1-1
フランシスは恐ろしく美しい顔をしていた。
陶器のような白い肌に、滅多に変化しない顔色は
ガラスケースに仕舞われたフランス人形を見る人に髣髴させる。
二人で歩いているとすれ違う女たちのほとんどが振り返った。
そんな時、雪洞は自分より頭一つ分高いフランシスの顔を盗み見るのだが
時折機械的に瞬く睫毛は雪洞の2倍はあるのではと思われて、嫉妬心を忘れまじまじと見つめてしまうのだった。
フランシスはロボットである。
精神の科学的研究発展に伴い
25世紀では人工知能――いわゆるロボットの研究も進んでいた。
精神たらしめるエネルギーの解明が遂げられていない以上、その能力は未だ
人間のそれにはるか及ばないものであったが
家庭用、業務用、軍事用、娯楽用と、人間の様々な目的に応じ多くのロボットが作られては、
日夜世界の潤滑な進行に貢献している。
そんな中、天才発明家兼【篝―KAGARI―】社長として多忙を極める雪洞・F・ケイマの執事として、
彼女自身により作られた人型ロボットがフランシス・ド・フィニステール(Francis de Finistere)であった。
それは実存するどのロボットより、
極めて人間に近く
考え
笑い
動く
超高性能ロボットであった。
科学的な精神研究者として時代の先端に立つ彼女だからこそ
それほどの人工知能をいち早く開発できたのかもしれない。
実際のところ、どのような技術で、どういう経緯で彼が作られたのかは
誰も知らなかった。
ある日突然、雪洞はフランシスを連れて現れたのだ。
人々はただその美しすぎるロボットを見て
-二つの意味で-驚嘆したが
彼女を迎えたのは、その技量への称賛に加え痛烈な批判であった。
人型ロボットの発明は、その開発が進む一方でタブーとされる傾向にあった。
技術とコスト上の問題、また倫理上の問題からである。
雪洞は、この禁忌を犯して、フランシスを作った。
「世界の秩序を乱す気か!?」
「お子様のお人形遊びとは違うんだぞ!」
巻き起こる批判の渦の中、雪洞は突き付けられたマイクに向かって「量産はしないわ」とだけ答えた。
【篝―KAGARI―】を筆頭とし、雪洞は数々の社会活動を行ってきた。
――もちろんそれは止まぬ批判に対する雨除けにすぎなかったのだが
雪洞はフランシスを彼女の執事として用いることで
間接的に社会貢献に従事する平和維持型ロボットと位置付けることでようやく事を収める。
一方で、フランシスにはもうひとつ、少し厄介なこともあった。
その外観ゆえに引き起こされる
倫理上外の問題である。
「どちらがご主人か分かりませんわね」
ある時、世界工学発明者という俗にいう『天才』たちが集る会議で、ライバルのアリエル嬢に言われたことがあった。
「まるで気晴らしに散歩にでかけた貴族が
気まぐれに村の平民を引き連れているようですわ」
そういう彼女も、雪洞の後を追うように作った超高性能人型ロボットを引き連れていた。
フランシスより一回り小さなその男性型ロボットは、性能の面でも外見の面でもフランシスより劣っている。
女の嫉妬であった。
「そういうあなたのロボットは、もう少し装飾を施した方がいいんじゃない?」
「お、御二人とも落ち着いて。世紀の天才と言われる少女同士が争っては、世界がいくつあっても足りませぬ…」
ばちばちっという音が聞こえそうな火花のぶつかりあいに周囲が戦慄する中
フランシスは有変わらず涼しげな顔で雪洞の後ろに立っていた。
雪洞はしばしば、似たような子供じみた嫌がらせを
特に女たちから、幾度となく受けることとなった。
しかし
主人より美しい執事――
雪洞にとってそんなことはどうでも良かった。
例え、彼の銀髪が雪洞のひそかに自慢としていた長い髪よりはるかに綺麗な艶を持っていても
例え、色めかしくも男性的に響く彼の声がしばしば事業の交渉相手を発情させ商談を中断させられても
例え、ひどく冷たい銀色の瞳で痛烈なダメ出しを繰り返す彼の冷淡さに幾度となく心の傷を抉られても
あの日『彼』が消え
『世界』が消え
心を照らす全てが遠ざかったあの瞬間から
フランシスと篝だけが
雪洞の生きる、唯一の理由であったからだ。
【篝】
それは彼女にとって
まだ未完成で
不十分で
それでも狂おしいほどに
焦がれる世界だった。
その完成を目指してフランシスと歩く道のりは
彼女の願いに辿りつくまでの
旅に他ならないのである。
二人で夢見た
世界を追って
彼の残した
言葉を負って