プロローグ
澄みきった夜の闇に、凍てつく風が雪を引き連れて吹雪いている。
その様子を洞穴の中から眺めていた一匹の生き物がいた。
眼を細めながら雪原をジッと見つめるその様子は、「威風堂々」という言葉が当てはまりそうだった。
しかしながら、その熱そうな琥珀色の眼は、どこか寂し気に感じた。
自分だけでは、少し肌寒く感じる冷たい風。せめて、もう一つ寄り添える何かがいれば……。
そう考えてすぐに顔を横に振る。
それは自分には不可能なこと。凶暴そうなその姿は、全ての者の心を恐怖へと引きずり込む。
口の中にぞろりと生えた牙をカリカリと引っ掻きながら、訳もわからずうっすらと笑う。
いつまでも起きてても、仕方がない。むしろよけい寂しくなるだけだ。
そう思った彼は、体を丸め顔を自らの毛皮に埋めた。
尻尾を腹の下にしまいこみ、体の位置を整える。
やがて気持ちのよい体制を見つけたのか、体を動かすのをやめた。
するとすぐに寝息が聞こえてきた。
彼、狼の寝息とは思えないほど、静かで穏やかな寝息だった。
眩しい朝の日差しが、まっすぐに眼を突いてきた。
グルルッと少しばかり唸り声をあげて狼の【ライ】は、ゆっくりと起き上がった。
下半身を伸ばして、大きなあくびを一発。
途端に彼の腹が鳴いた。
(腹が空いたな……)
外を見ると、吹雪はおさまっており、辺りは白銀の世界になっていた。
積もった雪に太陽の光が反射し、キラキラと輝いている。
普段なら茶色の細い木の枝も、雪に包まれて純白の幻想的なオブジェクトとなっていた。
しかし、その景色に見慣れたライはその様子に心奪われることなく、真っ平らに積もった雪の中に脚を突っ込んだ。
ズブッと脚の先が雪に埋まる。さらさらとした粉雪のおかげで、重たい足取りになるということはなかった。
これなら、いつものように速く走ることも難しくないだろう。
ライは雪の感触を確かめながら、徐々に歩く速さをあげていった。同時に、“ザッザッ”と雪の沈む音の間隔も早くなる。
気がつけば、ライは走り出していた。
さっきまで冷たかった風も、今では心地よく感じた。
最近、吹雪が続いたおかげで外に出れなかった彼は、今走れる事が相当嬉しいのか、瞬く間に速度をあげた。
「アオオオオオオォ……ン」
興奮したのだろう、ライは走りながら狼独特の雄叫びをあげた。
彼は今まさに、野獣であった。