表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TEN-ROBO.-天才少女とロボット執事-  作者: ツキミキワミ
5/40

1-2

雪洞の発明した精神異次元輸送システム【篝―KAGARI―】


その運営における不祥事をめぐる裁判から数日が経った。



あの後、システム上の異常は起こっていなかったという調査結果を検察側も正式に発表し

そして何よりフランシスの提示した「二つの条件」が世界中で3D映像で発信されたてから

雪洞たちをを糾弾する声はぴたりと止んだ。


【篝】の過剰滞在から神経に傷を負ったとされる少年は

和解成立と同時に驚異的な速度で回復し、

現在は学校への復帰を控え、自宅で療養中であると

朝一番のニュース番組で、局名物の女性キャスターが報じていた。


「結局慰謝料目当ての、いちゃもんだったのよ」


フランシスの用意したモーニングセットを食べながら

雪洞が言った。


「いちゃもん」


「濡れ衣ってことよ」


「なるほど。

ジャムは苺になさいますか?マーマレードになさいますか?」


「苺」


赤い小瓶を雪洞に手渡しながら、フランシスは頷いた。


「これでようやく、通常の仕事に専念なさることができますね。

それでは本日のスケジュールなのですが、まずは世界ロボット工学研究者会議の…」


御経のように読み上げられる分単位のスケジュールを聞き流しながら、

雪洞はたっぷりと苺のジャムを乗せたスコーンを、いざ食べんと口を開ける。

と、その時だった。


「ただいま、新しいニュースが入って参りました」


何やら女性キャスターが神妙な面持ちで言葉を続けると

手渡された紙を見て顔をしかめた。






雪洞は久方に、世界ロボット開発者会議に出席していた。


「ええ~、今日の議題はですね

前回に引き続き、障害者支援福祉ロボットの新型発表につきまして…」


ステージの上に立つ肥満気味の司会者は、

ライトの熱に照らされ汗をしきりに拭っている。


会議と言っても、200人もの「天才」たちの出席するそれは

ホテルのエントランスにありそうな壮麗なシャンデリアの飾られた

コンサートホールのような場所で行われていた。


そのシャンデリアの真下にある席で

雪洞はステージ上で映し出されるロボット模型の3D映像をぼんやりと眺めていた。



【篝】を発明してから約2年。

【KAGARI】を起業してから約一年。


飛ぶ鳥落とす勢いで成長する会社は幸い大きな事故に見舞われることもなくやってきた。

それもひとえに、雪洞の類稀なる頭脳と、時として人間よりはるかに合理的かつ効率的な判断を下すフランシスの努力の賜物である。


それがここのところ、どうも調子がおかしい。


雪洞は今朝のキャスターの言葉を思い出していた。


キャスターはどこかの国で戦争でも起きたのか、と言いたくなる様な表情で眉をひそめると

幾分か声を低めて言った。


「ただいま、【篝】の利用者であった数名が都内の病院に搬送されたとの情報が入って参りました。


先日の訴訟と同様、今回も過剰滞在による神経回路の損害が原因とみられています」



雪洞は頬杖を付いて、面倒くさそうにステージを眺める。

「障害を持った人間の手足となるロボット」とやらの顔を見ながら

頭の中では白いカプセルに入れられ救急治療室へと運ばれていく

男たちの映像が繰り返し流れていた。



「それでは次回までに、新型家事補助ロボットの模型について

各々のレポートを…」


真っ白な髪と口ひげを生やした会長が会議の終了を告げると

がやがやと一気に会場が騒がしくなる。


車を用意して参ります、というフランシスの声に手で応えると

雪洞はその日配られた電子資料に目を通す。



「また大量な資料を簡単に出しやがって。

ええと5、10…うわっ70ページもあるじゃない」


ぶつぶつと文句を言いながらポーチから眼鏡を取り出そうとしていると、

ふと甘ったるい講師の香りが漂ってきた。


短いスカートから覗く細い足が見える。


顔をあげると、すらりと伸びた身長にショートヘアがよく似合う

ライバルのアリエル・アンダーザシー(Ariel・Under the sea)であった。



「お久しぶりでございます、雪洞さん」


「…まあ。お久しぶり、アリエル」



くっきりとした二重の瞳に大きな睫毛を瞬かせ

巷で大人気のカリスマモデルでもアリエルは、にっこりと雪洞に微笑みかけた。



「一連のニュース、拝見致しました。

とても大変だったご様子で、私何もお手伝いできなくて心苦しかったですわ」


「お気づかい有難う。そうなのよ、ちょっとね」


雪洞は電子資料をタブレットに保存すると、

鞄にしまった。



「行きましょうか」


「ええ」



二人の少女は肩を並べて部屋を出ると、ロビーへと向かう。


世紀の天才少女と言われる二人のツーショットはしばし周囲の注目を集め、

ロボット開発者会議の一つの名物と化していた。


ひそひそと話しながらこちらを指差す人々などまるで気にせず

アリエルはいつものようにゆっくりと、幼なそうな高い声で話し始めた。


「そもそも今回相次いで発生している精神破綻の原因というのは

利用者の過剰滞在ということでしたけれど、

これまでそんなことはありませんでしたのに、何故こうも突然?」


さも心配そうな表情でアリエルは雪洞の顔を覗き込む。


「さあ分からないわ。

何故かここのところ、こちらで規定した時間を超えて

滞在した人たちがる人たちが出てるみたいなの。


先ほど家族と電話で話したのだけれど

今回は、こちらが治療費の一部を負担することで早急に落ち着きそうよ」



「…まあ、それでは無事に和解できそうなのですね、良かったですわ」


アリエルが胸に手を当ててほっと溜息をつく。



「私、心配しておりましたの。

ニュースを見ましたら、執事さんを矢面に立たせてご自分は出ていらっしゃらなかったので

先日の裁判は上手くいかなかったのでは無いかしらって」



――よく言うわ。

しっかり傍聴席に、関係者を忍び込ませていたくせに。



あの日、広い裁判室の傍聴席で

しきりに電話で何かを報告している不審な男が居たのを雪洞は見逃さなかった。


変装はしているが、それがアリエルの周囲にいつも居るSPであることにも気付いていた。



雪洞はにっこりとほほ笑み返すと、アリエルを見上げて言った。


「そうなのよ。あの時は何故か急に報道陣が詰めかけて来たものだから困ってしまったわ。

だって、早めに切り上げたはずなのに、何故かドンピシャのタイミングだったのよ。


まるで誰かに教えられたかのように」



「まあ。それはアンラッキーでしたね。

私もよく報道陣の方々に囲まれて、困りますの」



ふふふ、と少女たちは顔を見合わせて笑いあう。



「そう言えば、いつも貴女の周りを徘徊しているあのSPは今日居ないのね」


「まあ、どの方のことかしら。

私を守ってくださるSPの方々はたくさんいるので、分かりませんわ」




二人は警備ロボットの合図に合わせ、建物のエントランスを出た。




「これからは、私でよければいつでもお手伝いいたしますので

困ったときには是非読んで下さいな」



すれ違う男たちが思わず見とれるほど可愛らしい笑顔で

アリエルが雪洞に微笑む。



「それは有難いわね。

でも悪いわ、そちらも会社の経営や芸能活動で忙しいでしょうに」



「まあ、他でも無い雪洞様のためですもの。

私たち、学生時代からの付き合いじゃなくって?


どうです、是非一緒に篝の経営を…」





そんな雪洞の姿を見つけ、たたたっと小さな幼女が走ってきた。

そして思い切り飛び上がると、がばりと抱きついた。




「ぼんぼりたま!お疲れ様!」



雪洞はわっと声をあげてそれを抱きとめる。


抱きついてきたのは、幼女型ロボットのシャナ(Shana)であった。

ほっと顔をほころばせる。



「シャナ!」


シャナはフランシスの妹分にあたる、超高性能人工知能人型ロボットだ。


知能指数は兄より格段に劣るが、彼女の役目である主人の“癒し”効果は十分に果たしてくれている、セラピー用ロボットであった。



大きなリボンを頭につけ、白に近いブロンドの髪が丁寧に巻かれている。

やや垂れ下がった目尻が可愛らしく、フランシスの妹にふさわしい

フランス人形のような風貌であった。



「シャナ、ごめんね仕事が長引いて。良い子にしてた?」


「んふふー」


答える代わりにかりと笑ってシャナは雪洞を見上げた。


ところどころ泥のついた洋服が、彼女のやんちゃぶりを物語っている。


――やれやれ。

また何かいたずらしたわね。


まあ、何をしたって良いわ。

可愛いから許す。


雪洞はニヒルに笑う。



「あら、この子が例の?」


アリエルがシャナを見て目を丸くする。


「ええ、そうなの。

去年、孤独死撲滅連盟から例外的に許可をうけて作った

フランシスの妹よ。

人間で言えば3歳くらいかしら」




「…これはこれは、可愛いお嬢さんね」



アリエルはにっこりと笑うと、視線を合わせるようにしゃがみこんで

手を差し出した。



「初めまして。雪洞さんのお友達の、アリエルと言います」


シャナはぎゅっと雪洞のスカートを掴むと、隠れるように顔をうずめて

横目でアリエルを見た。



「まあ、どうしたのシャナ」



雪洞は驚いてシャナを見る。



「…」



「駄目よ、御客様にはちゃんと挨拶しなさいっていつも言ってるでしょう。


ごめんさいね、アリエル。

いつもはこんなに失礼な子じゃ無いのだけど。


子供ってほら、素直だから」




アリエルの口角がぴくっとひきつる。


何がおっしゃりたいの?と目が語る。



言葉通りよ、と雪洞が勝ち誇ったような顔で笑う。



「…急に有名人が現れたものだから、少しびっくりさせてしまったのかもしれませんね。

子供は教育者に似ると、申しますから。」



「悪かったわね」



「とんでもない」



二人の間に火花が散る。



「それではフランシスが待っているので失礼するわ」



フランシス、という言葉にアリエルはまたもや顔をひきつらせた。



「おたくのセバスチャンによろしく」



ふふん、と鼻で笑うと、雪洞はシャナの手を引いて

建物の裏手にある関係者駐車場へと向かって行った。






「シャナ、どうしちゃったの?さっき」


「あのお姉さん、怖い」


シャナはまた雪洞のスカートを再びぎゅっと掴んだ。

それをきょとんと見ると、雪洞は声をあげて笑う。



「あはははは!そうかそうか、やっぱり分かるか。

さすがロボットは敏感ねえ。


そうよ、あの人は危険だからね」


「キケン?」


「きけん。気をつけなさいってことよ」



そう話しているうちに、フランシスが車を引き連れて現れた。



「お待たせしました」


手慣れた動作で車のドアを開ける。


雪洞がそれに合わせて乗り込むと、

シャナも続いてよいしょと座席に手をかける。



と、ひょいとシャナの体が宙に浮いた。


「お前は向こうだ」


シャナの背中をつまみあげたフランシスは

その後ろに停まる深緑色の車に向けて

ポイッと投げてしまった。



遅れて着いたその車から出てきたニコラが

慌ててシャナを受け止める。


「あわわ、フランシスさん危ないって」



「なんで、兄さまのバカ!

シャナもぼんぼりたんと同じ車に乗る、いやあ!」


そんな抗議をまるで介せず、といったように

フランシスは車に乗り込みドアを閉めた。


「行ってくれ」


「リョウカイ、ウンテン、サイカイシマス」


わわわわん、と電気モーター音が鳴る。


雪洞はそれでも何か言いながら追いかけてくるシャナに手を振りながら

フランシスに言った。



「乗せてあげればよかったのに」



「シャナを乗せたら何をされるかわかりません。

先日あの怪力で特注のバスタブを破壊されたのをお忘れですか!

この車はメンテナンス代も馬鹿にならないのですよ」


日々ケイマ家の家事や財政管理に追われるフランシスが悲壮な声をあげる。


「はいはい、分かったわ。優秀な執事を持てて本当にた・す・か・る」


ひらひらと片手を振ると、雪洞は窓を開けて外の空気を吸い込んだ。




「ヒコウモード、ユレニゴチュウイクダサイ」


車がゆっくりと高度を上げ、空中道路を滑走し始める。



「さっきアリエルに会ったわ」


「アリエル様に。お久しぶりですね」



「やっぱり、この間報道陣に情報を流したのは彼女だったみたいよ」


「やはりそうでしたか」



気付いてたの?と雪洞がフランシスを見る。



「…まあ、いいわ。今日はシャナが仇を取ってくれたから」


窓から地上を見ると、除々に小さくなっていく街並みの中で

ようやく諦めたシャナがニコラと車に乗りこんで

離陸するところだった。


雪洞はふっと笑った。



「シャナが。アリエル様に」


「そうなの。随分悔しそうな顔してたわ、実はね…」


と雪洞は一連の話をフランシスに話し始めた。







「アリエル様、車のご用意ができました」


アリエルの執事ロボットであるセバスチャンが近づき、

冷えて参りましたのでこちらを、とカーディガンを渡す。



アリエルは黙ってそれを受け取ると、

小さくなっていく車を憎々しげに見上げながら



「…妹、ね」



と呟いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ