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【完結】俺が連続殺人事件の犯人かもしれない  作者: ドネルケバブ佐藤


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9/16

第5話前編

完結まで毎日投稿してます

 


 連続殺人事件の四人目の被害者が発見されたのは、僕が記憶クリニックを受診してから一週間後のことだった。


 ニュースは朝から事件一色だった。被害者は二十八歳のOL、高橋亜希子さん。これまでと同じ手口で、深夜の公園で刺殺されていた。現場には防犯カメラがあったが、犯人の顔は確認できていない。ただ、後ろ姿だけが映っていた。


 その映像を見た瞬間、僕は震え上がった。


 画面に映る人物の体格、歩き方、服装。すべてが僕に似ていた。いや、似ているというレベルではない。まるで僕自身が歩いているかのようだった。


 でも、僕にはその夜の記憶がない。一週間前の夜、僕は何をしていただろう? アパートで過ごしていたような気もするし、外出していたような気もする。はっきりしない。


 記憶の混乱が激しくなって以来、日常の記憶も曖昧になっていた。昨日何をしたのか、一昨日どこにいたのか、はっきり思い出せない日が増えている。


 僕は慌てて記憶屋に電話をした。四人目の記憶が入荷していないか確認したかった。


「ああ、山田さん」店主の声は いつもより緊張していた。「実は、お話があります」


「四人目の記憶は?」


「それが……」店主は言いよどんだ。「警察の捜査が厳しくなって、当分の間、犯罪記憶の取り扱いを停止することになりました」


 僕の心臓が止まりそうになった。


「停止?」


「申し訳ありません。法的には問題ないのですが、社会的な批判が高まっていまして」


 電話を切って、僕はテレビのニュースを見続けた。記者会見で警視庁の捜査本部長が話していた。


『我々は、この事件に関連する記憶の流通についても注視しています。犯罪記憶の売買は被害者の尊厳を著しく傷つける行為であり、断じて許されるものではありません』


 記憶屋への圧力が強まっている。このままでは、犯罪記憶の入手は不可能になるかもしれない。


 でも、それよりも重要な問題があった。


 僕は本当に無実なのか?


 防犯カメラの映像、曖昧なアリバイ、鮮明な犯行記憶。すべてが僕を犯人として指し示しているような気がした。


 大学に行くと、事件の話題で持ちきりだった。学生たちが、犯人について推測を巡らせている。


「また同じ手口だって」


「防犯カメラに映ってたけど、顔は見えないんだろ?」


「でも、体格とか年齢は分かるじゃん。若い男性って言ってたよ」


 若い男性。僕と同じ属性だった。


 田中と昼食を取っている時、彼がふと言った。


「太郎って、夜よく出歩いてるの?」


 僕は箸を落としそうになった。


「なんで?」


「いや、最近夜中に電話しても出ないことが多いから」


 夜中の電話? そんなことがあっただろうか。僕は記憶を探ろうとしたが、思い出せない。


「寝てたんじゃない?」


「そうかな」田中は首をひねった。「でも、留守電にメッセージ残しても、返事くれないし」


 留守電のメッセージ? 僕は慌ててスマートフォンを確認した。確かに、田中からの着信履歴が何度もあった。でも、僕はそれを覚えていない。


「ごめん、気づかなくて」


「まあ、いいけど」田中は気にしていない様子だった。「ただ、心配になることがあるんだよ」


「心配?」


「太郎、最近本当に変わったから。なんか、危険な感じがするっていうか」


 危険な感じ。田中の直感は正しいかもしれない。僕の中には確実に、危険な何かが潜んでいる。


 午後の講義中、僕は決意を固めた。


 警察に相談しよう。


 自分が犯人かもしれないという不安、記憶の混乱、すべてを正直に話そう。もし僕が本当に犯人なら、これ以上被害者を増やすわけにはいかない。


 講義が終わると、僕は最寄りの警察署に向かった。夕方の住宅街を歩きながら、何を話すか整理していた。


 記憶屋で犯罪記憶を購入したこと。自分の記憶が曖昧になっていること。もしかすると自分が犯人かもしれないという恐れ。


 でも、どれも信じてもらえるだろうか? 記憶を買って体験したなんて話を、まともに聞いてくれる警官がいるだろうか?


 警察署の前に立つと、足がすくんだ。一歩中に入れば、もう後戻りはできない。僕は犯罪者として扱われるかもしれない。


 でも、被害者のことを思うと、黙っているわけにはいかなかった。田島由紀子さん、佐々木恵美さん、山本理恵さん、高橋亜希子さん。四人の女性の最期を、僕は鮮明に記憶している。


 受付で事情を話すと、刑事課に案内された。待合室で三十分ほど待たされた後、一人の刑事が現れた。


 「山田さんですね。私、捜査一課の森田と申します」


 四十代の男性刑事だった。疲れた表情をしており、連日の捜査で消耗しているのがわかった。


 取調室に案内されると、森田刑事は向かい側に座った。


 「連続殺人事件について、何かご存知のことがあるとか」


 僕は深呼吸をして、話し始めた。


 「僕は……記憶屋で、犯人の記憶を購入しました」


 森田刑事の表情が変わった。眉をひそめて、僕を見つめている。


 「記憶屋?」


 「記憶を売買する店です。そこで、連続殺人の記憶を買いました」


 僕は詳細を説明した。最初に田島由紀子さんの殺害記憶を購入したこと。その後、佐々木恵美さん、山本理恵さんの記憶も購入したこと。犯行の詳細をすべて知っていること。


 森田刑事は黙って聞いていたが、途中で手を上げて制止した。


 「ちょっと待ってください」刑事は困惑した表情を見せた。「記憶を購入したって、どういうことですか?」


 僕は記憶移植の仕組みを説明した。脳科学の進歩、記憶の抽出と移植、記憶市場の存在。でも、刑事の表情はますます困惑していく。


 「つまり、あなたは他人の記憶を自分の脳に移植した、と」


 「はい」


 「そして、その記憶が殺人犯のものだった」


 「そうです」


 森田刑事は長いため息をついた。


 「山田さん、申し訳ありませんが、その話は信じがたいです」


 「でも、犯行の詳細を知っています」僕は必死に訴えた。「田島さんは公園のベンチに座っていました。紺色のコートを着て、スマートフォンを見ていた。犯人は後ろから近づいて……」


 「その情報は報道されています」刑事は冷静に答えた。「新聞やテレビで知ることができる内容です」


 「でも、報道されていない詳細も知っています」


 僕は必死に説明した。被害者の表情、犯人の心理状態、現場の細かい状況。報道では伝えられていない情報を次々と話した。


 森田刑事の表情が変わった。メモを取り始め、時々質問をしてきた。


 「なぜ、そこまで詳しく知っているんですか?」


 「記憶移植で体験したからです」


 「記憶移植……」刑事は首をひねった。「仮に、そんなことが可能だとして、なぜ犯人が自分の記憶を売るんですか?」


 それは僕も疑問に思っていることだった。なぜ犯人は、自分を特定される危険を冒してまで記憶を売るのか?


 「わかりません。でも、記憶屋で確実に売られていました」


 森田刑事は立ち上がった。


 「少し、お待ちください」


 刑事が部屋を出て、僕は一人になった。取調室の殺風景な内装を見ながら、不安が募っていく。信じてもらえただろうか? それとも、妄想だと思われただろうか?


 三十分後、森田刑事が戻ってきた。今度は別の刑事も一緒だった。


 「山田さん、いくつか確認したいことがあります」新しい刑事が言った。「あなたのアリバイについて教えてください」


 アリバイ。僕が最も恐れていた質問だった。


 「第一の事件の夜、あなたはどこにいましたか?」


 僕は記憶を探った。でも、はっきりしない。


 「多分、アパートにいたと思います」


 「多分?」


 「記憶が曖昧で……」


 「第二の事件の夜は?」


 「それも、よく覚えていません」


 二人の刑事は顔を見合わせた。


 「山田さん、正直に答えてください」森田刑事が身を乗り出した。「あなたが犯人なのですか?」


 僕は震えた。その質問を自分自身に問いかけ続けていた。でも、答えはわからない。


 「わからないんです」僕は震え声で答えた。「記憶が混乱していて、自分が何をしたのか思い出せない」


 「記憶が混乱?」


 「記憶移植の副作用です。他人の記憶と自分の記憶の区別がつかなくなって……」


 刑事たちは困惑している様子だった。このような証言は初めて聞くのだろう。


 「仮に、記憶移植が本当だとして」森田刑事が言った。「それは証拠になりません」


 「証拠に?」


 「他人の記憶は、法的には証拠能力がありません。あなた自身が見たものでなければ、証言として採用できない」


 僕は愕然とした。記憶移植で得た情報は、法的には無意味だというのか。


 「でも、犯行の詳細を知っているじゃないですか」


 「それが記憶移植によるものだとしたら、証拠価値はゼロです」別の刑事が冷たく言った。「裁判で証言しても、証拠として認められません」


 証拠として認められない。僕が知っている情報は、捜査には役立たないのだ。


 「それに」森田刑事が続けた。「記憶移植という技術自体、科学的に立証されているのでしょうか?」


 「立証?」


 「医学的に認められた技術なのか、それとも疑似科学なのか。その辺りが曖昧だと、証言の信憑性も疑わしくなります」


 確かに、記憶移植は新しい技術だった。法整備も追いついておらず、科学的な検証も十分ではない。警察が懐疑的になるのも当然だった。

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