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TEN-ROBO.-天才少女とロボット執事-  作者: ツキミキワミ
10/40

1-7

「お休み中失礼します!」


ニコラが食卓の大きなドアを開けると、メイドのシャーロット(Charllote)が息を切らせ立っていた。


青いショートヘアが深緑色のメイド服によく映える、活発そうな女性である。


「やあシャーロット、どうしたの?そんなに慌てて」


片手をあげるニコラには目もくれず、シャーロットは一礼してすぐさま口を開いた。



「大変でございます、お嬢様」



「もう、シャーロットまで。今度は何の騒ぎ?」


ちぇっ無視かよ!と呟くニコラを「空気読みなさい!」と言わんばかりに一睨みすると

シャーロットは広い廊下の先を指差した。


「篝で騒ぎが…」



「騒ぎ。また都市改造計画に反対するデモか何か?」


それなら放っておいて良いわよ、と雪洞が手をふる。


「いえ、先日の騒ぎとは違って、変なのです」


真剣な顔のシャーロットを見ながら、

ニコラが恵永に耳打ちする。



「トシケーカクのデモなんかあったの?まるで現実世界みたいだね」



「篝の原則は自由な生活だからね。人々が好きなように街を作ったり、改造したりできるんだ」


「自由なのにデモ?デモってオウボウな政府に怒るやつでしょう?」


口ごもる恵永に代わり、雪洞はシャーロットから視線を逸らさぬまま答えた。


「自由は自由でも、共同生活であって一人の世界ではないもの。

そこには必ず相互作用が生まれるのよ。それによる意見の食い違いもね。

つまり衝突は多様性ゆえのもの、人が自由である証拠であり自然なことなのよ。

で、シャーロット、どう変なの?」




「それが…赤くて変なのです」


「赤い?」


「変と言えばもともと存在が変ですがね」


フランシスを無視して雪洞が尋ねる。


「どう赤いの」


「なんというか…私が見たときには、画面一面が真っ赤で。

カメラが故障しているのか、それ以上の解析もできないんです」


そう、と言うと雪洞はしばし何かを考え始めた。

ここのところ続く一連の事件が頭を過る。


――関係ない、わけ無いでしょうね。



「いいわ、とりあえず見てみましょう。フランシス」



はい、と言う前にフランシスは壁に貼られた薄型モニターのスイッチを入れた。


細長い指の動きに合わせて画面が変わる。



『C'est la vie! Tu ne doit pas…』

ピッ

『アリエルカンパニーの魔法のスティック!限定色で本日発売…』

ピッ

『午後のニュースです。今日未明世界ロボット工学博士の…』

ピッ


一連の娯楽番組のあと、篝の中継モニターに切り替わる。

そして現れたのは、真っ赤な画面。


それは背後から光で照らされているかのように明るく鮮やかであり

まるで一枚の赤い紙が壁に貼られたようであった。

所々汚れたような毒々しい黒ずみがあり、

風に吹かれているかのように時折揺れている。



「きゃあ!シャナこわい!」


シャナが声をあげて雪洞にしがみつく。


「なんだこれ?気持ち悪…」


「え、これ篝ですか??カメラのこ、故障じゃないですか?」


ニコラと恵永も気味悪そうにそれを眺める。

そんな中、フランシスが淡々と言った。


「火事ですね」


「火事!?」


恵永がすっとんきょうな声をあげた。

雪洞は黙って目を細める。


「こちらの影をご覧ください。恐らくこれは先日サウスエリア第3都市に立てられた高層ビルです。

そしてこちらの左端にあります影は、サウスエリアを囲む海岸部の曲線と一致しています」


フランシスは振り返り雪洞を見た。


「サウスエリアにて大規模火災が発生していると見て間違いないでしょう」


「っ、これが火災って規模なの?俺には町の影すら分からないけど…」


ニコラが肩を縮める。


「恐らくサウスエリア内部の中継映像回路は遮断されています。

その証拠に他の都市なら、ほら」


フランシスが指を動かすと、パッと画面が切り替わり一面の銀世界が現れた。

優しい灯りが灯る可愛らしい家の周りで、白い息を吐きながら人々が談笑している。

ノースエリアの風景だ。



「災害は行政システムで自己処理されるはずよ。

こんな規模になるまで消防隊員は何してるの?」


「それが、何故か全く危険信号が鳴らなかったものですから、気づいた時には既に中枢部と連絡がとれない状態で…

作動履歴を見ましても、作動した形跡はありませんでした」




雪洞は眉をひそめると、しばし思考を巡らせた。



――またこれは面倒そうね。

セキュリティソフトの異常と言い、治安維持機能の不調と良い

ただの事故が偶然に続いた、という可能性は低いわ。

かと言って辻褄を合わせるには、証拠が足りなすぎる



ちらりとフランシスを見やると、長い睫毛を瞬かせ黙って前を見ている。

相変わらず何を考えてるか分からない顔だ。


主人の視線に気づいてか、執事はにこやかに「紅茶の御代わり、おつぎしましょう」とカップをとった。



「…そろそろ本格的にハッカーの可能性が出てきたようね。

滞在者の安否確認は取れてる?」


「ええと、ログイン者数が一気に減少していました。ですので、恐らく篝外へ、現実世界へ逃げたのかと思われます。

その情報もどこまで信用できるものか分かりませんが…」


「どちらにしても、これだけ大規模にやられてしまうとリセットしかありませんね」


フランシスが赤い画面を眺めながら言った。


「リセット?ゲームみてえ」


ひゅいっと口笛を吹いたニコラの頭を、シャーロットが「この馬鹿っ」とはたく。


前述の通り篝では、行政、消防、警察などの自治業務がプログラムされたバーチャルキャラクターにより行われる。


住民は彼らに一定の提言権利を持つ代わりに、街で何事か起こった時の責任も自分たちで担わなければならない。

要は、現実と変わらぬ、もしくはそれ以上の民主主義が成り立っているのである。


しかし時折、あまりにキャパオーバーな事態が発生した時のみ

仮想世界の特権であるリセット―記録の消滅と再生―が行えることになっていた。



「無償でリカバーはできないわ。

ルールの無い自由は無い、その原則はなるべく守りたいの。

秩序の無い世界は、混沌に向かうしかないもの」


雪洞はフランシスに言い返した。


「その前に原因をつきとめなきゃ!」


ニコラわくわくした顔で目を輝かせ、その隣でうろたえる恵永が顔を青ざめている。




ざあああっ


ざああああああっ


一つ壁を隔てた向こう側では、バケツをひっくり返した様な雨が降っている。


しん、とした部屋の中で、滝のように窓を濡らす雨だけが流動し続けていた。



一同の視線が雪洞に集まる。


--不自然な精神被害者の発生

そして突然の治安維持システムの停止

どちらも自然に発生したのではない


誰だか知れないけど、この私に喧嘩売るなんて、いい度胸じゃない。



雪洞は煌々と燃える炎の映像を見つめた。


ーーこれは真っ赤な挑戦状ってわけね…



そんな声に応えるかのように、それはゆらりと袖をゆらめかせた。



覚悟を決めたようにまだ熱い紅茶を一気に飲み干すと

「分かったわ、とにかく行ってみてみましょう。

ありがとうシャーロット、戻っていいわよ」

と立ち上がった。



「え、行くってどこへですか?お嬢」


恵永が慌てた拍子に足を思い切り椅子にぶつける。


「決まっているでしょう、篝に行くのよ。こうなったら直接見てくるわ」


「お、お嬢様が直接ですか?何があるか分かりませんし、システムの解析をされてからのほうが…」


シャーロットも慌てている。


「大丈夫よ、肉体は置いていくわけだから、よっぽど無茶しない限り死ぬことは無いわ。

それにこういう場合は、外部より内部の異常であるケースがほとんどなの。

それなら一刻も早く処置しないといけない。私じゃないとできないのだから、私が行くしかないじゃない。

それに…」


雪洞は不気味ににやあっと笑った。



「ここまで気合いの入った輩がどんな面してるのか、見てみたいじゃない。

徹底的に証拠を探し出して、訴訟問題も含めて一気にカタをつけてやるわ。


…売られた喧嘩は売り返さなきゃね」



「い、行ってらっしゃいまし」


シャーロットがか細く言った。



「そうと決まったら計画を立てなきゃ。

えーと行ってからまず都市部を確認して、整理して、解析してプログラムし直して。一日で足りるかしら。

明日は会議は入ってないはずだから、ああその前に学会にレポート出さなきゃだわ、それは帰ってきてから考えよう」



「シャナも行くー!」


「俺も行きたい!」


シャナとニコラもばっと立ち上がった。



「駄目よ、あんたたちはお・る・す・ば・ん。

子供にはまだ早いの。

シャーロット、コートを取って。

恵永、腫れないうちに冷やしなさいね。

ニコラ、留守の間屋敷をお願いね。


そして――」


雪洞は振り返って執事を見上げる。




主人の椅子を引きながら、フランシスは柔らかな笑みを浮かべた。



「それでは参りましょう、お嬢様」



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