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あなたと永遠の時を  作者: 九条 樹
第二章 大学時代
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第65話 迷探偵・優希4

 私ははっきり言ってどちらでもよかった。多少疑問に思ったりもしたけど、なんだかいろいろ絡み合っていて難しい話のような気がしたから。

 だけどどうだろう、隣に座っている桜は好奇心丸出しで生き生きとしている。

 先輩から早く話を聞き出したいといった態度だ。

 私は逆にあまり難しい話には首を突っ込みたくなかった。何故かわからないけど、いやな予感がしてたまらない。


 店内は相変わらず学生達でいっぱいだったが、運よく1階の4人掛けになっている桟敷さじきに座っていた先客が帰るところだったので、そこに通してもらえた。

 立て板一枚隔てたすぐ隣にも、同じ大学の学生らしき人達が座っているが、店内ががやがやしているので話し声はあまり気にならない。

 要するにこちらも深刻な話をしたとしても、それほど周りを気にする必要もないということだ。


「お待たせしました」

 ホールスタッフがウーロン茶とオレンジジュースを運んできた。

「じゃとりあえず乾杯」

 宮川先輩がジョッキを突き出してきたので私達もそれに応えてジョッキを持ち上げる。

「おつかれ~」

「お疲れ様です」

 皆が一口飲んでジョッキを置く。

「早速ですが、どんな話なんですか?」

 桜が我慢しきれずに先輩を急かす。

「ゆきちゃんに少し聞いたんですけど、なんだか先輩の言動がミステリっぽくて気になるんです」

 先輩は苦笑にがわらいともとれるような笑い顔を浮かべ、ゆっくりと口を開く。

「いろいろ疑問はあると思うけど、この一連の話のゴールを言っておこう」

 なんだろう?不思議な話し方をする人だな。

「僕の願いは一つ。それはあの22号棟の屋上にある天文台を再び使えるようにしたい。ということだ」

 歓迎コンパやミーティングでは引っ込み思案で大人しいタイプに見えたけど、実際はそんなことないんだろうか?初ミーティングでプラネタリウムの話になった時も急に饒舌になったし、昨日のカラオケでも最後は私が聞かないことまで積極的に話し始めていた。

 もしかしたらそっちの方が本来ほんらいの宮川先輩の姿なのかもしれない気がしてきた。

「どうして使えなくなったんですか?」

「話すと長くなるけど大丈夫かい?」

 ここまできて大丈夫じゃないなんて言ったら桜にうらまれるだろうな、と考えて内心苦笑してしまう。

「大丈夫です。聞きたいです」

 桜はいちにもににもなく即答する。

 先輩が返答を促すように私の顔を見てくるので、私も大丈夫ですと答えた。

「中野静香……」

 ため息と共に漏れたような声から一人の女性の名前が出てきた。

 そしてその名前を口にした途端、先輩の態度が急変する。

 たった今まで和やかな雰囲気だったのに、憂いを込めた表情になる。

「中野静香?」

 桜が聞き返すと今度は鋭い目つきになる。ある種の決意のような、強い意志とでもいうのか、そんなものが感じられる。

 そしてまたゆっくりと話しだす。

「そう、中野静香。その女性があの天文台事故の中心人物なんだ」

「天文台事故ってなんですか?」

 先輩は真剣な眼差しで、順を追って話すからしっかり聞いてくれと言った。

 漠然としていて、まだ話がまったく見えない状態なのに、これから話される出来事に何故か背筋が寒くなるような感覚を受ける。

 先輩の凄みのある態度に、桜も先ほどの好奇心は影を潜め、こわばった表情をしている。

「実は、あの天文台は稲村先輩のお父さん、『稲村幸造』さんが作ったものなんだ」

 驚きのあまり、私は桜と顔を見合わせる。

「稲村幸造さんは世界的にも有名な建築家で、この大学の卒業生でもある。そこで大学側が新しく建てる22号棟の建築を依頼したんだ」

 稲村先輩の家はお金持ちだと思っていたけど、お父さんが世界的に有名な建築家だったとは知らなかった。

「失礼します、刺身三種盛りと、シーザーサラダです」

 料理が運ばれてきたけど誰も手をつけない。

 とりあえず先輩の話が一段落するまではこのまま聞いていたい。

「幸造さんは学生当時、天文サークルで部長を務めた経験もある天文サークルのOBなんだ」

 天文サークル?今の天文同好会とは違うのかな?まだ話は続くようなので口を挟まず先輩の話が終わるまで待つ。

「そういう訳で当時の天文サークルのメンバーに寄付という形で、22号棟の建築と共に天文台を作ったんだ。それが今から5年前の話だ」

 なるほど天文台ができたいきさつはよくわかった。

「ちょうどその年に中野静香という一人の女性がこの大学に入学し、そして天文サークルに入部するんだ」

「失礼します。軟骨のから揚げと、串焼き盛り合わせです」

 また料理が運ばれてきたので、テーブルの中央に並べた。だけど誰も手をつけない。

 先輩がウーロン茶を一口飲んだので、私達もつられてオレンジジュースを一口飲む。

 先輩は私達がジュースを飲み終わるのを待って、話を続ける。

「彼女は何も悪くないんだ。普通にこの大学に入学して、普通にサークルに入っただけだった。初めの1年はよかった。何事もなく穏やかな1年だった。だが2年に上がってから少し状況が変わったんだ。彼女は家庭の事情からサークル活動にあまり参加する時間がなくなってしまったんだ。でも星が好きだった彼女は時間が許すときは極力サークルに参加していた。でもその態度を快く思わない先輩が数人いたんだ」

 宮川先輩、やけに詳しいけど、これらの話はここの学生なら誰でも知ってるレベルなんだろうか?

「ある日、その上級生二人が中野静香を呼び出すんだ」

 そこで先輩が一旦話を切る。

 私は次の言葉を待ちながら先輩の手を見る。先輩はこぶしを握っているが、そのこぶしが小刻みに震えている。こちらから見ても相当力が入ってるのがわかる。

 これから話すことを思うと怒りがわいてくるんだろうか?わなないているように見える。

「そこで事件がおきる」

 事件?さっきは事故と言っていたと思うんだけど?

「その先輩二人は彼女に退部を迫るんだ。でも彼女はサークル活動に極力参加するので続けさせてくれと懇願するんだ」

 その先輩二人に退部させたり、続けさせたりする権利があるんだろうか?

「もちろんその先輩二人には何の権限もなかったのだが、先輩に威圧されて少し気の弱かった彼女は下手にでてしまったんだ。それで調子に乗った二人は、部に留まれるようにしてやるという事の交換条件として、あろうことか彼女に裸になるように要求するんだ。後から考えるとはじめからそれが目的で退部を迫ったのかもしれない」

 な、なんてことを。

「もちろんそんな要求に応える必要はなかったんだけど、半ば強引に服を剥ぎ取られて写真に撮られてしまうんだ」

「ひどい、その先輩許せない」

 今まで黙っていた桜だが、さすがに我慢できなかったんだろう、怒りを口にした。

 私も許せない気持ちだ。

「そんなの警察に訴えればいいのに」

「そうなんだけど、気の弱い彼女はどうすることもできなかったんだ。とにかくその場は写真を数枚撮られただけで帰してもらったらしい」

「そうなんですか。でもよかったとは言えませんが、それだけで済んだことは不幸中の幸いと言っていいのかな?」

 そう言った桜が不安げに私を見る。自分の言動が不謹慎なものじゃないか心配になったんだろう。

 しかし私も同じ思いだ。その状況でそれだけで済んだなら助かったと思うべきかもしれない。

 そのまま乱暴されてもおかしくない状況だったのだから。

「そうだね、それだけで済んでいたら事故はおきなかったかもしれない」

「どういうことですか?」

 この問題には事件と事故の二つがあるってことなんだろうか。

 今の事柄が事件でこれから事故についての話になるってことだろうか。

「その事件にはまだ続きがあるんだ。その後、その写真をネタにまた彼女を呼び出すんだ」

 なんて卑劣な。私も桜も次の言葉が出てこない。

「それから何度か呼び出されては卑猥な写真を撮られるんだ、そして……」

 そこまで話して宮川先輩が言葉を詰まらせる。声はもちろん全身を震わせている。

 激しい怒りと共に、悲しみをまとった目を真っ赤に充血させている。

 今にも涙が零れ落ちそうだ。

「そして、ついに、その二人の先輩は…… 彼女に、乱暴をしようとするんだ」

 途切れ途切れに話す先輩はもはや完全に泣いている。

 私もこの話を聞いて、同じ女としてその女性の境遇はあまりにもかわいそうすぎるし、先輩二人には怒りも覚える。しかし過去の出来事にこれほど感情移入するものだろうか?

 もしかして先輩はその彼女と、何らかの繋がりがあるんじゃないだろうか?

「酷いです、その二人の先輩は絶対に許せません。ね、ゆきちゃん」

 そう言って私の腕を掴んできた桜も、涙を流して泣いている。

 もしかして私が冷めているだけなんだろうか?

 すごくかわいそうな話だけどもう過去のこと、今さら泣くほどでは……

「ありがとう、咲原さんもそう思ってくれるかい」

「当然です」

 桜の答えを聞いた宮川先輩が私を見るので私も頷く。

 もちろん私も許せない気持ちはある。涙が出るほどではないけれども。

 一呼吸おいて、宮川先輩は涙を拭く。そして気持ちを落ち着かせるようにウーロン茶を一口飲んで話を再開させる。

「男二人に力ずくで押さえこまれ、なすすべなく一人の男に体を奪われたそうだ」

 桜は声を漏らさないように、口にハンカチを押し付けながら泣いている。

 私も胸が締め付けられる思いだ。

「そしてその行為が終わって男二人がたばこをふかしていると、彼女は柵を乗り越え建物の端に立っていたらしい」

 なんてこと、自殺してしまったんだ。

「22号棟は屋上になっている場所は塀はなく周囲すべてが鉄柵になっている。高さはせいぜい120cmくらいだろうか?女性の背丈でみても胸のあたりくらいしかない。そしてその柵の外側は50cmくらいの足場があるだけだ」

 その気になればいくらでも乗り越えられる高さだ。確かに危ない構造といえる。

 私と桜は固唾をのんで先輩の次の言葉を待つ。

「男二人は彼女が自殺するものだと思い、急いで助けようとする。そりゃそうだよね、自分達が原因で自殺なんてことになったら大事件になってしまうから必死だったんだろう」

「それで、その女性は助かったんですか?」

「この辺りの真意はわからないんだけど、助けようと塀を乗り越えた一人の男の方が屋上から落ちたんだ」

「え?男が?」

「そうなんだ、焦って助けようとして足を滑らしたんだろうってことになっているけど、彼女が突き落としたとの噂もあるんだ」

 どっちにしても自業自得だ。命と引き換えにしなければならなかった程といって言いかわからないけど、一人の女性の人生を無茶苦茶にしてしまったのは間違いない。そして助けようとした理由も自分可愛さだろうし。

 情状からその先輩を哀れに思ったり、痛ましく感じることも殆どない。

「それで、結局その女性はどうなったんですか?」

「その前に少し彼女の話をしておこう。実は彼女、ご両親をなくしていて弟と二人暮らしだったんだよ。だから高校を卒業したら働こうとしていたらしんだけど、唯一の親戚である母親の妹が援助をするから学校へ行くようにと、強く勧めたんだ」

 そんな境遇の女性に対して、そんな仕打ちをするなんて本当に酷い先輩達だ。

 もちろんそんな家庭的事情を知っていたとは思えないけど。

「大学に入学当時は叔母夫婦に仕送りをしてもらっていたんだけど、彼女が2年に上がった頃、叔母夫婦の仕事がうまくいかず大きな借金を背負ってしまうんだ。それでも叔母夫婦はぎりぎりの金額だったけど仕送りを続けたんだ。彼女も気を使ったんだろう、学校を辞めて働こうとしたんだけど叔母が続けるようにと言ったため、在学したままアルバイトをいくつもこなす様になるんだ」

 なるほど、それで2年になってからあまりサークルに参加できなくなったんだ。

「そしてその事件があってからしばらくして、彼女と弟は叔母夫婦と共にオーストラリアに行くんだ」

「オーストラリアですか?」

「そう、仕事がうまくいってなかった叔母夫婦は仕事場をオーストラリアに求めることによって再起しようとしていたんだ。そして当時完全に自分を閉ざしてしまっていた彼女のためにも一緒にオーストラリアに行くのがいいだろうということになったんだ」

「そうですか、それでは今でも彼女はオーストラリアに?」

「うん」

「彼女は平穏無事に暮らしているんでしょうか?」

「心の傷はまだ癒えていないけど、叔母夫婦の仕事も軌道にのり、借金も早々に返すことができて環境としては平穏な日々を送っている」

「そうですか、それは良かった」

 なんともすごい話を聞かされたけど……

「この話は学内では有名なんですか?」

「そうだね、ここまで細かくは知らなくても事故と事件のことはある程度知ってるんじゃないかな?」

「そうですか」

 やっぱり先輩…… いや、まだはっきりした事はわからないけど。

 でも、もしかしたら……

「それで、先輩はあの展望台をもう一度使えるようにしたいんですよね?」

「うん。稲村先輩を通じて幸造さんを説得してもらい。そして幸造さんから屋上の安全性を学校側へ訴えてもらいたいと思っている」

「それで稲村先輩と待ち合わせしていたんですね」

 先輩が頷く。

「とにかく今は屋上への扉を完全に封鎖されていて上がることができなくて、展望台がどんな状態なのかもまったくわからない」

 私は一つの疑問を先輩にぶつける。

「それはわかりましたけど、どうして私達にこんな話をしたんですか?」

 稲村先輩と知り合いでもなんでもない私達が、なにか協力できるとも思えない。

「申し訳ない。君達に展望台のことをどうこうできるとは思っていない。ただ」

「ただ?」

 どうしたんだろう?なにかためらっているようだ。ここにきてまだ話せないことがあるんだろうか?

「ただ、昨日カラオケで真下さんと話していると、何故だかわからないけど彼女の話を聞いて欲しいと思ってしまったんだ」

 どういうことだろう?

「真下さんの瞳がとても綺麗に見えたんだ」

 え?何を言い出すの?

「喜びも悲しみも憂いも、何もかもを超越したような澄んだ瞳を見ていると、吸い込まれそうになる。そして何故か安心させられる。君になら何を話しても大丈夫。何もかもを包容できる心をもってると感じたんだ。だから話したくなったんだ」

「は、はぁ」

 私はそんな瞳をしているんだろうか?それよりも包容力なんて欠片も持ち合わせていない。

 さっきの話だって桜の方が泣くほど感情移入していたし、私の心の中なんて醜いだけなのに……

「先輩ゆきちゃんの事好きなんですか?」

 ば、ばか。桜、何言い出すのよ。

「わからない」

 わからないって?どういう意味にとればいいの?

「とにかく真下さんの人間性がすばらしいと感じたんだ」

 桜が『へー』と言いながらにやにやした顔をこちらに向ける。

「そうだ、せっかくの料理を全然食べてないじゃない。お腹空いたし食べようよ」

 私は乱暴に一本の串焼きを取って口に運ぶ。

 昨日の博美先輩といい、桜といいなんでそんな風に話をもっていくんだろうか。

「そうだね、ちょっと話が長くなって冷めちゃったけど食べようか。何か追加するなら遠慮なく頼んでね」

「はい」

 私達はすっかり冷めてしまった料理を、いろんな思いの中食べたのだった。

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