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TEN-ROBO.-天才少女とロボット執事-  作者: ツキミキワミ
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1-3

「仕返しと言えば」


スケジュール帳をめくりながらフランシスが言った。


「先日裁判所の前で仕掛けてきた刺客ですが、身元が判明しました」


「そう」


雪洞はパノラマの様にゆっくりと流れる景色を眺めて呟いた。


「数ヶ月前に破産した小規模会社の元経営者と会社員数名。

企業を立て直す資金を手に入れないか、という話を

どこぞやの大企業から持ち込まれたとのことです」


ふうん、と興味なさそうに雪洞は答えた。



「今月で30人目だっけ?」


「正しくは36人目、団体数で言えば11個目です。


生憎、その大元の企業については確認はできておりません。

申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください」


「別にいい…。でも誰なんだろう、思いつく人いる?」


「はい」


「言ってみて」


「全部…で御座いますか」


「全部」


フランシスは顔をあげると、しばし静止して記憶を手繰り寄せた。


「…アルファベット順でよろしいですか?」



「…いや、もういい」


雪洞は手を額に当て、ため息をついた。



いつの時代も、権力に敵はつきものだ。

雪洞の経営する会社は彼女が一代で築き上げたばかりの脆弱なものだ。

その上雪洞はまだ18という、小娘となめられて仕方ない歳でもある。


自分の敵を作りやすい言動も相まって、

自分に敵が多いことは彼女自身重々承知していた。


起業を決意してから予想はしていたことだったけれども、

さすがに毎日他人から死を望まれる生活にはいい加減うんざりする。


「はぁ」



思わず投げやりなため息をついた主人を見て、フランシスはぱちくりと目を瞬かせた。



「お嬢様、御安心を。お嬢様のお命は私が御守り致します」


珍しくフランシスが優しい言葉をかけてきた。

驚いて飲んでいたホットココアが口からこぼれそうになるのを慌ててこらえる。


「フランシス…」


「お嬢様は私達にとってとても大切な方なのですから」


――何事かしら、槍でも降るんじゃ…

あ、酷使しすぎてどこかショートしたかな。


なんて心の声とは裏腹に、思わず涙腺が緩む。


「ありがとう」


「お嬢様が居らっしゃらなくなれば、私とシャナは引き離され、データを初期化、全ての感情回路を切断され、どこかの屋敷でこき使われることでしょう。

ニコラは路等に迷いホームレスに逆戻りでしょう」


「…」


砂浜の波が引くように雪洞の感動が薄れていく。


「こんな主人に仕えたばっかりに…。あまりに不憫です」


今度はフランシスが涙ぐむ真似をした。

雪洞の表情から学習したらしい。


「ちょっとねー!」


「お嬢様。どうせ亡くなるのでしたら、御子息ができてからにして下さい」


フランシスが雪洞の手を取り切実な眼を装って訴えた。


――イラッとくる…しかしここは抑えよう。


雪洞はフランシスの方に向き直ると

「へぇー。じゃあフランシス私に夫を探してきてくれるの?」

と詰め寄った。


冷静を装っているものの眉はつり上がっている。


「いえ。それは無理というものです」


主人の様子など気にも留めずに執事はサラッと答えた。


「じゃあどうやって子孫を残すの?」


怒りを増した雪洞の語尾が震える。


「別に男は必要ありません。どうしても御自分のDNAを残したいというのであれば精子バンクという手があります」


「…私に、産めと」


予想外の解答に雪洞は唖然として口をあんぐり開けた。

思わずマグカップを落としかけ、フランシスは「おっと」とそれを支える。


「代理母を用意しましょうか」


――夫は無理でも代理母は用意できるのか。


「他にいくらでも方法はあります。養子などはいかがですか」


「それは手っ取り早くていいわね」


――嫌味を言いたくなってきた。


「全くです。お嬢様の面倒な性格を受け継ぐ可能性がないだけに寧ろよろしいかと」


「どういう意味よ」


雪洞の顔色など気にもせず、フランシスはつらつらと言葉を続ける。


「ニコラなどはどうでしょう?

お嬢様の息子としては少々歳が行き過ぎていますが、あれは貧民街から救われた恩義を常に感じておりますから裏切る心配が無いですし、数少ないお嬢様贔屓ですよ。

まぁ、頭が悪いのが玉に瑕ですが」


フランシスは端正な顔立ちをわずかにゆがめると、腕を組んで考え始めた。

珍しく真剣な表情だ。

全く持って皮肉極まりない。


「…考えておくわ」


――心配されてるのかされてないのか。

そもそものプログラミングを間違えたな。

いや、教育の仕方が悪かったかしら。


かすかな期待がもろくも崩れ去るのもいつものことである。

そんなことを考えながら雪洞は再び窓の外へと視線を戻した。



爽やかな空気を見にまといながら宙を進んでいた車が

オレンジ色の花々の横を通り過ぎる。



と、風とともにふわりと甘い香りが車内に香ってきた。


せわしなくスケジュール帳に何かかきこんでいるフランシスの隣で

雪洞はすっかり空になったホットココアのコップをくわえたまま


「キンモクセイ…」


と呟いた。



「花言葉は、『真実』『初恋』…」




何かを懐かしむように、言葉をこぼす。



フランシスはそんな雪洞の横顔をちらりと見た。



しかし、哀愁とも憧憬とも取れぬ表情を『分析不可能』と認識すると

手もとの手帳に再び目を落とした。


二人の後ろではニコラとシャナが助手席をめぐって喧嘩中。

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