に立っていた。魔法陣は青色の細い線で描かれており、線の隙間からは底が見えない程の暗闇が続いていた。不思議と、線が引かれていない位置でも魔法陣の下に落下する事は無い。


「来るぞ!」


「ガァ!」


全死兵が雄叫びと共に、ミリヤに飛び掛かろうとしたその時、魔法陣が更に強く輝き、今度は光により視界が奪われる事になった。


「転送陣よ!また、移動させら…。」





「……うわ!」


光が収まり、目蓋を開けた森内が思わず声をあげる。目蓋を開けると、三人は見覚えのある場所に立っていた。周囲には何者かの死骸が沢山あり、異臭を放っている。そして、直ぐ側に有る崖下には、不死の洞窟の入り口が見えた。三人は洞窟の外に転送されたのだ。しかも、全死兵がハーピーを虐殺した場所に。


「ア…ガ?」


全死兵はキョロキョロと辺りを見回し、自分の置かれている状況を必死に理解しようとしている。


「森内!殺るわよ。」


ミリヤは笑みを浮かべて言う。全死兵の身体に、ある異変が起こっている事に気付き、そこから勝機を見出したのだ。


(エスマさんね。)


全死兵の右腕は、肩から先が綺麗に無くなっていた。恐らく、洞窟内が変化する直前に、これから先の事を予測したエスマによって切り落とされたのであろう。しかし、不思議な事に出血は無い。


「待ってましたぁ!」


森内はミリヤの言葉を合図に、意気揚々と全死兵に向かって走り出した。


「少し時間を稼いでくれればいいから!」


ミリヤの右腕が変異し、周囲の空気を吸収し始める。


「ガァ!」


全死兵は自分の間合いに入った森内に対して、残された左腕を伸ばし、頭を握り潰そうとした。


「らぁ!」


しかし、その左腕は森内の白光を帯びた右拳で手首を殴られ、弾かれる。[加護]を帯びた森内の拳は、全死兵に全く力負けしていなかった。

そして左足を軸に、森内の身体が回転する。


「うらぁ!」


森内の後ろ回し蹴りが、隙だらけの全死兵の腹部にめり込んだ。


「グフゥ。」


全死兵の身体がくの次に曲がり、フードの中から唾液がほとばしった。


(ダメだ!)


森内は後ろに飛び、一旦敵との距離をおく。それに僅かに遅れて、森内が立っていた位置に全死兵の拳が振り落とされた。


(右腕から右足への[加護]の移行が遅い。)


森内の能力[加護]は、残念ながら身体の全ての部位を、一度に強化出来るものでは無い。また、その効果にも上限がある。即ち、強化させたい部位を一点に集中し、[加護]を施せば、強大な力を得る事が出来るのだが、複数の部位に[加護]を施すと、施した数、範囲に反比例して、効果が薄まってしまうのだ。能力の訓練を積んでいない森内には、まだ[加護]の力を十分に使いこなせてはいなかった。

今度は全死兵が森内に向かって走り始める。


「かわす。」


全死兵の前蹴りを、森内は僅かに右手に飛び、かわす。


「右腕。」


森内の飛んだ先に、全死兵の横殴りの拳が吸い込まれて行く。


「セイ!」


全死兵の拳の勢いを利用して、白光の右腕で攻撃を受け流す。全死兵は自分の拳の勢いで身体を捻り、森内に隙だらけの脇腹を露わにした。


「右膝!おらぁ!」


右膝が白く光り、全死兵の脇腹に直撃する。しかし、森内の右足だけでは無く、右拳も以前として白く光っていた。


(ヤベェ!)


森内の右膝は綺麗に全死兵の脇腹に直撃したのだが、ぶ厚い筋肉に衝撃を吸収され、ダメージを与えられずに止まる。右腕の[加護]が以前として残っていたが為に、右膝の強化が疎かになり、威力の向上が足りなかったのだ。


「ダァ!」


「森内!」


森内の身体が吹き飛ばされ、崖の縁ギリギリで止まる。全死兵が身体の捻りを戻すと同時に、裏拳で森内の身体を吹き飛ばしたのだ。森内は[加護]の残った右腕で、何とか防御を間に合わせたのだが、全死兵の電柱の様な腕に、女性の軽い身体は簡単に吹き飛ばされてしまった。


「大丈…ぐっ!」


森内は起き上がり、ミリヤに無事を伝えようとしたのだが、腹部に強烈な痛みを感じ、言葉を詰まらせた。追撃とばかりに、全死兵が投げ飛ばしたある物が、森内の腹部に直撃したのだ。肋骨が折れた痛みと、自分の腹部にぶつかり、地面に転がり落ちたある物を見て、森内は顔を歪ませる。


(ハーピーの頭…。)


僅かに原型を留めていたハーピーの頭が、森内の顔を直視する様な形で転がるのを止めた。


「グオォア!」


「やばっ。」


続けて、全死兵は左腕を内側に折り、ミリヤに向かって突進して行く。ミリヤはそれに気付き、慌てて走り始めた。


(後少し。)


ミリヤの右腕はパンパンに膨らんでいたのだが、一撃で全死兵を殺害するにはまだチャージが足りない。頼みの綱である森内は、膝を付きうずくまっていた。


(ダメだ。)


ミリヤの走る速さより、全死兵の突進の速さの方が遥かに早い。ミリヤは逃げる事を諦め、全死兵に右腕を突き出した構えで向き直る。


「ミ…リヤ。…ゴフッ。」


森内の口から赤い液体が吹き出された。恐らくは、折れた肋骨が肺に突き刺さっているのだろう。森内も自分の身体の状態を理解していた。


「キャア!」


全死兵の突進を正面から受けたミリヤは、錐揉み状態で上空に吹き飛ばされた。それはまるで、トラックに跳ねられた子供の様だった。


(くっそ。ミリヤがやられた…あれ?)


「…いったぁ。」


ミリヤは頭から血を流しながら、ゆっくりと立ち上がる。


「良かった。無事かぁ。」


(体感の腕輪とメルプレートが無かったら即死だったわよ!…ん?)


「あんたっ傷は!?」


ミリヤの問い掛けに、森内が驚き応える。


「あ!ほんとだ!痛くねぇ!」


森内の腹部は白く輝いていた。


([加護]には傷を癒やす力もあるのね。…そんな事より。)


「グオォォ!」


全死兵は何が悔しいのか、雄叫びをあげながら地団駄を踏んでいる。


「森内!私の後ろに廻って!」


「でもっ。」


「いいから早く!」


ミリヤは勝算の無い勝負はしない。その性格に気付いた森内は、ミリヤの言葉を信じ、大地を蹴った。


「ガァァ!」


それに気付いた全死兵は、再度ミリヤに突進を心みる。


(やっぱり馬鹿なのね。作戦が単調だわ。…まだ少し早いけど、仕方無い。)


全死兵の凄まじい迫力に怯む事無く、ミリヤは右腕を突き出して構えた。そして、ミリヤと全死兵の距離が二メートルを切ったその時、ミリヤは後方約五メートルの位置に、森内が走り寄ってくる姿を確認した。三人が一直線上に並んだ配置になる。


「捕まえて!」


「ゴガォォン!」


ミリヤの右掌から、圧縮された空気が放出される。それと同時に、全死兵とミリヤが弾かれた様に前後に吹き飛ばされた。


「任せろぉ!」


森内の両足が白く光、上空に飛び上がると、吹き飛んで来たミリヤの身体とぶつかり、抱きかかえた状態で一緒に後方に吹き飛んで行く。そして、またしても崖の縁ぎりぎりに着地した。森内の体重が合わさらなければ、体重の軽いミリヤは今頃崖下に落ちてしまっていた事だろう。


「サンキュー。伝わって良かったよ。」


「………。」


森内は腰を降ろしたまま、全死兵を見て固まっている。


「チャージが中途半端だったけど、至近距離で直撃したから致命傷…え?………………………………………………そんな。」


森内とミリヤの視線の先には、イハエアの圧縮砲によって、残された左腕と羽織っていた黒いローブが吹き飛んだ全死兵の姿があった。その他にも、至る所の肉がボロボロと崩れ落ちている。しかし、相変わらず出血は無かった。だが…二人が驚いた理由はそんな事では無い。ミリヤの攻撃によって露わになった全死兵の素顔。それは巨大な身体には似付かわしくない、細く小さな顔だった。そして、目のつり上がった狐の様な雰囲気を持った顔。その顔に二人は見覚えがあった。


「オ…ウガ。…そんな。」


今までのどんな絶望的な状況にも耐えてきた森内の強い心が、ミリヤの悲痛な一言の呟きで、大きな傷を負った。


「ア…グフゥ。」


オウガは膝を着き、呼吸を荒くしている。


(俺が殺らなくちゃいけない。)


森内は立ち上がり、無言でオウガに歩み寄って行く。


「ダメ…止めて。」


ミリヤの言葉を背中で聞くも、森内は歩みを止めない。オウガは未だに立ち上がれないでいる状態だが、視線ではしっかりと森内を睨み付けていた。


「ア…ガ!」


オウガは近付いて来る森内に、立ち上がって応戦しようとするも、足に力が入らないのか、そのままうつ伏せに倒れる。


「グフゥ、ウ…。」


両腕を失っているが為に、オウガは起き上がれないでいた。


「俺、お前の事よく知らないんだ。…ごめんな。でも、俺達の為にたくさん頑張ってくれてたのは伝わってるよ。…ありがとう。俺もお前みたいにみんなを守るから。…お前の穴は俺が埋めるから、安心して逝ってくれ。」


「森内…ダメ。」


ミリヤの瞳からは大粒の涙が零れている。


([加護])


森内の右足が光輝き、高く上げられる。


「ガギ…。ガァ。」


そしてその足が勢い良く、オウガの頭部に落とされた。


「………………。」


辺りに静寂が訪れる。とても悲しい静寂だ。そんな中、森内はゆっくりとミリヤに歩み寄って行く。


「…ミリヤ。ごめんな。」


どうして謝ったのかは、森内にも分からなかった。だが、彼女にはその言葉しか思い浮かばなかったのだ。


「…酷い世界でしょ?私達の世界。」


「俺の所もそんな変わんないよ。」


森内は声を震わせる。


「オウガはね。ひっぐ…。いつだって…んぐ。仲間の事を第一に考えてたんだよ。」


ミリヤの涙は止まらない。


「そっか…。」


「森内…私疲れた。」


「ああ。俺達は、ここに隠れて二人の帰りを待とう。」


「…うん。」


(遊びじゃないんですよ。)


(任せて下さい!)


ミリヤはオウガの言葉を思い出していた。


(びびりのくせに、無理するからだよ。)


「後は任せましたよ。」


「………!」


突如、聞こえたオウガの声に、二人は慌ててオウガに走り寄る。しかし、オウガはぴくりとも動かなかった。

頭部が完全に破壊されているのだ。言葉を発せられる訳が無い。森内とミリヤは顔を見合わせた。


「…うん。」「…おう。」


二人は涙を流し、同時に動かない死体に返事をした。

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