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その二十九

その二十九


食事はノブリとアントンが持ってきた生臭い缶詰めと、やたらと味の濃い干し肉だけだった。どちらも食べられない味では無かったが、こんな状況でもなければ自ら好んで食べたいと思える物では無かった。何よりも原材料をノブリに聞いても、全く分からない生き物であった事が私の食欲を更に欠乏させていた。しかし、食欲が無いからといって何も食べない程、頭の弱い私ではない。大学のサークルで、山岳部に所属している私は、非常時の食事がどれだけ大切なのかと言う事を充分心得ていた。聞いた事も無い生き物の肉を無理して食べている私の横で、それらを笑顔で口の中いっぱいに頬張っている森内の姿があった。彼女は自分の分を綺麗に平らげると羨ましそうに村田の持っている缶詰めを見つめていた。それに気付いた村田はまだ手を着けていない缶詰めを申し訳なさそうに森内に差し出した。これでは不良のかつあげとそう変わりは無い。


「自分の分は食べたでしょ。全く。あんたも今、食べないで後で動けなくなっても知らないわよ。みんなにおいて行かれてさっきの化け物達に食べられてしまえばいいわ。」


「え、あ…。すいません。」


私の警告に村田は小声で謝り、俯いたが、森内から缶詰めを取り返そうとはしない。森内はと言うと完全に私の言葉を無視していた。いや、無視していると言うよりは、私の嫌悪感に気付いていないのだ。彼女に悪気は無いのだろう。


「食事中に申し訳ありませんが、これからの予定について話しておこうと思います。」


私は一旦、食事の手を休めてアントンの言葉に耳を貸した。これからする話は私達にとっては生きていく為にとても重要な事なのだ。


「その前に…。」


話を遮ったのはノブリだ。


「森内。おまえの能力なんだが。」


「ん?ああ。あれね。…わかんない!」


森内は缶詰めの中身を頬張りながら応えた。その返答に納得してない表情を浮かべるミリヤ。


「あんたみたいな能力は誰にでも備わってる物じゃ無いんだよ。私達の世界では、とっても珍しくて貴重な物なんだ。だからこそ、私達はあんたの力に驚いているの。…それとも、あんたの世界では誰でも使える物なの?雛岸や村田も使える?」


私と村田は首を横に振る。森内はミリヤの真面目な口調を察して、缶詰めを口から遠ざけた。


「今朝起きたら使えたんだよ。まるで、生まれた時から使えたみたいに…自然に扱えたんだ。自分でも何でそうなったのかは分からない。…本当にこれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。」


「一説によれば、能力の発現はこの世界に滞留している魂が作用していると聞いた事があるわ。ある上等な清い魂の人が亡くなると、肉体が朽ち果てても魂がこの世界に残るそうよ。その魂が人を選んで乗り移ると、対象の人間に発現する物らしい。あくまで一説で眉唾物だが、他の説よりはまともで夢のある物よ。」


(夢なんてあっても仕方無いじゃない。要するに原因は解ってないんでしょ。)


「じゃあ、その魂が森内に乗り移ったって事でもういいのかしら?そんな事より、これからの予定について聞かせてくれる?」


ノブリのロマンティックな話で固まっているみんなを余所に、私は話を変える。


「ああ。そうですね。まず皆さんには私と一緒に第三アジトに来て頂きます。場所は王宮外町の外れですので、此処から歩いてそう遠くはありません。」


アントンはコンクリートの床に地図を広げた。その地図には大きな円形の都市が描かれていた。恐らくは都市の詳細な地図なのだろう。私達がいる森はほんの一部しか描かれていない。円形の都市の更にその内側には円形の外壁が二つ。遠目でもその地図を見れば三重の円が描かれている事が分かる。


「私達の現在位置は森の外れの此処。そしてこのまま森を抜けて、街道に出て、ここのゲートを通過します。ここのゲートは私達の仲間が働いていますので問題は有りません。ゲートを抜ければ隠れ家はすぐにたどり着けます。」


アントンは地図を指でなぞりながらこれからの経路を説明した。隠れ家の詳細な位置を説明しないのは、此処にノブリがいるからだろう。


「注意点は一つ。我々の同志の勤務時間は本日の18時から翌朝の6時までとなっておりますので、その時間帯にゲートを通過しなくてはなりません。それと外町には皆様の生き残りを警戒してか、侍隊が巡回しております。こちらは私が何とか致しますが、くれぐれも目立った行動は控えて下さい。」


「私の前でそこまで話して良いのか?」


ノブリの疑問にアントンの口調が変化する。


「ふん。それぐらいは百も承知だ。」


何か裏があるのか。アントンはそれ以上は口にしなかった。


「結構。」


それに対してノブリも短く応える。


「おっけー。話は纏まったわね。それで?あんたはこれからどうすんの?」


ミリヤがノブリに問い掛ける。場の空気が変わった。少なくとも、彼女には命を救われたのだ。村田と森内。それに私も少なからずその事は気にしていた。


「私は…。」


「おまえにはやってもらう事がある。」


アントンがノブリの言葉を遮った。


「明後日。都市の西にある渓谷の、とある洞窟に侍第三隊が調査に入るとの情報が入った。表向きには渓谷の鉱石調査との事だが、G・P創始者の一人が掴んだ情報によれば、奴らは全死戦争時代の兵器に関する何かを調査しに行くらしい。」


「良くそんな情報が掴めたな。お前たちを騙す陽動作戦ではないのか?」

ノブリの疑問に対する返答は、あまりにも冷たい物だった。


「かもな。だからお前が行くんだ。その情報が真実ならば、放っておく訳にはいかないからな。もし、その情報が罠であってもこちらの被害は最小限ですむ。」


みんなの表情が暗くなる。


(罠だったらノブリは…)


アントン以外の誰もが考えた事だろう。


「私がその調査を断ったら?」


「お前は確実に裏切り物で私達の敵だと言う事になるだろうな。お前がその調査がどんな物なのかを調べてくれば、その内容によっては裏切りの容疑が晴れて、改めて我々の仲間になれる。おいしい話だろ?」


アントンは悪意の籠もった笑顔を見せた。


「…。」


これは脅しに近い物だった。強い者が他人の弱みを握って金銭を巻き上げる、私達の世界にも良くある光景にこれは似ていた。


「断る理由が無いと言うよりは、断れない…という事か。」


普通ならば絶望に打ちひしがれる筈のこの状況だが、予想に反して彼女の口角は上がっていた。確かに彼女は笑っていたのだ。


「いいだろう。正確な場所と時間を教えてくれ。」


「ふん。精々頑張るんだな。」


アントンは袋の中から丸めてある地図を取り出し、床に広げてある地図の上にもう一枚の地図を重ねる。それは、王宮の西にある渓谷が描かれた地図だった。


「王宮側から渓谷に入る入り口は一つ。王宮の西のゲートを出て、街道を二十キロ程進んだ所にあるこれだ。街道の分かれ道は看板を見ればどちらに進めば良いのか分かるだろう。…空を飛んで行くおまえには必要の無い物だったな。」


「渓谷までの道順はいい。洞窟の場所を教えてくれ。」


「渓谷がどんな場所なのかは分かっているよな。」


「ああ。渓谷事態は広いだけで、そう複雑な道ではない。問題は渓谷の道にある数々の横穴。その中はそれぞれが複雑な作りになっていて[人間では無い者]の住処になっている。王宮でもまだ殆どの洞窟が調査出来ていない。後は渓谷に出没するハーピーの歌声に注意する事、運が悪ければロックに狙われると言う事ぐらいだな。」

ノブリの完璧な応えにアントンは面白くないといった顔をしている。


「それだけ知っていれば充分だな。洞窟の場所はここ。渓谷内でもかなり王宮よりに位置している場所だな。」


アントンの指差した位置を見て、ノブリはため息を吐く。


「…不死の洞窟か。」


「そう。王宮でもこの洞窟には以前、調査に入った事があるな。結果は悲惨な物だったが。」


アントンの表情が緩んでいる。


「どんな洞窟なんだ?」


森内の問い掛けにノブリは苦虫を噛み潰した様な表情で答える。


「この洞窟には特別なしょうきが漂っていて、ここでは薬やシークレットワード等による治癒の効果が得られない。更には…。」


「ここで死亡した者は[人間では無い者]に生まれ変わる。」


後半はミリヤが応えた。その表情はノブリと同じ物だった。


「そう。以前王宮の調査員が調査に出掛けたきり誰も帰って来なかった。早急に救助隊を編成し、洞窟に送ったが、帰ってこれた者は一人だけだった。その一人も大怪我を負っていたそうだ。その者が言うには、死亡した仲間に襲われたと…。」


「ミイラ取りがミイラ。なんかゾンビ映画みたいね。そこに丸腰で一人で行けって事?」


私は以前に見たB級ホラー映画を思い出した。仲間が、ゾンビに噛みつかれ人間がゾンビとなって襲ってくる。その映画はあまりにグロテスクだった為に私は最後まで見る事は無かったが…。

「一人じゃない。私も行く。」


「ミリヤ!絶対にダメだ!今回の件で老師がおまえの事をどれだけ心配していると思っているんだ!」


ミリヤの発言にアントンの表情は穏やかでは無くなった。


「悪い事は言わない。やめておけ。」


ここで初めてノブリとアントンの意見が合った。


「嫌だね。絶対に嫌だ。私が言い出したら折れないって事ぐらい幼なじみのあんたなら分かるでしょ。それに…。」


ノブリは間を置いてから、決心したように話続ける。


「仲間を裏切る奴はクズだって昨夜の件で私達は痛い程知ってるんだ。私は裏切るのも見捨てるのも同じだと思う。」


「こいつは仲間なんかじゃ…。」


「五月蝿い!私の仲間を決めるのはあんたじゃない!あんたは黙って父上の言う事を聞いていればいいんだ!」


ミリヤの恫喝に場が凍りついた。しかし、アントンも食い下がらない。


「しかし、老師になんて説明すれば良いんだ?たった一人の家族が心配しているんだぞ!」


(家族…。)


「父上や私は特別じゃない。命の重さはみんな同じ。昨日だけで多くの命が犠牲になっているんだ。それなのに私達だけが安全な場所に行く事何て出来ない。アントンだってそれは分かってるでしょ?」


胸が痛い。私達は昨日、危険な森の中に同じ世界から来た人達を残して来たのだ。理由は自分達の身の安全を確保する為に。


(嫌。残して来たと言うよりは、見捨てて来たんだ。)


そう。私達はあそこに残れば一人残らず死ぬであろう事が分かっていた。それでも自らあの場に残った者達。彼等はどんな気持ちで決断したのだろう。


「しかし…。」


アントンはミリヤの判断にまだ納得していない。


「はいはい!要するに無事に帰って来ればいいんだろ。俺も行くよ。面白そうだし」


「ちょっとあんた!話聞いてたの?遊びじゃないのよ。」


森内の軽い声に、私は驚いた。


「あんたはダメよ。私達の希望なんだから。大人しく隠れ家に行ってなさいよ。」


ミリヤの発言に森内は反論する。


「俺はこの二人と違って戦える。キックボクシングもやってたし。それに…。」


「それに?何よ?」


ミリヤの問い掛けに森内は笑顔で応える。


「俺の仲間は俺が決めていいんだろ?」


ノブリとミリヤにも笑顔がこぼれた。


「ダッ。ダメだ!ダメだ!神はG・Pの希望なんだぞ!分かっているのか!?」


「分かってないね。俺がいなくても、そこの二人を連れてけば充分だろ。そもそもお前達は自分で何とかしようとは思わないのかよ。情けねぇ。女みてぇだな。オカマ野郎。」


「なっ!」


(お前は女だろ。)


私は心の中で華麗に突っ込んだが声には出さない。


「勝手にしろ!」


遂にアントンは彼女達を説得するのを諦めた。顔は紅潮している。


「ぼっ僕も行…。」


言葉の途中でノブリが村田の口を掌でふさぐ。


「ありがとう。でも村田と雛岸は安全な場所に居てくれ。森内はああ言っていたが、本当に私達には王宮に対抗する手段が無いんだ。お前達が私達の希望である事に変わりは無い。みんなの犠牲を無駄にしないでくれ。」


(馬鹿じゃないの?村田が行った所で無駄死にするのが落ちよ。)


私は心の中で呟いた。それが正しい意見だとは思っているが、何故か心の中には虚しさだけが残った。


「でも、僕も仲間だ。」


「ああ。正直見直したぞ。仲間なら仲間の為に村田に出来る事をしてくれ。」


「…はい!」


何が村田を感動させたのか私には分からないが、村田の目からは涙が溢れていた。


(私は何をしているんだろう。)


私には森内や村田が何を考えているのか分からなかった。彼等は私と同じ人間だ。人間ならば死への恐怖は誰にでも平等の筈。あの時、目から血を流していた男が何故あの場所に残る事を決意したのか。私には彼等の気持ちが理解出来そうにない。しかし、胸の中には気持ちの悪い虚しさだけが確かに残っていた。


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