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あなたと永遠の時を  作者: 九条 樹
第二章 大学時代
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第59話 二人で食事1

 古居ふるい駅から後ろ髪を引かれる思いで急行電車に乗った私は、20分後いつもの新王寺しんおうじ駅で地下鉄に乗り換える。

 電車が来るのを少し待って、そこからさらに15分揺られて上之瀬かみのせ駅で降りる。

 電車に乗っている間考えていたのはゆきちゃんのことだ。

 私が行かないと言ったときの曇った顔が忘れられない。

 ゆきちゃんは私と一緒に帰るつもりだったはずだ。当然私も一緒に帰るつもりだった。

 でも今から考えれば、ミーティングが終わったら副部長に誘われなくても、二人で一緒にご飯でも食べて帰ろうと、考えていたのかもしれない。だからあの時あんな顔をしたんじゃないだろうか。

 もちろん隠していたわけでも何でもないけど、はじめから大輔くんと会う約束をしていると言っておけばよかった。今更後悔しても遅いけど。

 

 改札を通りながら駅に備え付けられた時計を見上げる、8時5分。

 大輔くんのバイトが終わる時間が9時だからまだ小一時間ほどある。

 ミーティングの終わる時間がはっきりと読めなかったので、早く終わったら一旦家に帰って9時過ぎにまた出てきて駅前で待ち合わせ、また中途半端な時間だった場合はこのカフェで待ってることになっていた。

 一旦帰ってもまたすぐに出て来ないといけないのでとりあえずカフェで待つことにした。

 大輔くんに気付いてもらいやすいように、通りに面したガラス張りの席に座る。

 注文を聞きにきたウエイトレスのお姉さんに、アップルティを頼んで先日買ったばかりの雑誌をかばんから取り出す。

 『月刊天文ナビ』というのが今回買った雑誌だ。

 このジャンルの雑誌は生まれて初めて買ったのだが、1380円という値段を見て少し驚いた。

 ほぼ全ページカラーだし、こんなものかと納得して買ったが月刊誌とすればやっぱり高い気がする。

 注文していたアップルティが運ばれてきた。私は砂糖も入れず、ストレートで一口啜る。

 熱い液体が胃に染み渡ると、胃の中が空っぽなのだと認識させられる。

 今まで感じていなかった空腹感を急激に思い起こされたような感覚になる。

「お腹空いたな」

 つぶやくように独り言を言ってメニューを見ると、おいしそうなケーキの写真が載っている。それを見るとさらにお腹が空いてきた。

 しかしこの後、大輔くんと食事をする約束があるので我慢しないといけない。

 ゆきちゃんは今頃皆と一緒にご飯を食べてるんだろうな。

 さっきのことを思い出すと胸が痛むので、それを考えないようにする為にカバンから出した雑誌だったけど、ついついゆきちゃんの事を考えてしまう。

 

 私は記憶から追い出すためにも雑誌を広げる。

 1380円もする月刊誌は雑誌といえども立派な作りになっている。

 表紙はそれ自体が夜空を表していて、その中におおくま座・おとめ座・うみへび座が色分けされて描かれている。もちろん各星座に名前を書いてくれているのでわかるのであって、何も書いていなければ星座なんてわからない。

 ページを一つめくると、右側のページにはどこかわからないけど天文台と一緒に夜空が写っている。

 満天の星空はとても綺麗だ。

 そして左側は目次になっている。

 その中で『春の星座はスケールが大きい』というタイトルが目に付く。

 どうやら今月号の特集記事のようで一際大きく見出しが付けられている。

 ページを確認すると23ページと書かれているのでそこを開く。

 内容は春の星座の特徴や、北斗七星を起点とした星座の見つけ方などが書かれている。

 そして春の代表格的な星座、おおくま座が全天で3番目に大きいというのに興味を引かれた。

 へー、おおくま座って大きいんだ。じゃぁ2番目は1番目は?と知りたくなるものである。

 しかしその疑問に対する答えはすぐに知ることができた。

 そのページを読み進めていると2番目がおとめ座で1番大きな星座がうみへび座ということも、ちゃんと書かれていた。そしてその星座達すべてが春の星座であることも書かれていた。

 なるほど、確かに春の星座は大きいのが多いみたいだ。

 もし1番目、2番目が春の星座じゃなかったら、今月号のこの雑誌では知ることができなかったかもしれないことを思うと、少しラッキーな気がして嬉しくなった。

 

それからしばらく夢中になって雑誌を読んでいると、「ごめん、お待たせ」という声と共に私の前に大輔くんが現れた。

「あっ、大輔くん」

「ごめん、ちょっと遅くなってしまった」

 途中から雑誌に夢中で時間を忘れていたが、いつの間にか紅茶も飲み干していた。

 時間を確認すると9時半を少し回っていた。

 1時間以上も待っていたなんて思わなかった。

「店長がラストオーダー終わってるのに注文受けたから、定時に終われなかったんだ。ごめん」

 バイトは個人経営のそば屋さんで、大輔くんの仕事は基本的には出前専門らしい。

 閉店は8時半だけど、片付けなどがあるのでバイトは9時までとなっている。

 ここからお店までは自転車で5分程の距離なので30分は残業させられたんだろう。

「私は大丈夫だよ。この前買った天文雑誌に夢中で時間忘れちゃってたし」

「そうか、それはよかった。でもお腹空いたでしょ?何食べる?」

「何でもいいよ。大輔くんは何が食べたい?」

「そうだなぁ、腹減ったし駅前商店街の洋食屋はどう?俺あそこのハンバーグが食べたい」

「『ロイ』ね?いいよ。でも大輔くんってほんとハンバーグ好きよね」

 カフェを出た私達は駅から続く商店街をロイへ向かって歩き始める。

 殆どのお店は8時~9時の間に店仕舞いをするので7割がたシャッターがおりている。

 この時間でも開いているのは食べ物屋さんくらいのものだ。

「あぁ、ハンバーグとから揚げは大好きだ」

「お子様よねぇ」

 ちょっとからかう様な口調で話す。私も大輔くんと付き合うようになってからは、それまで殆ど食べなかったハンバーグが好きになっていた。

「なんだよ、桜だってハンバーグ好きって言ってたじゃないか」

「好きよ」

「俺とどっちが好き?」

 慌てて周りを見る。

「大丈夫、誰にも聞こえてないよ」

「こんなところで変なこと言わないでよ」

「別に変じゃないだろ?俺とハンバーグとどっちが好きか聞いただけじゃないか」

 人と食べ物を比べるのは十分変だと思う。これが変じゃないなら何を変だと言うのだろう。

 しかも、人通りは少なくなってるとはいえ、こんな商店街のど真ん中でする質問じゃないでしょうに。

「なぁどっちなんだよ。答えてくれよ、俺のこと好きか?」

 私はもう一度周りをうかがう。殆ど人通りはないけど全くいないわけじゃない。

「恥ずかしくないから正直に言ってみて」

 恥ずかしいかどうかは私が決めることなのに、なぜか大輔くんが代弁してくれる。

 しかも間違ってるし、私は恥ずかしいです。

 それに私が、大輔くんを好きと言うのを確信している口ぶりだ。

 もちろん好きだけど、こんなところで言わされるのは恥ずかしい。

 私がもじもじしていると、大輔くんが両手を合わせて拝むように頼んでくる。

「答えてくれ」

 そうこうしている間にお店に着いてしまった。

 大輔くんは、2階にあるお店に続く階段の所で動こうとしない。

 もう言わなくてもわかってるくせに。

 こうなったら意地でも答えて欲しいんだろうな。

 どうしても答えて欲しいようなので、恥ずかしいけど答えることにした。

 私は周りの人に聞こえないように、大輔くんの耳元に口を寄せる。

 大輔くんの方が20センチくらい背が高いので、両手で左肩を押さえつけるように引き寄せ、少し背伸びをして小声で話す。

「大輔くんのこと好きよ。ハンバーグよりも」

「そうか、ありがとう。やっぱり俺が一番だよな?」

 私はこくりと頷く。

 すると大輔くんはおおはしゃぎだ。そんなに嬉しいの?

 でもその喜び振りを見ていると、なんだか私まで嬉しくなってくる。

「桜、俺も桜のこと大好きだよ」

 私は三度みたび周りをうかがう。

 きっと顔が真っ赤になってることだろう。そう思うとさらに恥ずかしいので少し俯いてしまう。

「よし、二人の気持ちも確認できたし。入ろう」

 そう言って大輔くんが私の手を引き、階段をのぼる。

 私は引っ張られるようにして後をついて行くが、階段が狭い為手を引かれたままだと危ない。

 それでも手を離そうとしない大輔くんに、内心苦笑いしながらも嬉しさを感じる。

 付き合う前にはわからなかったけど、大輔くんってけっこう子供っぽいところがある。

 それとも男の人ってみんなこんな感じなのかな?

 そんなことを考えながら、大輔くんにエスコートされて店内に入る。

 

 この洋食屋『ロイ』は大輔くんと何度か来たことがある。

 リーズナブルなお値段のわりに、栗色を基調にした店の造りは、上品で落ち着いた雰囲気がある。玄関に敷かれているマットも毛足が長く高級感を演出している。

 まさに『シックな』という言葉がぴったりの店構えだ。

 お店に入ると、デミグラスソースの香りが鼻腔をくすぐり食欲をそそる。

 また空腹感を呼び覚まされ、思考が大輔くんからハンバーグへ移行する。

 ここにきてハンバーグの逆転勝ちかもしれない。などと少し意地悪なことを考えながら、ウエイターさんに案内され、商店街が見渡せる窓側の席に着く。

 

 その時の私は、大輔くんに会ったことと空腹から、いつの間にかゆきちゃんのことは、すっかり頭から離れていた。


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