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【完結】俺が連続殺人事件の犯人かもしれない  作者: ドネルケバブ佐藤


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7/16

第4話前編

完結まで毎日投稿してます



 大量殺人の記憶を移植してから三日後、僕は鏡の前で自分の顔を見つめながら、恐ろしいことに気づいた。


 僕は、自分の顔を覚えていなかった。


 鏡に映る山田という人物が、本当に自分なのかわからない。もちろん、理性では理解している。これは僕の顔だ。二十二年間、毎日見てきた顔だ。でも、感覚的に「これが自分だ」という確信が持てない。


 まるで、知らない人の顔を見ているような違和感があった。


 僕は慌てて大学時代の写真を探した。サークルの合宿、友人との飲み会、家族との旅行。写真の中の山田は確かに僕だった。でも、それらの写真を見ても、「これが自分だった」という実感が湧かない。


 まるで他人の写真を見ているようだった。


 これは記憶移植の副作用なのか? それとも、記憶中毒の症状なのか?


 僕は記憶クリニックで もらった資料を読み返した。記憶中毒の進行症状の中に、こんな記述があった。


 『重度の記憶中毒患者は、自己の記憶と他者の記憶の区別がつかなくなる。最終的には、自己同一性の完全な喪失に至る場合がある』


 自己同一性の喪失。僕はその段階に入ってしまったのか。


 大学に行く準備をしながら、僕は自分の行動を客観視していた。歯を磨く、顔を洗う、服を着る。すべて機械的に行っているが、これらが本当に「山田の行動」なのかわからない。


 もしかすると、僕は田村として行動しているのかもしれない。あるいは高橋として。それとも、名前も知らない殺人犯として。


 記憶が混在することで、人格も混在している。もう、どれが本当の自分なのか判別不可能だった。


 大学への道のりも、違和感があった。いつも通る道なのに、初めて歩く道のような気がする。それとも、これは他の誰かの通学路なのか?


 田中に会うと、彼はいつものように声をかけてきた。


「おはよう、山田」


 山田。その名前が自分のものだと確信できない。


「おはよう」


 返事をしながら、僕は田中を見つめた。彼は本当に僕の友人なのか? それとも、他の誰かの友人なのか?


「顔色悪いぞ。大丈夫か?」


 田中の心配そうな表情を見て、僕は混乱した。この表情は見覚えがある。でも、それは山田に対してなのか、それとも他の誰かに対してなのか?


「ちょっと、記憶が曖昧で……」


 僕は正直に答えた。


「記憶? 何の記憶?」


 田中は首をかしげた。


「自分のことを、よく覚えてないんだ」


「何それ、記憶喪失?」田中は驚いた。「病院行った方がいいんじゃないか?」


 記憶喪失。確かに、症状は似ている。でも、僕の場合は記憶を失ったのではなく、余計な記憶を得すぎたのだ。


「山田は山田だろ」田中は肩を叩いた。「何年付き合ってると思ってるんだ」


 何年付き合っている? 僕は田中との記憶を辿ろうとしたが、それらの記憶が本当に自分のものなのかわからなかった。


 大学一年の時に出会った。サークルで一緒になった。よく飲みに行った。それらの記憶は確かにある。でも、それが山田としての記憶なのか、他の誰かの記憶なのか、判断がつかない。


「昔の話をしよう」


 僕は提案した。田中との思い出を確認することで、自分の記憶を取り戻せるかもしれない。


「急にどうしたんだよ」田中は笑った。「でも、いいけど」


 講義の合間、僕たちは学食で昔話をした。


「1年生の時の山田は、本当に地味だったよな」田中は懐かしそうに言った。「告白もできなかったって」


 大学1年生。僕は記憶を探った。確かに、片思いしていた女の子がいた。名前は……何だったか? 顔は覚えているような気がするが、それは本当に僕の記憶なのか?


「その子の名前、何だっけ?」


「え? 山田が忘れるわけないだろ」田中は驚いた。「佐藤美咲だよ」


 佐藤美咲。その名前を聞いた瞬間、僕の血の気が引いた。それは田村の恋人の名前だった。記憶屋で購入した青春記憶の中の女性の名前だった。


「あれ? 美咲だっけ?」


 僕は動揺を隠そうとした。


「何だよ、本当に忘れたのか?」田中は心配そうに眉をひそめた。「確か、佐藤美咲。クラスのマドンナ的存在だった」


 クラスのマドンナ。まさに田村の記憶と一致している。でも、それは偶然なのか? それとも……


「山田、その子に告白したいって、よく相談されたよ」田中は続けた。「でも、結局できずじまいで」


 告白できなかった。それは山田の記憶だ。でも、田村は美咲に告白して、成功している。どちらが本当なのか?


「文化祭の演劇、覚えてる?」


 僕は恐る恐る尋ねた。


「演劇? 山田は演劇なんてやってないだろ」田中は首をひねった。「文化祭では展示の手伝いをしてたじゃないか」


 展示の手伝い。それは地味で、印象に残らない仕事だった。演劇の主役として輝いた田村の記憶とは正反対だった。


 僕は混乱した。田中の話が本当なら、僕は美咲に告白もできず、文化祭でも地味な役回りだった。つまり、田村の輝かしい青春記憶は、完全に他人のものだということになる。


 でも、田村の記憶は鮮明だった。美咲とのキス、演劇での成功、観客からの拍手。すべてが自分の体験として記憶されている。


 どちらが本当の記憶なのか?


「大学受験は?」


 僕は話題を変えた。


「山田は第一志望に落ちて、ここに来たんだろ」田中は当たり前のことを言うような顔をした。「浪人したくないからって」


 第一志望に落ちた。それは確かに覚えている。試験当日の緊張、不合格通知を見た時の絶望感。それらは間違いなく山田の記憶だった。


 でも、同時に高橋の記憶もある。第一志望に合格して、家族と喜びを分かち合った記憶。どちらも鮮明で、どちらも「自分の体験」として感じられる。


「山田、本当に大丈夫か?」田中は真剣な表情になった。「記憶があやふやすぎるだろ」


 僕は答えられなかった。自分の記憶と他人の記憶が混在して、もう何が何だかわからなくなっていた。


 午後の講義中、僕は自分の過去を整理しようと試みた。ノートに「山田の記憶」と「他人の記憶」という二つの欄を作り、思い出せることを書き出してみた。


 でも、すぐに問題が発生した。どの記憶がどちらに属するのか、判断がつかない。


 小学校の運動会で転んだ記憶。これは山田の記憶のはずだ。でも、同時に運動会で活躍した記憶もある。それは他の誰かの記憶なのか? それとも、別の年の運動会なのか?


 中学校の文化祭で何もできなかった記憶。これも山田の記憶だろう。でも、文化祭で実行委員長として活躍した記憶もある。それは高橋の記憶だ。しかし、どちらも同じ年の同じ時期の記憶として感じられる。


 時系列が矛盾している記憶が無数にあった。同じ時期に、異なる場所で、異なる人物として体験した記憶。物理的に不可能なはずなのに、どれも「自分の体験」として記憶されている。


 僕は頭を抱えた。記憶移植によって、時間軸がめちゃくちゃになってしまったのだ。


 講義が終わると、僕は図書館に向かった。心理学や脳科学の文献を調べて、自分の状態を理解しようと思った。


 「多重人格障害」「解離性同一性障害」「記憶統合障害」。様々な病名を調べたが、どれも僕の症状とは少し違っていた。


 記憶移植による人格の混乱については、まだ研究が進んでいないようだった。症例も少なく、治療法も確立されていない。


 そんな中で、一つの論文を見つけた。


 『記憶移植による自己同一性の変化について』


 それは記憶移植を受けた被験者の追跡調査をまとめた研究だった。被験者の多くが、移植後に自己認識の混乱を経験していた。軽度の場合は一時的な混乱で済むが、重度の場合は永続的な人格の変化が見られるという。


 論文の中で、特に印象的だったのは、ある被験者の証言だった。


 『私はもう、元の自分がどんな人間だったのか思い出せません。移植された記憶の方が鮮明で、リアルで、まるでそちらが本当の人生のように感じられます。鏡を見ても、これが本当に自分なのか確信が持てません』


 まさに、今の僕の状況と同じだった。


 論文によると、記憶移植を受けた人の脳では、移植された記憶が既存の記憶と同等、あるいはそれ以上に強固に定着するという。特に、感情的に強烈な記憶ほど、脳に深く刻まれる。


 恋愛の記憶、成功体験の記憶、そして犯罪の記憶。僕が移植した記憶は、どれも感情的に強烈なものばかりだった。それらが僕の脳に深く刻まれ、元の記憶を覆い隠してしまったのだ。


 図書館を出て、僕はアパートに帰った。部屋の中を見回すと、そこには山田の生活の痕跡があった。教科書、CD、雑誌、服。すべて僕のものだった。


 でも、それらを見ても「自分のもの」という実感が湧かない。まるで他人の部屋にいるような気分だった。


 僕は机の引き出しを開けて、昔のものを探した。中学校の卒業アルバム、高校の生徒手帳、大学の入学通知書。それらは確かに山田のものだった。


 アルバムを開いて、中学時代の写真を見た。そこには確かに僕がいた。でも、その頃の自分がどんな気持ちで毎日を過ごしていたのか、思い出せない。


 代わりに浮かんでくるのは、他人の中学時代の記憶だった。部活動での活躍、友人との楽しい時間、初恋の甘酸っぱさ。でも、それらは僕の体験ではない。


 僕は写真の中の自分に話しかけてみた。


「君は何を考えていたんだ? 何を望んでいたんだ?」


 でも、答えは返ってこなかった。過去の自分は、もう手の届かないところにいた。


 夕食を作りながら、僕は自分の好みを思い出そうとした。何が好きで、何が嫌いだったか。でも、それさえも曖昧だった。


 冷蔵庫にある食材を見ても、何を作りたいのかわからない。いつもなら適当に作っていたはずなのに、今は「山田ならどうするか」がわからない。


 結局、コンビニ弁当を買ってきて食べた。味も よくわからなかった。美味しいのか、まずいのか。山田の味覚がどんなものだったのか、思い出せない。


 

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