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その三〜その四

その三


私は人間二人が横に並んでギリギリ通れる幅の石階段を降りていた。そこは、所々に申し訳ない程度の松明が設置されており、足元が見える最低限の視野は確保されていた。


「降り初めて何分になる?」


少し先を歩く、黒いフードを全身に被った男に私は訪ねられた。


「恐らく15分ぐらいだと思われます。お疲れでしたら絨毯を準備致しましょうか?」


私は肩に背負っていた袋に手を掛けて応えた。


「いや、いい。おまえが余計な体力を使う必要はない。」


この男は私の上司であり、王宮侍(おうきゅうさむらい)第三隊隊長であるナーガ様だ。…私の命の恩人でもある。


「おい君。まだ降りるのか?」


ナーガ様が、先頭を歩く案内人である男に訪ねた。


「もうすぐ着きます。暫くの御辛抱を。」


私達三人は、全員黒いフードを全身に被っている。

素顔が周りの者に晒されるのはまずい場所に向かっているのだ。…この暗い通路ならば必要のない物だっのかもしれない。だが、これから行く場所を考えれば、用心をする事に越した事はない。


「着きました。」


少しひらけた所に出た私達は、目の前の鉄の扉に目をやる。真紅に塗られたその大きな扉は、本来開閉に必要とされる取っ手が付いていない。まるで扉としての役割を放棄して、こちらを見下しているかのような印象を受ける扉だ。


「フンじまカハイ…」


案内人が呟く様に不思議な言葉を発すると、真紅の扉が白く輝き、中心からゆっくりと左右に分かれ始めた。


「シークレットワードか。」


私の呟きには気付かず、二人は奥の部屋に向かって歩みを進めた。


(まぁ、これから行う事の危険性を考えたら、これくらいの仕掛けが無い方が不思議だ。)


この部屋に入ったのなら、私は王宮の重大犯罪者となる。しかし、私は行かなければならない。


この世界の為に…。


「ノブリ?どうした?行くぞ。」


部屋の中からナーガ様が私に声をかける。


ノブリ。それが私の名前だ。かつてこの世界を戦乱の渦から救った英雄に憧れ、父が付けた名前。


今は亡き父が…


「はい。参ります。」

私は強い決意を込めて、その一歩を踏み出した。


その四


四角形の大きな部屋。それぞれの角に直径2メートル程の丸い鉄の塊が設置されている。それぞれの鉄の塊の前には、重そうな甲冑を着込んだ男が、刀を持って堂々と佇んでいた。その男達は、近寄る者は容赦なく切り捨てると言わんばかりの殺気を全身から放っている。

その他にも、部屋の中には甲冑男を除いて、二十人程の人達がいた。皆、これから起こる事を想像しているのだろう。顔が強ばっている。

そんな中、私たちは部屋の中心部にいる老人に話かけた。


「老師、わたくしナーガ、只今到着致しました。これで全員ですか?」


老師の傍には、モニターを見ながら複雑な機械を操作している女性がいた。余程集中しているのか、こちらには見向きもしない。


「左様。これでも予想よりは多い方じゃ。中には家族に別れを告げて来た者もおる。贅沢は言えんよ。」


私はナーガ様の傍らで俯いてしまった。


(これだけか!少なすぎる。王宮は心底腐ってしまった。)


「心配なさるなお嬢さん。少人数でも実力派揃いじゃ。」


私の浮かない表情に気づいた老師が、優しく声を掛けた。


「はっ!申し訳ありません!私は一人でもこの計画を成功させるつもりでおります!」


「ほっほ。ナーガ殿は優秀な部下をお持ちで。」


「いえいえ、まだまだ未熟な部下でございます。」



三人の顔に笑顔がこぼれた。


「それではそろそろ始めるとするかの。」


老師はそう言うと、先程までの優しい口調からは打って変わり、声を張り上げた。


「諸君!私は諸君達の勇気ある行動を嬉しく思う!この計画の成功の為に命を落とす事もあるかもしれぬ。

しかし、諸君らの名前はこの世界を救った英雄として永遠に語り継がれるであろう!それではこれより転送の儀を始める。」


老師が深く深呼吸をして、開始の言葉を発する。


…瞳に涙を浮かべて。


「始めろ!」


その言葉と同時に部屋の角に佇んでいた甲冑を着た男達が、一斉に刀を鞘から抜いた。甲冑の頭部はいつの間にか脱いでしまっている。

次の瞬間、男達は刀を自分の喉に突き刺した。刀はそのまま骨を切断して喉を貫通する。男達は血飛沫を上げその場に崩れ落ちた。何かを必死に叫ぼうとしている者がいたが、喉が破壊されている為声にはならない。暫くすると、男達の大半の眼球が飛び出していた。

そのまま誰が動く訳でも無く、時が流れた。全員が己の手で息絶えなければこの儀式は成立しない。既に息絶えて排泄物を出している者がいるのだろう、酷い匂いが部屋に漂っている。しかし、誰一人として嫌な顔をするものはいない。自分が選ばれたならば、同じ事を喜んですると言う集団なのだから。


…世界の為に。


最後の一人が息絶えた時。老師は大粒の涙を流していた。


「…あれは老師の息子なんだ。」


私はナーガ様に驚愕の事実を聞かされ、こらえていた涙が自然に流れ出ていた。

その時、鉄の塊が強い光を放ち、物凄い音を発し始めた。


「ギーン!」


私は慌てて手を使わずに、ニ本の尻尾を使って耳を塞ぐ。


しばらくして光と音が消えた。


「成功した。…のか?」


ナーガ様が呟く。

しかし転送されて来た者がいない。まさか…


(失敗したのか!)


「父上!大変!転送された者が、南の馬人(ばじん)の森に!」


老師の傍にいた女性が叫んだ。


その声に反射的に応じたのは、老師ではなくナーガ様だった。


「老師!私達が行きましょう。生贄になった者達の為にも、必ずや無事に連れて帰ります。」


私は既に背負っていた袋の中から、絨毯を取り出し、広げている。


「うむ。頼む。ミリヤ、それにオウガ。お前達も行きなさい。」


老師の傍にいた女性がミリヤ、案内人の男がオウガと言う名前らしい。


「はい。任せて下さい!」


答えたのはオウガだ。ミリヤは老師の言葉を無視して、まだモニターから目を離さない。


「宜しく。私の名前は…」


ナーガ様が簡単な自己紹介をしようとしたが、ミリヤの声に遮られる。


「知ってるよ。ナーガ隊長とノブリ副隊長。王宮の蟻共だろ。」


「止めんかバカ娘が!」


「ふん。こっちは兄貴が犠牲になってるんだ。あんたらが作った腐った王宮のせいでね。」


ミリヤは聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。その瞳からは涙が零れている。

その意味を察した老師が、話を現実の問題に引き戻す。


「早く出発の準備をしなさい。あそこは馬人の領土だ。戦闘の準備を忘れるでないぞ。それと照明丸を持って行きなさい。過去の記録によると、転送の儀を行うと暫くの間、闇が訪れるらしいのじゃ。」



「分かってるよ。」


そう言い残してミリヤとオウガは入り口とは反対側にある扉の中に消えていった。



暫くして扉の中から出てきたミリヤは、大きな荷物を背負っている。

オウガと言えば、右手に木製の杖を持ち、二本の尻尾で器用に小さな水晶を持っている。

ナーガ様と私はフードを脱ぎ、二本の尻尾と頭の上に付いた二つの耳を伸ばしていた。私は被り物が嫌いだ。耳が変な方向に折れてしまう。


「準備は出来たみたいだな。…行くぞ!」


「お!思ったよりイケメンじゃない。」


ナーガ様の掛け声をミリヤが茶化す。確かにナーガ様は一般の女性から見たら、一発で虜になるであろう甘い顔をしている。

ミリヤの方はと言えば、身長が低く童顔だ。初対面の人に子供だと説明すれば納得するであろう。


「よろしくな。オウガとやら。」


私はミリヤを無視し、体格が細く、狐のような顔をした男に声をかける。


「あ!はい!宜しくお願いします。ご一緒できて光栄です。」


どうやらこちらはミリヤとは正反対の性格の用だ。


「よし、ノブリ。頼む。」


ナーガ様に指名された私は、尻尾で絨毯に軽く触れる。

すると、絨毯は布で合った事を忘れたかの様に硬くなり、宙に浮き始めた。


「お〜。」


周りの人間から感心の声がもれる。


「これが副隊長の能力、サイコキネシスね。触れた物を自由自在に操るという。」


「よく研究してるわね。副隊長クラスの能力は王宮機密事項の筈だけれど。」


ミリヤの問いかけに私が冷静に応える。


「まぁ、堅い事は気にしないで。これに乗れば南の森までひとっ飛びって事でしょ?」


四人が絨毯に乗った所で、老師がミリヤに声を掛ける。


「可愛い娘よ。必ず生きて帰ってくるんじゃよ。馬人は野蛮で恐ろしい生き物じゃ。」


さすがに同じ日に家族を二人失うのは耐えられないのだろう。心底心配している様子だ。その気持ちを理解しているのかいないのか、


「余裕、余裕。あんな馬鹿ども相手になんないって。」


ミリヤは絨毯が気に入ったのか笑顔で応える。


オウガと言えば、緊張からか顔色が悪い。


(大丈夫かこいつら。)


「それでは行って参ります。」


ナーガ様が真剣な表情で言う。


「行ってこい。この世界の英雄達よ!」


その言葉を合図に、私は絨毯を操作した。

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