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【完結】俺が連続殺人事件の犯人かもしれない  作者: ドネルケバブ佐藤


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第4話後編

完結まで毎日投稿してます

テレビをつけてニュースを見た。連続殺人事件の続報が流れていた。


『都内で発生している連続殺人事件について、警視庁は特別捜査本部を設置しました』


 画面には、被害者たちの写真が映っていた。田島由紀子さん、佐々木恵美さん、山本理恵さん。僕が記憶の中で見た三人の女性だった。


 彼女たちの最期の瞬間を、僕は鮮明に記憶している。犯人の視点で体験している。でも、それは本当に僕の記憶なのか? それとも、誰か他の人の記憶なのか?


 もしかすると、僕自身が犯人なのではないか?


 その疑念は、日を追うごとに強くなっていた。記憶移植によって自分の記憶が曖昧になる中で、犯罪の記憶だけは鮮明に残っている。それは不自然ではないか?


 僕は恐る恐る、事件が起きた日の自分のアリバイを確認してみた。でも、その日に何をしていたのか、思い出せない。大学にいたのか、アパートにいたのか、記憶が曖昧だった。


 第一の事件が起きた日。僕は確か……何をしていただろう? 大学の講義があったような気もするし、休んでいたような気もする。はっきりしない。


 第二の事件の日も同様だった。第三の事件の日も。


 僕には明確なアリバイがなかった。


 それどころか、僕の体型や年齢は、目撃情報と一致していた。防犯カメラに映った不審な人物の後ろ姿は、僕に似ているようにも見えた。


 僕は鏡を見た。そこに映っているのは、殺人犯の顔なのか? それとも、無実の山田の顔なのか? もう、判断がつかなかった。


 その夜、僕は悪夢を見た。


 夢の中で、僕は三人の女性を次々と殺していた。田島さん、佐々木さん、山本さん。彼女たちの恐怖に歪んだ顔、最期の瞬間。すべてが鮮明だった。


 でも、夢の中の僕は、山田の顔をしていた。犯行を楽しんでいる山田。血を見て興奮する山田。


 目を覚ますと、全身汗だくになっていた。夢と現実の区別がつかない。もしかすると、それは夢ではなく記憶だったのかもしれない。


 僕は起き上がって、再び鏡を見た。そこに映る顔を見て、確信した。


 僕は もう、自分が何者なのかわからなくなっていた。


 山田なのか、田村なのか、高橋なのか、それとも殺人犯なのか。すべてが混ざり合って、もう区別がつかない。


 翌朝、大学で田中に会った時、僕は思い切って聞いてみた。


「俺って、どんな人間だったっけ?」


 田中は驚いた顔をした。


「何それ、哲学的な質問?」


「いや、客観的に見て、俺ってどんな性格だった?」


 田中は少し考えてから答えた。


「山田は……優しいけど、自信がない。人に合わせることが多くて、自分の意見をはっきり言わない。でも、根は真面目で、友達想いだよ」


 優しい、自信がない、人に合わせる、真面目、友達想い。


 それが山田の性格だった。でも、僕にはその実感がない。今の僕は、もっと攻撃的で、自己中心的で、残酷な一面を持っている。それは犯罪記憶の影響なのか? それとも、元々の性格なのか?


「最近の山田は、ちょっと違うけどな」田中は続けた。「なんか、冷たくなったっていうか」


 冷たくなった。田中の指摘は正しかった。僕は他人の死を娯楽として楽しめるほど冷酷になっていた。でも、それが記憶移植の影響なのか、元々潜在していた性格なのか、判断がつかない。


「山田、本当に大丈夫か? 最近、別人みたいだぞ」


 別人。まさにその通りだった。僕は山田ではなく、複数の人格が混在した別の存在になってしまった。


 講義中、僕は自分の手を見つめていた。この手は、人を殺したことがあるのか? 包丁を握って、女性を襲ったことがあるのか?


 記憶の中では確実にそうしている。でも、それは山田がしたことなのか? それとも、他の誰かがしたことなのか?


 もう、わからなかった。


 昼休み、僕は一人で屋上にいた。街を見下ろしながら、自分の存在について考えていた。


 もし僕が本当に殺人犯だとしたら? もし記憶移植が、実は自分の記憶を思い出すためのものだったとしたら?


 記憶を失った犯人が、自分の犯行を思い出すために記憶屋に通っている。そう考えると、辻褄が合う部分もあった。


 でも、それなら田村や高橋の記憶はどう説明するのか? それらも僕の記憶なのか?


 混乱が深まるばかりだった。


 午後の講義が終わると、僕は記憶クリニックを訪れた。自分の状態を専門医に相談したかった。


 受付で事情を話すと、すぐに診察室に通された。担当医は四十代の女性で、優しそうな表情をしていた。


「記憶移植を何度か受けられたんですね」


 医師は僕のカルテを見ながら言った。


「自分の記憶と他人の記憶の区別がつかなくなっています」


 僕は正直に症状を説明した。


「それは重篤な記憶統合障害ですね」医師は深刻な表情になった。「記憶移植を受けた方の10%程度に見られる症状です」


「治りますか?」


「残念ながら、完治は困難です」医師は申し訳なさそうに答えた。「混在した記憶を分離することは、現在の医学では不可能に近いです」


 不可能。僕は絶望した。もう元の山田には戻れないのだ。


「ただし、症状の進行を抑えることは可能です」医師は続けた。「これ以上の記憶移植は絶対に避けてください。そして、定期的にカウンセリングを受けることをお勧めします」


「僕は……僕は本当に山田なんでしょうか?」


 僕は震え声で尋ねた。


「あなたの身体は確実に山田さんのものです」医師は優しく答えた。「記憶や人格がどれほど変化しても、あなたはあなたです」


 でも、その言葉は慰めにならなかった。記憶こそが人格を形成し、自分らしさを決めるのではないか? 記憶が混乱すれば、自分も混乱する。


 クリニックを出て、僕は夕暮れの街を歩いた。行き交う人々を見ながら、彼らが羨ましく思えた。彼らは皆、自分が誰なのか確実に知っている。迷いも混乱もない。


 僕だけが、自分の正体がわからない状態で生きている。


 アパートに帰ると、僕は再び昔のものを探した。今度は、もっと古いものを。小学校の連絡帳、幼稚園の写真、家族との思い出の品。


 それらを見ても、やはり実感が湧かない。確かに僕の歴史を示すものだが、「自分の人生だった」という感覚がない。


 僕は机に向かって、手紙を書き始めた。過去の自分に宛てた手紙だった。


 『親愛なる山田へ』


 でも、何を書けばいいのかわからなかった。過去の自分がどんな人間だったのか、どんなことを考えていたのか、思い出せない。


 結局、一行だけ書いて止めた。


 『君は今、どこにいるのか?』


 その夜、僕は田中に電話をした。


「山田? 珍しいな、電話なんて」


 田中の声は いつも通りだった。


「ちょっと聞きたいことがあって」


「何?」


「俺の一番古い記憶って、何だったかな?」


 田中は困ったような声を出した。


「山田の一番古い記憶? そんなの知らないよ」


「じゃあ、小学校の時の俺は、どんな子だった?」


「小学校の時は知らないって。俺たちが友達になったのは大学からだろ」


 そうだった。田中と僕は大学で知り合った。彼は僕の子供時代を知らない。


 でも、誰か知っている人はいるはずだ。家族、昔の友人、先生。


 しかし、僕には連絡を取れる相手がいなかった。両親とは疎遠になっていたし、地元の友人とも連絡を取っていない。孤独な大学生活を送っていた僕には、過去を確認してくれる人がいなかった。


 電話を切って、僕は再び鏡を見た。そこに映る顔は、やはり知らない人の顔のようだった。


 二十二年間の人生。その大部分が、今は霧の中にある。他人の鮮明な記憶に覆い隠されて、本当の自分が見えなくなっている。


 僕は山田という人間を、完全に見失ってしまった。


 でも、同時に恐ろしいことに気づいた。


 もしかすると、元々「山田」という人間には、何も中身がなかったのではないか? だからこそ、他人の記憶に簡単に乗っ取られてしまったのではないか?


 空っぽの容器に、様々な記憶を注ぎ込んでいく。それが僕の正体なのかもしれない。


 田中が言っていた通り、僕は「何もない」人間だった。そして、何もないからこそ、他人の記憶で自分を埋めようとした。


 その結果、もう戻れないところまで来てしまった。


 僕はベッドに横になり、天井を見上げた。そこには何もなかった。まるで僕の心の中のように、空虚で、何もない空間が広がっていた。


 明日からどう生きていけばいいのか?

 僕は何者として生きていけばいいのか?


 答えは見つからなかった。ただ、虚ろな自分だけが残っていた。

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