その三十四〜三十五
その三十四
僕の部屋の内装は、二つのベッドの間に、一つの小さな机が置かれているだけの、簡素な物だった。出入口に通じる一メートル程の通路の脇には、一つの扉が有り、その中にはユニットバスが設置されている。よくあるビジネスホテルの一室と似た様な造りだ。
「ミニミィ!」
「あ、ごめん。今、助長機着けてないから言葉分からないんだ。」
「ミィミィ。」
ベッドの間にある、木製の小さな机の上で、二匹の小人が僕に話し掛けてきた。この子達の名前はニコとミツオと言い、ニコは女性でミツオは男性だ。二人は姉弟で、長女と次男。ニコの方が年上でミツオはニコの弟にあたる。
二人は葉っぱであしらわれた、上下一体となった、つなぎの様な服を着ている。見方によっては絵本に出てくる妖精の様にも見える。…羽は生えていないが。
「ミィ?ミミミ?」
(まいったな。)
「ちょって待ってて。上條さんから助長機を借りてくるから。」
僕は首を傾げているニコに、身振り手振りで待つ様に指示を出し、自分の部屋を出ようとする。
「ミィィィ!ミィ!」
ミツオがその小さな身体には似合わない、大きな声をあげて僕を呼び止めた。自分の小さな顔を指差し、続けて部屋の扉に指先を移す。
(自分も連れてけって事か。)
「仕方無いな。でも静かにしておいてくれよ。周りの人に見つかったら厄介な事になりそうだから。」
僕は自分の口を、人差し指と親指で摘み、静かにする様にとジェスチャーをした。それは上手くミツオに通じたらしく、彼は勢い良く何度も頷いていた。
「何処に乗せれば良いかな、ポケットに入れて潰したら大変だし。」
僕が机の前に屈み、考えていると、ミツオは僕の左肩に飛び乗って来た。
(まぁいいか。上條達には隠す必要も無いし。)
僕はなるべく体勢が崩れない様に、ゆっくりと立ち上がり、もう一度、部屋の出口に向かった。
「ミィ!」
僕の左肩で、扉を指差しながらミツオが言った。ミツオはまるで、巨大ロボットを操っているかの様な感覚なのだろう。彼の表情はとても明るかった。
(静かにしろって。ロボットみたいな物には何年も入っていたんだろ。)
「ミィミ!ミミミ!」
机の上からニコの声が聞こえると、ミツオはばつが悪そうに頭を掻いた。
…多分、調子に乗って怒られたのだ。
「しっかり者の姉ちゃんだな。」
僕は幼い頃の懐かしい姉の記憶を思い出し、少し暖かい気持ちになった。僕は笑顔で扉の取ってを掴み、扉を押し開いた。
「あ、…。」
目の前には上條が立っていた。上條は急に開いた扉と、僕の緩んだ表情に戸惑っている。僕は顔が火照っていくのを感じた。
「ハハハ。何ですかそれ。可愛い。」
上條は、僕の左肩に乗っているミツオに気付き、吹き出した。
(驚かないんだな。大した者だ。)
ミツオはと言うと、上條を見た瞬間、慌てて僕の襟から中に入って隠れようとしていた。しかし、首回りのゴムがその行動を阻害している。
「この子はミツオと言います。みんなが揃ったら説明しますね。…上條さんはどうして此処に?」
上條は僕の疑問に、少し間を置いてから応えた。
「あ、いえ。何でもありません。少し後藤さんに話があったんですけど、忙しそうなんでまた後にします。」
(僕に話?何だろう。)
そう応えた上條の表情は暗いものだった。
(後でで良いなら、今無理に聞く必要も無いか。)
「すいません。ちょっと、この子達と話をしたいんで、助長機を貸して貰えませんか。」
「達?良いですよ。どうぞ。」
上條の口調は、明るいものに戻っていた。
「ありがとうございます。それではまた、カゲローさんから連絡があったら部屋に伺いますね。」
「はい。お願いします。」
僕は助長機を装着し、扉を閉めて上條と別れた。
「あー。びびった!食われるかと思ったぜ!」
僕の襟に挟まって、じたばた暴れている小人が言った。
「彼女が上條だよ。僕達のリーダー。」
「ふ〜ん。リーダーね〜。あんな女で大丈夫なのか?明日、不死の洞窟に行くんだろ?」
ミツオの質問に僕は笑顔で応える。
「あんな女で大丈夫なんだよ。僕達を纏められのは、恐らく彼女だけだからな。」
実際に彼女は良くやってくれている。彼女がいてくれれば、僕達も不思議な安堵感が得られるし、普段よりも団結して、より良い結果が望めるだろう。
「ミツオ!失礼な事を言うんじゃありません!」
机の上からニコの声が聞こえた。驚いたミツオは、慌てて襟の中に顔をうずめる。葉っぱの服が直接肌に触れてくすぐったい。
「後藤さん。すみません。生意気な弟でして。」
「いや、いいんだ。思った事をちゃんと言ってくれる人は、嘘を着く人よりも何倍もましさ。」
「そうだそうだ!」
「ミツオ!」
「ウワァ!」
一度、顔を出したミツオだったが、すぐに服の中に戻ってしまった。
「後藤さんは優しいんですね。本当に、何てお礼を言ったら良いやら。」
僕は、服の中からミツオを取り出し、慎重に机の上に置くと、ベッドに勢い良く腰を降ろした。ベッドのバネが素早く伸縮し、嫌な音を立てる。
「それは優しさとは違うよ。僕達と君達の目的が近い物だったから、助けただけだ。不死の洞窟は危険な場所何だろう?なら仲間は多い方が良い。僕は自分達の為に行動しただけだ。生き残れる可能性が少しでも高くなる様にね。」
(まぁ、神崎の指示だけど。)
「それでも、あんたは俺達に兄貴を助けるチャンスをくれた。感謝するぜ。」
僕は、何か胸にくすぐったい感覚を覚えた。
「…助長機を借りたのは、君達に感謝されたいからじゃない。教えてくれないか?不死の洞窟がどんな場所なのかを。」
「…。」
俯き黙る二人、僕は自分の発言をすぐに後悔した。
「まぁ、落ち着いたらで良いよ。二人が合うのも何年かぶりなんだろ?時間はまだあるから…。そうだ。何か飲むか?…水しか無いけど。」
「やっぱり優しいんですね。…大丈夫です。話します。忘れもしない、あの日の事を。」
ニコはゆっくりと、そして落ち着いた口調で話し始めた。
「私達はその日、不死の洞窟に有ると言われている、碧見石と言う宝石を採掘しに行きました。私達兄弟は、人間に嫌悪感を持たない事から、群から異端者として阻害され、三人だけで生活をしていました。私達は決まった場所に定住せず、いろいろな国や洞窟に赴き、宝石や珍しい薬草等を採取して来ては、それを売って、その日暮らしの生活をしていました。今までにも、危険と言われる洞窟には何度も行った事が有りましたが、私達にはどれも危険な場所とは感じられませんでした。」
「俺達、三人が揃えば怖い物は無かったからな。」
「ええ、そうね。その日も軽い気持ちで不死の洞窟に向かいました。洞窟に入って暫くは何も問題無く進む事が出来ました。目的も無く、さ迷い続ける人間の屍や、自分の内臓を振り回しているハーピー等、気味の悪い化け物達は沢山いましたが、私達の小ささを上手く利用して、どれも私達の存在に気付かせる事無く、進む事が出来ました。」
(…。そんな所に明日…。)
「俺達は自分達の能力を駆使して、割と早い段階で碧見石の有るエリアを見付ける事が出来たんだ。」
「君達の能力は知ってるよ。お互いの場所に、人や物、自分達をワープする事が出来るんだよね?お兄さんの能力は?」
「兄は、自分の分身を作り出す力を持っていました。数は最大で十人。欠点としては、兄の分身は生命の有る者に触れると、瞬時に消えてしまいます。しかし、確かにその分身はその場に存在するのです。」
(それって、そんなに凄い力なのか?)
疑問の表情を浮かべる僕に、ミツオが得意気に言う。
「俺と姉ちゃんの能力は、俺達二人だけに作用する物じゃないんだ。血族、血の繋がった者の場所にワープしたり、させたりする事が出来るんだ。」
(そう言う事か。)
「なる程な。兄が沢山の分身を洞窟に放って探索し、自分達は安全な位置にいる分身の場所にワープして進んで行けば良いと。」
「後藤さんは頭も良ろしいんですね。でも兄の力には有効な範囲が決まっているので、私達も洞窟の中に入って探索せざる負えませんでしたけど。」
「それで?碧見石は無事に持ち帰れたのか?」
ニコは一度深く息を吐いた。
「それじゃあ、話を戻しますね。私達は碧見石を採掘する事に成功しました。いつも通り、何も問題無く帰れると、そう思っていました。しかし、そう上手くは行きませんでした。ミツオがピッケルを使用して、二つ目の石を取ろうとした時、私達は背後から物凄い殺気を感じ、身が竦みました。」
「何がいたんだ?」
ニコの身体は小刻みに震えている。
「見た事も無い生き物に跨がった甲冑の男。その腕には大きなハンマーが握られていた。俺達も沢山の化け物を何回も見て来たけど、あんな奴は初めてみたよ。まるで人間みたいな感じだった。」ニコに変わりにミツオが話を続ける。
「でも逃げられるだろ。そいつがどんなに危険な奴でも。お前達の力なら。」
僕はベッドの枕を、机の上に乗せ、その上にもう一度、二人を座らせた。
「すみません。」
ニコがか細い声で応える。
「逃げられたよ。その場だけだけどな。直ぐに危険を察知した俺達は、兄貴の分身の中で、一番入り口に近い位置にいた場所にワープした。そこからは全力で走ったよ。その時はこんな危険な場所とは早くおさらばしたい。そう思ってた。」
「…。」
ニコの言葉に口を挟む者はいない。
「やっと入り口までの一本道に差し掛かった時、そこには又、そいつがいたんだ。周りにいる化け物達を食らい漁っていたよ。」
「先回りされたのか…。」
「らしいな。俺達の身体は小さいからその分、走ってもあまり距離が稼げない。それにしたって、洞窟の入口から碧見石のあった場所までの距離の七割はワープで移動したんだ。あの迷路の様な洞窟で道一つ間違えずに入口まで全速力で移動したなんて事は考え難いよ。だけど、確かにそいつはそこにいたんだ。」
「それで?そいつからは逃げられたのか?」
「ああ、俺と姉ちゃんだけだけどな。兄ちゃんは俺達の為に炎に…。」
「そうか。」
(炎?)
僕はミツオの言葉を遮った。それ以上は言わせたく無い。嫌、聞きたく無かったのかもしれない。僕には彼等に掛けてあげられる様な綺麗な言葉は浮かばなかった。何を言ったにしても、その言葉は白々しい綺麗事の様に聞こえると分かっていたからだ。
「だから後藤さんには本当に感謝しています。捕らわれの身となっていた私達を助けて下さったにも関わらず、兄を…兄を安らかに眠らせるチャンスを下さったのですから。」
(そうか。不死の洞窟。あそこで死んだ者はゾンビになるんだ。って事はこの子達の目的って…。)
洞窟でゾンビとなってさ迷っている、実の兄を殺す事。神崎に言われた通り、宿の老婆に捕らわれていた二匹の小人を助けたが、この子達にこんな事情がある何て、想像もしていなかった。
(まぁ、事情は関係無い。僕がこの子達を助けなければ、僕達は全滅し、迷い人の仲間入りとなる。)
カゲローの家で、上條が洞窟に行く人間の立候補を募った時、神崎は僕の名前を勝手に出し、怒った僕に対して確かにこう言った。
「お前の行動しだいで、みんなの命は確実に無くなる。」
取り敢えず、僕は一仕事を成功と言う形で終えた訳だ。彼等を助ける際に、宿の老婆に能力を使い、後遺症が残っていないかは少し心配だが…。次の指示は神崎が到着してから訪ねるとしよう。
「後藤!何かお前のポケット光ってるぜ。」
ミツオに言われて僕は自分のポケットを確認した。薄い生地の下で、サポーターの一部が赤く光っていた。
(第二陣の到着か。…サポーター、音が出る様に設定しないとだな。)
僕は赤く光る端末に、囁く様に話し掛けた。
その三十五
「トントン」
部屋の扉が優しく叩かれる。俺はその音で目を覚ました。悪く無い目覚めだ。
部屋に着いてベッドに横たわった俺は、いつの間にか眠ってしまった様だ。
「竜二さん。西丸さん。カゲローさん達が到着しました。出て来て下さい。」
部屋の外から閉まったままの扉を通して、後藤の声が聞こえる。西丸はベッドから腰を上げ、無言で扉に向かって歩みを進めた。
この男は、性格こそ俺とは異なるが、何処か俺と似ている。部屋に入ってからは、特に二人の間に会話は無かったのだが、それでも何故か居心地が良く感じられた。
「何時まで寝ている。行くぞ。」
「おう。兄弟!」
俺は勢い良くベッドから飛び上がり、西丸に続き部屋を出た。部屋の外には後藤とお嬢の二人がいた。どうやら俺達が最後の様だ。
「待たせたな。じゃあ行こうぜ。」
俺は先頭に立ち、廊下の角に座っている、気味の悪い男に向かって歩き始めた。近付くに連れて、どんどんその気味の悪さが明らかになっていく。口が無く、足が作り物の男。その男に声を掛けて、一階までワープするのだ。
「俺の言葉、分かるよな。俺達を一階まで連れて行ってくれ。」
男からは席を立つ気配も、話し始める気配も感じられなかった。
「おい。聞いてんのか?こら。」
俺は目を鋭くさせ、男を睨みつける。
「あ、竜二さん。違うんです。それはもう動かないんですよ。」
後藤が申し訳なさそうに口を開いた。こいつは何かを知っている様だ。
「どういう事ですか?じゃあ私達はどうやって…」
お嬢の言葉は、途中で視界と共に途切れた。目の前が暗くなり、辺りが闇に包まれたと思うと、その闇は直ぐに消え去り、一階のロビーの風景が目に入った。
「たく、やるならやるって言えよ。気持ちわりいな。」
目眩を抑えながら悪態をつく俺を、カウンター越しに座っている老婆が睨み付けてきた。
「文句を言うんじゃあないよ。小便臭い餓鬼が。誰のせいで私がお前らを移動させなくちゃ行けないと思ってるんだい!」
老婆の口調は明らかに入って来た時とは違っていた。その目には憎しみが籠もっている。
「んだとぉ!?糞ば…」
「竜二さん!良いんです。僕達は早く買い物に出かけましょう。」
俺の言葉を後藤が遮った。後藤の口調は臭い物に蓋をする、そんな口調だった。俺は元の世界ではよく、その口調や表情を目の当たりにしていた。あまり好きなものでは無い。
[この糞餓鬼!拾ってやった恩を仇で返しおって!…お前達!…殺せ!今直ぐに!この場で!こんな餓鬼、二度と見たくないわ!]
(…親父。)
あの時もそうだった。珍しく感情に支配されていた親父。普段から汚い仕事は部下だけにはやらせず、自分もしっかりと手を汚す。俺はそんな信念を持った親父を、血は繋がっていなくとも、それ以上の絆で繋がっていると思っていた。世界の誰よりも尊敬していた。しかし、あの時、あの時だけは違った。親父は俺の事を完全に忘れたかったのだ。自分で手を下したのならば、その感触、感覚は確実に自分の中に残り続ける。親父はそれすらも、殺しの感覚でさえも、俺が[残る]のが嫌だったのだ。
(臭い物に蓋。)
「竜二さん?」
遠い目をしていた俺を心配そうにお嬢が見つめていた。
「あ、すいません。俺が大人気なかったです。以後、気を付けます。」
(この人は、この方は…。)
「もう。頼りにしていますからね。」
俺はその言葉に笑顔で返した。
「それでは、行きましょうか。」
後藤がそう言い、突如出現したホテルの出口に向かおうとした時、建物の外側から、見慣れた顔の男が入ってきた。
「カゲローさん。」
名前を呼ばれた男は無表情のまま応えた。
「待たせたな。神崎達は表で待っている。行くぞ。」
男の口調は相変わらず暗く、どこか影のあるものだった。
「カゲローさん!あんたのお仲間は何て失礼な奴らなんじゃ!お尋ね者のあんたらを泊めてやってる儂に対して、感謝の気持ちが全くないわい!」
(お尋ね者?)
「それはお互い様だろう。そういった客を法外の値段で泊めるのがこの宿の特徴の筈だ。王宮から商売の許可も得ていない。ましてや犯罪者を泊めて匿っているとしたら、それは王宮の法では共犯者となる。…あんた程の商売人が知らない事じゃないだろ?」
「んぐっ。」
淡々と話し続けるカゲローに対して、老婆は言葉を詰まらせた。
「カゲローさん。お尋ね者って?」
後藤が代表して俺達の疑問を問い掛けた。
「お前達の中の一部。アマミカミと言ったか?王宮図書館で好き勝手暴れたらしいな。図書館に入る前に身分証を提示した筈だ。…当然、犯罪者だ。」
後藤達が図書館で何をしてきたのかは聞いている。それは確かに、端から見たら決して許される行為では無かった。
「ははは。まぁ仕方無いだろ。元気出せよ!な!」
俺は後藤の肩を力強く叩いたが、反応は無かった。目を丸くして固まっている。
「じゃ、じゃあ。サポーター!これも使わない方が良いんじゃ!GPSとか付いてたら…。」
後藤の声はうわずっている。
「GPS?何だそれは。サポーターの使用は問題無い。表向きは知らんが、ギルドは有能な者を高く評価してくれる。力がある者は難しい仕事も上手くこなしてくれるからな。あそこの世界は力が全てだ。その分、王宮とは水面下で対立していらしい。王宮は犯罪者を決して許さないからな。つまり、お前達、王宮の警備兵を蹴散らして、見事に欲しい物を手に入れたアマミカミは、ギルドでは期待のルーキーと言う訳だ。」
「…。嬉しくは無いな。」
兄弟が珍しく口を開いた。
「良かったじゃねえか。これでこの世界で仕事して生活すんのにも困んねえな。」
冗談混じりに笑いながら言う俺を、後藤は睨み付けた。
「冗談だよ。冗談。怒んなよ。」
(こいつ。こんな表情も出来んのか。おもしれえ奴だな。)
「まぁ、この世界の立場は一旦置いておきましょう。上手く行けば、何人かは明日にも帰れるかもしれませんからね。」
「お嬢?洞窟の奴らを置いて帰るんですか?」
まさかとは思うが、俺は一応聞いてみた。確かに、胡散臭い信長が帰った時の道具があれば(死体も含む)帰れるのかもしれないが。
「いえ、決して見捨てたりはしません。しかし、もし直ぐにでも帰れる状況が揃っているのならば、数人には帰ってもらいます。そして、その人達には、私達が残して来た大切な人達に、私達の無事を伝えてもらおうと思っています。またいつ状況が変わるかも分かりませんからね。先日、皆さんの住所とご家族の名前は紙に書いて頂きました。」
「流石はお嬢ですね。でも俺はお嬢を残して帰ったりはしませんからね。」
(帰った所で、俺の居場所何てないけどな。)
「うふふ。竜二さん。ありがとうございます。」
お嬢は可愛らしい笑顔を作った。
「何時までそこで話しているつもりだい!?お客の迷惑になるからどっかへ行っておくれよ!」
老婆が年に似合わず、顔を真っ赤にして大きな声を出した。
「だってよ。血圧上がって死なれても迷惑だから早く行こうぜ。」
「何を!っぐふっごふ!」
老婆の喉は度重なる暴言に限界を迎えてきた様だ。
「行きましょう!」
俺達はお嬢の力強い掛け声と共にホテルを後にした。
(ん?後藤達が犯罪者なのは分かったが、カゲローは何の罪を犯したんだ?ってか何でホテルの婆は急に態度が変わったんだろう。…まぁ、いいか。)
「あ、カゲローさ〜ん。遅いよ全く!レディを待たせる何て失礼よ!」
ホテルを出た路地には、山口と神崎がいた。山口は頬を膨らませて、不服を申し立てたが、相手にする者はいなかった。しいて言えば、お嬢の笑顔だけがその言葉に反応していた。神崎が後藤に視線を送ると、後藤は黙ったまま頷いていた。この二人には何かある様だ。
「全員揃ったな。それでは行こうか。後藤がミス・ホリーに何をしたのかは歩きながら聞くとしよう。」
(あのうるせえ婆の事か。)
「え、あ…はい。」
「あの怒りの原因はお前だったのか。あれは半端じゃなかったからな。お前何したんだよ。部屋の中の物でもぶっ壊したのか?」
後藤は慌てて否定する。
「いえいえ!ちょっと人助けをしただけです。てか、カゲローさん。助長機もう一つあったんですね。」
「あ。」
驚いたのが俺だけだった事から察するに、他の者は気付いていたのだろう。今、俺達の助長機は後藤が付けているので、本来ならば後藤以外の者はカゲローの言葉を理解する事が出来ない筈だった。
「ああ。続けろ。」
後藤の言葉にカゲローは全く感心を持たなかった。それよりも後藤が何をしたのかが知りたい様子だ。
「え〜と。僕はミス・ホリーでしたっけ?あの人に、奴隷の様に働かされていた二人の人を助けたんです。その二人はずっと、ホテルのお客さんを、希望する階に転送する仕事を無理強いされていました。」
「あ〜。あの気味の悪い口が無い奴らの事か?」
「竜二さん。失礼ですよ。」
俺はお嬢に注意された。
「あれはいわゆる人型の牢屋の様な物だったんです。あの中に人が一人、拘束されていました。」
(随分、窮屈な牢屋だな。だからあの男は歩けなかったのか。)
「それで僕は、ミス・ホリーと、彼等の自由を掛けて勝負をする事にしました。勝負と言ってもただの賭け事ですけど、ミス・ホリーは快く勝負を受けてくれました。」
「なかなか、顔に似合わず大胆な事するじゃねぇか。」
「どうして、後藤さんはその人達の存在を知ったんですか?」
お嬢の問いに後藤は応える。
「え〜と。神崎の指示です。こいつの能力で[見えた]らしいんで。」
神崎が笑顔で俺達にブイサインを送った。
「それでお前は勝負に勝ち、捕らわれていた二人を解放した。あのミス・ホリーに勝ったのか…。」
「はい。僕は能力を使いましたけど。まぁ、ずるして勝った様な物です。神崎から何をすれば良いかも聞いていましたし。勝負の方法は、この世界のトランプみたいな物を使った簡単なゲームでした。ルールすらもミス・ホリーに教えてもらって勝負しましたが。」
「あいつはあれでも、シークレットワードを数多く使いこなす強者だ。大した者だな。それで?勝負した目的は何だ?…綺麗事は言うなよ。」
「はい。捕らわれていた人達は有力な能力を持っていました。それに、僕達と同じで不死の洞窟に行かなくてはいけない事情があったんです。しかも、彼等は不死の洞窟に入って、一度生還して来た経験を持っています。」
「頼りになる仲間が出来たって事だね。んで?その人達は今何処にいんの?」
山口の軽い口調に、辺りが少し和んだ。
「此処です。」
後藤はそう言うと、ズボンの両ポケットに手をいれ、そこから何かを取り出した。
「キャー!何それ!可愛い!」
一番に反応したのは山口だった。その口調から、どんなに頭が良いと言っても、やはりそれなりの年の女の子なのだと改めて思った。
「ミィ、ミ。」
「ミィ!ミィミミ!」
後藤の親指と人差し指で摘まれている、二匹の小さな人間は、対照的な雰囲気を持っていた。片方はわめき散らしているが、もう片方は頭を下げて挨拶をしている、…様子だった。
「彼等の名前はニコとミツオです。姉がニコで弟がミツオ。二人共、宜しくと言っています。」
「ミィ!ミィ!」
「ミィ!」
まだ暴れて騒いでいるミツオを、ニコが一括する。するとミツオは頭を垂れ、喋らなくなった。
「ふふふ。可愛いですね。」
そんな光景を見て、俺達に赤ん坊を見る様な優しい表情が零れた。
「彼等の能力は、お互いの位置に物や人を転送する事が出来ます。あまり離れた位置にいると効果が無いそうですが。二人はこの力の事を[絆]と呼んでいるそうです。」
「その力で俺達を違う階にワープさせてた訳だな。ん?でもそれじゃあ、一階と俺達のいた五階にしかワープ出来ねえじゃねえか。他の客が違う階に行く時はどうすんだよ。」
(まぁ、俺達が気にする事でも無いか。)
俺は自分で質問して起きながら、すぐにどうでもよくなった。しかし、そんな俺の考えには気付かず、後藤は丁寧に説明を始めた。
「五階の口の無い男の中に監禁されていた、ミツオの方だけを、ミス・ホリーがシークレットワードを使って違う階に転送するらしいです。それならば、お客さんを自分で転送すれば良いと思うかもしれませんが、僕達みたいな複数人を転送するにはかなりの体力を必要とするらしいです。ですので、中身がスカスカの口なし男を一人、転送する方が雲泥の差ぐらい、楽らしいですよ。ですので、ニコとミツオがいなくなったホテルでは、これから全てのお客さんをミス・ホリーが自分で転送しなければいけなくなります。これが彼女が怒っていた理由ですね。」
「ミイ。」
ニコが嬉しそうに一礼した。助長機を付けている後藤の言葉を理解している様だ。
「本当に可愛いねー。解剖したいぐらい。流石、後藤リーダーだわ。それで?リーダーは勝負に何を賭けたの?」
さらっと恐ろしい事を言う山口に対して、後藤はそれにも増して、恐ろしい事を言った。
「僕達、全員がミス・ホリーの召使いになる事です。当然、死ぬまで。」
辺りに冷たい空気が流れた。俺は頭を切り替えて、暗い路地に並んでいる、複数の怪しい店舗を眺めていた。




