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TEN-ROBO.-天才少女とロボット執事-  作者: ツキミキワミ
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Prologue

春はあけぼの


やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる


夏は、夜


月の頃はさらなり 闇もなほ 螢の多く飛び違ひたる


秋は 夕暮


冬は つとめて――




ずっと昔の凄い人


あなたはどんな気持ちでこれを書いたのですか


その時誰を想っていましたか




あの日貴方が消えた時から


私の心に夜明けは無く


四季も無いのです




あれからどれだけの夜が過ぎたのでしょう



泣いて泣いて泣き疲れて


私は眠れなくなりました




今はただただずっと遠くの方で


篝火が灯っています



暗闇の中 


遠くに



手の届かない 


遠くに






いつの日か風の便りで


私の事情を知って



慰めに来なくても良い


少し同情してくれたら いいと思います




相変わらず私は


貴方を探して

 


此処にいるのだから





*********





「交渉は決裂ね。


今日はこれにて失礼」


街の中心部にそびえる200階建ての最高裁判所

その一室に集まった群衆が、弱冠18歳である少女の突飛な行動に度肝を抜かれた。


黒皮のコートに不釣り合いな桜色の長い髪をかき上げ、少女はおもむろに席を立つ。


ガタン、と真っ赤な椅子が音を立てたのを合図に

後ろに控えていた少年が慌ててドアを開けた。


「ケイマ!雪洞・F・ケイマ!!逃げるおつもりですか!」


どよめきと共に金切り声があがる。

重く大きなドアを支えるフットマンの少年が、怯えたように主人の少女、改め雪洞ぼんぼりの顔を見た。


原告席に居た中年男性が、ひび割れた声で怒鳴った。


「あなたの作った機械、かがりのせいで、

うちの息子がおかしくなってしまったんだぞ!」


雪洞は少しだけ首をずらして横を見遣る。

男の指差す先では、ほろほろと涙を流す女性に肩を抱かれた少年が

呆けたように口をぽかんと開けて天井を見つめていた。


そうだそうだ!


さっさと慰謝料を支払え!


観客、ではなく傍聴者からも痛烈なヤジが飛ぶ。


古代ギリシャの円形闘技場のような裁判室を、

雪洞はぐるりと見渡した。



そしてくすりと笑って後ろを振り返ると

宣戦布告する武将のごとく高らかに腕をあげて言い放った。


「なんとでも言ったら良いわ。あんたたちの魂胆は分かってるのよ」



――おいおいおいおい!


少年が顔を青ざめる。


幸いその声は更に高まる群衆の声にかき消された。




「ニコ、行くよ!」


「は、はい!」


もはや半べそ半笑いと言った顔の少年を一喝すると、

雪洞はざわざわと何かを言い合う傍聴席の前を堂々と歩いて出口に向かった。


法廷から予定時間外の退場を試みる人間に反応し、出入り口に立つ警備ロボットがガシャリと槍を交差させる。

しかし雪洞の顔を識別すると、ピピピッという音と共に機械的な礼をして

『ドウゾ』

と道を開けた。



「わかってるじゃない」


ふふん、と笑って髪をばさりと後ろにやると

凱旋門を抜けて帰国するナポレオンさながら颯爽と金縁のドアを通り抜けた。



「お静かに!被告は速やかに席に御戻り下さい」という裁判長の言葉を待たずして

ばたん、と扉が閉まる。



「お、表は報道陣が居るかもしれないから、裏から出よう」


震える手でボタンを押す少年に促されるままエレベーターに乗り込むと

雪洞はようやくけたたましい喧騒から遮断された。




チーーン


という古典的な音がして、

数十メートルほど落下したエレベーターのドアが開いた。


開く扉と同時に雪洞はゆっくりと目を開ける。



目の前に飛び込んでくるのは、美しく広がる25世紀の街並み。

全て白で統一された建物の間を

車輪の無いカラフルな車がヒュンヒュンと飛びまわっている。


街の向こうには真っ青な海があり

その向こうには赤く色づき始めた木々が混ざる森が見える。


体を満たしていく空気も、先ほどと一転して

実に爽やかで柔らかい。


「――何にも無かったかのように、相変わらずそこにいるのね」



街に向かってぼそりと呟くと、

雪洞は建物の裏口から地上に続く長い階段に敷かれた

赤い絨毯にヒールを落とした。



約5時間ぶりの外だった。


――ああ、やっぱり太陽は良い。空は良い。

偽物より本物はずっと良い。


雪洞は両手をあげて思い切り背伸びをすると、大きく息を吸った。

ばきばきっと凝り固まった身体が軋む音がする。


胸一杯に膨らんだ空気を一度止め、少しずつ吐き出しながら

「あああー疲れた。やんなっちゃうわ、もう。しょーじきしんどい。」

と唸った。


フットマンの少年ニコラ(Nicolas)が「雪洞様おっさんみたい」と笑う。



仰々しいほどに磨きあげられた建物を背景に

明らかに不釣り合いな少年と少女が並んで歩いている。


「でもとりあえず、これで一通りの裁判は終わったんだ?」


「終わらせたのよ」


雪洞は銀色の手すりに映る強ばったた自分の顔を見る。


「まあ、ちょっと強引だったけどね」


同年代は恋に御洒落に、と花盛りを楽しんでいるだろう年齢なのだが

自分の顔は会社の経営と謂れのない顧客の苦情に追われる一経営者の苦渋に満ちた

なんとも色気も味気も無いものだった。


人より幼く見られがちの童顔が、さらにちぐはぐに見える。


雪洞はふぅっと重いため息をついた。


「雪洞様、すげえかっこよかったぜ!」


一足で雪洞の数段先まで降りると、ニコラが振りを輝かせて言った。


「集まったオヤジ達の青い顔。ふふっ俺、笑いこらえるの必死だった」


「泣きそうな顔してたのは誰よ、ニコ」


雪洞が片方の眉をあげて意地悪そうにニコラの顔を覗き込むと、

ニコラはバツが悪そうに顔を赤らめ

「あ、あれはあくびが出たんだ」と目をそらして弁明した。



そんなニコラを見ていたら、久方に顔の筋肉が緩まった。


「ふふ、まあそういうことにしておいてあげるわ。…ありがと、ニコ」


雪洞に微笑みかけられ、少々照れたようにニコラが頬をかく。

そしてごまかすように言葉を続けた。


「あー、でも、ダイタイセイの無い精神的平穏の損害のメンセキとバイショウを求める訴訟だから

会社のコンカンに関わる…コトは大変なんでしょ?」


「ニコ、誰から聞いたのそんな難しい言葉」


明らかに意味を分かっていないでしょうお前は、と苦笑しながら

またニコラに適当なことを吹き込んだ

張本人の顔を思い浮かべる。



聞かなくてもわかるでしょう?

と言った顔でニコラが首をかしげて雪洞を見た。



案の定だ。





ふんふん、と興味深々に頷くニコラと

可愛がるようないたぶるような、相反して至極どうでもよさそうな笑みを浮かべて

朗々と雪洞の仕事ぶりを評価する「彼」の姿がありありと浮かぶ。



やれやれと肩をすくめると、雪洞は

さも今思い出しました、という様に


「フランシス。フランシスはどこなの?」


と辺りを見回した。



実は建物を出た時から、ずっと気になっていた。



遅い。



裁判の終了時刻なら把握しているはずだ。

いつもなら、仕事が終わったら誰よりも真っ先に私を迎えに現れるはずである。



「フランシスさんは片づけしてから来るって」


一人百面相をしている雪洞を横目で見ながら、ニコラが言った。


「片づけ?また恵永が皿棚でも倒したの?」


「ううん。雪洞様の車を狙った刺客だって」


雪洞の足が止まった。

余所見をしてつるつるの床に滑ったニコラが「おっと」とよろける。


――また、か。今度は何かしら。

…怪我してないと良いけど。



しばし何かを考えるようにじっと下を向いている雪洞に気付き、

ニコラが訝しげに覗き込む。


「雪洞様?」


が、間もなく雪洞はばっと顔をあげると

遠くで散歩中のご老人が振り返るほどの大声で叫んだ。



「シカクでもサンカクでもいいわ。

私より優先する価値が、そいつらにあると言うの?


フランシス・ド・フィニステール!」




反響する声が消えるにつれ、階段が終わった。


その先に目を向けると、まっすぐ続く道の先に白く長い車が停まっているのが見える。




その傍らで、定規で測ったかのように完璧な角度で頭を下げた

燕尾服の青年が佇んでいた。



待ちわびた、「彼」だ。



かすかな風になびく銀色の髪が

水面のように光を反射している。



左胸に手を当てたまま、フランシスはゆっくりと顔をあげた。



「お帰りなさいませ、お嬢様」





秋を纏った風が二人の間を通り抜ける。


黒いコートが舞い上がり、中から柔らかな白いワンピースが顔を出す。




銀色の瞳に手を引かれる様に


雪洞はそっと足を早めた。





このときはまさかこの話が少年誌モードに入るなど知るよしもなく…



review ・advice 常時募集しております。


ツキミキワミ

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