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TEN-ROBO.-天才少女とロボット執事-  作者: ツキミキワミ
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1-0

「フランシス、遅かったわね」


雪洞は腕を組むと、飄々と立っているフランシスを見上げた。

自分よりずっと青年を見下そうと、懸命に顎をあげる。


「時間通りとおっしゃって下さい」


フランシスは淡々と切り返し、車の後部座席を開けた。


数世紀前の新型ポルシェ911カレラをモデルにした真っ白な小型リムジンは

「そもそもスポーツカーをリムジンに摸することが無理なのです」

と文句を言うフランシスを押し切って、無理やり作らせた雪洞のお気に入りだった。


おまけに現代仕様で、空も飛べれば水にも潜れる。

さすがに光線はでないけれど、車とはなんなのかもはやよく分からない代物には違いない。


しかし今の雪洞の関心は、愛車よりフランシスの悪びれぬ態度である。


「予定外の時間で出てこられたのはお嬢様です」


「う、まあそうだけど。でもいつも30分前には来てと言ってるじゃない」


――というか、ちっとも悪びれぬその態度がなんか嫌。


一度で良いからその飄々とした態度を壊してみたい。

いつも完全無欠な彼が慌てふためいた姿を、雪洞は見たことが無いのだ。


雪洞がぐずぐずと駄々をこねていると、フランシスがバタンとドアを閉めた。


「あ!なんで閉めるの!?」


「ドアとはそこに入るために開けるものです。お入りにならないのなら閉めるのが妥当でしょう。

ついでに御乗りにならないのならこの車も車庫に戻して参りましょうか」


フランシスは意地悪く、ニヤリと笑った。


――この…


何か言い返してやりたいが、今回は明らかにこちらが悪い。


「あなた、また変な表情覚えたわね」



ロボットゆえなのか、人に近いゆえなのか

フランシスはまだ少女である主人に対しても容赦が無かった。


いつも口論をしては、負ける。



--いつか絶対、負かしてやるんだから


と数百回目の決心をして

雪洞はしぶしぶ車に乗り込んだ。


続いてニコラは少し離れたところに停まる深緑色の小さな車に向かい、

フランシスは雪洞の乗る反対側のドアを開ける。


それを見た雪洞はきょとんとして

「フランシス、今日はこっちに乗るの?助手席じゃないの?」

と尋ねた。


この時代の車には、自動の運転モードは無論、21世紀より更に発展した防御装置が施されている。

しかし、いきなり道端から射撃されるような事態には対応しきれない。


一方フランシスは、そこらの旧型兵器よりよっぽど戦力になり得る身体能力を有している。


執事に加えボディーガードの役目も果たす彼は、

後を絶たない雪洞の財産を狙った奇襲に備え

いつも助手席に座っていた。


つい先日も、遠方からの射撃を直前で察知したフランシスが

すんでのところで運転席に跳び移り、回避させたばかりであった。


「大丈夫です。最悪の場合はここからでも運転席に行けると先日分かりましたので」


「…ならいいけど」


リムジンの運転席と後部空間は仕切りで隔てられている。

わざわざ一度降りて乗りなおすのだろうか、はたまたそこを突き破るのだろうか。



「そういえばフランシス、ニコに聞いたわよ。

『片付け』はどうだったの?」


「問題ありません」


刺客に狙われた時点で問題がないわけない。


今度は一体どんな片付け方をしたの、と雪洞はフランシスを見る。


爆破、釣り首、四肢切断…

殺生は禁じていたけれども、それでも余りあるほど彼は敵に対して容赦がなかった。


完膚無きまでに、再起不能なまでに叩き潰す。


「何度も来られたら迷惑でしょう。一度で分からせてあげるのが優しさです」


と、どこかの映画を見て覚えてきたらしい台詞を

俳優の様な顔立ちで述べるフランシスを見て、雪洞はぶるりと体を震わせた。



「出発してよろしいでしょうか?」


「うん」


「屋敷へ」


合図と同時に、自動で車のエンジンがかかり

「リョウカイシマシタ、シュッパツ、シマス」

と、車が動き始めた。



その時だった。



どどどぉっ と地響きの様な音がして、車が小刻みに揺れた。

「何!?刺客!?」



雪洞が慌ててドアに手をかける。

フランシスはピクッと何かに反応する。


「お嬢様お待ちください、出ては駄目です」





バシャバシャバシャッ!!!




けたたましい音と共に

目が眩むような光が一斉にたかれた。



「ただいま、雪洞・F・ケイマ氏が裁判所から出て参りました!」


マイクを持った女性が、25世紀仕様の巨大なカメラを担いだ男性たちを引き連れ

車の周りを一斉に取り囲む。

どこから湧いてきたのか大量の記者たちもそれに続いて

半開の窓をこじ開けるように、車内にマイクをねじ入れた。



車内にまで届く稲妻のようなフラッシュの中

記者たちは口ぐちに何かを叫んでいる。



「裁判に決着は着きましか!?慰謝料は払われるのですか!?」


「家族への謝罪は!」


「やはりシステムに異常があったことを認めたのですか!?」



慌てて窓に黒いスモークをかけながら、雪洞がちっと舌打ちする。


「刺客よりタチ悪いヤツらが来たわね…」


「変ですね。わざわざ時間を変えて出てきましたのに、こうもあっさり嗅ぎつけられるなんて」


「もう、何そんな悠長に構えてるの!

あ、ちょっと、車壊さないでよ!?」



バーゲンにつめかける主婦たちのように、記者たちは我先にと車に詰め寄る。

人の圧力でミシミシと車が悲鳴を上げる。


しかし突如、ぶわっ と

数名の記者が勢いよく背後に飛ばされた。


フランシスがその怪力で、記者ごと車のドアを開けたのだ。


「これは失礼」


フランシスは後ろ手でドアを閉めると、カメラに向かって優雅にほほ笑んだ。

ふっ飛ばされた同僚を見て呆然としていた女性記者が、はっと我に返ると再び声をあげる。


「こ、これは、雪洞・F・ケイマ氏の執事ロボット、フランシス・ド・フィニステールさんですね。

ケイマ氏の発明した、精神異次元輸送システム【篝-KAGARI-】の利用により精神破綻者がでたということで

訴訟が起こっていたとのことですが

ケイマ氏は過失を認めたのでしょうか!?」


フランシスは女性を一瞥すると、涼しい顔で答えた。


「わが社の解答は、今まで通りでございます。

【篝】では一切のシステムトラブルも発生しておりません」


「ですが現実的に、精神破綻者がでているのではないですか!」


「現実的に、誤作動の履歴は残っておりません。

これは検察側の調査によって正式に認められたもの。


それは貴女も、ご存知でしょう?」


フランシスに見つめられた女性記者は顔を赤らめ、ぐっと言葉に詰まる。

代わりに隣の男性記者が、街のチンピラのような勢いでまくしたてた。


「それでもあんたらの作った機械が原因で被害が出たことには変わりないだろう!

責任を放棄するのか!?」


男の眼鏡が冷たく光る。


「フランシス、やっぱり私が行くわ」


黒くスモークをかけた窓の向こうから、雪洞が声をかけた。

しかしフランシスはそれを手で制すと、なおも言葉を続けた。


「責任の放棄。

責任の放棄と申しますなら、御話は早い。


そもそも、わが社で提供しておりますのは、精神を肉体から解放し、

共存させる新たな世界【篝】へとお連れする『方法』に過ぎません。


もちろん最低限の安全は保障しておりますが

そこから何をするか、何が起こるかということは全て

利用者様の責任にございます」


したたかな、しかし下腹部を押し上げるような強い声が響いた。

辺りは一瞬 しん、として一同はフランシスを見つめる。


「もしそれすらも、こちらで保障しなければならないというのなら

選択は二つ」


フランシスは端正な細長い指を二本、瞳の前に掲げた。


「一つは、【篝】内における利用者様の全ての行動を、こちらで監視・統制させて頂きます。

これまで提供してきた『自由』を代償に、全ての責任を負わせて頂きましょう。



そして二つには、【篝】利用の全面停止」



指の間から覗く瞳が、少しつりあがったかと思うと

鋭くきらりと光った。


「ですがそれは、全世界に何万と居られます利用者様を

納得させられたらの話になりますが」


細めた瞼から覗く銀色の瞳は

柄から抜かれた日本刀を想わせるほど冷たかった。



――ああ、やはりこれは人では無い

主人を守る

その義務を遂行するためだけに存在を許された

ロボット なのだ



女性も男性も、カメラのレンズからそれを見ていた報道陣も

その並々ならぬ迫力にごくり、と唾を飲んだ。



そんな張りつめた空気を弾くように、フランシスはぱっと表情を変えると

一転して柔らかい笑みを報道陣に向けた。


「それでは、詳細は追ってお知らせしますので、今日はこれにて失礼いたします」


深々と頭を下げると、真っ白な車のドアを開けて優雅に乗り込む。



同時に ガーッ と黒い窓が開き

中から雪洞が顔を出した。


「そういうことだから。じゃね」


にこにこと手を振る雪洞を隠すように

再び窓が閉じられていく。




魔法にかけられたように呆然と立ち尽くす報道陣たちを地上に残して

真っ白な車と、それを追う小さな深緑色の車は悠然と空中に上がって行く。



くるりと旋回して見上げる人々に影を落とした後

雲一つ無い真っ青な秋晴れの空へと消えて行った。




後ろの車内ではニコラがそんなフランシス劇場を涙目(恐怖)で見つめています。

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