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その十九〜その二十

その十九


「ここだ。」


カゲローの声で僕達は立ち止まる。その場所は電車からそう遠くは無く、少し開けた場所であった。


「…何も無いですよ。」


僕は三人の気持ちを代弁して言った。そこは開けている以外には他と変わった特徴は無く、空車とやらも見当たらなかった。


「俺の能力は触れた物を透明にする。」


そう言うと、今まで何も無かった場所に黒いセダンタイプの車らしき物が音も立てずに出現した。僕達はその光景に驚きはしたが、声はあげない。それはこの世界に対しての免疫力がある程度備わってきた事を表していた。僕はカゲローの言葉を通訳する。


「乗れ。」



既に運転席に腰掛けていたカゲローが言うと、僕達は順番に車に乗り始めた。


「痛たた、」


山口は軽い火傷を負った足を庇いながら助手席に座る。流石に一日だけでは、そこまで回復してはいない様子だった。怪我人も情報集めに駆り出される、僕達の現状は思っていたよりもずっと悪いものなのかもしれない。席順は誰が決めた訳でも無く、僕達は少しでも広い助手席を彼女に譲っていた。


「ウィーン。」


カゲローが運転席の前方にある棒状の操縦桿を掴むと車は機械的な音を立てて、宙に浮き始めた。


「すっげ〜!これどうなってんのよ。浮力は?燃料は?四つのタイヤは意味があるの?」


怪我人とは思えない勢いで山口の質問攻めが始まった。今まで大人しくしていた彼女の豹変ぶりに一同は目を丸くする。


(機械が好きなのか?)



「はっはっは。何だそれ。どんなキャラだよ。」


神崎が笑いながら言うと今までの緊張が嘘の様に消え去った。僕は山口の視線を感じて、言葉を通訳してカゲローに伝える。


「空車は地面も走行可能だ。なのでタイヤは必要。浮力については、反重力装置を搭載している。俺の物は型が古いから壊れる度に修理しつつ、騙し騙し使っているよ。燃料は…俺だ。空車は運転者のエネルギーを使用して、稼働する。」


「真面目に答えてるし。ぶっはっは。」


神崎は言葉の意味は分からない筈なのに、何かが笑いのツボに入ったのだろう。彼の緊張を取り戻す事は不可能な様だ。


(…それより。)


「壊れる度にって…。大丈夫何ですか?」


「問題無い。」


僕の質問は何の根拠も無いであろう言葉で返された。

空車は周りの木を見下ろせる高さまで浮かび上がると、前方に進み始めた。速度は、僕の世界の車とそう変わらない様だ。


「凄い!漫画みたい!反重力装置って何?何処にあるの?私に頂戴!それに推力は?どうやって進んでるの?」


「…少し黙ってくれ。」

僕が通訳しようとするのをカゲローは止める。そこで何か巨大な浮遊物が視界に入った。


「おっおい!あれ!」


僕は前方を指差す。そこにはとても巨大な茶色い鳥が一羽、優雅に羽を広げて飛んでいた。その大きな嘴ならば空車を一飲み出来るであろう。


「あれは大丈夫なんですか?襲って来ないですか?」


僕の問い掛けにみんなは困惑している。


「後藤。おまえ、まだ疲れてるんじゃないか?」


西丸の冷静な言葉に僕は動揺する。


(どうして?見えてないのか?)


周りの人間の表情から察したのか、カゲローが答える。


「後藤は恐らく正常だ。…その目のせいだろう。良い目だ。おまえには何が見える?」


「多分、四キロ。いや、五キロぐらい先に馬鹿でかい鳥がいます。茶色くて…。鷲みたいな…。」


「…五キロって。」

その距離から、神崎の驚きも無理は無かった。


「ロックだな。たまにこの森にも出現するが、本来は王宮の西の渓谷に住んでいる。ちなみにこの森は王宮の南に位置する。」


カゲローはダッシュボードの蓋を開け、中から双眼鏡を取り出すと、前方を確認してから山口に渡した。片手で自分の両目を指差して、その指を前方に向ける。前方を見ろ、と言うジェスチャーだ。


「わ〜お…。このまま飛んでて大丈夫?私達、食べられたりしない?」


あの姿を見れば、当然の疑問だ。通訳する。


「奴は知識が高く、肉ならば何でも襲って食う獰猛な生き物だ。人間が嫌いで近づく事は滅多に無いがな。しかし、近付こうものなら容赦なく食われるぞ。また、視力がとても高くあそこからでも、お前たちが乗っていた箱が見えているだろう。」



(箱…。電車の事か。)


通訳する。


「それってやばくないか?俺達も見えてるって事だろ?進行方向を変えようぜ。」


この未来を見てはいないのか。神崎が焦っている。


「視力だけならば問題無いだろ。」


「そうか。カゲローさんの能力…。」


西丸の落ち着いた言葉で、僕はカゲローの能力を思い出した。


「ああ、奴はその発達した目のせいからか、他の聴力や嗅覚は退化している。そして、俺は空車に全員が乗った時点で、既に能力を発動させている。気付いてはいないだろうが、隠れ家を出発する際にお前らにも触れさせてもらった。」


「遠回りするだけ無駄って事ですね。」


「そういう事だ。奴を迂回していたら到着時刻が大幅に遅れる。」


その会話を最後に話し声は無くなり、静かな空車の稼働音のみが聞こえる様になった。


ロックに大分近付くと、改めてその優雅な姿に目を奪われる。カゲロー以外のみんなの表情は固まっていた。(カゲローは常に無表情だが。)ロックの真下に入ると日の光が遮られて空車の中が薄暗くなった。

その時、ロックはその美しい翼を大きく羽ばたき、周囲の空気を降下させて勢い良く上昇して行った。空車はその風をもろに受け、錐揉み状態になりながら落下して行く。

「捕まってろ!!」


「キャー!!」


山口の叫び声が聞こえた。空車はそのまま、重力に従い落下して行く。


「…とぉまぁれぇぇぇ!!」


カゲローの雄叫びに近い言葉に反応し、空車は空中に急停止する。僕はその勢いで頭を前方の座席に勢い良くぶつけた。意識が朦朧とする。


「はは。ふひっはっはぁ〜!」


笑ったのは山口、それに釣られて神崎も笑い声をあげる。


「はっひっひ。死ぬ。…死ぬかと思った〜。」


僕以外に笑っていない男が二人。一人は西丸。驚きを顔に出さない様に努力はしているが、その表情はひきつっている。もう一人は。


「はぁ。はぁ。くっっ。クソ。」


カゲローは乱暴に山口の腕を掴み、その手のひらを操縦桿に持って行く。


「ちょっちょっと。セクハラ!セクハラよ!」


「後藤!まずい事になった。限界だ。空車は…燃料切れだ!」


(な…何!?)


「ど…どうすれば良い!?」


「運転は簡単だ。おまえの能力と同じで頭の中で命令するだけ。この女に伝えろ。」


カゲローの言葉には力が無い。


「山口!頭の中で命令しろ!おまえが操縦するんだ!」


僕の声は冷静さを欠いていた。落下したと言っても、地面まではまだ10メートルはある。この位置から地面まで落下したらひとたまりも無い。


「は?マジで!?やった!やるやる!」

僕は山口の軽い返答と以外な反応に驚いた。そして急いで会話助長機を山口に装着する。


「まず先程の高さまで上昇するぞ。空車に命令するんだ。」


現在、空車は山口のエネルギーも使用して宙に浮いているのだろう。カゲローの呼吸はある程度、整っていた。


「…うん!やるぞ〜。そりゃ!飛べ!」


空車は動かない。


「想像力が足りないんだ。もっと具体的なイメージを持って命令しろ。」


山口は言葉を返さない。集中しているのだろう。


「後藤?どうしたんだ?大丈夫なのか?」


「静かに。」


いまいち、状況を把握出来ていない神崎を黙らせる。今、山口の気をそらす訳には行かない。


(良し。やった。)


空車はゆっくりと上昇し始めた。


「上等だ。そのまま、計器の指示通りに北に向かってくれ。…任せたぞ。」


そう言い残すと、カゲローはすぐに眠りに付いた。その腕はしっかりと操縦桿を握っている。


「こっこれ!たっのしぃ〜!」


僕達はその女性の言動に大きな不安を覚えながらも、カゲローの指示通り、王宮に向かった。


その二十


「そろそろ、起こした方が良いんじゃないか?」


そう言ったのは神崎だ。僕達は今、様々な趣向の建物を見下ろしながら進んでいる。学校の様な広い校庭を持った建物や、真っ赤な小さな建物。緑色の建物もある。要するに、森を抜けたのだ。


「カゲローさん。起きて下さい。」


僕は優しくカゲローの身体を揺する。


「ん、ああ。…外町(そとまち)に着いたか。」


僕には言葉の意味が理解出来ないので、山口に会話をするように促す。


「確か、最初はギルドよね。何処に向かえば良いの?」


「右斜め前方に、黄色の割と大きな建物があるだろう。そこだ。」


カゲローはダッシュボードの中から地図を取り出し、片手で広げながら言った。


「今の内に王宮都市の説明をしておく。」


「みんな、この都市について説明するらしいよ。…てか会話助長機、カゲローさんが付ければ?」


(あ、そうか。)


僕は、その発言で今までの回りくどい通訳がバカらしく思えたし、気付かなかった自分が少し情けなくなった。

カゲローは会話助長機を装着して言う。


「まず、この都市の上空は飛行が禁止されている。見つかれば、警告無しに撃ち落とされるだろう。」


(………は?)


「それって!」


僕達の不安をカゲローは否定する。


「大丈夫だ。都心に近付かなければ対空レーダーに干渉する事は無い。ここならば、目に見えなければ大丈夫だ。」


(ここはまだ、都心じゃないのか?)


カゲローは僕達の表情を見て溜め息を吐いた。


「少しは俺を信用したらどうだ。」


僕達はお互いの顔を見合わせて、小さく頷き、視線をカゲローに引き戻した。


「王宮都市は二つの町と一つの城で成り立っている。まず、都市の中心部にセリカピア城がある…この王宮を牛耳る者達が住んでいる所だ。」


カゲローは地図を指差しながら説明する。


「その城の城壁を、円形に囲んで出来た町が中町。王宮図書館がある場所だ。そして中町の外側を、さらに囲って出来た町が外町だ。今、俺達がいる所だな。」


「分かりやすい造りね。」


山口が馬鹿にした口調で、嘲笑しながら言うが、カゲローはそれに応じない。


「来る前に話したが、お前達はまず外町のギルドに登録してもらう。図書館に行くのはその後だ。」


「身分証ですよね。分かってますよ!さぁ、行きましょう。」


神崎の言葉にカゲローは黙って頷く。


カゲローは、ギルドから少し離れた広場の上空に空車を停止させ、ゆっくりと降下させる。地面が近づいてくると、沢山の人(僕達とは違う人種だが)が町を行き交っているのが見えた。その中には見た事も無い、生き物も沢山いる。

空車は静かな音を立てながら、人気の少ない広場に着陸した。僕達は空車を降り、コンクリートの地面に降り立った。


「俺は用事があるから、ここで失礼するよ。地図と、ある程度の金は渡しといてやる。」


車の中からカゲローが僕達に言った。その発言に僕は驚く。


「本気ですか!?ついて来てくれないんですか!?」


「甘えるな。」


僕の問い掛けにカゲローは冷たく応え、地図と札束を無造作に渡してきた。


「マジ?」


山口が不安そうな表情を浮かべる。


「図書館までは、タクシーで30分程で着く。…そうだな。17時にここに迎えに来てやる。後は知らん。」


「お、おい。」


神崎の呼び掛けを無視し、会話助長機を窓から僕に渡すと、空車は静かに浮かび上がって行った。


「やるしかないだろう。」


西丸は静かに呟いた。僕達はお互いの事も良く知らないまま、この訳の分からない町に取り残されたのだった。



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