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23世紀――
それは今よりもっと
科学が世界を浸食する世界。
この時代では、人を人たらしめるものという、極めて非科学的な命題を
科学的に解明しようとする動きが起こり始めていた。
まずは彼らが取り組んだのは、素粒子レベルでの肉体の研究。
しかし科学者たちは、肉体のみでは
極めて雄大な人間の体系を解明できないと知る。
そこで彼らが強い興味を持ったのが
精神である。
精神――それはこれまで、確かに存在が認められながらも
極めて曖昧な解釈のまま、時代に放棄されてきた。
それまでの常識と言えば
「精神とは非科学的なもの」
であり、
強いてそれらしく言うなら、肉体を統括する脳の
情報の収集と信号の発信という動き、というくらいにして
科学的な説明、定義は未だ確立されていなかった。
一方で、
この世の理へ理解を進めていく科学者たちの注目を集めたのが
異次元空間の存在であった。
「新たな世界」という
矛盾するような、なんとも非科学的なものにも
21世紀以降、一層の関心がよせられた。
現在我々の世界は、4次元‐我々の肉体が置かれた3次元に時間軸を加えたもの
で成り立つとされている。
その外にある異次元の存在は21世紀からも示唆されていたが
22世紀の終わり、その新たな次元の存在が
とある科学者集団によって正式に発表されたのだ。
果たして異次元とはどこにあるのか――
脳の中である。
正しく言えば、脳の動きを規定する世界というものが
我々の知覚する世界と同時に存在するというのである。
そしてその世界こそ
脳を動かす「エネルギー」
即ち「精神」の存在場所であることが分かった。
精神と称されるそのエネルギーは、どこまでも自由に
速く
広範囲に
そして己の意思を持って動き回った。
精神の存在が、初めて科学的に認識された瞬間であった。
科学者たちは、この全く新しいエネルギーの存在に到達し
「科学が非科学を凌駕した瞬間」と
世界中が歓喜の渦に包まれた。
こうして精神は、証拠が理論を追いこして存在するものとして
23世紀に鎮座する。
世界中の科学者たちが、今度はその発生源について
血眼になって探索する一方で
23世紀の初頭、一人の少女が現れた。
世紀の天才と言われる、雪洞・F・ケイマである。
彼女が目を付けたのが、
この脳内に定着し、活性化させるエネルギーの動きそのものである。
彼女は科学者でありながら、類稀なる非科学的な感覚、いわゆる直観 を有していた。
彼女はその直観により――もちろん意識の上では様々な裏付け理論を組み立てたのだが
原因は分からずともエネルギーは確かに存在すると分かったのだから
その跡を追うことは可能であると考えた。
そして、
精神の動きを素粒子レベルで写し取ることができれば
それは「異次元における精神乖離になるのではないか」と。
科学者として気負いなのか
はたまた何かよっぽどの理由があるのか
何が彼女をそこまで突き動かしたのかは誰も分からなかったが
まるで何かにとり憑かれたかのように
雪洞は全生命力をかけてその体系化に取り組んだ。
そうしてついに、それまで理論にすぎなかったこの「第三ネットワーク」を
雪洞はたった一人で、現実ものとして完成させる。
このとき、弱冠16歳であった。
写し取った精神の動きを
理論は分からずとも確かに存在する新たな異次元に移す。
その世界を【篝】と名付けると
雪洞は新たな「旅行先」として、人々に―有料で―開放し始めた。
肉体から開放された精神世界で新たな生活を楽しむ
そんな新世紀の高級レジャースポットは無論一大センセーションを巻き起こし
雪洞は世界の納税者TOP10に入る大企業社長に史上最年少でのし上がったのである。
そうして雪洞は、未だ未完成と称される【篝】の更なる発展と
その経営に奮闘する日々を送り始める。
彼女の執事、フランシスとともに――。