表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TEN-ROBO.-天才少女とロボット執事-  作者: ツキミキワミ
15/40

2-5

「くそ!」



何も残らない、まっさらな大地を見ながら

雪洞は拳を窓枠に叩きつけた。



「逃げられた…


逃げられたわ!」



――どこか犯人を、軽んじて見ていた。


これはその甘さが生んだ失態だ。



もう一度、ガスッと鈍い音を立てて掌を打ちつけると

悔しそうに顔を歪ませ、雪洞は膝から崩れるように座り込んだ。


すっかり項垂れたまま、言葉をこぼす。


「…鍵を、取られたわ」


――篝の鍵


感情と心音を競合させて編み出されるその人特有のリズム、それが確かに篝のセキュリティキーである。


この世では私とフランシスしか知らない筈だ――最も、篝の鍵とはいわゆるセキュリティキーのこととしかフランシスは認識していないだろうが


あんな少年が、そんな情報を手に入れているわけが無いとはなから決めつけていた。

絶対、なんて絶対無いのに。


そして何より…


真っ白な壁に、

うっすらと血のにじんだ手を這わせる。


雪洞は焦点の定まらない目でそれを睨みつけた。



――問題は、あの少年の


まるでその『先』を知っているかのような言動。



まさか篝の経緯を知っている…?


なぜ作られたのか、その本当の目的を


そして何より、


あの人のことを…




「失ったものは二度と戻ってこないのに」

「繰り返しているんだろう」


耳元で少年の声が木霊する。


抑えていた重く生ぬるい感情がこみあげてくる。


吐きそうだ――



雪洞は髪をかきあげ、ぎりっと歯をきしませた。



もう一度ぐっと

拳を握りしめる。


そしてそれを叩きつけようと、腕を振り上げる。


その時、背後からそれよりもっと大きな掌が

すっとそれを包み込んだ。


「出血しております。

手当て致しますので、お待ちください」


フランシスは胸元から白いハンカチを取り出すと、

口にくわえてびりっと破く。


手慣れた動作でそれを雪洞の小さな手に巻きつけると

「今消毒液を出しますので」と今度は逆側のポケットから小さな箱を取り出した。



相変わらず、いつぞやの猫型ロボットが持ったと言われる四次元ポケットの様だ。


雪洞は狐につままれたように

次々と拡げられていく応急処置道具を見ていた。


掌から伝わる体温と、除々に収まっていく自分の鼓動を感じる。



「セキュリティキーならすぐに変更すれば済みます」


フランシスは小瓶から数滴をガーゼに染み込ませながら言った。


「声紋を盗まれたところで、それを並大抵の人物が再現できるとは考えられません。

お嬢様より知能の高い人物なら別ですが、

この世界ではそう多くも存在していないでしょう」


そうして、ガーゼを傷口に押し当てた。


ちりっと焼けるような痛みがする。



「ひとまずは、火事の原因を探りましょう。

それが今、一番合理的で効率的な行動です。


今夜はこちらに泊まり込みになりますね」


慰めているのか、はたまた何も考えていないのか

特に優しい声色を作るでも無く

かと言って咎めるでも無く

フランシスは淡々と言った。


雪洞は黙って、魔法のように巻かれていく

白い包帯を見つめていた。



*******




「こちら、サウスエリア防衛第7小隊、スティーブ・ウォーター大佐であります!」



栗色の短髪をびしっとワックスでまとめ、金色の肩当てを当てた青い軍服の男が

雪洞に向かって敬礼する。



「お疲れ様。大佐、街の様子はどう?」


「イエス、マイロード!

異常、ありません!」


もう一度胸を張ると、男らしい低い声でウォーター大佐は答えた。



「…そう。街ではどうやら、火事があったようなのだけど?」


「イエス、マイロード!

そのような報告は、届いていません!」



異常、ありません!と彼の後ろに並ぶ数十人の部下が

それに倣って敬礼する。



「…分かったわ。


大佐、街に破損箇所がたくさんあるみたいだから

軍を派遣して復興を手伝ってあげてちょうだい」



イエス、マイロード!



ともう一度大声で答えると、ウォーター大佐はエンブレムの付いた黒い帽子を被り

くるりと後ろを向いた。



「諸君!これから街に向かう!


本日の任務は街の復興である!


Aチームはまず西地区に…」



昨日の家事などまるで無かったかのように

街は太陽に照らされている。


サウスエリアの中心部にある駐屯場で

雪洞はウォーター大佐が熱く指示を飛ばしているのを見ながら

首をひねっていた。




―どうやら本当に、自治システムには情報が行ってないのね。


でもシステム自体は故障していない。


どういうことかしら…





ざっざっざっざっ



真っ白な灰が積もった街に向かって

軍は一糸乱れず行進していく。



「大佐!」


と、舞い上がる土埃の中から一人の軍人が走ってきた。




「どうした、ジョブ少尉!」



ぱたぱたとゆらめく軍旗の下で、

小柄なジョブ少尉は

ウォーター大佐は雪洞に敬礼すると、

右腕を差し出した。



「異常な電磁波を発生しているものを、発見しました!」



「なんだと!


危険だ!今すぐ爆発物処理班に…」



血相を変えて飛び出そうとする大佐を制し

雪洞が少尉に向き直った。



「見せて」



はっ! と差し出された手の平の上には

小さな黒い物が置かれていた。



彼の掌より幾分小さな、歯車だった。



雪洞は目を細めると、それを太陽にすかす。



エネルギー特有の光反応が、起こらない。



「これは…」



―本物だ。



どういうこと?



ここは精神世界、脳を動かすエネルギーの動きを反映させただけの世界。



現実世界の物質が、何故ここにある?




「少尉、どこでこれを見つけたの?」



「はっ! 


繁華街の、遊園地内であります!」



少尉は胸元から地図を取り出すと、

大きなバツ印を指差した。



雪洞はそれを食い入るように見つめると

あっ と声をあげた。



街の中心に位置するその場所は

フランシスが割り出した出火場所にとても近い。



「少佐、見つけたのはいつ?」



「正午0時、13分、現在より20分ほど前になります!」




「そう…。ありがとう。戻っていいわよ」




イエス、マイロード!と再び敬礼すると


大佐と少尉は肩を並べ軍へと戻って行った。



雪洞はもう一度

掌に載った歯車を見る。



―なんだろう


すごく、重たい…



その時、体に着いた埃を払いながら

フランシスが戻ってきた。



「おかえり。一通り自治体システムにチェックを入れたけど

どこにも問題は無かったわ。


そっちは?あの少年のデータは何か残っていた?」


いえ、と首を振ると

フランシスは舞い上がる土煙の中行進する軍隊を眺めながら言った。



「一通り街中を探して参りましたが、それらしきものは何も。


それよりお嬢様。すっかり忘れておりましたが、このタブレット」



フランシスはぴっと

昨夜彼を滑らした写真を取り出した。



「屋敷の写真以外に、何かのデータを保持しているようです。

開示しようと試みましたが、何をやっても拒否されます。


強力なセキュリティがかけられているようで」


フランシスが言い終わらないうちに、雪洞は


「なんですって!?貸して!」


とひったくるようにそれを奪う。



不可解な火事


あるはずの無い歯車


危険な少年…



私の篝に、何かが起こっている。


敵の言動が予想外だったとはいえ、何にしてもみすみす篝のセキュリティキーを渡してしまった自分の軽率さも相まって

雪洞は苛立っていた。


「dV/dt=Im-(Va+Vb)gNa-…αx-β… 

Ψ(t,x)=Acos(ωt-…

ここに公式を…」



雪洞は自分がこれまで得た知識を総動員して

貝殻のように頑なに閉じたデータの開示を試み始める。


隠れるように背を向けて黙々と解析している雪洞の手元を覗きこむと、

見ないで!と拒絶されてしまった。


主人の命令違反は原則タブーである。


フランシスはそれ以上の詮索をやめた。


しかし、


フランシスと雪洞の間に、これまで一度も『隠し事』というものは無かった。


少なくとも、彼はそう認識していた。


なんだかんだと文句を言いながらも雪洞は自分に対していつも真っすぐ向き合ってきた。



それに対して、昨日からどこか雪洞の様子がおかしい。


-お嬢様は何か隠されている…。


なんだこの不快な感覚は。


そんな主人の様子を為す術もなく見つめながら、

フランシスは拭え切れない初めての感情に困惑していた。





どれだけ時間がたったのだろう。


駐屯地にある時計台が、ボンッと一時を告げる鐘を鳴らす。


と、同時に



カシャン…




何かがはまったような音が響いた。




あっ、とフランシスが声をあげ

雪洞の手元を覗きこむ。



『コード、カクニン。


セキュリティ、カイジョシマス』




ガシャガシャガシャンッ




突如かみ合った歯車が回り出したように



縛りから解かれたタブレットが

雪洞の小さな掌の中で動き始めた。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ