第50話 【クリスマス】引っ越し
映画のあらすじは。
自分は本物のサンタクロースだと言い張る『クリス』という老人が、百貨店のおもちゃ売り場で働くことになるところから物語は始まる。クリスは子供たちやその親たちのクリスマス・プレゼントの相談に乗り、ほかの店の方が安ければそっちを教えてあげたりして大盛況となる。しかしライバル百貨店の罠により自称本物のサンタは精神異常者として病院送りにされてしまう。
そして裁判に……
夢を信じることの素晴らしさをテーマにした心温まるドラマだった。
「委員長ありがとう。すごく良かったわ」
映画中、ある子供に『クリス』が言った「信じる心を失ったら、疑うだけの人生になってしまう」この言葉に桜がいたく感銘を受けていた。
「夢を信じる心、人を信じる心、そうよ信じる心。これを忘れちゃいけないよね」
桜が『信じる』というキーワードを何度も繰り返す。
もともと桜は人を疑うなんてことはしないんだろうけど、そう何度も言われると今の私にとっては居心地が悪い。
委員長が時間を気にしている。
「もう8時回っちゃったわね」
「もう帰る時間?」
「うん、あまり遅くなると帰るのが億劫になってしまうので」
そういえば委員長と彰弘は電車で帰らないといけない距離だった。
彰弘がもう少しと引きとめたが結局帰っていった。
その後も映画の話などで盛り上がり、愛花ちゃんなんかは小腹が空いたと言ってはまた料理をつまんだり、楽しく過ごした。
そうして時間を忘れてしばらく楽しんでいたが、ふと時計を見るともう10時になろうとしていた。
愛花ちゃんはお腹も満たされ、遊び疲れたのか3~40分前からソファーで眠っている。
私も少し長居し過ぎた。そろそろ帰ろうかと思い席を立つ。
「優希帰るのか?」
彰弘が私に話しかける。
「そうだね、もう遅いしそろそろ帰るわ」
「ちょっと待ってくれ」
どうしたんだろう?さっきまで普通に楽しんでいた様だったのに急に暗い顔なんかして。
「皆に話があるんだ」
「話?」
「実は、俺、この冬休み中に引っ越しするんだ」
え?引っ越し?
「引っ越し?どうして急に?卒業まであと少しなのに?」
相当驚いたんだろう、桜が間髪入れずに聞き返す。私も驚いた。
「桜花ちゃんの言うとおりだ、引っ越すにしてももうすぐ卒業なのに、それまで待ってもらえないのか?」
大輔の問いかけには答えずに彰弘が続ける。
「俺は桜花ちゃんの事が好きだ」
一瞬にしてこの場の空気が張り詰める。
彰弘、この期に及んで何を言いだすんだ。せっかく良いムードで楽しんでいたのに。
「今でも好きだ。でも、桜花ちゃんは大輔の彼女。そしてその大輔は俺の親友。今日の二人を見ていて思ったことは、二人の間に俺なんかが入りこむ余地がないってことだ」
今日わかったの?今日の様子なんて見なくても、初めから彰弘の入る余地なんてなかったでしょ?
もちろん私もだけど……
「桜花ちゃんのことが好きだから辛いけど、二人ならきっと幸せになれると思う。だから俺は今現在をもって桜花ちゃんの事は諦める」
彰弘はそう言って私をみる。
つられて大輔や桜も私をみる。
彰弘、なんで私を見るの。二人が注目しちゃうじゃない。また変に勘ぐられると困るんだから。
それに今更諦めるもなにも、彰弘や私は初めから蚊帳の外だよ。
「だから俺は引越しをすることにした」
彰弘が話を続けた事で二人がまた彰弘を見る。
「彰弘の言いたいことは分ったけど、急に引越しなんて」
「実は、両親はもう既に東京に行ってるんだ。卒業まで後少しだからということで、俺だけ親戚の家に世話になって残っていたんだけど、もうここに留まる意味もなくなったし、俺もさっさと東京へ行こうと思って」
なるほど、そういうことだったのね。
桜も何か言いたそうだけど、自分達が原因だと言われてるのでなんとも言い様がないようだ。
「まぁいいじゃない。いずれ引っ越すのは決まってた様だし、それが少し早くなっただけでしょ」
私は湿っぽい雰囲気を振り払うために、わざと冷たい言葉を発した。
「そりゃそうだけど、もう少し寂しそうにしたらどうだよ。お前はホント可愛気がないよな」
そう言って彰弘が笑うが、二人は笑わない。彰弘も冗談で返したつもりだろうけど、こんな状況ではとても笑えないでしょうね。
「そういうことで、冬休み中に引っ越すので今日が皆と会うのも最後だ。元気でな」
だれ一人言葉を発することが出来ない。
「なんだよ。もうちょっと寂しいわ、とか向こうに行っても俺のこと忘れるなよ。とか言えないのか?」
「あぁ、すまん。そうだよな。引っ越しても俺達が友達ってのは変わらない。こっちに戻ってきたらすぐに会いに来てくれよ。俺もいつか会いに行くから」
「ああ」
「彰弘、あんたはバカだけど素直でいいやつだよ。素直なバカというのは結構人に好かれるから向こうでも元気でね」
「は?優希。お前それって俺を貶してるよな?それともまさか褒めてるつもりか?」
「思いっきり褒め言葉じゃない」
彰弘と大輔が笑う。
桜はまだ暗い顔をしたままだ。
「葵くん、私…… ごめんなさい」
「なんで謝るの?桜花ちゃんは何も謝ることなんかないよ。俺の勝手な横恋慕だし」
桜は俯いたままじっとしてる。
でも彰弘、今時『横恋慕』なんて単語使う人いる?あんたおかしいよ。
「桜花ちゃん、最後に1つだけお願いがあるんだけど」
「なに?私にできることならなんでも」
「握手して」
そう言って彰弘が手を差し出す。
「あんたはセクハラおやじか!」
私が茶化す。
「べ、別にいいだろ。握手くらい」
桜花が無言のままそっと彰弘の手を握る。
「桜花ちゃん、色々ごめんね。そして元気でね」
「私の方こそごめんね。何も応えてあげられなくて」
「いいんだよ。俺が勝手に好きになっただけなんだから」
桜はどんな顔をすればいいのか分らないようだ。
「葵くんも元気でね。引越ししたからと言って二度と会えないわけじゃないんだし、また皆で会いましょ」
「そうだね。また皆で集まろう」
皆が大きく頷く。
「じゃそろそろ帰るわ」
「おう、送っていくよ」
「私も」
そう言って三人が部屋を出る。
桜達が玄関に着いたのを確認してから、そっと愛花ちゃんに話しかける。
「愛花ちゃん、みんな出て行ったよ。もう起きても大丈夫だよ」
そう言うと愛花ちゃんはプールで潜水でもしていたように、『ぷはぁ~』と言って起き上がる。
「目が覚めたらなんか深刻な話をしてるみたいでびっくりした~。思わず寝たふりしちゃった」
「そうでしょうね。愛花ちゃんの挙動不審な態度はしっかり見てたよ」
私はその時の様子を思い浮かべてにやにやしてしまう。
「優希先輩気付いてたんですか?」
「うん。こっちからだと愛花ちゃんの様子がよく見えてたから。薄目あけてたでしょ」
「ええぇ!ばれてたの?」
「うん。さ、彰弘も帰ったし、さっさと片付けを終わらせて私達も帰りましょうか」
「はぁ~い」
委員長が帰る時にあらかた片付けていたので、それほど散らかってはいないが、場所を提供してもらっているのにこのまま放っては帰れない。
愛花ちゃんと二人で片付けていると二人が戻ってきた。
「ゆきちゃん。片付けはいいよ」
「なんで?」
「これから大輔くんと二人で片付けておくから」
「えぇ~。お姉ちゃんまだ帰らないの?」
「ゆきちゃんごめん。自転車、私の家に停めてあるんでしょ?申し訳ないんだけど愛花を送ってもらってもいい?」
「え?あ、あぁ。いいよ。でも桜、もう遅いのに帰り道一人で大丈夫?」
「それは大丈夫。俺が責任を持って送って行くから」
それを聞いた私はすぐに愛花ちゃんの手をとる。
「愛花ちゃん帰ろ!」
私は愛花ちゃんの手を強引に引っ張って玄関に向かう。
大輔、責任って何の責任よ!
愛花ちゃんは私に引きずられるように玄関まで移動する。
「先輩まって、ポーチ…」
「あ、ごめん。愛花ちゃんポーチを持ってたね。ここで待ってるから早く取っておいで」
愛花ちゃんが小さく頷く。そして私の顔をじっと見てくる……
「な、なに?」私はたまらず目を逸らす。
しばらく視線を感じていたが、愛花ちゃんは黙ったまま小走りで部屋へ戻って行く。
私の今の態度は完全におかしかった…… はぁ、またやっちゃった。
大輔の家をあとにして愛花ちゃんと手を繋いで夜道を歩く。
「先輩さっき怖い顔してた」
その言葉にドキッとする。
「そ、そう?そんなことないよ」
愛花ちゃんが足を止め、また私の顔を凝視する。
今度は私も目を逸らさないように我慢する。
少し間をおいて「うん。じゃあいい」
そう言って愛花ちゃんはにっこり微笑み私の腕にしがみついてくる。
内心ホッとしながら、この左腕は私の物だと言わんばかりの行動にも、愛花ちゃんの思うように腕を預ける。
「先輩。今日はありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
家まで送りとどけると、今度は愛花ちゃんが私の事を心配してくれる。
「大丈夫よ」
私は愛花ちゃんが鍵を閉めるのを確認してから自転車にまたがる。
「あれ?」
乗った瞬間違和感を感じる。なんだかおかしい。タイヤを見てみると見事にペチャンコだ。
仕方なく自転車を置いて帰ることにする。
チャイムを鳴らし、パンクしてる事を愛花ちゃんに一言告げて玄関を離れる。
歩いて帰ることに愛花ちゃんは心配していたけど、大丈夫だと言い張って夜道を一人自分の家に向かう。
今日はいろいろあった。
楽しかったこともあったけど、二人の仲の良さを見せつけられて嫌な気分にもなった。
彰弘の気持ちもよくわかる。きっと同じような気持ちのはずだ。出した答えは正反対だけど。
公園脇の歩道には、本格的な冬の訪れを告げるように、柊の花が冷たい風に煽られたくさん道端に落ちている。その崩れた花びらは、まるで今の私を哀れんでいるようだ。
私は道端に寄り柊の花を蹴り飛ばす。
アスファルトまで蹴ってしまった爪先に痛みが染み出す。その現実的な痛みが、心の痛みを少しだけ和らげてくれるように感じる。
私はもう一度、今度は力任せにアスファルトごと柊の花を蹴り飛ばす。
「痛っ」
街灯一つだけの薄暗い路地の中、痛みに耐えながら考える。
愛花ちゃんは桜と違って敏感だ、気をつけないと……
今回は珍しくボリュームありましたよねw
いつもの2話分くらいあります。
さて、クリスマス編もこれで終わりです。
次ぎはどうなるんでしょうねぇ。