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その四十八(ミイラ取りが…。)〜その四十九(戦闘)

その四十八(ミイラ取りが…。)


「ふぅ。目的地まで、後どれくらいだ?」


竜二の言葉に、全員の緊張が僅かにほぐれる。ナーガ達が通ったと思われる、道から外れた彼等は、沢山の化け物達の脇をすり抜け、更に奥へと進み、そこにあった、少し広めの空間にいた。常に死と隣合わせの状況にいた彼等は、とても疲労している。それは仕方の無い事であった。命のやり取りに免疫のあるカゲローならまだしも、彼等は普通の人間なのだ。今までに感じた事の無い、極度の緊張に、彼等の体力は限界を迎えつつあった。後藤は言葉を発さずに、黙ってその場に腰を降ろした。その行動に対して、文句を言う者はいない。全員の視線がカゲローに向けられる。

「良いだろう。丁度、この空間には[人間では無い者]の気配がない。…休憩しよう。」


「はぁ、はぁ。良かったー。でも、大丈夫なんすか?ここに来る、ちょっと手前の通路にも、ゾンビが腐る程いましたよ。…あっもう腐ってる奴もいたか。…あ、はは。」


神崎が力無く笑い、ゆっくりと腰を降ろした。


「横になって構わないぞ。聖者の砂を持ってきてある。奴らの様な、闇の[人間では無い者]は、この空間には近付かないだろう。」


(砂?闇?…何を言ってるんだ?)


カゲローは、コートの内ポケットから、小さな小瓶を一つ取り出し、西丸に渡した。

そして、自分達が入って来た通路とは、反対の位置にある、もう一つの通路に向かって歩き始めた。


「奥に進むにつれて、洞窟が細くなっていき、良かった。二瓶で足りるだろう。西丸、俺達が入ってきた通路に、その砂を撒いておくけ。反対側は俺がやっておく。」


カゲローは、内ポケットからもう一つの小瓶を取り出し、コルク栓を引き抜いた。そして、中に入っていた砂を、適当に通路に撒く。その姿を、空間の反対側にいた西丸が確認し、同じ様に撒く。


「竜二、みんなに黒水(くろみず)を呑ませてやれ。」


「ん?ああ。車の中で渡されたあれだな。」


竜二は、背中に背負った布袋から、二リットル程のプラスチック容器を取り出した。容器の中は、墨汁の様な黒い液体で満たされている。

後藤達一行の中で、布袋を持っている者は二人。一人は竜二、もう一人は神崎だ。神崎の袋には、包帯等の医療器具と、カゲローの家で待機している者達の、大切な人へ向けた手紙が入っている。


「うえー。不味そう。普通の水無いの?」


山口は、竜二から黒水が入った容器を手渡され、不快な反応を示した。


「体力水を飲めば疲労は回復するのだが、残念ながらこの洞窟では効果が無い。それで我慢しろ。」


「だから、普通の水で良いんだって。…まぁ、無い物は仕方無いかぁ。んぐんぐ………プハァー。何これ!すっごく甘い!」


その色からは想像出来ない予想外な味に、山口は驚きの声をあげた。


「水分補給と疲労回復には黒水が適している。味からは分からないが、塩分も補給出来るんだ。…飲み過ぎは禁物だがな。」


「んぐ、んぐ。」


黒水が気に入ったのか、山口は容器から口を離さない。


「飲み過ぎるとどうなるんだ?」


竜二の質問に、カゲローが冷静に応える。その返答によって、山口の動きが固まる事になった。


「太る。」


「何だ、そんだけか。…ん?もういいのか?じゃあ俺も。」


竜二は、固まっている山口の腕から容器を取り上げ、口にした。この状況で、間接キス云々言う者は流石にいない。しかし、山口はカゲローを無言で睨み付けていた。


(もっと早く言え…か。これだから女は。)


カゲローは、山口の視線を無視し、地面に横になると、直ぐに目蓋を閉じた。


「聖者の砂は、瓶から出した時点から、四十分しか効果が無い。休憩は三十分だ。黒水を飲んだらゆっくり休んでおけ。三十分後に、現在の自分達の位置。これからの道順を山口に説明して貰う。」


「カゲローさんは飲まないんですか?」


「いらん。緊急時以外は俺に話かけるな。」


ニコの気遣いは、無碍にあしらわれた。カゲローは、常に自分の能力を使用し続けている。それだけでも、相当な疲労を感じている筈だ。しかし、彼の行動からは、それが全く感じられない。


(四十分。…正確にはもう四十分も無いか。僕も少し眠ろう。)


「二十五分後に、アラームを。」


「了解シマシタ。」


後藤がサポーターに話しかけると、感情の無い声が返ってきた。


「便利だなー。俺達がいた世界にもあれば良いのに。」


神崎が、誰に対してでも無く、一人で呟いた。その言葉を最後に、声を発する者はいなくなる。そして、少しの時が流れた。


(いて、…枕が欲しいな。)


後藤は、頭を直接地面に付けている為、上手く寝付けなかった。他の者も、目蓋を閉じてはいるものの、眠れてはいない様だ。


(何かないかな?あっ神崎が持ってる布袋が丁度良さそうだな。…あれ?神崎?)


神崎が寝ていた筈の場所には、彼が持っていた荷物しか無かった。後藤は不思議に思い、辺りを見回す。


(いた。また能力でどっかに行ってんのかと思った。…あいつ、何してんだ?)


神崎は、洞窟の壁面の目の前に立ち、ある一点を見つめて立ち尽くしている。一体、何をしているのか、全く動く気配が無かった。


(後藤の声が合図だったな。)


「神崎?」「ガコン。」


後藤が呼び掛けると同時に、神崎は、壁に埋め込まれていた、細長い石を引き抜いた。


「何してんだよ。」


神崎は、後藤の方に向き直り、自分達が入ってきた通路付近を見て、固まった。後藤も神崎の視線の先を見て、同じ様に固まる。


(…は?穴?)


神崎が引き抜いた石が原因で、その事態が引き起こされたのかは分からない。だが、後藤達が入って来た入り口には、三メートル四方程の、大きな穴が、音も無く出現していた。原因となるものは、神崎のとった行動以外には考えられないのだが、引き抜かれた石がどの様に作用して、穴を出現させたのかは誰にも分からない。しかし、この分からない事だらけの世界では、結果が全てなのである。そして、穴が空いた場所で横になっていた人物は…。


「西丸さん?西丸さんがいない!」


やっと状況を理解した後藤が、驚愕した。その声により、全員が慌てて飛び起きる。


「兄弟!?何だこの穴!」


「何何?どういう事?」


カゲローが、今見える光景から、冷静に状況を分析する。


「罠…か?何故こんな所に。」


「すいません!何か俺がやっちまったかも知れません!この石を引き抜いたら、急に穴が…。」


「早く助けないと!」


後藤は穴に駆け寄り、中を覗き込んだ。そして、その穴が、井戸の様に真っ直ぐ下に伸びている物では無く、山の急な斜面の様に、傾斜がついている物だと気付いた。落下地点は見えない。それ程深い穴なのだろう。


「転がり落ちたな。シャドウスマイルの効果は継続している。下で生きてはいる様だ。戦闘要員である奴は、緩衝の腕輪を装備していたからな。しかし、この崖の様な坂を登って来るには、人間の力では不可能だ。」


「俺が助けに行きます。」


神崎が強い意志を込めて言った。


「おまえが責任を感じる必要は無い。責任があるとするならば、何も知らないお前達を、野放しにしていた俺の責任だ。…竜二、ニコ、行けるか?」


「おう、当たり前だ!兄弟を死なせはしねぇ。それに、仲間を人殺しにする訳にはいかねえからな!」


「勿論です。」


「二人とも…すいません。」


(カゲローがこの場を離れるのは論外だ。もしもの時、目的が達成出来なくなる可能性が高い。そう考えると、この二人が適任か。)


「西丸さんを見付けたら、直ぐに[絆]で戻って来てね。」


「姉ちゃん。絶対、戻って来いよ。」


「ええ、必ず。」


「じゃあ、行ってくる。」


「待て。」


触手を伸ばし始めた竜二を、カゲローが引き止めた。


「二十分以内だ。聖者の砂の効果が切れる。二十分を過ぎたら、俺達は…。」


「ああ、分かってる。…上手くやるさ。」


竜二は、腰に差した鞘を、力強く握り締めて言った。


「なあに。下で伸びてる兄弟を見付けるだけだ。心配すんなよ。んじゃまたな。」


心配そうに見つめている神崎に、竜二が笑顔で声をかけた。


(兄弟。今、助けに行くぜ。)


竜二とニコは、深い闇の中に消えて行った。


その四十九(戦闘)


竜二は、穴の壁面に触手を突き刺し、足を滑らせない様に、慎重に、それでいて迅速に穴を降りていく。下り初めてから数分が経過し、上空を見ても、既に後藤達の姿は見えなくなっていた。


(かなりの深さね。西丸さんの怪我が心配だわ。)


時間が経つに連れて、ニコの表情が険しくなっていく。


「見えた!出口だ。」


穴の壁面がなくなり、地面が見えた。竜二は、壁に刺した触手を伸ばしながら、ゆっくりと下降して行く。


(…くそ。)


触手の動きが止まる。長さが足りなくなった訳では無い。穴の先にいる、ある生き物を見付け、意図的に触手を止めたのだ。


(あ…あれは!何て事!一匹じゃ無かったの!?)


自分のポケットの中で、異常な程に震えているニコ。その原因を、竜二は理解していた。穴の先は、一つの大きな空間になっていた。広さは小さな公園程だろうか。出入り口は一つ。その空間に、全身が黒い巨大な馬に跨がり、甲冑を来た骸骨が一体。馬に跨がっているが為に、見ただけでは正確な身長は分からないのだが、ニメートルは有る巨体。その両手には、身長と同程度の大きさの、ハンマーが握られていた。竜二は、その化け物の顔に見覚えがある。


(あの時の、ニコやミツオの兄貴が倒した筈の奴だ。)


使用中の消しゴムの様な兜を被ったその化け物は、穴の真下に位置する場所、その空間の中心部に位置する場所で、辺りをキョロキョロと見回している。


(兄弟は何処だ?まさか、やられちまった訳じゃねえだろうな。)


どうしようも無い不安が頭をよぎり、竜二の鼓動が早くなっていく。


「落ちるなよ。」


とても小さい声でそう呟くと、片手でポケットの上からニコを抑え、身体の上下を逆さまにした。そして、ゆっくりと頭だけを穴の下の空間に入れる。


(いた。無事だった。)


竜二は、空間の隅で、大きな岩の影に隠れていた西丸を見付け出し、安堵した。


「どれ位近付けば、[絆]が使えるんだ?」


「五、五メートル以内に。」


ニコは冷静さを失っている。


(まだ全然遠いな。…あの化け物には、俺達の姿が見えていない筈だ。音を立てないで兄弟と合流すれば、問題無ねえな。)


竜二は自分の体重を、壁に刺した触手で支え、ゆっくりと伸ばし、天井にそって移動し始める。化け物の頭上を越え、西丸と合流する作戦だ。しかし、その作戦は、化け物の叫びによって、失敗に終わった。


「おぉぉぉ!!!」


「ギョオオオオ!」


化け物は、自分の攻撃対象の存在に気付き、走り出した。その速度は、初速から、竜二達の世界にいる、馬の最高速度と同じ程だった。広い空間とは言え、瞬く間に二人の距離が無くなる。化け物と西丸の距離が。


「兄弟っどうして!」


自ら自分の姿を表した西丸は、化け物を誘導するかの様に、広い空間に響き渡る、大きな怒号をあげていた。幸いにもその姿には、落下による負傷は無さそうだった。


「逃げろ!」


西丸の言葉に、竜二の頭の中がパニックになる。


「キャ!」


化け物が、片腕で軽々とハンマーを持ち上げ、西丸の脳天目掛けて振り下ろす。ニコは短い悲鳴を漏らし、掌で口を覆った。


「ビビィーン!」


そのハンマーを、西丸は後方に小さく飛び、軽快にかわした。ハンマーが宙を切り、地面に叩き付けられると、堅い地面が砕け、その光景に不釣り合いな、不可解な音が響いた。


(良し。音を立てずにこっちに来るんだ。)


敵の攻撃を交わし、自分の位置を見失わせた筈の西丸の表情は、何故か苦痛に満ちていた。


「くそっ。足が動かねぇ!逃げろぉぉぉ!」


西丸は、自分の太ももを何度も叩き、竜二に逃げる様に指示を出した。


(どうして声を出すんだ?音で位置がばれるじゃねぇか!)


「嫌…嫌。」


ニコは、瞳に涙を浮かべながら呟いた。


(兄弟は馬鹿じゃねえ。なら何故声を出す?……嘘だろ。くそ、馬鹿は俺じゃねぇか。)


竜二が何かに気付いた時、化け物が、動けない西丸との距離をゆっくりと詰め、ハンマーを振り上げていた。そして、その腕が頂点に達した時、化け物の手首に、竜二の触手が突き刺さり、動きを封じた。


(最初に兄弟が大声を出して、化け物の気を引いたのは、奴の頭上を移動していた俺達を助ける為だったんだ。くそっ。最悪じゃねぇか。あいつは俺達の位置が分かるんだ。)


「兄弟!何してんだ!?何で逃げねぇ!」


「こいつのハンマーだ!何かが地面を伝わって、足が…。」


「オモ白胃。手、カラノ火タ。」


突如発せられた言葉に、西丸の表情が凍り付く。そしてそれは、彼に一筋の希望を与える事になった。言葉が話せるのならば、お互いの主張を交換する事が可能だからだ。例えば、自分の言語を理解出来無い人間に襲われた場合と、そうでは無い人間に襲われた場合とでは、自分の身を守れる確率が異なるだろう。相手の欲している物、或いは気分を害した理由が、会話によって聞く事が出来るのだから、そこに突破口は隠されている筈だ。


「喋れるのか?おい、俺達はお前の邪魔をする気は無いんだ。見逃してくれないか?」


しかし、それはあくまでも、相手が正常な考えを持っている場合での例である。例えば、相手が快楽殺人者であったり、単純に嫌がらせが目的であった場合、表面上の意志の疎通は、功を成さない。


「グ非ィ。子露、コ露、殺ス!」


化け物は、ハンマーを左手に持ち替え、触手が刺さっている方の腕でそれを掴み、一気に引き寄せる。その勢いで、穴の側面に刺さっていた、竜二とニコを支えていた触手が抜け、二人は地面に落下する事となった。竜二はニコを潰さない様、瞬時に身体を捻り、仰向けで地面に落下する。


(足が…動く。)


「シュッ!」


馬に跨がっている骸骨の化け物は、半身を竜二の方へ向けており、西丸への注意が疎かになっている。時間の経過と共に、足の自由を取り戻した西丸は、馬の顔面に拳を叩き込んだ。

彼が装備しているグローブは、拳を守るだけのただのグローブでは無い。戦闘要員で有る西丸に、ヘムが買い与えた物は、反作用のグローブと呼ばれる物で、その名前は、そのまま機能を表したものとなっている。ある物体に力を加えた時、作用と反作用と呼ばれる力が働く。例えば、人が壁を押した時、それと同じ力で壁が人間を押し返している。この時、人が壁を押す事が作用となり、壁が押し返す事を反作用と言う。これは、数多くの人物が知る、ニュートンの運動第三法則なのだが、この異世界では、それを利用した武器が発明されていた。反作用のグローブには、特攻材と呼ばれる希少な素材が使われている。その素材の効果は、作用に対して働く、反作用の力をある程度吸収し、作用の力に加える事が出来ると言うものだ。つまり、このグローブを装着して攻撃を加えれば、多大な破壊力を得る事が出来る。全ての攻撃が、ボクシングの高等技術である、カウンター以上の破壊力となるのだ。その上、打った拳が破壊される心配も無い。


「ガッ!」


西丸の拳が、馬の顔面の右側面に当たり、止まる。特殊なグローブに加え、ボクシングのプロライセンスを所持していた西丸の拳は、岩を砕く程の威力を秘めていた事だろう。しかし、拳を振り抜く事は出来なかった。瞬時に拳を引き戻し、二発のジャブ、ストレートを繰り出したのだが、馬は瞬き一つしない。しかし、西丸の攻撃が全く効いていない訳では無いらしい。馬の口元から、僅かに赤い液体が垣間見える事を考えれば、少しは効いていた事が分かる。


「ゴッ!」


それに気付いた西丸が、更なる攻撃を仕掛けようとした時、それよりも先に、馬の前足に腹部を蹴り飛ばされた。その馬の関節は、私達の良く知る生き物のものとは異なり、前足の関節が前方に曲がり、ボディブローの様に西丸の腹部を捉えたのだ。その速度は、西丸のジャブより僅かに早い。


「ぐっ、」


西丸の身体が宙に浮き、後方に有る、先程まで身を隠す為に使用していた岩に激突し、膝を付いた。彼の装備しているフレキメイルは、耐斬撃性に優れている物だが、打撃の衝撃も僅かに吸収してくれる。しかし、その僅かでは、西丸の脳から、足に力を伝える事は出来なかった。


「俺達がやられたら、直ぐにカゲロー達の所に戻るんだ。」


竜二はそう言うと、ポケットの中で震えているニコを、優しく地面に降ろした。そして、腰に刺してある鞘から、刀を引き抜く。


「オモシロイ八ツ。コロ簾。」


「てめぇに俺の玉がとれんのかぁ!?」


竜二は化け物に向かって走り出した。それに対して化け物は、漆黒の馬と共に、ゆっくりと竜二に向き直る。


「くたばれぇ!」


竜二は高く跳躍した。生身の人間では不可能な高さにだ。竜二は、この世界に来て得た能力と共に、身体能力も格段に向上していたのだ。


「ビン!」


竜二の刀が、甲冑の化け物の顔に突き刺さる直前、横殴りのハンマーが、竜二の腹部を捉えた。竜二は、腹部に強烈な痛みを感じ、化け物の左手に吹き飛ばされ、そのまま壁に激突した。この世界で、新たな能力を得た竜二の身体は、カゲローの麻酔針を弾き飛ばす程の強固さを誇っている。しかも、戦闘要員である彼は、西丸と同じく、緩衝の腕輪を装備しており、その頑丈さは、馬人の上半身にも匹敵する程だった。しかし、それ程の耐久力を持ってしても、竜二の顔が苦痛に歪み、口から鮮血が零れる。


(こいつ…。遊んでいるのか?さっきの俺に対しての攻撃より、数倍は早かった。)


西丸の考えでは、先程の竜二の一突きならば、化け物の額を容易に貫けるものだと思っていた。それは一度、ハンマーの攻撃を交わす事の出来た経験から、計算して考えた結果である。しかし、無情にも竜二は打ち払われた。つまり、化け物のハンマーを振るう速度は、先程よりも格段に増していたのだ。その点から、奴の力は全く底が見えず、未だに本気を出していないのではないか、と言う結論に辿り着く。


「ゴフ、ゲフ。くそ、身体が…。動かねぇ。」


ハンマーの一撃を、まともにくらった竜二は、西丸とは違い、足だけでは無く、身体全体の自由が効かなくなっていた。


「オモ死ロ胃ヤツ。オモシ六泣クナッタ。グヒ、グヒィ。」


下品な笑い声を上げながら、化け物は竜二に歩み寄って行く。西丸は、竜二を助ける為、全速力で化け物の背後に走り寄る。しかし、人間の素手の間合いよりも、馬の後ろ足の間合いの方が広く、先手を許す事になった。化け物も、それが乗っている馬も、竜二の方を向いている為、西丸の姿は完全に死角に入っている。自分の姿が見えていない、その好条件のみで、普通の人間ならば警戒を疎かにし、馬の後ろ足で頭を飛ばされていた事だろう。しかし、西丸は首の動きだけで後ろ足をかわし、伸びきった足に、全力で右フックを叩き込んだ。


「ボギャ!」


馬の後ろ足が破壊される。音から察するに、骨が粉砕された様だ。


(やはり、細い足なら一撃で破壊出来る。チャンスだ。このまま奴の下に潜り込み、柔らかい腹部を…。)


「ボキッ」


西丸の作戦は、馬のもう一本の後ろ足にて、左腕と共に砕かれた。馬は、折れた足とは異なる、もう一本の足で、西丸の顔を蹴り飛ばそうとしたのだ。西丸はとっさに左腕を上げ、顔面への直撃を避けたのだが、洞窟内に嫌な音が響き渡った。


(こいつ。前足だけで立ちやがった。)


痛みと恐怖で、西丸の足が竦む。可笑しな事にその馬は、後ろ足を二本、宙に浮かせた状態にも関わらず、全く姿勢を崩さない。そして、化け物のハンマーが、ゆっくりと西丸の胴体を捉える。ハンマーが、ゆっくりと西丸の身体に触れた事から、それがダメージを与える事を目的としたものでは無く、動きを封じる為のものだと言う事が分かる。


「ヤイテ苦オウ。サケビ、馬イ。」


西丸の身体は動かない。竜二の身体も未だ、自由が効いていない。ニコは岩陰で震えている。そんな絶望的な状況の中、西丸の頭は妙に冴えていた。何故、身体の自由が奪われたにも関わらず、言葉を発する事が出来るのか。そんなどうでも良い事が、先程の化け物の言葉により、明らかになった。西丸は簡単な疑問を解消した、そんな感覚を、心地良くすら感じていた。化け物の口が赤く輝き、熱気を帯びていく。


(こいつ。火も吹けるのかよ。…こりゃ駄目だわ。兄弟、神崎。すまねえな。)


やはり、竜二と西丸は何処か似ている。二人共、自分の現状を冷静に理解していた。


(これから俺は…死ぬんだな。)


二人が、まるで他人事の様に、同時に同じ事を考えていた。自分の死を確信したのだ。その時、竜二達のいる空間に、唯一存在する一つの通路から、何者かが表れた。その者により、二人は僅かな光を見いだし、瞳に生気が戻る事になる。

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