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その十七〜その十八

その十七


僕が目を覚ました時点では、部屋の中には、まだ寝ている人が殆どだった。


(良かった。ちゃんと見える。)


辺りの雰囲気は神崎が教えてくれた通りであった為、驚きは最小限で済んだ。しかし、その神崎が周りには見当たらない。僕が身体を起こした事に気付いた富さんが、話し掛けてきた。


「お早う。お兄ちゃん。体調はどうだい?」


「はい。何処にも痛みは無いみたいです。それより、神崎が何処にいるか分かりませんか?」


僕達がいる部屋はさほど広くは無い。照明は薄暗いが立ち上がればみんなの表情は確認出来る。


「儂が起きた時には見当たらなかったよ。上條ちゃんと奥に行ったんじゃないかな?」


(奥…。カゲローとか言う奴の所か。)


「分かりました。ありがとうございます。」


「上條ちゃんは頑張り屋さんじゃなあ。ずっと怪我人の看病をしとったよ。あの様子じゃ、一睡もしていない筈じゃ。彼女の身体が心配じゃよ。」


(なる程、みんながゆっくり眠れているのは、彼女のお陰か。)


「僕も今日は手伝えますから、上條さんにはしっかり休んでもらいましょうね。」


僕の言葉に老婆は笑みを浮かべた。会話の後、僕は壁際まで歩いて行き、一旦腰を降ろす事にした。


(どれ位寝ていたんだろう。)


腕時計を見たが、壊れているのか、AM8時を表示していた。


(あ〜あ。これ就職祝いに姉ちゃんがくれた物なのにな。直るのかな、これ。)


そんな、この状況に関してどうでもいい事を考えていると、僕が座っている位置の、反対の壁にある通路から、何やら香ばしい匂いが漂ってきた。


(そういえば腹が減ったな。朝飯を無理してでも食べてくれば良かった。)


僕の後悔を察したかの様に大きな皿を持った上條が通路から出て来た。その足取りはおぼつかない。


「あ、後藤さん。起きたんですね。目は大丈夫ですか?」


僕が皿を受け取った後に、やっと存在に気付いたのか声を掛けてきた。


「お陰様で。それより、後は僕に任せて休んで下さい。転んだら折角の料理が台無しですよ。…これって食べ物なんですよね?」


僕は一口サイズに切られた肉の塊を見て言った。


「これ、なかなかいけますよ。何の肉かは知りませんけど。カゲローさんがくれま「ドサッ」


僕に皿を預けると、緊張の糸が切れたのか、スーツの女性は崩れ落ちた。


「ほれ。起きんか。上條ちゃんが大変じゃ。」


老婆がスキンヘッドの刺青男を蹴飛ばすと、男は驚いた様に飛び起きた。


「お嬢!大丈夫ですか!」


叫びながら走り寄ってくる男。その言葉に驚き何事かと目を覚ます人達。起きた人達は一斉に上條に走り寄って来た。


(いつの間に、みんなをまとめ上げたんだ。)


スーツの女性は誰がどう見ても、僕達のリーダーに成っていた。当然、それに対して僕に異論は無い。


「竜二さん。あなたは私を呼ばないで下さい。」


上條の言葉に竜二は耳を貸さずに、心配そうな表情を浮かべていた。


「皆さん!朝ご飯ですよ!仲良く分けて食べて下さいね!」


上條の笑顔と元気な声に、みんなが安心の吐息を漏らす。


(無理してるな。)


仕事で作業員を管理している事から、僕には上條の嘘が理解出来たし、痛々しく感じられた。

みんなの視線が僕が抱えている皿に向けられる。この量なら、一人二枚食べても余りが出るだろう。満腹には程遠いが贅沢は言えない。僕がその皿を地面に置き、「一人二枚です。」と大きな声をあげると、みんなは綺麗に一列に並んだ。


(日本人の良い所だな。)


「後藤さん。ちょっと。」


上條が座ったままの状態で僕に手招きをした。僕は肉の管理を富さんにお願いして、上條に歩み寄る。


「これを、お願いします。」


僕は会話助長機を一式受け取り、装着する。


「カゲローさんが、奥で待っています。あなたが起きたら連れてくるようにと言われていました。」


(何の用だ?)


疑問はあるが、深くは追求しなかった。上條には一秒でも早く休んでもらいたいのだ。


「分かりました。上條さんは早く休んで下さい。あなたが本格的に倒れたら、みんなはバラバラになってしまいますからね。」


僕の言葉を聞く前に、上條は寝息を立てていた。それを確認した竜二は丁寧に抱き上げて壁際に連れて行く。僕も足早に通路の奥に向かった。


通路の奥の扉は開けたままの状態だった。僕は少し警戒しつつ、部屋の中に足を踏み入れる。目の前には色白で痩せこけた顔の男が、椅子に腰掛けていた。男の前には、木で作られた綺麗なテーブル。その姿からは厳かな印象を強く受けた。


その男は僕の耳と喉を軽く見ると「掛けてくれ。」とそっけなく言った。

僕はカゲローと対面する形で椅子に座った。


「早速で悪いが、おまえの目。能力と言った方が良いか。使い過ぎには注意した方が良い。」


「僕の力の事、知っているんですか?」


「噂で聞いた事がある。昔、視界に入る全ての物を支配出来る男がいたらしい。あくまで噂だがな。」


(支配?どういう事だ?)


「その人は今、何処に?」


「消えたよ。この世界の者なら誰でも知っている。…神だ。」


無茶苦茶な話だ。その話を信じろと言うのか。僕は話を変える。


「忠告、ありがとうございます。用事はそれだけですか?」


今、思い出したのだが、此処にも神崎の姿は無い。…まさか。


「いや、それだけではない。一つ、頼まれ事をしてくれないか?」


その男が初めて見せた、感情のある表情であった。しかしそれは、とても辛そうな表情、悲しそうな表情とも取る事が出来る。


「助けて貰ったお礼もあるし、いいですよ。何ですか?」


「俺の…。俺の記憶を一部消して欲しい。家族の記憶をだ。」


(何言ってんだこいつ。)


僕は部屋の片付けを頼まれる程度の気持ちでいたのだが、その予想は大きく覆された。僕は目を丸くする。


「頼む。お前の能力ならばそれが可能な筈だ。現に神は視界に入った者の意識を操作する事も可能であったらしい。」


真剣な表情のカゲローに対して、僕は開いた口が塞がらなかった。


「ちょっ、ちょっと待って下さい。そんな事、僕出来ませんよ。」


期待が膨らむ前にしっかりと否定しておかなければ。恐らく、この男の機嫌を損ねて、見捨てられでもしたら僕達は生きていけない。


「そうか…。しかし、馬人の群れを追い払った話は聞いたよ。今はまだ無理でも、訓練しだいでは可能かも知れない。」


(こいつ、マジかよ。)


「訓練って…。具体的に何をするんですか?」


僕はわざとらしく、嫌そうに言ったが、それは功を成さない。


「まずは物体を動かす事から始めるんだ。小さくて、軽い物から始めるのが良いだろう。しかし、最初に話したが…。」


「能力の使い過ぎには注意…ですよね。僕も血の涙を流したり、頭が痛くなるのはごめんです。」


「頭も痛くなるのか。それが一種の危険信号なのかもしれんな。頭痛がしたら使用は控えた方がいい。」


(控えると言っても、以前に電車の扉を操作した時(無意識だが)は一度で頭痛が発生し、血の涙を流すはめになったじゃないか。軽い物や操作する内容によって、僕に掛かる負担は変わってくるのか?)


「能力について、少し教えて貰えますか?」


先日の馬人や小人の群れを考えれば、僕の命など容易く消し去られるのだろう。僕はこれから先、この力を上手く使用して、生きていかなければならないのだと理解していた。


「いいだろう。その前に仲間達に水を持って行け。扉の脇にある箱の中にいくらか入っている。それとカップは食器棚の中だ。人数分は無いから使い回すんだな。」


僕は命令口調に少しムッとしたが、言われた通りに箱から水の入った容器を取り出そうとした。


「…手は使うな。」


椅子に座ったまま、僕とは違う種族が言った。


(…なんかムカつくな。しかし、やってみるか。)


「ふう。」


僕は軽く息を吐き出し、目に映った箱に、心の中で命令した。


(開け。)


箱は微かな白い光を放つと、ゆっくりと蓋を開き始めた。


「はぁ、はぁ。」


僕は軽い疲労感に襲われた。


(手で開けた方が楽じゃないか!)


「慣れない内は戸惑うが、それぐらいの操作ならば直ぐに何の苦も無くなる筈だ。」


カゲローが僕の心を読んだかの様に的確なアドバイスをしてきた。


「肉だけでは可哀想だろう。早く飲み物を届けるんだ。」


(…こいつ。)


この世界でどんな危険が待ち受けているのかは検討もつかない。そんな中で、訓練をする事は大切だと思うし、命に関わる事だと言うのも理解出来る。だが…。


(なんかムカつく。)


僕は黙ったまま、水の入った容器を三つ、宙に浮かせた。


その十八


「み、水です。飲んで下さい。」


僕はゆっくりと容器を地面に置くと、そのまま座り込んだ。みんなが不思議そうな目を僕に向けている。僕はその視線に対して説明をする余裕は無かった。


「お前、凄いな。そんな事も出来んのかよ。」


僕を嬉しそうに見る男。神崎だ。


「お前、また…。」


神崎は黙って頷く。


「後藤、と言ったな。お前の仲間達に俺が知っている事を話してやる。通訳しろ。」


こいつの口調に反論する気は無い。黙って従うまでだ。


「みんな!この人が今の現状について説明してくれます!水を飲みながらで良いんで聞いて下さい。」


みんなは仲良く水を回し飲みしていた。流石に女性と男性は分かれている。


「初めて下さい。」


カゲローは軽く咳払いをしてから話を始めた。



話は、過去にも転送されてきた者がいた事、その者は神と呼ばれて、この世界を統一した事…。この世界の歴史についての内容が殆どであった。肝心な僕達が転送されて来た理由と、元いた世界に帰る方法は分からないと言う事だった。


「来た方法があるのなら、帰る方法もある筈だ。我々にも目的が出来たな。」


片足を失っている男が呟く。


「そうよ!行動しなくちゃ!絶対、元の世界に帰るんだから!」


ワンピースの女性もそれに続いた。

僕はその言葉をカゲローに伝える。


「情報を仕入れたいのならば、王宮図書館に行けば良いだろう。大概の答えは、あそこに眠っている。お前達が生きて森を出られればの話だがな。」


僕は声を低くして、その内容を通訳する。僕達にこの危険な森を抜ける手段は無い。周りの人間もそれを察しての事か、口を開かなくなった。


「どの道、このまま全員を養う事は不可能だ。王宮に行き、仕事を探すか、俺の狩りを手伝うかしなければ飢え死にしてしまう。まぁ、後者は命の危険が付き物だがな。どうする?」


それでも、出て行けとは言わないこの男に、僕は少なからず優しさを感じた。


「ここから少し離れた所に空を飛べる、車の様な物が有りますよね。それを貸して下さい。」


カゲローの言葉を通訳するより先に、神崎が口を開いた。その言葉を僕が通訳すると、カゲローは少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐに「運転出来ないだろう。」と応えた。それに対して神崎は僕の通訳無しで応える。


「俺が運転出来る。見て来たからな。普通車のATより簡単だ。」


通訳する。


「ふん。下手くそな運転で大事な空車[くうしゃ]を壊されては堪らん。近くまでなら乗せて行ってやる。」


「決まりだな。」


またしても神崎は通訳を待たずして言った。


「その空車って言うのは何人乗り何ですか?」


「五人だ。人選するんだな。」


僕はこの会話の内容を、一通りみんなに伝えた。みんなは誰が行くのかを話し合い始めている。カゲローに運転してもらうのだから、空いている席は四つ。王宮に着けば此処よりは安全なのだろうか。


「私が行きます。」


いつの間にか目を覚ましていた上條が言った。


「それは止めた方が良いと思います。上條さんは少し休んで下さい。それにリーダーは拠点に残るべきです。」

僕の言葉に上條は複雑な表情を浮かべた。


「そうですよ。お嬢は俺達のリーダー何ですから。俺は人選もお嬢に任せますよ。」


竜二の発言にみんなが納得した様に頷く。


「分かりました。」


みんなの表情を見て、上條は続けた。


「では、後藤さん、神崎さん、西丸さん、それと山口さん。お願いします。」


反応から察するに、西丸とやらは角刈り頭で身体の線が細い男性、身長は僕と同じ170㎝ぐらいだろうか、常に眉間に皺を寄せている強面の男だ。山口はショートカットのワンピースを来た女性。化粧が落ちてしまったせいだろうか、眉毛が無い。ある意味、強面だ。身長は150㎝ぐらいで、僕の妻と同じぐらいだ。


「分かった。」「分かったわ。お姉さん。任せておいて。」


二人が上條に応える。誰も異論は無い様だ。


「決まった様だな。向こうには一時間程で着く。着いたら始めに、街のギルドに登録して、会員カードを貰え。そのカードが身分証明書になる。それが無ければ図書館に入れないからな。」


僕は三人に訳さずに話を進める。


「ギルドとは?」


「王宮にある、いわゆる何でも屋の集まりだ。登録すれば王宮や各地方から依頼された仕事を受ける事が出来る。何でも屋と言ってもベテランに成れば、王宮の兵隊に引けをとらない強者達がゴロゴロといるよ。出来ればお前達にもそこで稼いで貰いたいものだが。」


無表情で喋るこの男は冗談なのか本気なのかが分からない。僕は苦笑いで言葉を流し、三人に通訳した。


「良し、準備は…特に無いな。出発しよう。」


神崎の言葉に僕達は頷く。


「後藤、訳してくれ。もし、俺達が帰って来なかったら、奥の部屋の床下にあるスイッチを押せ。外に出られる。」


僕はそれを上條に伝える。


「絶対に無事に戻って来て下さいね。帰って来なければ一生恨みますよ。」


その言葉の後に、カゲローが不思議な言葉を呟くと、視界が急に変わった。僕達五人は、静かな森の中に有る、電車の前に立っていた。

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