第20話 【文化祭】危ない!
桜が歩きだした。
焦った私は桜に向かって今まで出したことのない様な、自分でも驚くほどの大声で叫びながら走り出した。
「桜、まって!」
その声に気付いてくれたのか振り向いた桜と目が合う、桜は驚いたような顔をしている。やっぱり気づいてくれたんだ。
私は喜びから満面の笑みを浮かべ交差点を駆け抜けようとする。
だが次の瞬間桜の目線が横に流れ、ひきつったような奇声をあげる。
それと同時に誰かの甲高い悲鳴が聞こえる。
私は思わず立ち止まり桜の流した視線の方を見る。
見ると車が物凄いスピードで迫って来ている。
私は桜しか見えていなく信号が既に赤に変わってしまっていたことに気がついていなかったのだ。
やっと見つけた桜が歩きだした焦りで、信号を確認する冷静さを失わせてしまい、既に赤になっていた交差点に進入してしまってたのだ。
あまりの恐怖からか蛇に睨まれた蛙のように体が固まってしまい動くことができない。
全身に鳥肌が立ち脳には危険を知らせる信号が大量に送り込まれ、体だけではなく脳の中まで汗をかいているような感覚だ。
だが唯一動くのは震えている膝だけでそれ以外は何も動かない。
車は急ブレーキをかけたためにロックしたタイヤが路面との摩擦で白い煙を吐き出しながら耳を引き裂くようなブレーキ音を出し車体を半回転しながら迫ってくる。
一瞬目の前の景色が眩い光に包まれいつもとは違う次元に迷い込んだような錯覚にとらわれる。
皆の悲鳴がゆっくりと耳に響き、周り全てがスローモーションのように映る。神経が極限まで研ぎ澄まされたような感覚だ。
桜の方を見るとこちらを凝視したまま固まっている。桜と目が合うが桜は見えているのだろうか?こんな危機的状況に陥りながらどこか冷静に周りが見える、だが迫る車から逃れる為の足は動かない。
もう一度車に目を移すと完全に横向きになった車のボディーが横滑りしながら2メートル程まで近づいてきている。
『もうダメ』ぶつかる。
私死ぬかも。桜、ごめんね。
そう思い全てを諦めかけた瞬間呪文が解けたように足が動いた。
そして先ほどまでのスローな次元から現実世界に引き戻される。
私は大急ぎでその場を離れようと足を一歩を踏み出した。
が、遅かった。
もう目の前まで来ていた車はさらに90度回転しながら私に襲い掛かる。
そして車体の後部に激突し跳ね上げられる。
体に当たる瞬間の映像がしっかりと頭の中に刷り込まれる。
そして体が重力を無くした様な感覚にとらわれる。
しかし当たったはずなのにどこも痛くない、それよりも一瞬雲ひとつない青い空が見えたと思ったが今はどこを見ているのだろう?ただ自分が吹き飛ばされてるのだけは分かる。
その時、目の端に桜を捉える、よく見ると後ろから桜を抱きながら腕で目隠しをしている大輔がいた。
大輔も桜を見つけたようだ。
『よかった』
そう思ったのとほぼ同時に、地面にたたきつけられたのだろうか背中に火がついたような痛みに襲われる。
車に当たっても痛くなかったのに地面の方が痛いんだ、などと思っているが、意識がだんだんと霞んでくる。
そして目の前が闇に覆われてくる。
今まで晴れていたのに急に雨が降ってきたのだろうか?耳元で雨音がとてもうるさく聞こえる。
体中が濡れたような感覚に覆われこんな時に雨だなんて、と嫌な気分になる。
しかしもう既に背中は痛くない。どうしてだろう?極限状態には激しい痛みを感じないように脳内麻薬が出ると聞いたことがあるがそれだろうか。
それとも案外どこも怪我をしてないのかな?そう思って体を動かそうとするがどこにも力が入らない、というよりも力を入れようと脳に命令しても全く応答がない。
それより気を抜けば意識が飛んでしまいそうだ。そんな中なんとか意識を踏みとどまらせて色々なことを考えている。
やっぱり私はこのまま死んじゃうのかな?きっと死ぬんだろうな。
そうだ、桜はどこだろう。死ぬ前に謝らなきゃ。
桜、どこ?意識がもうもたないよ。もう一度会って話したかったのに。
どこにいるの?
いっぱい謝りたいことがあるのに……
もうダメ。桜……
ちょっと疲れた、これ以上は無理かも……
先に死んじゃうかもしれないけどごめんね。
それと、大輔とのこと本当にごめんね。
私の一番大切な、大……な 桜… ごめん……ね。