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TEN-ROBO.-天才少女とロボット執事-  作者: ツキミキワミ
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1-5

「おいしーい!!」


20畳はあるかと思われる広い食卓のこれまた一際大きなテーブルに

色とりどりの食材で彩られた料理が並べられていく。


ホウレン草のキッシュに甘く煮詰めたオニオンのスープ、フレッシュハーブを練り込んだバケットに鶏肉と8種の野菜を使った恵永特性プーレ・バスケーズ…


雪洞は歓声をあげ、一面に広げられた料理を次々と口に運んでいった。


「やっぱりこの味は料理ロボットじゃ出せないわ。

これはどこの料理?恵永、またレパートリーを増やしたのね?」


たまらん、と言った顔で雪洞が思わずフォークを振り回した。

仮にも『お嬢様』としてはしたなすぎるその腕を黙ってフランシスが掴むと、そっとテーブルに落ち着かせる。


「お誉めにあずかり光栄です、お嬢。西の方にある国の地方料理でして…」


と、厨房から白いタオルで手を拭きながらコックが出てきた。

黒髪を後ろで束ねた長身の男である。


「私は田舎料理の方が好きなの。よくわかってるわね」


満足そうに雪洞が頷くと、

バタバタと遅れてニコラとシャナが部屋に入ってきた。


「うわあ!おいしそー」

「シャナもご飯するー!」


どやどやと席に着くと、合掌してから争う様に皿にかぶりつく。


普通従者は主人と共に食事をとらないのだろうが

「こんな広いテーブルで一人ぽつねんと食べろっていうの?」

との一声により、ケイマ家ではこれが通例の光景となっていた。


「恵永さん、天才!」


パン屑を頬につけたニコラが言った。


「そ、そうかな…へへへ、いやでも、まだまだレシピが足りなくてね。

それでお嬢、また新たに食材を取り寄せたいんですが、これがまた高価で…」


「いいわよ。お金ならいくらでもあるから」


「へへへ、いつもすいません」


人より下がった眉をさらに下げながら、恵永が会釈する。


もうすぐ三十路に差し掛かるこの男こそが

美食家の雪洞が厳選に厳選を重ねて雇ったケイマ邸の総料理長であった。


恵永が屋敷に来たのは今から二年ほど前のことだ。



「世界一大きなレストランで、世界中の料理を出すことが夢なんです!」


数々の名立たる有名料理家たちが集まる試験会場で

大して目立った履歴も無く、今田舎から出てきましたと言わんばかりの風貌の男が

審査席に向かって頬を紅潮させながら訴えた。


「お金がなくて旅行に行けない人が、海の向こうの料理を食べられる店にしたいんです!」


突如声を張り上げた男を見て、会場内からくすくすと笑いが起こる。


雪洞は黙って恵永の作った料理を口にすると、当時気に入っていた黒ぶちの眼鏡をくいっとあげた。


そして

「あとは帰して良いわ」

と、まだ大量に残っていた料理人たちの履歴書を執事に投げて席を立った。


会場内がざわざわと困惑の空気に包まれていくなか

恵永の背中を冷や汗がつたる。


――どうしよう、怒らせてしまった。

もはやこれまでか…


と、恵永が諦めたときだった。


雪洞は半身だけ振り返って恵永を見ると

「夢を持つ男は嫌いじゃないわ」

と言った。


いつものようにニヤリと笑って――



「お嬢様の我儘に応えるのは大変ですよ。辞退するなら今のうちです」


「こらそこ!」


ぷんぷんと怒りながら審査会場出ていく少女と、それを追う美しい執事をただ呆然と見つめる。



その日から、恵永は見事ケイマ邸の総料理長へと就任したのだった。



あの時のご恩は一生忘れません、と涙ぐむ恵永の隣で、雪洞が次々と料理をたいらげていく。


「いやあ、お嬢の食べっぷりを見ていると、作りが甲斐があります」


「だって美味しいんだもの」


雪洞が答えた。


「しかしお嬢様、こちらが残っておりますが」


「うっ…」


フランシスの指差した先にあるピーマンを見て、雪洞は思わず手を止めて顔を歪ませる。


「だから、き…嫌いなのよ」


「子供ですか」


「うるさいわね!嫌いなものの一つや二つ、誰にだってあるでしょう」


冷ややかな視線を送るフランシスに向かって雪洞が顔を赤らめる。

すると、隣で特性エナジードリンクをごくこく飲んでいたシャナが言った。


「シャナのことは好きー?」


雪洞はにっこりと笑って

「好きよ」と答えた。


「そりゃあピーマンに比べたらなんだって好きでしょう」


空いた皿を片づけながらフランシスがぼそりと呟いた。


思わずぴきっと顔にすじが入ると、雪洞は

「あんたは嫌い!」

と、ぷいっと顔をそむけてしまった。


「キライキラーイ!兄さまキラーイ!」


きゃっきゃとシャナが声をあげて笑う。


ニコラも笑い、恵永も口元を隠して笑った。


フランシスは二、三度目を瞬かせると

「嫌われてしまいました」

と、雪洞を指差してニコラを見た。


「駄目だよフィニステールさん、雪洞さんはガラスのハートの10代なんだから」


「誰がガラスのハートよ、どっから仕入れてきたのよその死語は」



「お嬢様の場合、例えるならガラスというより青銅器でしょう」


「いい加減にしなさいフランシス!」



はしゃぐ顔も、声も、いたいけな少女そのままである。


――日夜大の大人達と肩を並べて

あんなに勇敢に戦っている人とは思えないな…


ニコラはスプーンを加えながら、そっと雪洞を見つめた。




そんな一同の様子を窓辺に影を落とす大きな栗の木にとまる

一羽の小鳥が見つめていた。


くるっくるっと首をかしげると

時折ちちちっと可愛らしく鳴き声をあげる。


その足元には、小型の真っ黒なカメラが括りつけられていた。


ジーッ と機械音がする。


ちちちっ


ジーっ


ちちちっ…



と、小鳥は部屋からふと空に視線を移した。

真っ青な空を浸食するように、灰色な雲がもくもくと迫っている。


動物の直観で何かを感じたのか

鳥は翼を広げてばさばさっと羽ばたかせると、

空高く飛び立って行ってしまった。





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