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TEN-ROBO.-天才少女とロボット執事-  作者: ツキミキワミ
12/40

2-2

フランシスはようやく、島の周縁にある小さな村に着いた。


かつてそこは、自給自足の農業生活が営まれていた長閑な町だった。


酪農と葡萄の栽培で有名なその村は、主に昔懐かしの片田舎生活を求める人々が集う場所であった。


炎を逃れてぽつねんと回り続けている真っ白な風車と

それを囲む色とりどりの可愛らしい家々がかつての幸せな生活を思わせる。



フランシスの予測通り、村は至る所で黒い煙が上がっているもののかろうじて原型をとどめていた。


住民も残っているようだ。


しかし先ほどと違い、混乱する人々の声、泣き声、怒鳴り声があちらこちらから聞こえてくる。


――騒がしい。


フランシスは不快そうに顔をしかめると、ばさりと上着を脱ぎ捨て

「お嬢様、とりあえず消火するので適当に消防車か何か送ってください」と言った。



「わかったわ。はい」


頬杖をついて画面を眺めていた雪洞が、手元のボードに何かを打ち込む。


すると、

「パッパーー」というけたたましいクラクションと共に、どこからか大きなな消防車が数台現れた。


フランシスは手慣れた動作でそのうちの一つに乗り込むと

勢いよくアクセルを踏み込んだ。


そして車ごと、逃げまどう人混みに突っ込んでいった。



「ちょっと!被害を増やしてどうするのよ」


雪洞が思わず立ち上がって苦笑する。


「失礼、久々なもので足の感覚がどうも」


その後も豪快なハンドル裁きで村中を暴走した後、ようやくお目当てと思われる火の手の強い現場に着いた。


フランシスは颯爽と車から降り立つ。


突如現れた消防車を見つけ、小さな男の子がたたたっと走り寄るち歓声をあげた。



「うわあ!しょうぼうしゃー!」


高額な料金の発生する篝に滞在する子供など、大方どこかの御曹司か何かである。


「これ、まーくん!」


と彼の祖母らしき人物が駆けつけるが、白髪の混じるそのご婦人もどこか高貴そうな立ち振る舞いだ。


「乗る乗る!僕が乗るって言ったら乗るの!」


まーくんと呼ばれたその子供は、祖母の手を振り払うと地団太を踏んで騒ぎ始めた。


背後には炎が迫っているというのに、案外子供の方が肝が据わっているのかもしれない。


いかにも知能の低そうななお子様ですね、栄養素を脳の活性化にも当てた方がよろしいのでは


と思わず飛び出しかけた言葉を抑えて、

フランシスは対女性子供向けの営業スマイルを作って振り返る。


「もう危ないから、行きましょう」


「やだやだ!ここなら何でもできるって言ったじゃん!」


ついに靴を脱いで放り投げ始めた子供を、女性がおろおろとあやし始めている。


そんな二人にゆっくりと細長い影が近づいて行った。


そして すっ と小さな運動靴が差し出される。



海外の香水のような、爽やかだけれど甘い香りが漂い、子供と婦人は顔をあげた。


「ボク、ちゃんと掃いてあげないと、靴がかわいそうだろう」


フランシスは跪くと、少年の足に丁寧に靴を履かせた。


「こらこらこらこらこら、何してんのよそこ」


と、マイクから聞こえる雪洞の苦情をぴんっと指ではじく。


一丁前にオーダーメイドの革靴か、具現化にも金がかかるだろうに


とは言わずに、


今度はうっとりと腰を抜かして見つめる老婆を向くと


「さあ、ご婦人も下がっておいで下さい」


と手を取って立ち上がらせた。


「あなた様の白い手に黒いすすがついては私の立つ瀬がございません。


せっかく顔に似合わず小奇麗になさっておりますのに。


篝では恰好だけでなく、顔もオプションで変更することが可能です。


この機会に、是非いかがでしょうか?


100%イメージ通りの御顔になりますよ…」



「なんか最後の方おかしかったわよ。営業入って無かった?」


と騒ぐマイクを再度弾いて黙らせる。


終盤のたっぷり込められた無礼講にも気付く間もなく

フランシスの甘美すぎる笑顔に、老婆は握っていた子供の手を離してまで

ぶんぶんぶんぶんっと首が折れんばかりに頷いた。


フランシスはニコリと笑うと


「さあシェルターへ」


と二人を促す。



魔法にかけられたようにふらふらと遠ざかっていく二人の背中を見送りながら

フランシスは段々とサディスティックな顔に戻る。


元通りに眉と目尻をあげると、炎に向き直って言った。


「お嬢様、空気をお読みになって下さい。


こういう一つ一つの地道な宣伝活動の積み重ねこそが企業の生き残る道なのです」


「地道というよりちゃっかり一番高額なオプション売りつけてるじゃない」


そんな会話をしながら、フランシスは消防車のトランクを開けた。


そして決して軽くないだろう大きなホースを両手に抱え直すと、


燃え盛る炎に向けて勢いよく水を噴射し始めた。


並ぶ数台の消防車からも次々に水が噴射される。



ごおおっ


ざぁぁっ…


がやがやがや…


いつの間にか遠巻きに人だかりができていた。


突如現れた美しい消防士に、拍手が起こる。


フランシスは振り返ると観衆に向かって愛想よく微笑みかけた。


くらくらっと女性たちが倒れる。


貧血だ。



「被害者を増やすなー」


雪洞がメガホンを持って抗議する。


「不可抗力です」



5分、10分と消火活動が続く。


しかし一向に炎が収まる気配は無かった。


「おかしいですね」


フランシスは顔をしかめると、どさっとホースを投げ捨てた。


そしてパンパンッと手を払うと


「すみません、お嬢様。やはり面倒なので、土砂降りの雨でもふらしていただけませんか?」


と不機嫌そうに空に呼びかけた。


「あーあ。もうわかったわ。『神の見えざる手』っと」


もはや自然な方法では事を進められないと観念した雪洞は、EMERGENCYと書かれたボタンを押した。


突如黒い雲があたりに立ち込めると、スコールのような土砂降りの雨が降り始める。


次第に赤い炎は灰色の煙へと変わっていった。



「あーあ。最初からこうすればよかった」


営業用とは分かっていても、自分以外に美しすぎる笑顔を振りまくフランシスを思い出し

ムカムカイライラしてくる。


ガンッと拳でボタンを叩きつけると

フランシスの頭上から落ちる大粒の雨が勢いを増した。


少しきょとんと空を見上げてから、


「もう大丈夫です、完全に火は消えたことを確認しました。


いらして下さい、お嬢様」


と、満足げな笑顔で呼びかけた。


ずぶぬれな体などお構いなしに、珍しく心から嬉しそうな顔だった。


そんな笑顔を見ていたら何も言えなくなるだろコノヤロウ。


恨めしげに画面を見ていた雪洞であったが


「もう、しかたないなあ」


と言うとしぶしぶ立ち上がり、壁にかけてあったコートに袖を通した。



「しょうがない、行ってやるか」



*******



近隣の奥様方の予想通り、ケイマ邸にはいくつものからくりが張り巡らされたいた。


一つだけ木目の違う壁を押せば、地下への扉が現れる。


雪洞はセキュリティに虹彩を読ませて倉庫に入り、大量に積みあげられれた本の一つを引いた。


ガコン、ゴゴゴゴ…という地鳴りと共に部屋が回転する。


「きをつけてね!お仕事がんばって!」


と走り寄るシャナの頭をポンと叩くと

雪洞は屋敷の奥にある篝管理室の更に奥、

大きな半透明のカプセルが並ぶ手術室のように真っな部屋へ入って行った。


ジーッ


という音とともにドアが閉まり、赤外線が再び張り巡らされる。


同時にゆっくりと開いていくカプセル内に、雪洞はするりと体を潜りこませた。


橙色の液体―のようなもの―がカプセル内に満ちていく。


浮力に身を任せると


雪洞は除々に篝の中へと落ちて行った。





目をあけると、そこは戦場であった。



混乱に乗じて起こる窃盗、かろうじて残った所有物をめぐる争い、有名な権力者、セレブにスターが罵倒しあう声…

それらが渦となって雪洞を襲う。


――頭が痛い…


軽蔑と同情の眼差しを彼らに向けながら、雪洞はなるべく目立たぬように村を走り抜けた。




篝に入る際、人々は同意書に押印が求められる。


『篝内で生じる一切の事に、弊社は責任を持ちません。


万が一外部世界、日常生活へ何らかの影響が出た場合も、ご自身による対処をお願いします。


また弊社では万全の安全体制を整えておりますが、篝内における財産所有権の強制的譲渡、理不尽と思われる剥奪行為、疑似自然災害の発生も事前にご理解の上…』


別世界には連れてってやるが、あくまで自己責任。


何があっても文句は言うな、というのが原則である。



しかし理屈と感情は往々にして異なる。



高額な慰謝料や雪洞の失脚を求めて訴訟を起こす者も、実のところ今回ばかりではなかった。


それでも大抵が事なきを得てきたのは、彼らにとって最も恐ろしいのはが篝の利用停止であるからだ。




『篝とは新しいドラッグだ』



以前どこかの社会評論家が、巻き起こる篝現象を批判して言った。


相応のコストさえ払えば、篝内では顔も体も自由に変えて生きることできる。


すなわち、それまでのしがらみや鬱憤から解放された新たな生活を

新たな議事世界で試行的に営むことができるのである。


加えて町や物質も、現実のそれより遥かに美しく、便利なものが多い。


それはそうだ、本物では無いのだから



そのため、その高額な料金から利用者層はまだ一部の富裕層に限られてはいるものの

一度その解放感を味わった者は、もう篝無しには成り立たない生活になるのだった。



しかし現在の篝は、掲げられている崇高なユートピア構想とは裏腹に

人間の欲望の吐き場と化してしまっていた。





――どうしてこうもうまくいかないんだろう

私が作りたいのはこんな世界じゃないのに。


今すぐコイツらを消し去ってしまいたい…

そうだ、本当なら要らないんだ、篝にこんな汚いヤツらはいらないんだ


途中で「あっ」と声をあげると、雪洞は大きく体勢を崩した。


慌てて地面についた掌にうっすらと血が滲む。


「いったぁ…」


本当の体じゃ無いくせに、と思うと、今度は胸が痛んだ気がした。



雪洞は喧騒を聞きながら、手首を伝う血を眺めた。




--いつまでこうして、空を掴み続けるような真似をしていればいいの


本当に、『夢』が叶う日なんてくるんだろうか





雪洞はしばらく呆然と座り込んで、自分の掌を見つめていたが

ぶるっと頭を振ると、よたよたと歩き始めた。




フランシスは雨に濡れた体を気にもせず、優雅にベンチへ座って状況を眺めていた。


そんな彼に歩み寄って、声をかける。



「フランシス、この状況を説明して」


「見たままです」


表情を崩さずにフランシスが答えた。


「どうにかしてっていう意味よ!」


肩をすくめ立ち上がると、フランシスは


「武力介入でも?」


と首をかしげた。


「もう何だっていいわ。この胸クソ悪いやつらを黙らせて」


強張った表情の雪洞をまっすぐに見つめ、ふっと笑うと


「お任せ下さい」


と丁寧に頭を下げた。


くるりと体を反転させ、二人の近くで口論している男たちのもとへと向かっていく。



どうするつもりだろう、と雪洞が不安そうに見守っていると

フランシスは飄々と男たちに近づいていった。


周囲が振り返るほどの大声で争っていたのは、5.60代ほどのターバンを巻く黒人と

高級そうなスーツに身を包む白人の男である。


二人は近づいてくるフランシスにすら気付かない勢いで口論している。



「お前の家が私の敷地に倒れてきた!だから私のものだ!」


「何をふざけたことを…!それならお前の庭の木だってなあ!」


くっつくのではないか、と思われるほど顔を近付けて睨み合う二人の頭に、すっと長い腕が伸びた。



フランシスは二人の頭を掴むと、


次の瞬間



ガンッ!!



と勢いよく互いの頭にぶつけさせた。



突然のことにさすがの雪洞も驚いて声が出ない。


一人は一国の王、もう一人は名の知れた資産家である。


「なっなっなにを…」



「篝内での騒乱は禁じられております。原則通り体罰を決行させて頂きました」




呆然と立ち尽くす男たちに、爽やかな、しかしひどく冷たい笑みを向けると、

今度はその隣で物を奪いあっている老人と若者の元へ向かう。



しばらく若者の腕にすがりついていた老人であったが、ついに力負けしたのか

地面に倒れ込むと現れた今度はフランシスにすがるように言った。



「あれは、私がようやく妻のために手に入れた首飾りなのです。


それをあの若者がいきなり…」



フランシスは聞いているのかいないのか

表情一つ変えず若者の方へ近づく。


「な、なんだよ…」


突如現れた美青年に気圧されて、後ずさる若者の首を掴むと、


「篝内でも窃盗は禁じられております」


と、思い切り投げ飛ばしてしまった。



老人も周囲の人々も、目を丸くしてそれを見た。



始めは地獄に舞い降りた天使のごとく一人威光を放つ青年に、

思わず目を奪われていた住民たちであったが

獲物を探す鷹のようなその鋭い眼光を射すくめられると、

人々は顔を見合わせ、抱えていた財産を放りだし逃げ出し始めた。


そうしてちりぢりに人々がばらけていくのを

雪洞はぽかんと口をあけて眺めていた。



「はは…」


さすがフランシスだ。


彼はいつも、人間の予想のはるか先にあることをやってくれる。


そしてふっと、体が軽くなる。


――ああそうか、篝は精神世界だから、心が暗くなると体も重くなるのか


と思った拍子に、頬を涙が伝った。


「えっ」


と歪む視界に驚いて、慌ててそれを拭う。



もう一度あげた視線の先には、フランシスは

それでも残る財産を掴みあって離さぬ輩たちに向かって

くくく、と不気味に、しかしどこか品のある声で笑いながら歩み寄る。



「…ふふふ、良いだろう。


お嬢様の作られた世界を汚す輩を、掃除するのも私の務めさ。


いくらお客様でも、容赦はしない」



バキッとフランシスの拳が鳴る。




それに応えるように、いつの間に集まったのか頭上で旋回する鳶たちがヒューッと声をあげた。







********

一時退去命令を告げる行政ロボットの声に促され、人々がしぶしぶ現実世界へと戻って行く。

波の様に押し寄せる群衆を掻きわけ、フランシスと雪洞は都市の中心部へと向かっっていた。


「ずいぶんど派手に燃えてしまったけど、まだ何かあるかしら」


大きな頭巾を被って顔を隠した雪洞が、少し心細げに言う。


「人為的原因であるならば、何かしらの痕跡が必ず残っているはずです」


「そう。徹底的に解析して犯人を見つけ出してやるわ。

そして私の貴重な昼食時間を削った責任を、嫌というほど取らせてやらなきゃ。

まあ、ちょうど町の改造もしようと思っていたから手間がはぶけたけど」



とその時、目の前のフランシスの体が突如止まった。


きゃ!

と思い切り雪洞がぶつかる。

鼻を押さえて恨めしげに顔をあげると、フランシスは遠く離れたビルを見ていた。

瞳孔を拡げ食い入るように何かを見つめている。

何らかの視覚映像をズームし、解析しているようだ。


雪洞が同じ方向に顔を向けると、黒い影が窓にゆらりと映り、ふっと消えるのが見えた。


「誰か居た…こっちを見ていた?」


「追いましょう」


フランシスは片手で近隣の人々をつまみあげぬいぐるみのように投げ捨てると

雪洞の手を取って走りだした。



*******


雪洞は必至に走る。


しかしここに篝創設者が居るなどとはつゆ知らず、紛争地帯から逃げ出す難民のように

我先にと出口へ向かっていく住民たちに押し流され

上手く前に進めない。

雪洞は運動神経が悪かった。


「お嬢様、失礼します」


そんな雪洞をもどかしく思ったのか、フランシスは彼女をひょいと脇に抱えると、するすると器用に人の間を抜けて走り始めた。

そして少し顔を歪めた。


「お嬢様、育ち盛りなのは誠に結構なことですが、3か月前より1.8キロ増量なさっています。

身長が御伸びになったことを考慮しても、少々増量が過ぎていませんか」


「フランシス、あなたね。この状況で言うこと?」


「どんな時であろうと、主人の体調管理は重要な執事の役割ですから」


「レディーに体重の事を言うのは失礼よ!」


「おっと、お嬢様はレディーだったのでしたか。

レディーとはもっとスリムな方々と思っておりました」


「私をレディーじゃなくて何だと思ってたのよ」


「貫禄が出てきた若社長」


「あのねえ」


雪洞はフランシスの背中でため息をついた。


この緊迫した空気の中、気を利かせた冗談ではなく本気で言っているのだから腹立たしい。



「とにかく帰ったら、運動メニューを増加します」


「私のことは私が決めるの!」


「それは結構なことでございます。

ですが、スリムなレディーになりませんと婿も迎えられません」


「また、それ!?」


雪洞はあきれた声を出す。


「良き伴侶を迎えることは結婚は子孫繁栄のために必要不可欠なのですよ。

執事は主人の先を見据えた上で必要な提言をしているのです。

それに度々お嬢様を抱えるの私の労力も削減され、一石二鳥でございます」


なんとか抗議しようと雪洞が口を開いたとき、フランシスがすっと雪洞を降ろした。


「さあ、着きましたよ」




雪洞が見上げると、そこには巨大なロボットの足のような

ずんぐりとした灰色の建物が、空に突き刺さるようにそびえていた。


今にも歩きだすのでは、と思われるような形のそれは

傾いた二つの塔が相互に支えあって建っている、なんとも妙な外観だった。



「相変わらず変な形ね」


雪洞は建物を見上げて言った。



このサウスエリアは様々な芸術で溢れる街として有名であった。

特に都市部では、モダンアートに傾倒する芸術家たちが集っては

日夜自身の芸術作品を競合する洗練された都市でもあった。


この建物もまさに近代芸術のトレンドである『曲がる石』をモチーフにしている、

と、この作品を作り、更にそれを高級マンションとして一般開放していた大御所建築家が言っていた。



雪洞からしてみれば、同じエリア内に点在する他の不可思議な建造物とこれがどのように違うのかよく分からなかったが

サウスエリアに住む多くの芸術家たちにとってそれは

『一世代遅れた様相で、周囲との調和を乱す』ものであったらしい。


この巨大建造物は、莫大な予算を投じて完成させられたにもかかわらず

数ヶ月前から痛烈な苦情が寄せられた。



この『横暴』な作品の取り壊しを求める芸術家と、

表現の自由を求める芸術家たちの間で数々の論議が行われ、


ようやく先日取り壊しの日時が決まったところであった。


「これ、この間やっと入居者の財産データを保存して、工事前の最終確認に入ったところよね。

誰が、こんなところに?」


包帯のように巻きつけられた『KEEP OUT』のテープをバリバリッと破ると

フランシスは無造作に投げ捨てて言った。


「さあ、お嬢様。準備はよろしいですか」


「OK。行きましょう」




カツン、と石で固められたエントランスに雪洞は足を踏み入れた。


もはや周囲にはだれも居なかったが、目撃者が居たならこう言ったかもしれない

「二人の後ろ姿は、体を失くした象の足元に、小さな生き物が無謀にも立ち向かっていくそれに似ていた」

と。


人の消えた静かな街で

埃を含んだ風の唸り声だけが響いていた。

はたして3カ月前はどのようにして雪洞の体重をフランシスは知ったのかry


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