第23話 【文化祭】待合で
ゆきちゃんの口元には酸素マスクのようなものが付けられ、左前腕の外側の辺りはガムテープのようなものが巻かれそこからは太い点滴の管がのびている。さらに頭には大きなガーゼのようなものを貼られ包帯が巻かれている。
首から下は布団が被せられていて、どうなっているのか分からないが、見えている部分だけで十分痛々しくとても直視できない。
二人の看護師がそれぞれベッドの頭元と足元を持ち、ゆきちゃんをどこかへ連れて行くようだ。
「すいません、どこに行くのでしょうか」
二人のすぐ後に出てきた一人の看護師さんに鮎川君が聞いてくれた。
「今から頭部のCTとレントゲンを撮ります」
「ゆきちゃんはどうなんですか。大丈夫なのでしょうか。どうなんですか」
ゆきちゃんの変わり果てた姿を見て、気が動転した私は泣きながら、まるで懇願するように看護師に寄りかかる。そうしてる間にゆきちゃんはどこかに連れて行かれた。
「それを調べる為に今から検査をするのです」
看護師がうんざりしたように答える。
その口調と銀縁眼鏡の奥に見える切れ長の鋭い目が、いかにも仕事ができそうな感じと、きつい性格を表しているようだ。
「あまり騒がれますと他の患者様にも迷惑ですし、お友達にもよくありませんのでお静かにお願いします」
私の切羽詰った態度に気を悪くしたのか看護師からは冷静で突き放すような答えが返ってきた。
確かに看護師の言う通りかも知れない。だけど心配で心配で心臓が潰れそう。色々考えてしまうと同時に看護師に突き放された事でまた涙がでてきてその場に泣き崩れる。
「ですから私の言っていることを聞いていますか。静かにしてくださいと言っているのです。患者はあなた達だけではないのですよ」
看護師からはまたもやきつい言葉が出てきた。
救急医療現場にいる看護師にしてみれば、確かによくみる光景でうんざりするのかもしれない。
きっとゆきちゃんのことなんて大勢いる患者の中の一人だと思っているんだろう。
だけど私にとってゆきちゃんはたった一人。この世の中でゆきちゃんの代わりなんていない。それをこの人には分かってもらえないみたいだ。すごく悲しい。そしてこんな風に言われて悔しい。
大切な親友のゆきちゃんが私のせいで大怪我をして、どういう状態かもはっきりしない。
もしかしたらこのまま死んじゃうかもしれない。そんな最悪の事態を考えてしまっているのに……
いつまでも泣き止まない私に対して看護師が信じられない言葉を投げつける。
「いくら言っても無駄のようね。ほんと迷惑だわ。こんなところで泣いてるだけでしたら帰られた方がよろしいんじゃないですか?」
その言葉で思わず息を飲む。そして泣くのを我慢する。だけどさすがに看護師の態度には怒りが込み上げて睨み返す。
「なんですか。私は当然のことを言ったまでです。何か間違っていますか」
さらにキツイ口調で言われる。
いつもの気の弱い私ならそう言われると下を向いただろう。だけど今は違う。あまりにも酷い看護師の態度に、ゆきちゃんをないがしろにされたような気になり逆に怒り大きくなる。
思わず立ち上がり、
「あなたの言っていることが正論だとは思えませんね」
え?思わず横を見る。
私が言おうとした言葉を鮎川くんが先に言ってしまった。
私の代わりのつもりなのか、鮎川くん自身も相当怒ったのか看護師に詰め寄る。
「なんですって、静かにしてくださいと言うのがおかしいことですか」
「静かにしろと言うのは分かります。ですがこの子が心配して泣いているのにその態度は看護師として失格じゃないですか」
「どうしてですか、その子がうるさいから迷惑だと言っただけです」
「そもそもそれがおかしいのですよ、別に大声で泣いているわけでもないですし、心配だから様子はどうですか。と聞いただけじゃないですか」
「人の気持ちが理解できるならもっと労わりのある対応ができるんじゃないですか。あなたは看護師として失格とかいう以前に人として最低ですね」
鮎川くんが凄い剣幕でまくしたてる。看護師がわなわなと震えているのが見て分かる。
私は鮎川くんの袖を引き小声で言う。
(もういいよ、私も悪かったんだから。他にも患者さんがいるのも事実だし)
怒りに興奮した鮎川くんはまだ何か言いたそうだ。
私は自分の言葉を取られたような感じで拍子抜けしてしまい逆に冷静になってきた。
(あまり大声で怒鳴ったりしたら、それこそ他の患者さんにも迷惑だからもうやめて)
その言葉に鮎川くんが一つ息を吐き出し怒りを納めてくれた。
「何を騒いでいるんだ」
その声に振り返るとどこから現れたんだろうか、そこには大きな体の先生が怖い顔をして立っていた。