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その三十二〜その三十三

その三十二


「…という事で、私達が元の世界に帰る為には、不死の洞窟という場所に行かなければなりません。」


「…。」


上條の二点目の話。その話が進んでいくにつれて、自己紹介の時の様な賑やかな雰囲気は無くなっていった。険しい顔をした人々は、どんな思いで話を聞いていたのだろう。


(誰が行くのか。それとも、そんな話は信じずに、別の方法を探す。といった具合か。)


俺は周りの人間の表情から、大体の考えを読んだ。どの表情も不安からか、怯えた表情をしていた。


「ですから、洞窟に行くメンバーを決めなくてはいけません。洞窟の近くまでは空車で行けるそうなのでカゲローさんに案内をお願いしました。ですので残りの四名を皆さんで決めましょう。」


顔を俯ける者が殆どだった。上條の話では、その洞窟はとても危険で、入った者が、全員無事で生還出来る可能性はとても低いらしい。


(まぁ、誰も自分から好んで行きたいとは思わないだろうな。)


顔を俯けている人々を気にも止めず、上條は淡々と話を進める。


「今回はとても危険な場所らしいので、推薦ではなく、本人の立候補で決めたいと思います。…ちなみに誰もいない場合は中止です。」


「…。」


言葉を発する者はいなかった。


「じゃあ私がカゲローさんと二人で行ってきます。後藤さん。後の事はお願いしますね。」


壁際に座っていた後藤が、急に話を振られて驚いた表情を浮かべた。


「はい?上條さんが行ってどうするんですか?

前にも言いましたけど、あなたはここのリーダーでして…。」


「しかし、誰も行きたくないのであれば、仕方がありません。後藤さん達が危険な目にあってまで手に入れてくれた情報を、無駄には出来ません。それに、行かなければ帰れないんですから。」


上條の視線は冷たい。


(仕方無い。俺も行くか。)


「お嬢が行くなら当然、俺も行くぞ。」


スキンヘッドの男が言った。確か、この男の名前は竜二。名字は知らない。


「俺も行く。」


俺は短く言葉を発し、上條に視線を向けた。先程とは変わり、彼女の表情は笑顔だった。


「それじゃあ私達からは三名という事で…。」


「あ、俺と後藤も行きます!」


「おい!」


神崎が勝手に後藤の名前を挙げたのだろう。後藤はまたしても驚いている。


「お前、勝手に…!」


「…。」


神崎は小声で、何かを後藤に伝えた。その内容は二人にしか分からない。神崎に何か言われた後藤は、険しい表情を浮かべていたが、暫くして、諦めた様に言った。


「行きます。…でも定員オーバーですよね?」


(見ていて飽きないコンビだな。)


上條は心の底から嬉しそうな表情を浮かべた。


その表情は、見た者を安心させる、不思議な笑顔だった。


「みなさん。ありがとうございます。定員についてはカゲローさんに相談してみます。」


「お前、お嬢に惚れてるのか?」


いつの間にか、竜二が俺の横に移動して来ていた。俺が自分から進んで洞窟に行く事に、疑問を持ったのだろう。


「…。」


俺はそのくだらない質問には応えない。その態度が気に入らなかったのか、竜二は俺の事を睨みつけている。


「どうなんだよ。しかとしてんじゃねえぞ。」


(やれやれ。)


どうやらチンピラに絡まれてしまった様だ。


「お前はどうして上條について行くんだ。二、三日前に初めて会った女に、忠誠心を持つ何て有り得ないだろ。」


「俺は…。」


何か言いかけた様だが、それより先は、言葉に出さなかった。竜二は珍しく、寂しそうな表情を浮かべていた。


(過去に問題有り…か。俺と同じだな。)


「俺もお前と同じだよ。惚れてるとかそんな事じゃない。ただ単純に助けられた恩を返しているだけだ。…そう。お前と同じだ。」


最後の言葉は竜二に、と言うよりは、自分自身に向けられた言葉だった。それを聞き、竜二は何かを感じ取った様だ。


「そうか。…じゃあ俺達は兄弟分みたいなもんだな。よろしくな。」


「ああ。」


(兄弟分。見た目通りのやくざな発言だな。まぁ、生き残るにはお互いの助けが必要不可欠なのだろう。仲良くしておいて損は無いか。)



あの時、電車の中では低い呻き声ばかりが響いていた。そんな中、ただ俺は黙って座っていた。怪我をして動けないという訳では無い。だからといって、この状況を改善出来る考えがある訳でも当然無い。自分はここで死のう、ただそう思っていた。妻だった女に騙され、前日に行われた裁判で、愛する娘を奪われた俺は、ただそこに座っていた。もう生きていても仕方が無いと思っていたのだ。そんな時、一人の女性が俺の前に屈み、目を見つめて言った。


「大丈夫です。みんなで生きて帰りましょう。」

その女性は、俺に何一つ怪我が無い事を知っていた。しかし、怪我人の手当てを手伝え、隠れ家を探せ、等の発言は無かった。俺は、自分が人の死を目の当たりにして、精神的な面で、使い物にならないと判断されたのだと、そう思っていた。だがそれは違った。

初めてこの洞窟に来た時、その時も彼女は、周りの人間の手当てをしていた。自分は疲労でフラフラになりながらも。


「あなたも手伝ったらどうですか?」


松田に言われて、正直面倒だとも思ったが、俺は腰をあげた。せめてこの地で死ぬ前に、一つぐらいは人助けをしよう、等とくだらない道徳心にかられた訳ではない。単純に、上條に少しだけ苛立ちを覚えたからだ。


この女は、見知らぬ人々を助けて、どんな見返りを求めているのか、この人々から何を得よう、或いは奪おうとしているのか。それを暴いて、みんなの前で恥をかかせてやろうと思った。人間は信用出来ない。それは、娘を奪ったあの女から、唯一学んだ事だった。


「もうやめろ。周りの人間がお前の行動に困惑している。フラフラになりながらも、人を助ける目的が分からない、気持ちが悪い、不気味な薬を飲まされた、等々。陰で酷い言われようだぞ。」


勿論、嘘だ。ただこの言葉で上條の本性が分かる、そう思っていた。しかし、彼女は…。


「大丈夫ですよ。安心して下さい。」


周囲に嘘がばれない様に、小声で話した俺に、上條も小声で応えた。


「お前、人の話を聞いて…。」


「あなたは酷い目をしていますよ。昨日の私みたいな。…帰りたく無いんですよね。」


俺は驚いていた。無理矢理、自分の内側を見透かされた様な感覚だった。


「お前…。」


「それとも死にたいって考えてますか?…はは、図星見たいですね。」


言葉を返さない俺に、上條は話し続けた。


「お互い元の世界の事は忘れて、今は必死に生きてみませんか?…共通の目的も出来た事ですし。」


笑顔で話す彼女の瞳からは、一筋の涙がこぼれていた。帰りたく無い世界に帰る事が、共通の目的。俺には、その発言が納得出来る物では無かった。だが、上條のあの涙は一体何だったのか。彼女には、元の世界で余程の事があったのだろう。それでも帰りたい、と思う何かが元の世界にあるというのか。


(俺には何も無い。愛する娘も、住む家も…。)


俯き黙る俺に、上條は三度目となる言葉を口にした。


「大丈夫ですよ。」


その三十三


「着いたぞ。降りろ。」


茶色いフードを、頭から全身に被っている男が言った。僕達は言われるがままに、人気の少ない、薄暗い場所に降りた。どうやら此処は、水路の脇にある通路で、水路から一メートル程高い場所の様だ。この場所は、地上から八メートル程低い位置にあり、左右はコンクリートの壁で遮られている。

壁際には等間隔に梯子が設置されており、水路と地上を行き来できる様な作りになっていた。水路は下水道として使用されているのだろう。酷い臭いだ。


「ありがとうございます。取り敢えずは宿の手配からですかね?」


「そうだな。宿の前まで案内する。そこからはお前達、四人で手配してくれ。山口と神崎の分も忘れるなよ。俺は空車が心配だから、今夜はここで寝る。ホテルは必要無い。」


僕達は現在、外街の西側の外れにいる。今日は必要な物資を集めて宿を取り、明日の朝に不死の洞窟に向けて出発するのだ。必要な物資…。簡単に言えば身を守る為の武器と防具だ。


「ここで眠るのか?ひでえ臭いだぞ。」


竜二が顔をしかめて言った。


「ふん。行くぞ。」


茶色いフードを被った男が梯子に手をかけた。男は流れる様なスピードで瞬く間に梯子を登っていく。


(カゲローは何であんな格好をしているんだ?)


相変わらずだが、カゲローの考えは僕には分からない。まぁ、今までの経験上、悪い事をする男ではないので、心配はしていないが。


「竜二さん、僕達も行きましょう。」


梯子の前で佇んでいる竜二に僕は声をかけた。


(どうしたんだ?高所恐怖症とか?こいつが?…まさかな。)


「おう。」


「キャ!」


竜二は隣に立っていた上條を、左腕で乱暴に抱き寄せると、右の掌を上空に向け、勢い良く四本の触手を伸ばした。


「ガキ!」


四本の触手は、梯子の最上段の脇に突き刺さった。


「兄弟、後藤。俺に掴まれ。」


(…嫌だよ。てか何だよ、兄弟って。)


西丸は黙ったまま竜二の背後に立ち、抱き付く体勢を作った。竜二が僕の顔を見る。


「あ、僕は大丈夫です。」


「ん、そうか?じゃあ上で待ってるぞ。」


そう言うと、竜二達の身体が宙に浮き上がり、地上に向かって吸い込まれて行った。


(凄いな。自分の能力をしっかり使いこなせている。)


僕は鉄の梯子に手をかけて、ゆっくりと登り始めた。

梯子に付着した錆の、ザラザラとした感触に不快感を覚えながらも、地上まで休まずに登りきった。


「うわー。」


僕は登りきると同時に、低い声を漏らした。人通りが少ないとはいえ、そこにはちらほらと、カゲローと同じ種族の人や見たことの無い生き物達がいた。


(あいつらとはどうやっても仲良くなれる気がしないな。)


僕は遠くで歩いている、人間の子供ぐらいの身長の、顔が紫色で、二足歩行をしているカエルを見て思った。


「こっちだ。ついて来い。」


カゲローに続いて、僕達は水路に沿って歩き始めた。そして、カエル人間の脇を通り過ぎようとした時。


「ひゃみ、ひゃっひょひひ。」


「え?え?」


いきなり理解不能な言語で話し掛けられた僕は、動揺して冷や汗をかいてしまった。カエル人間の不気味で、大きな目玉が僕を見つめている。


(そうか。助長機はカゲローが…。)


僕は視線だけでカゲローに助けを求めた。


「応えるな。無視しろ。」


カゲローは僕の視線に気付きはしたが、歩みを止める事無く、素っ気なく応えた。僕は言われた通りに無視をして、カゲローに続き、その場を離れた。それに対してカエル人間は、再度話し掛けてきたり、追い掛けてきたりはしてこなかった。


(何だったんだよ。)


「何か可愛い話し方でしたね。」


(は?)


「はは。」


僕は上條に苦笑いで応えた。


「こっちだ。」


カゲローは煉瓦で出来た建物の間にある、細い通路に入って行く。通路の左右には背の高い建物が幾つも並んでいて、日の光は殆ど遮られていた。


「路地裏か。前後で敵に囲まれたら逃げ場は無いな。」


西丸が縁起でも無い事を言う。


(昨日の侍達の事か。)


僕は昨日、理解する間も無く、侍達に襲われた事を思い出した。あの時、カリンの到着が少しでも遅かったらと思うとゾッとする。


「ここだ。部屋をとったら暫くは大人しく休んでいろ。俺は山口と神崎を迎えに行く。」


少し歩いた所にある、煉瓦作りの高い建物の前で、カゲローは歩みを止めた。路地裏には僕達以外の人間は見当たらなく、不気味な雰囲気が漂っている。


「じゃあ助長機を頂きます。」


上條はカゲローから助長機を受け取り、装着した。カゲローは引き続き、セカンドバッグ程の大きさの、布袋を上條に手渡した。


「…。」


カゲローは一瞬、上條に心配そうな眼差しを向けたが、言葉には出さずに、黙ったまま、元来た道を引き返して行った。


「行きましょう。」


彼女の歩みに恐れや迷いは感じられ無かった。普通、初めて来た場所で、訳の分からない生き物のいる場所なんて、誰でも気が滅入りそうなものなのだが、彼女の強い視線からは、そんな感情は微塵も感じられなかった。


「…おい。これって。」


僕達は建物の中に入らない。いや、入れなかった。その建物にはホテルであるならば、必ずある筈であろう出入口が見当たらなかったのだ。


「道を一つ間違えたのかしら。」


上條がズレた眼鏡を直しながら言った。


「一つ、奥の道だったのかもしれませんね。」


(でもこの建物、何かおかしいぞ。窓が一つも無い。ホテルの裏側だからって、そんな事があるのか?)


西丸も何かおかしいと感じたのだろう。顔をしかめている。


「じゃあ、もう一つ奥の路地に行こうぜ。」


竜二を先頭に僕達は歩き始めた。


(カゲローが道を間違えた?…あいつが?)


「あ。…皆さん!あれ。」


最後尾を歩いていた僕は、背後に何か違和感を感じ、再度、ホテルに目を向けた。そして、煉瓦作りの壁の一部が、消えていく事に気が付いた。ゆっくりだが確実に、煉瓦の色が薄くなっていき、しまいには、跡形も無く消えてしまった。


「全く…。」


上條は呆れた様に呟くと、再度、建物の前に移動し、先程までは無かった、通路の中に入って行く。僕達もそれに続いた。


「いらっしゃい。」


建物の中は薄暗く、床面積はそう広くは無かった。しかし、天井が物凄く高い吹き抜けになっており、狭さは全く感じられない。正面のカウンターには老婆が一人、その手前には、木製のイスに腰掛けている、一人の男がいた。どちらも頭部には、猫の様な耳が生えている。


「部屋をお借りしたいんですが…。」


上條が助長機を装着している老婆に言った。


「カゲローさんのお仲間だよね。ちゃんと御予約されてますよ。えーと、上條さん含め、合計六名ね。」


(予約…か。)


僕は相変わらずのカゲローの気配りに、頭が下がる思いだった。


「六名で一万両だよ。」


「あ、はい。」


上條は袋の中から一枚の紙幣を取り出し、老婆に手渡した。


「はい確かに。これが部屋の鍵だよ。全部五階。ワープはそこの男に頼んでね。」


「ワープ?」


首を傾げている上條に、僕が説明する。


「この建物には階段が無い見たいですよ。図書館に行った時もそうでした。上に行くには従うしかありませんよ。」


上條は笑顔で応える。


「分かりました。ではお願いします。」


上條はカウンターの前から、椅子に座っている男に呼び掛ける。男はゆっくりと腰を上げ、それに応えた。


「ショウチシマシタ。デハコチラヘ。」


「……。」


男から発せられた言葉が、あまりにも機械的な音声であった為に、僕達は強い警戒心を持った。


「悪いねえ。彼、歩けないんだよ。近付いてあげてよ。」


(…立ち上がれるのに?)


「行きます。」


上條は男に近付く、竜二と西丸もそれに続いた。僕は最後尾から、最大の注意力を働かせて、男を見つめながら歩み寄った。


「ゴカイデヨカッタ?」


「はい。お願いします。」


(…!こいつ。口が無い!足も義足だ!)


その男の口は、最初から何もなかったかの様に平らになっていたし、足は細い鉄の棒を組み合わせた物と、一つのアクチュエーターで成り立っていた。竜二と西丸もその姿に気付き、顔を強ばらせている。しかし、上條は違った。僕達の表情の変化に気付いているのかいないのか、相変わらずの笑顔で話し続けた。


「格好良い足ですね。」


笑顔で話した上條に対し、男の顔が険しいものに変わる。


「テンソウシマ…。」


何故か、男の腹部から発せられた声は、最後まで聞き取る事は出来なかった。

視界がぼやけてきて、気分が悪くなってきたかと思った次の瞬間、僕達は細い通路に立っていた。恐らくは此処が五階なのだろう。一階から天井まで続いている吹き抜けを囲んで、四角い通路があり、内壁には、文字が書かかれた扉が幾つかある。通路の一角には、またしても木製の椅子に座った男がいた。


(凄いな。まだまだ上の階がある。)


僕は吹き抜けから天井を見上げて、自分達の位置が、建物の高さのまだずっと下の方だと分かった。


「部屋は三つです。私と山口さんは一緒に使いますので、後の割り振りはお任せします。」


「あ、僕は神崎と相部屋でお願いします。」


僕には神崎に聞かなくてはならない事があった。


「おう。じゃあ俺と兄弟で相部屋だな。早速入ろうぜ。」


「じゃあまた後で。後藤さんはカゲローさんから連絡が来たら、私達を呼びに来て下さい。」


僕は右ポケットの膨らみを確認して、頷いた。


みんなが自分の鍵に書いてある文字と同じ扉を探して、部屋に入る。僕は全員が部屋に入った事を確認してから、通路の一角にいる男に向かって、歩みを進めた。


僕には今、やっておくべき事があった。



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