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「ところで」
ユリシスの声でフランシスははっと我に返った。
「肝心要の雪洞・Fケイマ様の姿が見えないようですが?
私は彼女に会いに来たのです」
ユリシスがステッキをくるりと回して縮めると、
胸ポケットに閉まった
。
フランシスは左胸に手を当て
「大変申し訳ありません、主人はただいま心身ともに調子を崩しておりまして
別室にて休養中でございます」
と頭を下げる。
「それはそれは」
ユリシスは何かを見透かしたように、フランシスを見つめた。
「確か今日は、裁判の日でございましたね。
学会でも話題にのぼっておりましたゆえ、存じておりますよ。
篝のセキュリティに欠陥がありましたそうで」
「欠陥の有無につきまして目下探索中でございます。
大きな声では言えませぬが、世界規模のわが社ともなりますとあの手この手で莫大な財産に近付こうとする輩が居るものですから。
この世界ではそうも事が単純ではないことを、お分かりでしょう」
お宅のような小規模経営が時折羨ましく思われます、とフランシスは微笑んだ。
「…順調に経営が進んでいらっしゃるようで何よりです。しかしあまりに多忙なスケジュール、いくら有能社長と言ってもそこは少女、ついに倒れましたか」
ユリシスは憐れむように言った。
「おっとその点は、責められるべきは雪洞様ではございませんね。
私などは企業経営と芸能活動を両立なさるアリエル様の一挙手一投足に細心の注意を払っておりますゆえ、ここ数年我が主人は風邪の一つもひいておられません。
主人の体調管理は、執事の役目でございましょう」
フランシスはぐっと言葉に詰まった。
体調管理どころか、先程主人を殴って気絶させた張本人である。
言い返さないフランシスを見て、ユリシスの言葉はさらに続く。
「しかしいくら体調が優れぬとは言え、客人が来ているのにたかが同じ敷地内、顔も出さぬというのはこれいかに。
世界規模の顧客をお持ちな経営者としては、大層な無礼講ではありませんか。
そんな脆弱なトップが率いる会社なら、つぶれてしまうのがオチでしょう」
どうだ、と言わんばかりの顔である。
「申し訳ありません、言付けは私が承りますので」
言葉とは裏腹に強気な態度でフランシスは言い返した。