4-2
「相変わらず癇に障る方ね…」
背後からかすれた声がして振り返ると、
雪洞が壁に寄りかかってこちらを見ていた。
「雪洞様!ベッドに戻らないと!」
慌てて追いかけてきたニコラが
息を切らせて雪洞に声をかける。
「雪洞ちゃん…!
歩き回るにはまだ早い。
悪いことは言わないから、寝てなさい」
「Dr.トムキンス、それは無理です。
目を閉じるとまだ、シャーロットが…」
雪洞は俯くと頬に影を落とす。
「…そうか…。
下がってくれ」
トムキンスはニコラに手で合図する。
「だけど…」
「私がついている。
大丈夫だ」
「…わかりました」
ニコラが去るのと同時に
フランシスが雪洞に駆け寄って体を支えた。
「お嬢様、聴覚が戻られたのですね」
「当たり前でしょ、Dr.トムキンスは世界一の名医なんだから。
まだ少し聞こえは悪いのだけれどね」
雪洞は顔をあげると力無く笑う。
「世界一は言い過ぎだ。
完治には少し時間がかかるからな、安静にしておきなさい」
諭すトムキンスを無視して、雪洞が画面に近寄った。
「…これは?」
フランシスとトムキンスは顔を見合わせる。
「ユリシスが残したチップに入っていたものです。
篝の設計図に非常によく似ていますが…」
お嬢様、何かご存知で?
と言いかけて、フランシスは口をつぐんだ。
雪洞の目は、大きく開かれその瞳が震えるように揺れていた。
何か恐ろしいものを見たかのように、口元を抑えてる手の隙間から
ひゅうひゅうと乱れた呼吸が漏れる。
暗い部屋に浮かぶ人工的な緑光に照らされていても分かる、
真っ青な顔色。
「おい、どうした?
大丈夫か?」
トムキンスが慌てて駆け寄り、首と手首に指をあてる。
「お嬢様!?」
「これは…陽炎…」
雪洞は、かすれた声で呟いた。
「えっ…?」
「…どこで手に入れた!?」
今まで見たどのときよりも恐ろしい剣幕で、
雪洞はフランシスに詰め寄った。
突如襟を掴まれたフランシスが、苦しそうに声をあげる。
「ユリシスがよこしたチップに入っていたのです!!」
「ユリシスが!?
嘘つかないで!」
「嘘を言ってどうするのですか!」
抵抗もできず締め上げられるままのフランシスが
ぐっと声を詰まらせる。
「落ち着け雪洞ちゃん!
あまり興奮すると、傷口がまた開く!」
トムキンスに背後から押さられながらも、
顔面蒼白な雪洞は視線を画面から離さない。
怒りなのか恐怖なのか、火照った体からはかすかな震えが伝わってくる。
「…大丈夫だから。
落ち着きなさい」
いつも精神病棟の患者にそうするように、
トムキンスはなるべく静かな声で
ゆっくりと雪洞を宥める。
「彼は嘘なんてついてないよ」
「そう…なの?」
顔が今度は、思い切り歪む。
何かに、絶望したように――
フランシスは乱れた襟元を直しながら、こほんと咳をして言った。
彼の神経回路も著しく乱れているのが、自分でもわかる。
「私の推測ですが、恐らくこれは、アリエル様御自身が開発された篝の偽物。
そして、シャーロットが送られた場所かと…」
「シャーロットが?」
雪洞が初めてしっかりとフランシスを見た。